本田技研工業(以下、Honda)がCLIP STUDIO ASSETSとUnity Asset Storeで人気車種「Honda Super Cub C125」(以下、C125)の3Dモデルを無償公開した。クリエイター向けに公式アセットを提供するこの試みは、どのようなねらいで実施されたのか。C125開発陣とアセット担当者に、公開までの裏側を聞いた。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 320(2025年4月号)に掲載の記事を再編集したものです。
C125のアセット情報

CLIP STUDIO ASSETSのC125アセット
Honda公式の3Dモデルとして提供されており、デザインやディテールが精密に再現されている。CLIP STUDIO ASSETS版はイラストやマンガ制作向けに最適化され、手軽にポーズ調整が可能だ。アセットページはこちら

Unity Asset StoreのC125アセット
Unity Asset Store版3Dコンテンツ制作を想定して制作されており、リアルタイムレンダリングにも対応している。CLIP STUDIO ASSETS版とUnity Asset Store版のどちらも無料でダウンロード可能。アセットページはこちら
Staff

Honda社員を育てたバイクや車の作品への恩返し
――まずは、今回公開された3Dモデルについてご紹介ください。
杉山隆泰氏(以下、杉山):公開したのは、当社のバイクC125の3Dモデルです。まず2024年12月にCLIP STUDIO PAINTのアセットストアであるCLIP STUDIO ASSETSでリリースし、2025年1月にUnity Asset Storeでリリースしました。私たちは日常業務として、実車の開発に用いられている3Dデータを使って販促素材をつくっているので、そのデータをコンテンツ制作に役立ててもらう方法はないかなと考え、公開にいたっています。

本田技研工業
1948年に創業し、二輪車・四輪車・パワープロダクツ・航空機などを手がけている世界的メーカー。二輪車の「スーパーカブ」シリーズは世界累計生産数 1億台を突破した
www.honda.co.jp
© Honda Motor Co., Ltd.
――Hondaがクリエイター向けの施策を行うことになった理由は何ですか?
杉山:実は、私を含めHondaの従業員には、しげの秀一先生のマンガ『バリバリ伝説』や『頭文字D』といった、バイクや自動車をテーマにしたコンテンツが好きで、それが高じて入社している人がたくさんいるんですよ。そういうところでクリエイターさんたちには日頃から恩を感じていたので、力になれる部分があれば、ぜひ協力したいと思ったんです。
立石 康氏(以下、立石):私も大好きです。最近では、Netflixシリーズ『Tokyo Override』(2024)の企画初期に少し関わっていたこともあり、楽しく拝見していました。
杉山:劇中に当社のバイク「CB1300 Super Four」が登場するので、私もバイクの走行音の録音で協力しましたね。また、アニメ『ゆるキャン△』に登場する「Ape100」の音の録音もやらせていただきました。このようなコンテンツのおかげで現在の仕事に就けている部分もあるので、ご相談に対しては極力協力したいと思っています。

――バイクや乗り物は映像作品によく登場しますが、CG制作の現場ではクライアントから「本物はそのまま使えないので、一部デザインを変えてほしい」といったリクエストも多いと聞きます。
立石:そのようですね。われわれとしてはHondaの車種を使っていただけると嬉しいですし、Hondaのものでなくても、人々がバイクを目にする機会が増えるほどバイク文化も広がっていくと思うので、作品などにも多く登場してほしいと願っています。
杉山:当社としてはオープンな姿勢でいたいと思っているので、どんどんご相談いただけると嬉しいです。
モデルは暗黙の総意でスーパーカブに決定
――Hondaにある多数の車種の中で、C125が選定された理由は何ですか?
八木 崇氏(以下、八木):C125は2018年に発売されたスーパーカブシリーズの車種です。スーパーカブはHondaの事業拡大に貢献した象徴的なモデルで、日本だけでなく世界中で展開しているシリーズなので、どんな作品や設定にも自然に溶け込むことができます。例えば日本では、新聞や郵便配達といったビジネス用途としても広く使われているので、街中で停まっていてもおかしくないですし、普通に走っていても違和感がありません。このように生活に密着しているので、Hondaの理念にも一番合っている車種です。

立石:今回の企画でC125が選定されたとき、社内では「やはりスーパーカブだよね」という声が多くて、暗黙の総意みたいなところがありました。
八木:2018年にHondaの開発陣が苦労して生み出したC125をCG制作の現場でイラストレーターさんやデザイナーさんに使ってもらえるのは、開発者としても、Honda社員としても嬉しいです。
――マーケティング的なねらいというより、クリエイターが使いやすい車種として選ばれたのが、C125だったということですね。
杉山:そうですね。プロモーション担当が言うのもなんですが、あまりPRのことは考えていませんでした(笑)

クリエイターが活用しやすい利用規約の策定に尽力
――企画を進める上で一番大変だったことは何ですか?
杉山:アセットの利用規約を決めることが、とにかく大変でしたね。私が所属する二輪事業統括部とアメリカの事業部、さらに日本とアメリカの法務チームが連携して策定を進めたので、調整に1年近くかかりました。アメリカの一般的な利用規約を原案として進めましたが、そのままではかなり制限された内容だったんです。私たちとしては「とにかく活用してもらいたい」という思いがあったので、「ここはこうできないか」といったやりとりを密に行いながら、最低限のルールを確立していきました。本車両による飲酒運転や交通事故、怪我につながるような描写への使用は禁止するなど、いくつか具体的なNG項目を設けています。
――確かにNG項目の選定は、線引きの判断が難しそうですね。
杉山:そうなんです。しかし、できる限り使ってもらいやすいものにしたかったので、工夫してつくり込みました。基本的にクリエイターさんがつくるものの原動力はポジティブなものだと思うので、C125が創作の領域に登場できるだけでもすごく光栄なことだと思っています。
――今回はC125ですが、Hondaにはまだ有名な車種がたくさんありますよね。今後の展開については決まっていますか?
杉山:個人的にはこれだけで終わらせたくないですね。アセットを公開してから、ユーザーさんからも「レガシーモデルを出してほしい」、「レースのファクトリーマシンを出してほしい」といったご要望を多くいただいています。
立石:C125だけでは“バイクワールド”はつくれませんからね。

――「このモデルが使えるから、これを基にお話をつくろう」といったながれが生まれる可能性もありますね。
杉山:そうなってくれたら本当に嬉しいです。くり返しになりますが、作品の中でバイクを取り上げてもらえるというのは、Hondaとしても光栄なことです。なのに、「このバイク、勝手に使っていいの?」とか、「バイクは作画が大変だから避けよう」といった理由で登場しなくなるのは、とても悲しいです。
立石:どんどん使ってもらいたいですね。確かにバイクの作画はすごく難しいですから、今回のアセットを活用して気軽に描いてもらえるようになれば嬉しいなと思います。
八木:作品の主題がバイクでなくても、登場するだけでバイクを身近に感じてくれる人が増えると思うので、それだけでも嬉しいです。そのためにHondaがメーカーとして協力できることは、可能な限り実施していくつもりです。
――バイクを使った作品の広がりと、施策の今後の展開、どちらも楽しみです。
<1>初代C100をリスペクトしたデザイン
C100の魅力を再発見し “カブらしさ”に落とし込む
Hondaのバイクを語る上で欠かせないのが「1958 Super Cub C100」(以下、C100)だ。現在も多くのファンを有するスーパーカブシリーズの初代モデルとして、日本のみならず世界中で人気を得ている。「扱いやすいモデル」として広く受け入れられた、エポックメイキングな逸品だ。
2018年に発売されたC125は、このC100のスタイリングをベースにデザインされている。C125のデザインは立石氏が担当し、タイに構える研究所のメンバーが開発責任者を担った。
「C125のコンセプトは、スーパーカブをコレクターの方々も目を止めるような上質で洗練されたデザインのバイクとして復活させることでした。カブの文化があるタイや日本を中心に、Hondaのカブや歴史に共感してくれる世界中のユーザーをターゲットとして企画が始まったんです」(八木氏)。
C100のデザインを今に合わせて再構築
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▲1958 Super Cub C100。現在も世界中で圧倒的な支持を得る、Hondaの代表シリーズ「スーパーカブ」。その歴史は1958年に開発された初代モデルのC100まで遡る。そのDNAを受け継いだのが、2018年に開発されたC125だ -
▲Honda Super Cub C125
“価値のあるスーパーカブ”をどうやったら創出できるのか。立石氏はデザインの方向性に頭を捻った。「スーパーカブは、日本ではビジネス用途のバイク、ASEAN地域ではファミリーバイクとして進化してきた歴史があります。でも、その起源はやはりC100にありましたから、まずはC100に遡って考えてみることにしました」(立石氏)。
C100を見て触って、その魅力を探る作業に没頭しながら、立石氏はC100のキャラクターと美しさを再発見したという。「C100が人々に喜ばれる存在であってほしいという気持ちでデザインされていて、非常に親しみやすいものだということに気づいたんです。だから、基本的にそこを真似したいなと思いました」。
毎日のようにPhotoshopでスケッチ案が描かれ、あらゆる観点でデザインが行われた。そこからC100を強く意識したデザインや未来的なデザインなど、方向性のちがう4枚に絞り、デザインチーム内でのディスカッションやマーケットをよく知る営業部の意見を踏まえて、4枚それぞれの長所が組み合わさったデザインに決着したという。
「各スケッチから残した要素は、簡単に言うと“カブらしさ”です。親しみやすさや機能性、美しいデザインを踏襲しています。デザインの面では、レッグシールドからリアフェンダーにながれるS字ライン、C100の特徴である通称“かもめハンドル”、そしてシート面とマフラーの水平で柔らかいラインですね。機能性で言えば、ステップスルーで跨がず乗り降りできる点を活かしています。このような機能とデザインが上手く溶け合ったC100の良さを、C125に受け継ぐことにしました」(立石氏)。
4枚に絞られたデザイン案から“カブらしさ”を抽出
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▲C125のデザインプロセスでは数百枚のデザイン案が描かれ、そこから4枚に厳選された。社内の多様な意見を基に、各案からカブの特徴を抽出し、最終デザインに落とし込んでいる。上はフロント周りのデザインを採用した案 -
▲C100の特徴であった水平なラインを採用した案

<2>デザインの立体化とデータ化のながれ
実寸クレイモデルからハードサーフェスモデルへ
デザイン案が確定すると、次はクレイ(粘土)による実寸大の実物造形制作に進む。これはHondaの他車種から借用した基本骨格の上に手作業で工業用クレイを荒盛し、様々なツールを使って繊細な表現を立体造形につなげていく工程だ。
しかし、ことはそう簡単ではなかったという。C100が登場した1950年代のバイクはシンプルな構造でつくられていたため、C100のコンパクト&スリムなデザインを現代の法規制や要求スペックを満たしながらC125で再現するには、圧倒的にスペースが足りなかったのだ。立石氏は当時の苦労をふり返る。
「必要なメカを収納しつつ、どうやってコンパクトなデザインを成立させるか、そこがとても難しかったですね。例えばフェンダーの場合、後ろから見たときに1mmでも幅を狭くしたい。そこで、一般的に樹脂でつくるところを鉄板にしました。樹脂の場合は厚さが2.3mm必要ですが、鉄板なら0.8mmで済むからです」。
「1mmでもスリムに」立石氏のこだわりの調整
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▲後方から見たC125の実車。バイクに必要なメカを収納しつつ、いかにコンパクトなデザインを実現するか、何度も調整を重ねて細部までこだわり抜いている。C100の時代と比べて、現在はバイクに搭載される機材の種類や数も大きく変化しているため、それに適応した再構築が求められた -
▲機能を維持しながらもスリムなシルエットを実現するため、通常は樹脂を用いる部分を鉄板に変更し、厚みを1.5mm削減している

八木氏も開発責任者の立場から、デザインを立体に落とし込む難しさを語る。「バイクは工業製品ですから、車体デザインの内側にたくさんの部品が組み込まれています。それをどうデザインで吸収するか。しかも、工場で組み立てられなければなりません。コンパクトなデザイン性を維持するだけではなく、「走る・曲がる・止まる」という基本性能と部品配置、工業製品として組立ラインでの組み立てやすさなど、複数の要素を同時に考えながらデザインを具現化していく必要があります。そのために技術設計チームとデザイナー、モデラーが何度もやり取りを重ねました。どこに何を配置するか、デザインをどう修正するか、素材を変えてみるか、と。試行錯誤の連続で、すごい作業だったと思います」。
こうして完成した立体物は、写真測定器による3Dスキャンを経て点群(ポイントクラウド)データとなり、HondaのインハウスCADツール「RAM」上に読み込まれ、3Dデザイン制作工程へと移る。デザインが完成すると、次に設計チームがCATIAを用いて組図(部品の組み立てを前提にした形状図)をつくっていく。CATIAでの主な作業は、RAMで作成したサーフェスに肉厚を付け、エンジン内部のピストンなどの構造も盛り込み、ハードサーフェスモデルとして仕上げることだ。
完成したモデルデータは再びデザイナーの手に渡り、VREDを用いてCMF(Color:色、Material:素材、Finish:仕上げ)がアサインされ、最終調整が行われる。VREDのCMFは実務上かなり役に立っていると杉山氏は語る。「私たちは塗板(板状の塗装見本)を見ながら色を出したりできますが、外注先にお願いする場合には、塗板を全部送るわけにもいきません。その点、VREDは質感の再現度が高いので、非常に重宝しています」。
VREDでのCMF作業
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▲CATIAでつくられたハードサーフェスモデルはVREDにもち込まれ、デザイナーがCMFの割り当てを行う。VREDで再現したC125のカラーリングは4色。上はパールボスポラスブルー -
▲パールカデットグレー
<3>活用度の高いアセットを目指す
クリエイターに使ってもらうため細かな調整を施してアセット化
VREDでの作業のひとつに、バリアント(変種、変形)の制作がある。日本やタイ、アメリカなど、仕向け地ごとのちがいを実装する工程だ。例えば、リアフェンダーの末端にある三角マークは日本仕向けのみに存在し、リフレクターの仕様も日本仕向けとアメリカ仕向けでは異なる。こうした細かな差分をVRED上で実装し、マスターデータとして仕上げていく。そのマスターデータを基に、杉山氏らマーケティングチームがアセット用の3Dモデル作成を進めた。
エンジン内部など、アセットとして不要な箇所をデータから削除。そして、NURBSで作成されたデータをVREDでポリゴン化しエクスポートする。この段階では出力データは膨大なポリゴン数となっているため、Mayaでリモデリングを行い、アセット用データとして最適化した。
リモデリングの際にはアセットとしての利便性に配慮し、綺麗なトポロジーと四角ポリゴンでの形状作成を基本としたそうだ。「ユースケースによっては、さらなる軽量化が必要になると考えたので、Select Edge Loopでポリゴンをまとめて選択してリダクションできるようにしました。元のデザインを損なわずにリダクションするため、細部にこだわりつつモデリングしています」と杉山氏。
アセット用に3Dデータをリモデリング


質感はVREDのCMFをベースに、CLIP STUDIO向けとUnity向けを分けて、調整が施された。UnityはURP(Unity Universal Render Pipeline)を利用している。「ただ、絵柄や色などの最終的なルックデヴを行うのは、作品をつくるクリエイターさんなので、色の再現度はそれほど追い込んでいません。あくまで扱いやすいアセットを目指しています」(杉山氏)。
「CLIP STUDIO向けモデルの制作では、開発元のセルシスさんにも多大なご協力いただいたので、CLIP STUDIO PAINTに最適なつくりになっていると思います」と杉山氏は語る。
CLIP STUDIO ASSETSでのリリース時には作例も5点用意し、アセット紹介ページに掲載した。これらの作例はHonda社内のデザイナーが実際にCLIP STUDIO PAINTを使って描いたものだという。線の抽出を行い、スクリーントーンを貼るなど、実際の運用が見える作例となっている。
CLIP STUDIO ASSETSの作例は社内制作

Unity向けアセットは、リグのセットアップが施された仕様で公開された。ウインカーやヘッドライト、テールランプのON/OFF切り替えが可能なほか、ブレーキやアクセルなど可動部分の再現もできる。さらに、走行スピードに応じたタイヤの回転変化など、細部までつくり込まれている活用度の高いアセットだ。ぜひ、その目でアセットのクオリティを確かめてみてほしい。
リギング済みのUnity向けモデル
▲Maya上のハンドルの動き。アニメーションなどのコンテンツ制作で利用されることを考慮し、Unity用のモデルにはリグがセットアップされている。ハンドルやブレーキ、アクセルの可動も再現できる
▲リアサスペンションの動き
バイクの魅力が詰まった細かなギミックを再現



*記事はUnity Technologies またはその関連会社がスポンサーとなっているものでも、提携しているものでもありません。Unity は、米国およびその他の国におけるUnity Technologies またはその関連会社の商標または登録商標です。
Information

CGWORLD 2025年4月号 vol.320
特集:海外進出ガイド 2025
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2025年3月10日
価格:1,540 円(税込)
INTERVIEW_今泉隼介(モデリングブロス)
TEXT_kagaya(ハリんち)
EDIT_李 承眞/Seungjin Lee(CGWORLD)、山田桃子/Momoko Yamada