あらゆる面でデジタル化が加速している。ビジネス領域では、それをDXと呼んだりもするが、創作活動においても個人や少数精鋭で一線級の活躍を見せているクリエイターが増えている背景にはデジタル化があることは言うまでもない。そしてAIの広がりによって、クリエイターの活動スタイルも大きく変化していくはず。本稿では、20年におよぶIllustratorをメインツールとして活動してきた経験を活かし、現在は映像やVRコンテンツのクリエイターとして活躍する「にわのとりこ」氏へのインタビューをお届けする。「新たなクリエイター像」を体現していると言っても過言ではない、にわの氏の創作スタイルとその根底にある思いを聞いた。

記事の目次

    にわのとりこ/Niwano Torico

    Illustratorを使用してのキャリアは20年以上。某ファッションメーカーにて企画デザイン、PBの展開を担当した後、育児をきっかけにフリーランスへ転身。現在は、イラストレーション制作の経験を武器に、Blenderを用いた映像制作など、2D・3D・VR空間で幅広く活動している
    https://niwanotorico.tumblr.com/

    テレビアニメ『メダリスト』のファンアートとして作られたもの

    VRを用いれば、イラストレーションの知見をアニメーション制作にそのまま活かせることに気づく。

    ——にわのさんは現在、長年のIllustratorをメインツールとして活動されてきた経験を活かしながらアニメーションやVRコンテンツの制作に幅広く携わっているそうですね。子どもの頃は、どのように過ごしていたのですか?

    にわのとりこ氏(以下、にわの):
    幼少期は、木登りとお絵描きが大好きな子どもでした。小学生の頃は、休み時間になると絵の上手な友達のところに遊びに行って、ノートを見せてもらうのが楽しみでした。自分はというとクラスで2番か3番に絵が描けるやつ、というポジションだったんじゃないかと思います。

    当時ハマってたのは『らんま1/2』とか『ドラゴンボール』『ぼくの地球を守って』『ぼのぼの』など。 「らんまごっこ」「ぼのぼのごっこ」とか、友達とめっちゃやってました(笑)

    ジブリでは『風の谷のナウシカ』が一番好きで、音楽にどっぷり。サントラを聴いたり、ピアノで弾いてみたりしていました。

    ——思春期はどのような活動をされていましたか?

    にわの:
    実は高校から音楽系の学校に進んだため、そこからは絵を描く時間がだいぶ減っちゃいました……。

    大学ではシンセとかPC音楽を専攻してて、坂本龍一や小室哲哉に憧れてる学生が集まってる環境でした。そんな中で、年に数回の発表会(ライブ)に向けてポスターやパンフレットを作るようになり、 大学の先輩からイラレやフォトショの存在を教わったのが、Adobeとの出会いでした。

    ——大学時代の活動を通して、イラストレーションやグラフィックデザインを手がけるようになったわけですね。大学を卒業された後は、どのような仕事から始めましたか?

    にわの:
    大学卒業後はデザイン事務所や広告代理店でフリーターをした後、某老舗のファッション革小物メーカーに中途採用で入社しました。

    入社後は、企画デザイン部という部署で、女性向けのお財布を主に担当していました。自分が関わった商品がテレビや丸井の店頭で並んでるのを見るのは、やっぱり嬉しかったです。

    後日、倍率20倍だったと聞いて驚きました! しかも「デザイン力」ではなく「PCスキル」が評価されたようで、大学時代にPC音楽やっていたことが評価ポイントにつながったとか。

    社内でPC作業に精通している人が少なかったため、HP制作、ブログ更新、ECサイト運営、通販対応、YouTubeなど……色々なことを「広く薄く」やっていた時期でした。



    YouTubeと言っても、 デジカメで撮った4:3の映像に淡々と説明テロップを入れるくらいのものでした。Premiere ProやAfter Effectsを使うなんて発想はまったくなくて、WMM(Windowsムービーメーカー)で編集していました。今思えば、この経験がジワジワと映像の世界に足を踏み入れていく最初の一歩だったのかもしれません。

    ——育児をきっかけにフリーランスへ転身されたとのことですが、当初はイラストレーターとしての活動が中心でしたか?

    にわの:
    いいえ。友人の勧めでランサーズに登録して、イラストやデザインの案件に応募してみたんですが、まったく採用されず……頭を抱える日々でした(苦笑)

    会社員時代は、イラストからYouTube向け動画編集まで幅広く経験していましたが、「デザインのプロ!」という感じではなかったので、特化したスキルがないことが悩みでした。

    そのためフリーになりたての頃は、Webライターを目指して、収納系の記事を書いたりもしていました。

    転機になったのは、ちょうどその頃、世の中的に動画編集の案件が増えてきていて、イラレで画面を作るのは得意だったから「いけるかも?」と思ってチャレンジしたことでした。

    YouTuberの動画というより、図解や絵を使って解説するようなタイプのコンテンツに取り組んだところ、イラレのスキルがAEにも応用できて、ワークフローがハマったんです。

    音楽をやってたおかげでBGMや効果音の調整もスムーズでしたし、自分の声がわりと中立的で訛りもなかったので、ナレーションも自分でやるようになり、「原稿があればYouTube風にリライトしつつ動画化します」って感じで、お仕事をいただけるようになりました。

    ——3DCGを使いはじめた経緯を教えてください。

    にわの:
    YouTube制作をきっかけにAEにハマって、いくつか映像制作系のオンラインサロンに入ってみました。そこで映像の現場で活躍してる人たちと関わるようになって、あるときディレクターチームに入れてもらうことに。(映像制作は)ペーペーながらも、半年ほど修行のように鍛えてもらえたことがすごく大きかったです。

    その後に出会ったのが、サンゼ(和田光司)さんのYouTube「サンゼの After Effects 教室」と「ECHO」というオンラインコミュニティ。自主制作が盛んな、すっごく楽しいサークルでした!(※ECHOは、2024年に解散。現在は、映像編集とモーショングラフィックス研究のブログ「SANZE-LABO」として展開中)

    基本的にはAE使いが多かったのですが、Blenderを使ってるメンバーも多く「3Dって自分でも作れるの?」と興味をもちました。

    ——Blenderはどのように学ばれたのですか?
     
    にわの:
    イラレ(2D)の世界にずっといたので、最初の頃はBlenderを起ち上げても「何これ!?」とパニックになって即終了をくり返していました(笑)



    また、VRには元々興味がありましたが、それもコンテンツを楽しむ側の意識でした。

    それがあるとき「VRでも創作ができるだと!?」と気づいてから、BlenderとVRに対する熱が一気に高まりました。

    モデリングが苦手だった私が出会ったのが、QuillというVRお絵描きソフト。 「絵が描ければ動かせる」っていう感覚にハマって、半年くらい没頭し、Quillのおかげで3D空間でのアニメーションやカメラワークへの苦手意識をほぼ克服することができました。

    にわの:
    さらにその頃から、Blenderのグリースペンシルが注目され始めていました。

    「これなら自分でもやれそう!」と思って、Twitterで見つけたGAKU先生の講座を受講。数ヶ月後には、アニメーターでBlenderを活用されているりょーちもさんの講座も受けました。マイクラがお好きだったりVRでも活動されていて、直接お話を聞けたことや制作の考え方に触れられたのは、めちゃくちゃ刺激になりました。

    ——現在のワークスタイルを教えてください(1日のタイムテーブルや、主なお仕事の内容など)。

    にわの:
    朝7時に起きて、子どもを送り出してから仕事をスタートします。8時から18時までを仕事の時間に当てています。

    あくまでも目安ですが「午前・午後・夕方」のざっくり3コマで管理していて、その日にやる作業をメモに書いて見えるところに置いています。

    1日をざっくりと3コマに分割して、その日行う作業内容を書き出して管理

    にわの:
    仕事のペースは、常時3〜4クライアントさんのお仕事を同時進行する感じです。



    内訳はおおよそ、以下の3分類です;
    ・AEメインの案件
    ・Blenderメインの案件
    ・VR関連の案件




    ……18時以降は、子どもとの時間に当てています。



    子どもが寝た後に22時半くらいからは、仕事したり、遊んだり、寝たり……と日によってバラバラです。



    深夜に活動しすぎたときは昼寝で調整したりと、あまり時間に縛られすぎずに活動するようにしています。

    液タブ(Wacom One 13.3インチ)用ペン立て。イラストから映像、そしてVRまで、デジタルペンは必携とのこと

    ——お仕事とオリジナル創作、さらには育児をどのように両立されていらっしゃいますか?

    にわの:
    両立……というか、もう全部ごちゃまぜです(笑)

    仕事の中で学んだことが創作に活かされたり、逆に自主制作で試したことが仕事に応用できたりと、境界線がなくなってきました。

    私は「思いついたらやらないと調子悪くなるタイプ」なので、自主制作は心の健康にも大事!



    しかも、子どもたちが「ちきんとぴよこ」のキャラをめちゃくちゃ楽しんでくれているので「子育ても大事な仕事だし、自主制作も仕事のうちだよね~」と自分を納得させています。創作が家族の遊びにもなっているので一石三鳥!

    余談ですが、保育園の先生に「お母さんってニワトリなんですか?」って聞かれたときの空気は複雑でしたね。子どもは何でも話しちゃうので(笑)

    ——ご自身としては、どのような作風だと思われていますか?

    にわの:
    最近は「子どもと一緒に楽しめるかどうか」っていうのが、いちばん大事なテーマになっています。


    でも、ヒヨコたちが成長して私の手を離れたら、そのときはガラッと作風も変わるかもしれませんね。

    表現方法はけっこうバラバラで、手描きだったり3Dだったり、AEだったりVRだったり……いろいろ実験しながら作ってるんですけど、「ちきん」というキャラクターが軸にあることで、なんとか自分の作風として成立してる気がしてます。つくづく、チキ得です。

    ご自宅の作業スペース図解。ロフトベッドの下に、レイアウト。にわの氏の創作用コクピットだ

    ——超絶余談ですが私は昨年、アラフィフになって人生初のフリーランスになりました。不安要素を挙げたらキリがないのですが(苦笑)、にわのさんはフリーランスのクリエイターとして活動を続ける上で心がけていることはありますか?

    にわの:
    わ〜、アドバイスだなんて恐縮です!

    でも、私の場合は「ニワトリ姿+ちきん(という名前)」で覚えてもらえるようになったので、思いきってそういう見た目にして良かったと思ってます。


    それからボードゲームが趣味で、かつて人狼ゲームをめちゃくちゃやってたんですけど、それがきっかけで映像界隈の知り合いがすごく増えました(笑)

    その意味では、フリーランスには「ちきん」と「ボドゲ」がオススメ!(←半分本気です)

    あと大事なのは「自分の武器」って、自分では案外よくわかっていないものだということです。

    私もIllustratorをメインツールとして20年ほど活動してきたわけですが、今はそれほど使っていなかったりします。

    武器って「骨にしみこんでるもの」なんだな〜って思います。そこからにじみ出るエキスです。鶏ガラですね。

    だからこそ、他の人と関わったり、面白そうなサークルや講座に飛び込んでみることが大事だと実感しています。最近はVRの中でも出会いや発見が多くて、本当に楽しいです!

    自宅から徒歩2分のところにある仕事部屋。VRとの兼ね合いもあり、昇降デスクを利用している

    ——現在、注目されているソフトウェアやテクノロジーはありますか?

    にわの:
    今はもう、生成AI戦国時代ですよね……!



    ChatGPTをはじめ、いろんなAIを触ってますが「一緒に作業する」感覚がすごく快適でびっくりしています。Gen-4での動画生成とか、AIエージェントでスクリプトやバッチ作るのも超簡単になってきてて、 「これ、生活全体がAIに乗っ取られていくんじゃないか!?」って、震えてます(笑)

    ですが、流され過ぎず、地に足を着けてピヨコたちとじゃれていたいなとも思っています。

    それと、AIだけでなくVR界隈もすごいことになっているんですよ。



    VRChatって、美女アバターやホラーワールドばかりに目がいきがちですけど、芸術的なワールドやライブイベントがめちゃくちゃ熱いんです! 例えばDrMorroさんという、ロシアの画家さんが制作されたワールドを体験した日は、衝撃過ぎてしばらく仕事が手につきませんでした……。

    DrMorro氏が公開したVRワールド『Epilogue. Chapter 2』トレイラー

    にわの:
    VRについては、スマホカメラの性能がアップして空間録画や空間スキャン、フォトグラメトリーといった機能を気軽に扱えるようになってきたことも注目ポイントです。

    旅行先の宿とかをスキャンして、後でVRで再体験しています。

    私は今はMeta Quest派なんですけど、Apple Visionとかスマートグラスの進化も、どうなるのか楽しみです!

    VRからBlenderシーンを見た様子
    VR空間では、キャラクターモデルに対して、人形をつかむようにポーズを付けられる

    ——イラストや2Dアニメーションなどの創作をしている方々で少しでも3DCGに興味をもたれている人へのアドバイスをいただけますか?

    にわの:
    今はYouTubeやSNSなどに多くの教材があって、無料で良いものが多くあります。

    そのため「チュートリアルが豊富で独学可能!」などと言われがちですが、モチベーションを保つには共に学ぶ仲間の存在が一番大切だと思っています。

    面白そうな講座やサークルに飛び込んでみたり、SNSで「いいね」やコメントからつながったりするだけでも全然ちがいます!

    あとは先日、知人から聞いて「ナルホド」と思ったのですが、ChatGPTを使うときのコツとして「このデザインどうですか?」よりも、「自分の分析にフィードバックをください」って頼んだ方が有効なコメントを得ることができます! 自己分析力も上がるし、コーチング相手として活用できますよ。

    3Dソフトは覚えることが多くて大変ですが、2Dで培ってきた構図・色・デザインセンスなどはそのまま使えるので、ぜひぜひチャレンジしてみてほしいです!

    ——最後に、今後の活動予定を教えてください。

    にわの:
    現在、りょーちもさんたちと海外のYouTube向けキッズアニメーションの制作に取り組んでいます。

    それと『EXPO 2025 大阪・関西万博』の「ガスパビリオン おばけワンダーランド」のXRコンテンツ部分の制作にも参加しました。ハシラスさんの下、アートワークを中心に色々とお手伝いしました。体験説明のイラスト周りやゴーグル装着の手順動画などを担当しています。

    本作は、Meta Questで体験可能なVR作品としても登録されているそうだ

    にわの:
    ほかにもハシラスさんのお手伝いをしています。現在、あらかわ遊園(東京)とOSAKA WHEEL(大阪)で稼働している『XR観覧車』というコンテンツでは、ポスターと前説ムービーを担当しました。最後に流れるスタッフロールに名前があるのでよかったら見てやってください〜!

    これからもSNSコンテンツやVR関連のプロジェクトに関わりつつ、ヒヨコ(子ども)たちとの日常をネタにした自主制作もマイペースで続けていきたいなと思っています。どこかで「ちきん」を見かけたら、ぜひよろしくお願いします。

    INTERVIEW & TEXT_NUMAKURA Arihito