2020年に始動した電音部は、バンダイナムコエンターテインメント(以下、BNE)が展開する音楽原作キャラクタープロジェクトだ。本作の数あるエリアのひとつである、シンサイバシエリアによる、リアルタイムキャラクターライブの舞台裏を2回に分けてお届けする。

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    ※本記事は月刊 『CGWORLD + digital video』vol.315(2024年11月号)掲載の「ILCA Lab X teamが生み出す、ド派手なリアルタイムライブ/電音部シンサイバシエリア 心斎橋演芸高校 OKINI☆PARTY'S」を再編集したものです。

    デジタルの体験と、現地の体験の両方を大事にしたい

    2025年1月現在、電音部には12のエリアがあり、BNEが展開するエリアと、パートナー企業が独自に展開するエリアの2種類で構成されている。本記事で取り上げるシンサイバシエリアは、電音部の始動時に5エリア15体の3Dキャラクターモデル開発を担ったILCAと、その関連会社で多くのアイドルを輩出してきたディアステージが手を組んで展開している。

    ▲左から、演出ディレクター・よしずみ氏、エンジニア・久保田 蓮氏、キャラクターモデルディレクター・田澤太陽氏、キャラクターモデラー/2Dアート・加部 亜紗美氏、ディレクター・原田一平氏、背景モデラー・川久保 成氏、2Dアート・軍司愛苗氏、リードエンジニア・村田崇彰氏、テクニカルアーティスト・堀井諒太氏、プロデューサー・西野恭平氏、プロジェクトマネージャー・白川美樹氏、スタジオマネージャー/テクニカル・髙橋 龍之介氏(以上、ILCA)

    スタジオディレクター・村上智紀氏、サウンドディレクター・毛利優介氏、カメラ・新井穂高氏、アシスタントディレクター・西口綺更氏、アシスタントディレクター・浅井映妃氏は写真非掲載

    「2022年の末頃に統括プロデューサーの子川拓哉さんから "エリアをひとつ起ち上げませんか?" とお声がけいただき、"ぜひ!" とお答えし、福嶋麻衣子さんと一緒にプロデュースすることになりました。2023年7月28日に活動を開始し、10月29日に大阪のアメリカ村で生身のアーティスト(OKINI☆PARTY'S)による1st LIVEを行いました。チケットは発売開始15分で完売したので、お客さんの熱量は当初から高かったです」とプロデューサーの西野恭平氏はふり返った。2024年2月3日には3Dキャラクターによるリアルタイムライブ配信も成功させ、生身のアーティストとキャラクターを組み合わせた多次元プロジェクトとして挑戦的な展開を続けている。

    ▲「シンサイバシエリア メインストーリー第12話『LIVE』」として実施された、リアルタイムライブ配信

    シンサイバシエリアのアーティストはインターネット上での顔出しを一切やらないため、現地に足を運ばなければ顔を見られないという制約が、生ライブの価値を高めているという。「ライブの配信技術や視聴環境は今後さらに発展するでしょうが、それが進むほど、現地で生ライブを体験する価値も高まっていくと思います。2010年のILCA設立以来、当社はデジタルコンテンツをつくり続けてきました。だからこそ、デジタルの体験と、現地の体験の両方を大事にしたいという思いが強いです」(西野氏)。

    3Dキャラクターによるライブの制作は2024年に新設されたILCA LabのX team(クロスチーム)が担っており、自社製リアルタイムトラッキングシステムのVINUSSをはじめ、様々な技術を開発している。以降ではシンサイバシエリアを事例に、その詳細を紐解いていく。

    VINUSS(Virtual Idol Nurturing Universal Support System)

    ILCA Lab X teamが開発した自社製リアルタイムトラッキングシステム。UnityとOptiTrackに対応しており、電音部シンサイバシエリアをはじめ、様々なコンテンツ制作で活用している。

    手戻りのない分業により、約4ヶ月で3体のモデルを制作

    X teamはプロデュース、企画、デザイン、プログラム、スタジオからなる5つのグループで構成されており、シンサイバシエリアを含む、様々なXRやライブ関連のプロジェクトを並行して手がけている。「シンサイバシエリアに関しては、キャラクターデザインからストーリーやライブの内容まで一任されているので、自由にやらせてもらっています。BNEさんは、それを楽しみながら見守ってくださっている感じです」(西野氏)。

    キャラクターデザインにあたってはILCAで社内コンペが行われ、X team以外に所属する人も含む7人の2Dアーティストから、多彩なデザインが提案された。「素晴らしいアイデアが集まったので、その中からイメージに合う要素を抽出して組み合わせ、さらに大阪らしいド派手で楽しい要素も追加し、現在のデザインへと仕上げてもらいました。三面図をつくる前にキャラクターモデルディレクターの田澤(太陽氏)に確認は依頼しましたが、3D化を考慮してデザインに制約を設けることはしませんでした。西野も私も、"百戦錬磨の田澤なら、なんとかしてくれるだろう" と思っていたんです(笑)」と演出ディレクターで、アーティストの統括も担っているよしずみ氏は語った。

    ILCAの社内コンペを経て決定した、キャラクターのデザイン画

    ▲ツッコミ役、ボケ役、天然の属性を西野氏と福嶋氏が設定し、【左】虎丸笑万、【中】飴村音凛、【右】東海林桃々子の3人がデザインされた。音凛の右肩には "たこやん" というキャラクターも描かれている。3人は心斎橋演芸高校に通う学生で、ライブ活動を行なっている。3人の物語はYouTubeの公式チャンネルで公開されており、ディレクターの原田一平氏がシナリオを書いている

    電音部の始動時にILCAが手がけた15体の3Dモデルは、BNEから提供されたリファレンスモデルのミライ小町に倣ってつくられている。一方でシンサイバシエリアの3人の3DモデルはILCA独自のつくり方をしており、田澤氏のディレクションの下で、加部 亜紗美氏(キャラクターモデラー/2Dアート)と、ILCA VIETNAMというベトナムの関連会社のスタッフが分業しながら進めていった。「本格的な作業開始は8月で、約4ヶ月で3体を仕上げてほしいという話だったので、分業することにしました。頭部と髪は加部、衣装のつくり込みはILCA VIETNAMが担当し、統合と最終調整は私が担っています。メインツールはMayaとUnityで、Substance 3D PainterとDesigner、Photoshopも使いました」(田澤氏)。

    分業に際しては、最初に田澤氏が素体、および衣装のブロックモデル(粗いモデル)をつくり、パーツの分け方なども示した上でILCA VIETNAMに引き継ぐことで、手戻りを防いだ。加部氏がモデリングをする際には、三面図を忠実に再現するのではなく、デザイン画の印象は確実に継承しつつ、より可愛く見せるためのバランス調整を行なっている。「2Dのイラストをそのまま再現しても3Dで見た場合に可愛く見えるわけではないので、自分なりのアレンジを加えています」(加部氏)。統合後の最終調整で最も難航したのは揺れものだったが、リハーサル時のダンスモーションなどを使ってテストと調整を重ねることで、破綻を解消していった。

    ILCA VIETNAMも協力したモデリングと、その後のリギング

    ▲3人の3Dモデル。ポリゴン数は、笑万が約20万、音凛が約10万、桃々子が約14万。ILCA VIETNAMのスタッフが笑万の編み上げブーツの紐や、靴底の溝までつくり込んでおり、リッチなモデルに仕上がっている
    ▲ボーン数は3人ともベースが63、輔助ボーンが30。揺れもの用ボーンは、笑万が480、音凛が477、桃々子が525。桃々子のスカートは布が二重になっているため、細かくボーンを入れてめり込みを回避している

    lilToonを使い、イラスト調のルックを表現

    ▲Unityのシェーダは、lilLabがBOOTHにて無料公開しているlilToonを採用した。インターネット上で公開されている複数のシェーダを田澤氏が試し、最も使い勝手が良いものを選んだという
    ▲音凛の部分拡大。イラストを模した白色のリムライトが目を引く。肌や服の明部と暗部の境界線上に入っている濃い稜線もシェーダで設定しているため、光源位置に合わせてリアルタイムに変化する

    ブレンドシェイプによる、感情豊かで可愛い表情

    ▲3人の表情は加部氏が担っており、笑万は時折見せるクールな表情とのギャップ、音凛は目を離せない子猫のような表情、桃々子は「とにかく可愛く!」を念頭に入れて制作している。たこやんの表情はILCA VIETNAMのスタッフが担っており、3人に負けず劣らずの可愛い表情が30個近くつくられた

    タコをモチーフにした、ド派手で楽しいステージモデル

    ▲3人がライブを披露するステージは大阪らしいタコ型で、250個以上のライトを配置している
    ▲ライブ中に映ることはないが、下面にはタコの足を模した8つの巨大スピーカーがデザインされている。制作を担当した川久保 成氏は大学で建築を専攻した後にCGを学び、2023年に新卒として入社した。「若い人の感性を取り入れたい」というよしずみ氏の意向を受けて、デザインからモデリング、Unityへの実装までを一手に引き受けている
    No.2は、1月24日(金)に公開します。
    ©DEARSTAGE Inc. / ©ILCA,Inc.

    INFORMATION

    月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.315(2024年11月号)

    特集:デジタルハリウッドの30年
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2024年10月10日

    詳細・ご購入はこちら

    TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
    文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota