1979年の設立以来、広告ビジュアル制作業界最大手として、広告クリエイティブの最前線を走ってきたアマナ。しかし、2023年12月期は△7億円の赤字の状態に。そんな窮地に立たされた2023年12月に、新たな代表取締役として就任したのが、金子剛章氏だ。

そして金子氏代表取締役就任から約1年後の2024年12月、アマナは通期の営業利益として6億円の黒字を報告する。

たった1年で実現した大幅な黒字化はどのような手法で成されたのか、アマナにもたらされた変革はいかなるものだったのか、そしてこれからの広告クリエイティブ・CG業界のあり方をどう考えているのか。金子氏その人とプロデューサー・鈴木健哉氏に語っていただいた。

記事の目次

    「かっこいいクリエイティブの会社」が「なんでこうなっちゃったの」状態に

    ――今回は、赤字から1年で6億円の黒字に転じた手法の話から、これからの広告クリエイティブ・CG業界のあり方まで幅広くおうかがいしていこうと思っています。まずは簡単な自己紹介をお願いできますか?

    金子:アマナ代表取締役社長の金子剛章です。

    医薬情報ネットという医療系の広告制作会社で10年ほど務めていました。2020年に会社をバイアウトをし、そこから3年間は上場企業のグループ会社のマネジメントとしてやっていました。その後、2023年の末に経営危機だったアマナの代表に就任、それから1年と少しになります。


    鈴木:株式会社アマナでプロデューサーを務めています、鈴木健哉です。
    もともとは普通の4年制大学を卒業したのですが、そのあと改めてデジタルハリウッドに入り直して、3DCGデザイナーとしてゲーム系の企業で働いていました。広告業界に入ったのは前職からで、そこから現職のアマナまで結構長く広告業界の映像をやっています。

    現在、クリエイターとしてメインで取り扱っているのは自動車のCG案件なんですが、静止画、映像から車載GUIやCADセットアップ、WebGL、VR、バーチャルプロダクションに至るまで幅広くやらせてもらっています。

    ――ありがとうございます。早速単刀直入な質問になるのですが、アマナから新たな代表取締役になってほしいとお声がけされた時、率直にいかがでしたか?

    金子:新たな代表取締役として声をかけられたのは、マネジメント職を務めていた前職の会社を辞めて、フリーになった頃でした。当時経営危機だったアマナから誘いを受け、詳細を聞いたんですが……まあ、正直に言ってしまうと、その経営危機のレベルにドン引きしたというのが第一印象ですね。

    僕からすると、アマナって「かっこいいクリエイティブの会社」というイメージだったんですが、話を聞くと財務がボロボロ。借入金で有利子負債が72億円、営業利益がマイナス7億円。借入は返せない、お金も借りられない、もはや法的整理一歩手前の状態で、「なんでこうなっちゃったの」と驚きました


    ――なかなか厳しい状況だったと思うのですが、代表取締役就任を引き受けたきっかけは何かあったのでしょうか?

    金子:やっぱり、アマナに「かっこいい会社」というイメージや憧れがあったからですね。

    僕は大学生の頃に写真部に所属していて、日本のクリエイティブやカルチャーみたいなものにリスペクトと興味があったんです。まあ、僕の写真活動はそこまで本格的なものではなかったし、始めたきっかけもモデルさんと仲良くなりたいというやましいものではあったんですけど(笑) 

    それでも、一度は仰ぎ見た会社がなくなってしまうのは勿体ないという思いもありましたし、純粋に「かっこいい」というイメージを持っていた会社から声をかけてもらえて光栄で、嬉しかった気持ちもあり、代表取締役という大役でも「お役に立てるなら」とお答えしました


    ――かなり厳しい戦いに身を投じることになる、大きな決断かと思いますが、勝算はあったのでしょうか?

    金子:ありました。アマナという会社にはブランド力があるんです。高プライスだが、クリエイティブが強い。いい値段をとるが、いいものを出している。会社として表現力という強みがあるのだから、それを活かせば再生はできると思ったんです。

    ただ、会社の生き残りを賭けた戦いだったので、とにかくまずは止血が必要でした。それぞれの事業の採算性を見て、採算が取れていないものはひたすら切り出す、とにかく急いで血を止める。あとは売上を上げるための掛け声をやりました。

    ――売上を上げるための掛け声、ですか?

    金子:掛け声、ですね(笑) 当時の全社会議で、「セールス!セールス!セールス!」と掛け声をかけていました。もちろん、具体的なこともたくさんやりましたが。

    鈴木:掛け声、覚えてます(笑) 

    それ以前のアマナにも、もちろん売り上げを上げようという掛け声はありましたが、なんというか、切羽詰まったような感じではなかったんです。状況が悪いはずなのに、ずっとみんなどこか他人事のように飄々としてたので、あの時の金子さんの掛け声は印象に残ってますね。

    金子:前の経営陣は細かい数字を出してなかったんですよ。だから、会社全体としてなんとなく現実味がない雰囲気だったんだと思います。

    本当にピンチな数字を出すと社員が辞めてしまうリスクが高いので、細かい数字を出したくない気持ちもよくわかります。しかし、皆で現実を直視して全員で生き残るべく戦わないといけない時が来てしまっていた。

    それで「職業とか関係なく全員前に出ようよ」「沈みそうな船から無人島を眺めてるだけじゃなくて、今すぐみんなで無人島に狩りに出て鹿を獲って食べるようなサバイバルをしないと、このままでは全員死んでしまう」と全社会議でストレートに話しました

    2つの組織再編で、社員の時間を社内から社外へ

    ――ということは、「みんなで狩りに出る」ための組織再編や改革をされたのでしょうか?

    金子:そうですね。大きく2つの点で組織再編をしました。

    一つ目が、サービス別の組織から商流別の組織への転換。これまではビジュアルをやるチームとコミュニケーションをやるチームという形で、商材によってチームが分かれていたんですが、これを直接取引をしている会社、代理店が入っている会社、のような商流に基づく形に変えました。

    二つ目が、組織の階層構造のシンプル化。当時、チームによっては階層が5つも6つもあったんですが、これを可能な限り3つまでに押さえました。労働集約型のビジネスというのは労働時間をお金に変える戦いなのに、階層が多いと、社内での伝言ゲームやミーティングだけで膨大な時間が消費されてしまう。その時間を短縮して、外部との時間、つまりお金に換えるために、階層を圧縮しました。これまでたくさんあった役割の兼務もほぼ廃止して、社内の伝達速度を速めて、それによって浮いた時間を外部に向けるようにしました。

    ――再編を受けて、鈴木さんのような現場の方はどのような変化を感じましたか?

    鈴木:僕は再編によって、クライアント企業と直接やり取りをすることが増えたんですが、僕らの仕事で人が喜ぶ姿を見る機会が増えたと思います。

    どうしても、代理店を経由して受けた仕事は、クライアントの顔が見えない分、納期と見積もりに合わせて要件をクリアすることが目標になってしまいがちだったんですが、企業と直にやりとりをする仕事だと、直接感想を聞けたり、その企業内の課題についても相談を受けたりすることもあるんです。そして、それを解決できるとさらにすごく感謝される。代理店仕事だと納品したらそれっきりになってしまうこともあるので、こういう感謝を直接伝えてもらえるのは嬉しいし楽しいですね。

    階層構造の話では、僕自身の兼務がなくなったこともそうですが、経営層と距離が近くなったのもいいですね。
    それまでの経営層とのコミュニケーションといえばエレベーターで偶然乗り合わせた時の「お疲れ様です」しかなかったんですが、金子さんとは共通の趣味があることもあって、めっちゃ喋る(笑)

     以前はいろんなところにオフィスがあったり、同じビル内でも複数のフロアにまたがっていたりして、同じアマナの社員でも全然面識のない、どんな仕事をしているのかわからない人もたくさんいたんですが、いまは一つのフロアにみんなで集まって仕事をしていて、そういう意味での一体感もありますね。

    金子:コスト削減もありますが、意図してワンフロアになるようにしました。
    従業員の密度と売上には関係性があると思っているんです。もちろん、空間や余白のおかげで生まれる余裕や、高級感なんかもあると思うんですが、この再生の局面においては、一か所にみんなが集まっていることで生じる熱気のようなものがぎゅっと詰まっている空間にしておきたかったんです。

    鈴木コミュニケーションをとりやすいのでいいと思いますよ。前までは、誰かと話すにもまず初めにパソコンで相手のカレンダーを調べて、ミーティング中じゃないか確認して、電話をかけていいか尋ねて、と回りくどかったんですけど、いまはフロアを探して直接訊いちゃったりするので。階層が減ったのと合わせて、かなり社内のやり取りが短縮されていると思います。

    ――逆に、それまでのアマナの価値観やカルチャーであえて残したものはありますか?

    金子:「残した」というより、実は基本的にはあまり変えていないつもりなんです。
    僕は、経営のフレームワークとして経営を思想・事業・計画運営の3つに分けて、「思想があり、それを事業に落とし込み、事業をやっていくために計画運営をしていく」というのが好きなんですが、そういう見方をした場合の、アマナの思想は一級品だと思っているんです。思想はいいし、やっている事業もいい、ただ、計画運営だけが下手。だから、計画運営の部分に必要なチューニングをするだけで十分で、45年かけて培ってきたブランドや思想や哲学は変えないままにしようと最初から思っていました。


    鈴木:アマナが目指すメッセージとして掲げる、「世界にノイズと美意識を」ですね。僕もこれ、すごく好きです。


    金子:だよね。これ、アマナから誘いを受けたときに改めてかっこいいと感じましたよ。絶対変えちゃダメだと思った。


    鈴木:企業のメッセージとして「美意識」はわかるんだけど、そこに「ノイズ」という相反するものを並べるのがすごいですよね。


    金子:うん。だから、思想やカルチャーは変えず、メッセージもそのままにしています。

    安売りはしない。『クリエイティブのサステナビリティ』を業界全体へ

    ――そうした再編や改革を経て、アマナは6億円の黒字にまで転換しましたが、2024年12月にその数字を公表した際はどのように感じましたか?

    金子:一番大きいのは「よかったな」ですね。「アマナに関われてよかったな」「生き残れてよかったな」「1年やれてよかったな」の「よかったな」。


    鈴木:僕らは、5年ぶりのボーナスが出たのが一番大きかったですね。しかも、支給日がクリスマスで(笑) この数年、ボーナスが出ないことに疑問を抱かなくなってたんですけど、金子さんが社長になって1年でボーナスが出たので、本当に嬉しかった。サンタさんだと思いましたよ。


    金子:クリスマスにボーナスを渡せるようにスケジューリングをがんばったんだよ(笑)



    ――続いて、鈴木さんのような現場で制作される立場の方から見て、アマナという会社はどのような会社でしょうか。他のCGプロダクションや制作会社と大きく違いを感じる点などあれば教えてください。


    鈴木:やっぱり、一番の違いはどんな仕事にでも手が届くことですね。
    例えば、僕は自動車の仕事を中心にやっていますが、ほかの社員では化粧品の仕事を中心にやっている人もいますし、業界という単位でも幅広いクライアントとつながっています。そのうえ、自動車という業界に絞ってなお、たくさんのトップ企業たちと仕事ができる。トヨタ、ホンダ、レクサス、日産、スズキ、マツダ、BMWもフォルクスワーゲンもやらせてもらいました。様々な企業の最新情報を聞きながら仕事をしていくのは純粋に楽しいですし、ここまで広くやらせてもらえて、携われない仕事がほとんどない、というのはすごいことだと思いますね。

    金子:クリエイティブのコラボレーションの幅の広さは日本随一だと思います。
    各産業のトップ30を狙う営業戦略で豊かなクライアントソースを抱えてきて、クライアント直の案件も多く、特定産業への特化もしていない、CG以外の商材も多い。
    アマナには鈴木さんをはじめ、総勢250人のプロデューサーがいますが、そうした人たちにアマナが母体としていい仕事やいいクライアントを提供できることが、企業としての強みだと思っています。

    ――今後力を入れていきたい、狙っていきたい分野などはありますか?

    金子アマナの掲げる「世界にノイズと美意識を」というのは、人間の持つ創造性を拡張し、豊かにしていくことだと思っています。
    そして、今起きているテクノロジーの進化は、人間そのものの機能を延長してくれている。だから、テクノロジーの進化によって人間の機能が延長されて、人間の持つ創造性も拡張されていく、ということができたらいいなと思っています。

    そういう意味でも、人間が想像したものを作り出すCGは「創造性の拡張」にぴったりで、事業としてこれからも重視していきたいと思っています。

    鈴木僕は現実世界をリアルタイムに取り込んだコンテンツがやりたいですね。
    もちろん、アマナではこれまでもインタラクティブなコンテンツを手がけてきたのですが、最近はCGもどんどん進化して、リアルタイムレンダリングでもかなり高いクオリティのものが表現できるようになってきたじゃないですか。だから、CGらしい空想的な表現の映像をつくっていくというよりも、VRなのに写真のようにリアル、みたいな現実空間をベースにCGを組み込んだ超高解像度な何かをやってみたいなと思っています。

    ――これからのクリエイティブ業界のあり方についていま感じていること、アマナとして意識していきたいことなどがあれば教えてください。

    金子コンピューターの高性能化やAIの台頭がこれから顕在化してくると思いますが、僕としてはこうしたことは追い風だと思っています。
    計算による処理と効率化では人間がコンピューターに敵わなくなったからこそ、人間に求められるのは「問題を見つけ出す力」だと思います。解決すべき問題を正しく定義して、本質を問う力を持つのはクリエイターだし、そうした力を持つ会社が次世代では強くなるのではないでしょうか。

    また、そんな中で、クリエイティブのサステナビリティ、つまり、クリエイターのモチベーションを企業経営の観点からどう維持するかというのも重要だと思います。

    サステナビリティは「持続可能性」とよく訳されますが、クリエイティブな活動を持続させるのは、「社会への還元性」、「労働環境」、そして「経済性」だと僕は考えています。経済性というのは、安売りしない、ということです。クリエイターの価値を守り、伝えていくために単価をちゃんと上げていくことと、単価だけを追い続けて心が摩耗し過ぎないように本当に心が躍るようなプロダクトにも関われるようにすること。
    そうすることで、クリエイターが守られて、高品質で価値のあるクリエイティブが持続し、社会に還元されていく。高単価であれば、それをクリエイターや会社にも還元できて、労働環境の改善にもつながる。これが、クリエイティブのサステナビリティです。

    僕はそれだけの価値があるものをすでに業界のみんなが作っていると思っています。だから、業界全体でクリエイティブのサステナビリティを向上して、クリエイターの価値を守っていきたい。

    アマナとしては、クリエイターをいい仕事に巡り合わせ続けることを使命とし、そこにプライドを持ち続けられるようにしたいと思っています。

    ――ありがとうございました。

    TEXT_稲庭 淳
    PHOTO_弘田 充
    INTERVIEW_池田大樹(CGWORLD)
    EDIT_遠藤佳乃(CGWORLD)