2024年10月19日(土)、アニメ制作技術の総合イベント「あにつく2024」が秋葉原のUDX GALLERY NEXT/UDX GALLERY/アキバスクエアにて開催された。

今年で10周年を迎えた「あにつく」では従来のセミナーに加えて、ワークショップや展示ブースを開いて規模を拡大し、例年以上の盛り上がりとなった。本記事ではCygamesPicturesのセミナー「劇場版 ウマ娘プリティーダービー 新時代の扉 Blender活用事例と課題 ~ 実際に運用してみてどうだった?編 ~」の模様をレポートする。

記事の目次

    イベント概要

    「あにつく2024」

    主催:株式会社Too
    日時:2024年10月19日(土)
    会場:UDX GALLERY NEXT/UDX GALLERY/アキバスクエア
    参加料金:無料
    www.too.com/atsuc/y2024

    劇場版でBlenderを導入、キャラクターや背景はどう変化したのか?

    劇場版『ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』
    2024年5月24日(金)公開
    原作:Cygames/監督:山本 健/アニメーション制作:CygamesPictures/配給:東宝
    movie-umamusume.jp
    ©2024 劇場版「ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉」製作委員会

    セミナー「劇場版 ウマ娘プリティーダービー 新時代の扉 Blender活用事例と課題 ~ 実際に運用してみてどうだった?編 ~」には、CygamesPicturesの3DCG部長で本作の3D監督を務めた中野祥典氏、3D監督補佐の神谷宣幸氏、3DCGリードモデラーの阿達里紗氏が登壇。2024年5月に公開された劇場版『ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』(以下、『劇場版 ウマ娘』)のメイキングを披露した。

    ▲セミナー登壇者の略歴
    ▲CygamesPicturesは2016年に設立。社内の3DCGチームは2019年に発足した。作画(2D)をメインとしたアニメスタジオのためアニメーターと制作の人員が多くなっている

    まずは『劇場版 ウマ娘』でBlenderを導入した経緯について。中野氏は近年のアニメのクオリティアップに対応するには、3Dスタッフ以外も3Dツールに対する理解を深めて、作品に反映させることが必要だと感じていた。そこで社内の各セクションで3Dを取り入れたワークフローを展開するため、導入ハードルが低いBlenderの採用に至ったという。

    その結果、本作ではモデリング、リギング、ルックデベロップメント、3Dレイアウト、アニメーション、ライティング、レンダリングと、3Dセクションの大部分をBlenderに置き換えることに成功した。ただし、専門性の高い仕事やセクションを跨いで連携ができるときなどは3ds MaxやEmberGenを活用するなど、状況に応じてソフトを使い分けているという。本作の場合、3D VFXではBlenderだけではパーティクルまわりが弱かったため3ds MAXも併用。中野氏の「アニメをもっと自由につくれるようにしていきたい」というねらい通りに、柔軟な制作体制が構築された。

    ▲『劇場版 ウマ娘』のワークフロー。3D VFXはBlender以外のソフトも使用したため一部イエローとなっている

    続いて、各セクションの仕事が具体的に紹介された。まず、キャラクターのモデリングに関しては、本作ではPencil+ 4 for Blenderを使用。前作『ウマ娘 プリティーダービー ROAD TO THE TOP』(以下、『ウマ娘 RTTT』)と比べて、ラインの美しさをより一層出せるようになった。

    ▲前作『ウマ娘 RTTT』とのモデリングの比較画像。『劇場版 ウマ娘』ではキャラクターデザインの山崎 淳氏の絵に寄せるブラッシュアップが全キャラクターで行われた

    このモデルを使用してテストアニメーションを制作。本来はカメラを引いた場面での使用を想定していたものの、上半身をアップにしても粗が大きく目立つことはなく、実用に耐えうるモデルであることが確認できた。

    本作で初めてBlender触れた神谷氏は「3ds MaxやMayaなどのツールに比べて表現力が劣っているとは全然感じませんでした」とコメント。Pencil+ 4 for Blenderが『劇場版 ウマ娘』のクオリティを底上げしたと語った。なお、Blenderの習得に関しては、3Dレイアウトであれば3ヶ月ほどで3ds MAXと遜色のないスピードを出せるようになったという。

    ▲神谷氏が自主制作したダンツフレームのテストアニメーション

    BGモデルについては、美術監督の渡辺悠祐氏によるイメージボードをどのように再現するのかに注力したという。フィードバックをもらう際には渡辺氏が慣れているPhotoshopのPSDファイルで渡し、After Effectsなどで修正が反映できるような体制を整えた。

    なお、イメージボードと完成ルックでは色合いに若干のちがいがあるが、これはBGモデルを確認した渡辺氏によってさらに調整が加えられたため。レース場の美術を3Dに寄せることもあり、お互いに歩み寄りながら最終ルックが目指されたという。

    • ▲背景美術のイメージボート
    • ▲完成ルック
    ▲美術監督の渡辺悠祐氏によるフィードバック。指示だけでなく意図も描き込まれている

    加えて、本作で特に注力したのは美術のタッチ感だという。例えば、コースのカーブにある芝生はウマ娘たちに踏まれて斜めに倒れているなど、細部まで丁寧な仕上がりだ。阿達氏は「草の固さがとれて、CGっぽさがかなり消えたのではないかと思っています」と出来映えに自信を見せた。

    ▲前作『ウマ娘 RTTT』でもかなりクオリティの高い芝が3DCGで表現されていたが、本作『劇場版 ウマ娘』ではさらに自然なビジュアルに。レース場内の建物も前作『ウマ娘 RTTT』ではグラデーションで潰して撮影処理でクオリティを上げていたが、今回は内部がきちんと透けており、客席や椅子をきちんと配置した状態で撮影に渡すことができた

    Blendeの強みを活かし、他部署とも連携したライブシーンやレースシーンのつくり込み

    ライブステージはライブパート演出の中山直哉氏がBlenderで作成したブロッキングモデルを基に、監督・演出と3Dチームの双方で完成イメージをつくり上げた。打ち合わせでは「ファンサービスを盛り込みたい」と意見が出たため、ステージにはゲーム内アイテムの蹄鉄やジュエル、王冠などのモチーフが散りばめられている。

    ▲ライブステージの完成ルック。3Dチームのアドリブでにんじんのライトを入れるなど、遊び心あふれる工夫がされている
    ▲セミナーではBlenderデータを実際に動かしながら解説がされた。オブジェクトの配置にはBlenderの標準機能にあるGeometry Nodesを使用。花道の横にある蹄鉄のライトやモニタースピーカーを大量に配置した

    観客の配置にはアドオンの「Geo-Scatter」を活用した。[Reduce Density]の値でオブジェクトの密度を調整でき、普段は観客を非表示にして動作を軽くしながら作業をした。Geo-ScatterはGeometry Nodesを簡単につくることに特化しており、なおかつ独自のスクリプトを有効にした状態で使える点が便利だったという。

    • ▲Geo-ScatterのGeometry Nodesを調節して観客の密度を調整
    • ▲観客越しにステージを映すカットなどでは観客を多めに表示させるなど、必要に応じて変更が加えられている

    ステージや床に設置された全面モニタの素材は、After Effectsのプラグインである「RE:Map」を使用して貼り込めるように制作。アニメーションとモニターグラフィックスが並行作業できる環境を整えて、最終的に撮影のセクションで素材を組み合わせるワークフローを採った。

    ▲赤と緑の色が付いた部分が全面モニタ。本作ではステージの奥とステージの床がモニタになっている

    素材出しについては、モデラー側があらかじめレンダリングの設定をつくった状態でアニメーターにデータを渡すことで、作業手順を短縮できるようにされた。アニメーターは阿達氏がつくったレンダリング設定用のアドオンを使用し、解像度設定のためシーンやビューレイヤーの切り替えを行わずに作業ができたという。

    続いて、レースシーンのアニメーションに関しては神谷氏が印象的なカットを解き明かした。主人公・ジャングルポケットが走る主観映像は、2023年4月からGIレースで導入されたジョッキーカメラを参考にしていたと裏話を披露。当初は画面ブレをAfter Effectsで表現しようと考えていたが、中山氏からアドオンの「Camera Shakify」を教えてもらい、Blenderでの処理が実現できた。

    そのエピソードを受けて、中野氏は3Dチームだけでなく演出や作画などのスタッフがBlenderを採り入れたことで、幅広いメンバーと情報共有が可能になったことも、Blenderの強みだとコメント。神谷氏もそれに同意し、演出や作画スタッフからはCGスタッフにはない視点から意見をもらえることも多く、新たな情報が自然と耳に入ってくる理想的な環境になっていたと現場をふり返った。

    画面ブレにより臨場感が演出されたレース中のカット

    続いて紹介されたのは、カメラがハロン棒(レース場内に建てられたゴールまでの距離を示す棒)を回り込む3DCGが見せ場となるカットだ。2D作画のアニメにおいて3Dカットは状況説明などの引きの画であることが多いが、ときどき今回のような華のあるカットが巡ってくるため、神谷氏も気合が入っていた様子。その意気込みが感じられる大胆なカメラワークが魅力的である。

    なお、ハロン棒のモデルは大写しになることを想定していなかったためポリゴン数が少なく、阿達氏がサブディビジョンサーフェスをかけて滑らかに見えるように手を加えた。

    ▲CGによるハロン棒が大胆に映るカット

    ライブシーンのアニメーションは、中山氏がBlenderで作成したビデオコンテを基に制作。Vコンの時点で完成度が高かったため、神谷氏はアニメの画に落とし込むことを意識してディレクションを行なった。

    BGモデルを担当した阿達氏はVコンのメリットについて、映像を見ればモデルのどの部分が映るのかが前もってわかり、ピンポイントでの作業が可能になる点を挙げる。光り方やスモークなどもカット単位で自ら確認しながら作業を進めることができた。

    ▲ライブシーン。レイアウト撮からCGによるアニメーション付けまでのながれがわかる
    『劇場版 ウマ娘』で制作したモデルは131、カットは392。中野氏によると「一昔前のTVシリーズの1クール分のボリューム感で、今はこの倍が相場」とのこと。レース用ウマ娘は「1人も同じウマ娘を出したくない」とのプロデューサーの要望で全てパターンちがいにしたため、78モデルと非常に数が多くなった

    最後はおすすめのアドオンを紹介。阿達氏はラティス変形を素速くできる「Fit Lattice」をイチオシした。複数のオブジェクトも一括で変形でき、プロポーションモデリングの作業中に大きく貢献した。また、アニメーターからもらった原図を3Dレイアウトに起こすときにもFit Latticeは役立ったという。アニメーターが描いたパースは3D上では表現できないこともあり、その際にFit Latticeを使えば目指したい画を容易につくることができた。

    左は検証したアドオンのリスト。使用頻度の高いものは青色で表示した。右は作画参考用につくられた資料で、上はジャングルポケットの走りモーション、右下はタナベトレーナーのモデル。作画チームにデータをそのまま渡せば参考資料として使える点も、各ワークフローにBlenderを導入した利点のひとつとのこと

    セミナーの最後にBlenderを運用してみて判明した問題点について。フリーランサーへのデータの受け渡しの約束事を固めていなかったためコンプライアンス面での問題があったこと、アドオンの制作者と連絡が取れず規約確認に何週間もかかってしまったこと、バージョン管理を他部署と一緒にできずデータが開けないトラブルが発生したことなど、今後の課題についても言及がされた。

    ▲セミナー会場の様子。実際にBlenderのシーンを確認しながら解説がされた

    中野氏はまとめとして、BlenderのキャラクターやBGの表現力はほかのDCCソフトウェアと比べて遜色はなく、運用においてはワークフローの構築や学び直しが一番の障壁になるだろうとコメント。ただ、導入障壁は低いため、スペシャルカットなどのピンポイントでの採用はしやすいと実感を述べた。そして「やりたいことが明確であれば、これまでのノウハウを捨てても乗り換える価値がある」と語り、CygamesPicturesでは演出、美術、撮影との将来的な連携を目標にしていくことを伝えた。

    TEXT&Photo_遠藤大礎 / Hiroki Endo
    EDIT_海老原朱里 / Ebihara Akari(CGWORLD)