アーチ、オー・エル・エム・デジタル(以下、OLM)、グラフィニカ、東映アニメーション(以下、東アニ)の4社は、SIGGRAPH AsiaやACTFなどに継続的に登壇し、アニメのR&Dにまつわる情報を業界全体に共有してきた。そんな4社のキーマンによる座談会を通して、その最新動向をお伝えしよう。なお、本記事は2回に分けてお届けする。
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2社による柔軟な研究体制が、継続的な技術革新を支える
CGWORLD(以下、CGW):スタイル転写技術はグラフィニカとアーチによる共同研究ですね。2社が協力する価値や、役割分担についても教えてください。
平澤 直氏(以下、平澤):グラフィニカは現場に近い立場から、いわば "施工業者" として、具体的な技術開発や検証を進めています。一方、アーチは "設計事務所" のような役割を担い、抽象度の高い課題設定や研究環境の構築を担当しています。両社は異なるスケールや視点から研究に関わっており、それぞれの特性を活かすことで、より実効性のある成果を生み出せると考えています。実際、研究テーマの抽象度によって、どちらのチームが主導すべきかを適宜切り分けながら進めています。こうすることで、リソースの分配や人材のマネジメントにおいても無駄がなくなり、効率的な研究開発が可能になります。加えて、2社による研究体制は、経営的な視点にも関わってきます。アニメ業界では、作品ごとの収益で会社が回っていくビジネスモデルが主流ですから、どうしても「個々の作品に紐付かない継続的なR&Dに、どれだけの費用をかけるべきか」という費用対効果の議論は避けて通れません。私自身は、R&Dに投資する際には「これは必ず実利につながる」と強く言い切ることが、経営層に対する説得の上でも重要だと感じています。一方で、抽象度の高い研究は、アーチのような比較的自由度の高い独立系組織で行う方が、柔軟に試行錯誤できるという側面もあります。このような研究体制を整えることが、継続的な技術革新を生み出す土壌になると考えています。
CGW:アーチではHCI(Human-Computer Interaction)の研究者である加藤 淳さんを技術顧問に迎えていますね。アーチでの加藤さんの活動内容も教えてください。
加藤 淳氏:私はアーチにて、AnimeCraft Storyboardという絵コンテツールの研究開発を進めており、2025年中の一般公開を目指しています。本ツールは絵コンテを描くだけに留まらず、制作工程の中でどう共有し、活用するかまで視野に入れWebベースで設計しています。また、私は現在、アーチの共同研究先でもある国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下、産総研)の主任研究員の立場で1年間パリ=サクレ大学に派遣されており、現地で研究者や業界関係者と交流を深めている最中です。フランスはTVPaintなどのデジタル作画ツールを開発した国でもあり、文化・創造産業に対する理解と支援が手厚いと感じています。例えば、2030年に向けた国家成長戦略の一環で、R&Dに関してもPEPR ICCAREというプロジェクトが起ち上がり、オーディオビジュアル、ゲーム、出版などの産業セクターごとにチームが組成されています。2025年2月には、作画アニメと漫画に関する3日間のワークショップを産総研が主催し、PEPR ICCAREの支援も受けました。日本でも同様に、文化・創造産業を支えるためのR&Dへの支援制度がより必要になるでしょうし、海外の事例も視野に入れてR&Dの意義を問い直していくことも重要だと思います。加えてアーチは業界横断的な調整役の機能も果たしており、OLMさんが取り組んでいるANIMINSに対してスタートアップの会社を紹介したりもしています。

加藤 淳氏
アーチ 技術顧問/産業技術総合研究所 主任研究員
アーチが開発中の、Webベースの絵コンテ制作ツールAnimeCraft Storyboard

産業技術総合研究所がパリで主催した、A Workshop on Creativity support for Hand-drawn Art Practicesの様子

AI活用の調査・研究を推進中。仕上げ工程は実用化目前
四倉達夫氏(以下、四倉):ANIMINS(ANIMe INSight)は生成AIを活用したアニメ制作の研究プロジェクトで、経済産業省とNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)のGENIAC(Generative AI Accelerator Challenge)プロジェクトに採択されました。OLMでは、生成AIを「クリエイターを補助するツール」だと位置づけ、実制作の現場でどこまで使えるかを丁寧に検証する方針を掲げています。実際、プログラミング分野では、ChatGPTやGeminiといったLLMの活用が当たり前になりつつあります。こうした動きをふまえると、アニメの作画や仕上げ(彩色)の現場でも、効率化に有効な手段があれば積極的に取り入れるべきだと考えています。前島はAIを用いた仕上げ支援ツールの研究開発を大学の研究者の方々と共に5年以上続けてきましたが(※関連記事はこちら)、私たちだけでは限界があると感じています。だからこそ、GENIACを通じて、業界全体で知見を共有しながら開発を加速できることに大きな期待を寄せています。
前島謙宣氏(以下、前島):ANIMINSでは、大きく分けて2つの領域でAI活用の調査・研究を進めています。ひとつは、原画・動画・仕上げ工程の省力化を支援する取り組みです。もうひとつは、絵コンテやキャラクターデザインといった上流工程の支援です。前者、特に仕上げ工程に関しては、SHIAGEDOという仕上げ支援ツールがすでに試験運用段階に入っており、マレーシアにあるOLM Asiaでは一定の省力化を実現しています。加えて、参加スタートアップのひとつであるAI Mage社が開発した類似画像検索技術も非常に有用で、実用化を視野に入れられる段階に入ってきたと思います。一方で、原画の中割や上流工程の作業に対する支援はまだ調査段階にあり、15ヶ月という短期の事業期間内に実用化まで到達させるのは容易ではありません。とはいえ、業界の可能性を押し広げる挑戦として、継続的に研究開発を重ねていきたいと考えています。

前島謙宣氏
オー・エル・エム・デジタル R&D Lead
今村幸也氏(以下、今村):SHIAGEDOは東アニにも貸与され、試験利用を行いました。SHIAGEDOには、教師データの量が増えるほど精度が向上するという特徴があるので、人間が塗った1コマ目を教師データとしてAIが2コマ目を着彩し、それを人間が確認・修正し、その修正後の2コマ目を次の教師データとして活用し、3コマ目に反映させるという運用方法が、現場にとって最も効率的ではないかと考えています。現時点では、クラウド上のサーバにデータをアップロードし、AIに処理を行わせた後、ローカル環境に戻すという手順をとっていますが、このプロセスだと時間がかかります。そのため、ローカル環境からクラウド上のAIに直接アクセスできるAPIの導入が期待されます。
四倉:このように会社間でR&Dの成果を共有し、実証を進める取り組みは、5年前には考えられなかったことです。内製ツールに固執せず、社外に良いものがあれば協力してさらに良いものにしていく、という柔軟な姿勢が業界に広がりつつあると感じています。
CGW:今回の技術共有で得られた両社のメリットを教えていただけますか?
今村:東アニ側のメリットは、AI活用のR&Dコストを抑えつつ、有用なツールをお借りできることだと思っています。
前島:OLM側のメリットは、現場に近いユーザーからのフィードバックを得て、ツールの改善につなげられることです。実際、SHIAGEDOを東アニさんで試験利用していただいた結果、「色トレス処理はRGB以外の色にも対応してほしい」という、非常に実践的なフィードバックをいただきました。その後しばらくして、OLM Asiaの現場からも同じ要望が上がってきましたが、東アニさんのおかげで先んじて対応することができました。また、東アニさんによる試験利用と評価は、ツールに対するクリエイターの信頼を高めるきっかけにもなると考えています。
CGW:OLMさんに加え、東アニさんでも利用したと聞けば、「使ってみようかな」と思う人は増えそうですね。こういう試みは、協業型R&Dの価値を業界全体に再認識してもらうきっかけにもなると思います。
オー・エル・エム・デジタルが開発中のSHIAGEDOの、東映アニメーションによる試験利用


ツール開発と論文発表を両立する、最適なバランスの模索
CGW:OLMのR&D部門は25年前からコンスタントに論文を発表し続けており、SIGGRAPH Asia 2024でもOLM Smoother v2用の改良型アンチエイリアシング技術や、線画の自動セグメンテーション(領域分割)に関する論文を発表していました。この体制を維持するために心がけていることを教えてください。
四倉:OLMでは、開発した技術を現場でしっかり運用できる状態まで内製化した上で、技術的にユニークなものや、学術的に価値があるものについては、論文化して社外へ共有する方針をとっています。SIGGRAPH Asia 2024のTechnical Communications部門に採択された2本の論文も、その方針に則って執筆しています。どちらの技術も、現場からの要望を出発点にして開発されたもので、実際の作品づくりにすでに活用されています。「実務から生まれた技術であること」と、「高速化が実現されていること」が採択の決め手になったのだと思います。こうした現場起点のR&Dは、OLMの長年のスタイルであり強みでもあります。私たちは、SIGGRAPHなどでの論文発表をゴールに据えてR&Dを進めているわけではありません。あくまで現場のニーズに応えることを最優先にし、その中で培った技術が結果的に論文化されるというながれを大切にしています。そうすることで、技術の実用性と独自性の両立が可能になると考えているからです。もちろん、R&D部門の限られた人員の中で、ツール開発と論文発表を両立することは容易ではありません。論文執筆や、OLM R&D祭のような社外向けカンファレンスの準備に時間を割けば、当然ながらツール開発に割けるリソースは減ってしまいます。チーム内には「手を動かして開発に専念したい」というメンバーも多く、マネジメントの立場としては、そのバランスをどう取るかが常に課題です。
前島:とはいえ、継続的に論文を発表していくことで、R&D人材の採用や大学との共同研究にも良い効果が表れています。研究者の方からの信頼が高まり、「一緒にやりましょう」と言っていただける機会も増えました。
四倉:ピクサーやディズニーの大規模なR&D部門と同じ体制を目指すのは現実的ではありませんが、私たちなりの最適なバランスを探り続けることで、現場に根ざしたR&Dを持続可能なかたちで発展させていきたいと考えています。
CGW:大学との共同研究に興味はあるけれど、「どうアプローチすれば良いのかわからない」という会社も多いと思います。OLMさんが心がけていることも教えてください。
前島:制作現場と大学とでは目指しているゴールにちがいがあるため、そのすり合わせが最初の障壁になることが少なくありません。制作現場では、いわゆる枯れた、既存の技術であってもそれを使って現場で役立つツールとして開発・導入できるかどうかを重視しますが、大学は、そのテーマがユニークで研究・開発した技術が新しく論文として発表できるかどうかを重視します。私たちが共同研究を進める際には、そうした意識のギャップを丁寧に埋めていくプロセスを大事にしています。
CGW:現場と学術、両方の視点をもつことが大切なのですね。
平澤:まさにそこが、経営層の役割だと思っています。現場はどうしても、日々の納品や進行に追われてしまいます。だからこそ、経営層が意識的に中長期のR&Dを支え、推進していかなければならないのです。R&Dは「バーベキューの火」のようなもので、放っておけば消えてしまいますが、誰かがふいごを吹き続けていれば、じわじわと火が広がって、そこに人が集まり、やがて大きなうねりになります。そういう熱量を絶やさないためのしくみづくりが大事なのです。中長期で育成に取り組むことで、「何だかよくわからないけど、面白いことをやっている人」が出てきて、そこから革新的な技術が生まれていくのです。経営層には、そういう振れ幅のある組織の魅力を理解し、守っていく姿勢が求められているのではないでしょうか。R&Dは、目先の利益だけでは測れない、組織の創造力を支える土台だと私は考えています。
© Arch Inc.
©OLM Asia SDN BHD
INFORMATION

月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.322(2025年6月号)
特集:アニメ『TO BE HERO X』
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2025年5月10日
TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue