アーチオー・エル・エム・デジタル(以下、OLM)、グラフィニカ東映アニメーション(以下、東アニ)の4社は、SIGGRAPH AsiaACTFなどに継続的に登壇し、アニメのR&Dにまつわる情報を業界全体に共有してきた。そんな4社のキーマンによる座談会を通して、その最新動向をお伝えしよう。なお、本記事は2回に分けてお届けする。

記事の目次
    ※本記事は月刊 『CGWORLD + digital video』vol.322(2025年6月号)掲載の「アニメ業界の未来を拓く 攻めと守りのR&D戦略 アニメづくりのR&D座談会 2025」を再編集したものです。

    R&Dに投資しないことの方が、むしろリスクだと考えている

    CGWORLD(以下、CGW):本日お集まりの7名はR&Dの重要性を確信していると思います。一方で、R&Dの価値を理解しつつも、どのような投資をすれば良いのか判断に迷っているアニメ業界関係者は少なくありません。本日は経営層、制作現場、研究者の3つの視点から、アニメR&Dの課題について多角的に語っていただきたいと思います。


    平澤 直氏(以下、平澤):R&Dは「特別なこと」と捉えられがちですが、投資しないことの方がむしろリスクだと私は考えています。日本のアニメ産業の市場規模はすでに約3兆円を超え、世界的な注目を集める一方で、R&Dへの投資や体制整備は十分とは言えません。自動車や半導体などの産業ではR&Dは当たり前のように行われており、それを怠ることが競争力の低下につながってきた歴史があります。私の父は大学の研究者で、同級生の多くが製造業のR&D部門に務めていたのですが、バブル崩壊後に各社がR&D部門を縮小し、結果として日本の製造業が国際競争力を失っていったながれを間近で見てきました。アニメ業界では、そのような歴史をくり返してはいけないと強く感じています。R&Dは、業界の未来を切り拓くための経営戦略の柱のひとつだと考えています。

    平澤 直氏

    アーチ 代表取締役/グラフィニカ 代表取締役社長

    CGW:平澤さんのような経営層が考えるべきR&Dの方向性とは、どのようなものですか?


    平澤:R&Dには「攻め」と「守り」の側面があります。攻めのR&Dは、元請スタジオとしての武器になる新たな表現技法の開発や、SIGGRAPHなどでの技術発表を通した会社のブランド力向上などが該当します。これらは、より多くの制作費や、優秀な人材の確保につながります。一方で、守りのR&Dも重要です。ワークフローの最適化による制作効率の向上や、セキュリティ対策といった取り組みが、作品づくりの土台を整えるからです。経営層には、この「攻め」と「守り」の両方を視野に入れ、限られたリソースの中で、どこにどれだけの投資をすべきかの判断が求められます。加えて、投資に対する関係者の理解や合意を得るプロセスも非常に重要です。また、R&Dの発展には、大学などとの産学連携や、関係省庁との協力体制の構築も欠かせません。理系・文系を問わず、アニメ業界に貢献する研究を活性化させることで、より豊かな制作基盤を築いていけるのではないかと思います。

    SIGGRAPH Asia 2024で実施された、「アニメづくりのR&D」と題したBirds of a Feather(BoF)の様子

    ▲東京開催となったSIGGRAPH Asia 2021では、「アニメづくりのR&D」と題したFeatured Sessionを実施した。それから3年を経て再び東京で開催されたSIGGRAPH Asia 2024にて、最新動向を改めて共有するBoFが加藤 淳氏(アーチ 技術顧問/産業技術総合研究所)、四倉達夫氏(OLM)、小山裕己氏(グラフィニカ 技術顧問/東京大学)によって主催され、会場には多くの業界関係者が集まった

    短期・中期・長期でバランスよくR&Dを推進してきた

    CGW:OLMさんは日本のCG業界の黎明期からR&Dを継続してきました。R&Dに対する方針をお聞かせください。


    四倉達夫氏(以下、四倉):OLMのR&D部門は、25年前に安生健一(現、OLM 技術顧問/ヴィクトリア大学ウェリントン 教授)がひとりで起ち上げたのが始まりで、当初はSIGGRAPHで発表できるような最先端技術の研究を目指していました。創業者で、初代社長でもあった奥野敏聡もその重要性を認識しており、会社の理解と後押しがあったことが大きかったと思います。当時のOLMは欧米の大手CGスタジオを手本としており、シェーダやレンダラの内製化が重要だという認識がありました。というのも、当時の3Dはまだ発展途上で、市販の3Dソフトだけでは思い通りの表現ができないことが多かったのです。欧米のスタジオはそれをR&Dによって補完していたので、OLMも彼らに倣って独自の表現を模索しました。

    四倉達夫氏

    オー・エル・エム・デジタル 取締役/R&Dスーパーバイザー

    平澤:私が最初の就職先から内定をもらった直後の、2000年の秋頃に参加したアニメビジネスのセミナーには安生さんが登壇しており、1枚の浮世絵を3D空間に再現する研究を発表していました。当時も本当に素晴らしいと思ったし、その継続の力を尊敬しています。


    四倉:私がOLMのR&D部門に加わったのは15年前で、それ以来、限られたリソースを短期・中期・長期にバランスよく配分し、R&Dを推進してきました。短期では現場が「30分後にほしい!」と思っているツールを素早く開発することを心がけ、中期ではパイプライン拡充のためのプラグインやツール開発に注力し、長期ではSIGGRAPHで発表できるような研究を進めています。短期・中期・長期にはそれぞれの開発を束ねる3名のリーダーがいて、今回の座談会に出席している前島謙宣は、長期開発のリーダーを務めています。


    CGW:R&D部門の規模はどの程度ですか?


    四倉:約20名で、その中にはシステム部門も含まれています。生成AIや認証システムなどの新技術の導入時にはITの専門知識が必須です。システムの専門スタッフがハブになってくれることで、クラウド環境やITインフラとの連携がスムーズに進むというメリットがあります。また、近年は3Dだけでなく、2Dの作画領域におけるR&Dの比重が大きくなってきました。欧米で業界標準となっているデジタル作画ツールの導入を検討した時期もあったのですが、日本の作画アニメの制作環境に馴染まない部分が複数ありました。そこへコロナ禍が重なり、作画環境のデジタル化が急務となったことで、R&D部門に求められる役割も変化してきたと感じています。現在では、3Dと2Dの開発比率は5:5程度になっています。


    CGW:ACTFでは、SAKUGADOという内製の作画ツールの開発状況を発表していましたね。


    四倉:発表後、様々な反響をいただきました。ここ数年で、R&Dに取り組む会社が目に見えて増えてきたことは心強い変化です。5年前には、ツール開発に本気で取り組んでいる国内の会社はほとんどありませんでしたが、切磋琢磨できる環境が徐々に整いつつあります。今後は、各社がどれだけのスピード感をもってR&Dを推進できるかが、業界全体の発展のための重要なポイントになると思っています。

    オー・エル・エム・デジタルが無償公開している、OLM OpenTools

    ▲スキャンした作画用紙のタップ穴の位置を自動的に揃えるOLM Peg Hole Stabilizer
    ▲スキャン後の手描きの作画を二値化した際に発生するジャギーを、ブラーをかけずにスムージングするOLM Smoother v2。どちらのツールもOLM OpenToolsとして自社サイト上で無償公開している

    守りを強化することが、現場の安心や挑戦の土台になる

    CGW:東アニさんのR&Dに対する方針や体制もお聞かせください。


    今村幸也氏(以下、今村):東アニのR&Dの取り組みは、1991年に完成した映像制作ソフトのCATASから始まりました。その後はセルシスさんと協力し、RETAS STUDIOなどのデジタル作画ツールと液晶タブレットの導入を推進し、2001年放映の『ののちゃん』でフルデジタル作画に挑戦したのですが、当時の制作現場には馴染まず一度は頓挫したのです。私が現在の技術開発室の室長に就任したのは2017年で、その頃から開発室の規模を徐々に拡張してきました。当時つくっていた『正解するカド』と『おしりたんてい』は、「フルデジタルで制作したい」という声が現場から上がってきて、不具合があっても前向きに受け止めて改善しながら進めてくれたので、デジタルタイムシートや制作管理ツールをスムーズに導入できたのです。少し前まで技術開発室には17名が所属していましたが、システム部門が分離され、現在は13名体制になっています。プログラマーが4名おり、それ以外は演出・原画・3Dなどの現場業務とプログラムを兼任するスタッフが中心です。彼らは現場とR&Dの "通訳" ができるので、開発の進行が非常にスムーズになります。システム担当者も必要なので、1名だけ残ってもらっています。

    今村幸也氏

    東映アニメーション 製作部 シニアマネージャー/技術開発室長

    CGW:ACTFでは兼任スタッフの方が3Dレイアウト(以下、LO)ツールを紹介していましたね。


    今村:彼は実際に現場に入り、ヒアリングを重ねながら、Unreal Engine(以下、UE)のブループリントを用いてツールを段階的に改良していきました。本ツールの開発は、「背景原図をきちんと描ける原画マンの減少にともなう、美術部門の負担を軽減したい」という相談を受けてスタートしました。当初はBlenderやMayaで3DLOをつくっていましたが、UEのマーケットプレイスには無償の高品質なアセットが豊富に揃っていたため、それらを組み合わせることで自由度の高い背景構築が可能になりました。最初は社内向けに開発していましたが、とあるセミナーで「配布予定はありますか?」と質問されたことがきっかけとなり、社外への無償配布も決断しました。社内だけで使っていると、社外スタッフにデータを渡す際にNDAが必要になるなど手間が増えてしまいます。ツールを共有することで、やり取りがよりスムーズになることを期待しています。


    CGW:UEでつくった3DデータをLOツールとしてゲームソフト化(パッケージ化)することで、高価なGPUを搭載したPCや、UEをもたない演出・作画スタッフにも配布できるようにした点が、本ツールの最大の特徴ですね。


    今村:本ツールを使えば絵コンテ段階からLOを検証できるため、演出や背景制作の効率は大幅に上がります。一方で、原画マンの作画の自由度が制限されるという側面もあるので、使用するかどうかは現場ごとに判断してもらうようにしています。当社のR&Dは制作の効率化に重きを置いているため、どちらかと言えば守りのR&Dと言えるでしょう。守りを強化することが、現場の安心や挑戦の土台になると考えています。

    東映アニメーションがUnreal Engineを用いて開発した、3Dレイアウトツール

    ▲3Dソフトの操作に不慣れな人でも、マネキンの移動、カメラの向きやレンズの調整などが直感的に行えるUIとなっている。パッケージ化されたLOツールはスタンドアロンで起動でき、ライセンスも不要なため、システム管理コストがかからない
    ▲東アニの実際のアニメ制作を通して機能強化を図ってきたため、大判のレイアウト用紙に変更する、カメラフレームを配置してPAN指示を追加するなど、痒いところに手が届く機能が数多く搭載されている。本ツールに関するACTFでの発表の模様はCGWORLD.jp内の記事で紹介しているため、併せてご覧いただきたい

    攻めのR&Dを支えるのは、現場と研究者の協働体制

    CGW:グラフィニカさんのR&D体制についても、お聞かせください。


    小宮彬広氏(以下、小宮):グラフィニカのR&D部門は、システム部門とは機能が分かれています。R&D担当者は部署ごとに分散配置されており、CG部に3名、VFX部に1名、京都スタジオに4名、合計8名います。システム部門には6名所属していますが、R&Dに直接関わる機会はほとんどありません。現場からの要望を受けて、R&D部門が技術やツールの検証を行い、システム部門で導入を主導するというながれが基本です。R&Dの取り組み自体は10年以上前から行なっており、初期にはAfter Effectsのプラグインや、アニメの撮影用データのステータス管理ツールを開発していました。その後『楽園追放』を手がけた頃から、元請け体制を強化するために、作業の効率化を目的としたツール開発型のR&Dが本格化しました。さらに『ガールズ&パンツァー最終章』制作時のUE導入が転機となり、平澤の社長就任後にリアルタイムレンダリング(RTR)開発室が設立され、UE上でアニメ的なルックを再現するためのパラがけツールを開発したり、Epic Gamesの公式セミナーでUEの技術発表をしたりもしました。近年は、大学の教授や研究者との共同で技術論文の実装を進め、SIGGRAPH Asia 2024では論文発表も行うなど、学術的なアプローチにも注力し始めています。

    小宮彬広氏

    グラフィニカ京都スタジオ 代表/RTR開発室 室長/技術開発プロジェクト 本部長

    CGW:CGの研究者である小山裕己さんを技術顧問に迎えたことも、大きな転機ですね。


    小宮:次世代型のR&D体制へと移行する中で、小山さんのような論文執筆や学会活動の経験がある方の存在が非常に重要になりました。攻めのR&D、つまり、新たな表現技法を生み出すための中長期的な研究開発においては、現場の人間だけではキャッチアップしきれない情報が数多くあるからです。日々膨大な量が発表される論文や、変化し続ける技術動向の中から、アニメ制作に有効な情報を見つけ出すには、研究者ならではの視点が欠かせません。小山さんは国際的な研究の文脈にも精通しており、10年後のアニメ業界にとって価値のある技術や人脈も把握しています。私たちは、現場側と研究側で役割分担をしながら、「今すぐ必要な技術」と「将来的に価値がある技術」の両輪でR&Dを推進しています。攻めのR&Dは、すぐには成果が見えにくいぶん、ブレない方針と地道な積み重ねが大切です。研究者との協働体制があることで、実務とのバランスをとりながら持続的に取り組めていると感じています。


    小山裕己氏(以下、小山):私は研究者の立場から、アニメ業界の常識や制約にとらわれすぎずに新しい技術を導入する役割を担っています。直近では、スタイル転写技術のプロジェクトで大きな手応えを感じました。これは3Dで制作された映像に対して、まるでアナログで描かれたようなルックを与える表現技法で、SIGGRAPH Asia 2024ではTechnical Communications部門の最優秀論文賞を受賞しました。ただし、論文発表や受賞はあくまで通過点にすぎません。私たちの目標は、この技術を実制作に組み込み、作品をより魅力的なものにすることです。他社と明確に差別化できるルックを手に入れられれば、アーティストの表現の選択肢が広がるし、会社の競争力も増します。そういう技術を実現することこそが、攻めのR&Dの本質だと思っています。

    小山裕己氏

    グラフィニカ 技術顧問/東京大学 准教授

    平澤:現在は、商業作品への導入を前提としたスタイル転写技術の追加開発を進めている段階です。私たちが重視しているのは、MITメディアラボの元所長である伊藤穰一さんが提唱したDeploy or Die(使わなければ死)という姿勢です。いくら優れた技術であっても、現場で実装されなければ意味がありません。実際に現場投入することで、初めてその技術の限界や運用上の課題が見えてきます。そうしたフィードバックこそが、次の研究開発サイクルを駆動させてくれるのです。


    小山:私たちが日々目指しているのは、一方通行の技術開発ではありません。新しい技術がアーティストの創造性を刺激し、逆にアーティストの表現への探究心が新たな技術開発を促す相互作用の中で、アートとテクノロジーが共に進化していくことが重要だと考えています。


    CGW:ピクサーの共同創業者であるジョン・ラセターさんはArt challenges technology, and technology inspires the art(アートはテクノロジーに挑戦し、テクノロジーはアートを刺激する)と語っていますね。


    小山:まさにその言葉を実感するような現場の循環が生まれつつあります。また、グラフィニカでは私と小宮さんとで、最新の研究事例や技術動向をわかりやすく紹介する「社内ラジオ」を定期的に配信しています。例えば、SIGGRAPHで話題になった技術や、生成AIの動向、3Dの新たな応用事例などを取り上げ、スタッフの技術リテラシーや情報感度を高める場にしています。こうした継続的な啓蒙活動が、将来的な技術革新にも柔軟に対応できる現場づくりにつながっていくと考えています。

    グラフィニカとアーチによる、技術開発プロジェクト [スタイル転写技術のプロダクション活用]

    ▲SIGGRAPH Asia 2024で発表したスタイル転写技術のパイプライン。プロジェクトの詳細はCGWORLD.jp内の記事で解説しているため、ぜひご覧いただきたい
    • ▲開発途中のスタイル
    • ▲完成時のスタイル
    • ▲開発途中のスタイル
    • ▲完成時のスタイル
    「アニメづくりのR&D座談会 2025 No.2」は6月26日(木)に公開します。
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    TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)

    文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue