eST(enhanced STandards)は、かつてポリゴン・ピクチュアズ(以下、PPI)に所属していた冨樫正樹氏が2000年代前半に開発をスタートしたリギングシステムだ。最新のeST3からはPPIがオーナーとなり、社外への配布も視野に入れて改善を続けている。なお、最新のeST3はMaya2025にも対応している。リギングのリードを務める渡邉光瑛氏にeST3の特徴を聞いた。

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    ※本記事は月刊 『CGWORLD + digital video』vol.302(2023年10月号)掲載の「特集:ポリゴン・ピクチュアズ40周年をふり返る[PART 05]改善を続けるパイプラインシステム&ツール」内の記事を再編集したものです。

    技術を抱えこまず、オープン化した方が裾野を広げられ

    eST3はリギングとアニメーション工程の開発ツールで、WindowsとLinux環境で動作する。eST2まではMayaに依存していたが、eST3のコア部分は非依存となり、ほかのDCCツールでの使用も視野に入れて開発を続けている。現在、国内外のCG映像業界ではインハウスCG技術のオープン化がトレンドとなっており、PPIでもeST3を社外に配布する準備を始めた。

    すでにクローズドベータ版はボーンデジタルを介して配布されており、2024年以降も同社のMayaユーザーを対象に配布を継続する予定だ。「eST3が教育機関やほかのスタジオに広まれば、PPIに入社した後、すぐにジュニアレベルを卒業できるリガーが増えるし、リギングの発注先も増えるだろうと期待しています。技術を抱えこまず、オープン化した方が裾野を広げられると考えました」(渡邉氏)。

    渡邉光瑛 氏

    テクノロジー&ショット部 テクニカルディレクター/ポリゴン・ピクチュアズ

    eST3はモジュラー型のリギングシステムを採用しており、レゴブロックを組み合わせるような感覚で、[head][spine][arm][leg]といった部位ごとのモジュールを組み合わせてリギングを行う。Pythonでコードを書いてモジュール自体をイチから開発するためにはシニアレベルの能力と経験が必要だが、モジュールのライブラリを充実させるほど、難度や必要コストが低下し、ミドルやジュニアレベルでも一定品質のリグを組めるようになる。再利用や拡張にも向いており、それを支援するツールやAPIも豊富に用意されているので、大量生産向けのシステムと言える。

    「ユニークなリグを組む場合は、イチからつくることに慣れている熟練のリガーほど、"eST3を使用するより、自分でつくった方が、各キャラクターに最適化したリグやワークフローを早く構築できる" と言うかもしれません。実際、eST3を自分の手足のように使いこなすためには、eST3のルールを覚える必要があるので、すでに自分なりのノウハウをもっているリガーにとっては、その学習コストは負担でしょう。一方で、ジュニアレベルにもタスクを割り振りながら、大型案件のリグを大量生産する現場では、eST3の利用は非常に有益だと感じています」(渡邉氏)。

    拡張することを前提とした、eST3の構造

    ▲eST2はマーザ・アニメーションプラネット、デジタル・フロンティア、イルカなど、eST3はCygamesでの使用実績があり、CG映像業界・ゲーム業界の両方で広く使用されている
    ▲eST3のリグ構造は、【左上】ベーススケルトン、【右上】バインドスケルトン、【下】コントローラの3階層になっており、個別のモジュールに分解できる
    ▲eST3でつくられた、TVアニメ『エスタブライフ グレイトエスケープ』のフェレスのリグ。©SSF/エスタブライフ製作委員会
    ▲eST3で人型キャラクターのリギングを行う場合、ライブラリから必要なモジュール([head][spine][arm][leg]などの部位)を選択して組み合わせる。モジュールは分解・再構築できるので、複数のリガーが分担して作業することも可能だ

    「ジュニアレベルがひとりで全身のリグを組めるようになるまでには時間がかかるので、部位ごとに実践・習得してもらう方が現実的です。そういう場合、モジュール単位で分担できるeST3のシステムは有効なのです」(渡邉氏)。

    ▲開発したシステムは、パッケージ化した上でモジュール、Python、アニメーションの設定ファイルなどに分割して管理できる。案件に合わせて再利用・拡張することで、プロジェクトの生産性アップが実現する

    噛めば噛むほど味が出て、大型案件におけるリガーの役割がわかる

    PPIには数多くのリガーが所属しており、日本だけで14名、PPI Malaysiaにも数名、PPI Indiaは約10名にのぼる。PPI Indiaのリギングのリードはかつて日本のPPIに所属しており、インドに帰国した後は、精力的にリガーの採用活動を行なっているという。eST3の開発にも、PPI Indiaのリギングチームが大きく貢献している。

    「現在の日本のリギングチームは、良いバランスの年齢分布になってきました。私は37歳で、年上が4人、30代半ばが3人、30代前半が3人、20代が3人います。最近は在学中からリガーを目指して勉強する学生が増えてきたので、リガーの新卒採用もやりやすくなりました。そういう若い方々にも、eST3を触ってみてほしいです。eST3のルールを覚えるまでは取っつきにくいと感じるかもしれませんが、PPIの中で20年の年月をかけて積み上げてきたツールなので、噛めば噛むほど味が出て、リギングの楽しさや、大型案件におけるリガーの役割がわかってくると思います」(渡邉氏)。

    実際、日本のリギングチーム内のリガーのレベルもシニアから、ミドル、ジュニアまで様々で、年単位の経験を積んでeST3の理解を深めているという。「ジュニアはプロジェクトの仕様に合わせてリグを組む役割を担い、ミドルは仕様を設計したり、簡単なPythonを使って既存のモジュールをカスタマイズしたり、フェイシャル用のブレンドシェイプの機能をリグに組み込んだりする役割を担っています。一方で、プロジェクトの最初期にはリギングのR&Dが必要で、新規のモジュールやツールを開発します。そこを担えるシニアはまだまだ少数だからこそ、リガーの裾野を広げる必要があると感じています」(渡邉氏)。

    多種多様なモジュールと、分解・再構築を容易にするライブラリ

    ▲Maya上で動作しているeST3の設定画面。人型のベーススケルトンに対して、左右の眼球のモジュールを追加している。揺れもの用ボーンなどの追加も可能だ
    ▲四足動物のモジュールの設定画面。[digitigrade](趾行、踵を浮かせて歩行)、[plantigrade](蹠行、踵まで地面に付けて歩行)、[unguligrade](蹄行、蹄のみで歩行)の3種類があらかじめ設定されている
    ▲【上】四足動物[digitigrade]と、【下】クルマのベーススケルトン。これら以外にも、多種多様なモジュールを用意してある
    ▲【上】人型のコントローラをエクスポートし、【下】モジュールのライブラリに登録している

    「スケルトン、コントローラ、キャラクターのジオメトリは全て個別のモジュールに分解して再構築できるので、レイアウト工程ではフェイシャル用のファイナルのリグと、ボディ用の軽めのリグを組み合わせて使ったりしています」(渡邉氏)。

    操作性に優れたアニメーションピッカーと、豊富なサポートツール

    ▲モジュールを組み合わせてリグを制作すると、それにフィットしたアニメーションピッカーが自動生成される。別ウインドウでの表示に加え、ビューポート上での透過表示も可能だ。ピッカーの部分拡大、IK/FKの切り替え、ポーズのミラーコピーなどもできる
    ▲リギングを容易にするサポートツールも充実しており、ジュニアレベルのリガーでも一定品質のリグを組めるようになっている

    「eST3のリグでアニメーションをリターゲットする際には、スケルトン同士でコンバージョンした後、コントローラにコンバージョンします。コントローラ同士でのコンバージョンや、IKからFKへのベイクも可能です。PPIのアニメーションチームと意見交換しながら改善を続けてきたので、アニメーターにとっても使いやすいシステムになっていると思います」(渡邉氏)。

    INFORMATION

    月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.302(2023年10月号)

    特集:ポリゴン・ピクチュアズ40周年をふり返る
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2023年9月8日

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    INTERVIEWER_菊地 蓮/Ren Kikuchi(Amazon Web Services)
    TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
    文字起こし_遠藤大礎/Hiroki Endo
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota