ゲームや映画を中心に幅広い分野のコンセプトアートを手がけているWACHAJACK(ワチャジャック)。同社は東京に加え、静岡、福岡、そして京都にアトリエ(スタジオ)をかまえるなど、その規模を着実に拡大中だ。そんなWACHAJACKは、昨年10月31日付けでマドリッドのデジタルアートに特化した大学センター「VOXEL SCHOOL」とパートナーシップを締結した。日本とスペインのみならず、全世界に向けたデジタルアートの教育とコミュニティの形成を目指す両者の取り組みについて、この1年ほどの成果を聞いた。

記事の目次
    Voxel School Student´s Showreel 2024

    「VOXEL SCHOOL」とは

    VOXEL SCHOOLは、スペイン国内で最も古い私立大学であり教育分野ではトップとされているデウスト大学に附属するデジタルアートに特化した教育機関である。同校ではスペイン政府の規定に基づいた4年間の正式な大学課程を提供しており、修了後は公認の学士号(Bachelor’s Degree)に相当する学位を取得できる。

    また同校は、マドリード・コンプルテンセ大学とも提携しており、デジタルアニメーション、ビデオゲーム開発、VFX、デザインビジュアライゼーション、Webデザインなど、デジタルアートに関する学術的なトレーニング・センターの役割を担っている。

    デジタルアート教育とプロフェッショナルな創作活動の国際的な架け橋を目指す

    昨秋にパートナーシップを締結後、WACHAJACKはVOXEL SCHOOL内にラボを新設し、今年初頭には代表取締役でありコンセプトアーティストとして活躍する澤井富士彦氏が来校して特別講義やWACHAJACKが進めるオリジナルプロジェクトへの参加機会を提供し始めた。

    そしてVOXEL SCHOOL側も今年7月に、共同創設者・CEOのホセ・クエスタ氏、共同創設者・アカデミックディレクターのイグナシオ・マルティネス氏らが、同校の生徒たちと来日。WACHAJACKのコーティネートの下、日本のスタジオや教育機関を見学し、日本のクリエイティブ業界に関する理解を深めたという。

    WACHAJACKのグループ会社でもあるKASSENを訪問したときの様子

    ここからは、WACHAJACK代表の澤井氏、現在はVOXEL SCHOOL内のラボを拠点に活動する小林・ホセ・ミラレス・由太郎氏。そしてVOXEL SCHOOL側からは、ホセ氏とイグナシオ氏の4氏へのインタビューをお届けする。

    ——VOXEL SCHOOLは、クリエイティブ教育の世界的なベンチマークとして知られるThe Rookiesの「Top 50 Creative Schools」(2024年度)で28位にランクインされていますね。優れた教育プログラムの証だと思いますが、指導方法におけるこだわりを教えてください。

    VOXEL SCHOOL/ホセ・クエスタ氏(以下、ホセ):
    私は、ゲーム開発を中心にデジタル・アーティストや3Dアニメーターとして活動した後に、20年ほど前からアーティスト向けの教育に携わっています。VOXEL SCHOOLは2016年に、イグナシオともうひとりの3人で創立しました。

    VOXEL SCHOOLでこだわったのは、教育だけではなく、プロダクション機能をもたせることです。設立当初からゲームやアニメーション、VFX業界とのつながりをもっていることが強みのひとつです。

    設立当初は小規模でしたが、2018年度の「PlayStation Talents」にて7部門のうち3部門でVOXEL SCHOOLの学生プロジェクトが入賞するなど、実績を積み重ねていくことで現在は1,000人規模にまで成長することができました。現在は、カナリア諸島にも教育施設を有しています。

    VOXEL SCHOOL/イグナシオ・マルティネス氏(以下、イグナシオ):
    創立メンバーの3人とも美術大学の同級生で、油彩などのファインアートについてもしっかりと学んできたことも強みです。

    デジタルアート分野の大学附属教育機関として、学位を取得することを強みとしつつ、教育課程では実際のプロジェクトに携わる機会を積極的に提供しています。さらにプロ向けの各種トレーニングも行なっています。

    ——VOXEL SCHOOLとWACHAJACKは、どのような縁で交流が始まったのでしょうか?

    WACHAJACK/澤井冨士彦氏(以下、澤井):
    僕と由太郎との出会いが大きいですね。彼とは3年ほど前に『FINAL FANTASY XVI』のプロモーション用トレイラーを制作するというプロジェクトで初めて一緒に仕事をして、それを機にWACHAJACKの福岡スタジオで活動してもらうなど、今はWACHAJACKを中心に活動してもらっています。

    WACHAJACKでは海外で催されてるクリエイター向けやコンテンツ系イベントへ積極的に参加するなど、国際的な交流に力を注いでいます。

    由太郎は日本とスペインのハーフで、以前にWACHAJACKメンバーと一緒に彼が参加したBeerMatesというマドリードで開催されたアーティストの交流会でVOXEL SCHOOL関係者と知り合いました。VOXEL SCHOOLのコンセプトアーティスト教育に感銘を受けた由太郎がハブとなって、両者の交流を深めてくれた次第です。

    WACHAJACKは今年で設立7年目です。コンセプトアートは需要があるわりには、独立したプロダクションが日本にはとても少ないという現状に対して、コンセプトアートを軸に事業を展開したら面白いことができそうだと思って活動を始めました。

    おかげさまでゲームを中心に少しずつ活動領域を広げていますが、コンセプトアーティストの育成となると日本ではCG系の専門学校でクラスに1〜2名いるかどうかという状況が続いている印象です。一方、VOXEL SCHOOLには1学年につき100人以上のコンセプトアーティスト志望者がいることを知り、彼らと提携することによって、僕らの活動を推進できるかもしれないと考えました。

    ホセ:
    VOXEL SCHOOLにとっても由太郎の存在が大きかったです。スペインでも日本の作品やクリエイターはとても人気があります。ですが、実務的なつながりを構築したくても、その手立てが見つからない状況が続いていました。

    そうしたところへ、由太郎がWACHAJACKとつなげてくれました。コンセプトアーティストに特化したプロダクションはスペインでも少ないので、彼らの活動にとても興味があります。

    WACHAJACK/小林・ホセ・ミラレス・由太郎氏(以下、由太郎):
    僕はアーティストとしての活動と並行して、WACHAJACKの国際関係マネージャー、マチルダ・グスタフソン/Matilda Gustafssonと一緒に作った「BRUSHBUNNI」という国際的なアートコミュニティの運営にも取り組んでいます。それもあって、WACHAJACKとVOXEL SCHOOLが様々なかたちで交流していくことがすごく嬉しいです。

    VOXEL SCHOOLで学ぶスペインの学生さんには、日本のコンテンツ制作に携わる機会やクリエイターと交流できる機会になるし、日本のクリエイターが世界へ進出する後押しになれればと思っています。

    7月5日(土)に東京でスペイン政府の文化機関「インスティトゥト・セルバンテス東京/Instituto Cervantes Tokio」との共同で開催された『BRUSHBUNNI FESTA!』#4の様子。VOXEL SCHOOLの学生たちも参加した
    アート系の書籍を数多く出版しているパイ インターナショナル訪問時の様子

    ——VOXEL SCHOOL内にあるWACHAJACKラボでは、現在どのような活動に取り組まれていますか?

    澤井:
    メインで取り組んでいるのがWACHAJACKのオリジナルIP『GOKUI』を使ったワークショップです。

    現在、50名以上の学生さんに参加してもらって、コンセプトアートだけでなく、モデリングなどのプロダクションや、プロットの開発にもチャレンジしてもらっています。

    このワークショップは、AAAゲーム向けの3Dアート制作を専門とするアウトソーシングスタジオ「Arscade」が監修しており、学生さんはゲーム向けの3Dアセット制作を実践的に体験することができます。

    由太郎がラボに常駐しているので、ファシリテーターとして日本とスペインのゲーム開発現場とのつながりを創ることを目指しています。

    WACHAJACKのオリジナルIPプロジェクト『GOKUI』

    ▲ VOXEL SCHOOLの学生がUnreal Engineで制作した『GOKUI』キービジュアルの3Dシーン。実践的に学ぶというVOXEL SCHOOLの教育方針が反映されている  

    ——ホセさんとイグナシオさんさんは、今年7月に来日されたそうですね。印象に残ったことを教えてください。

    ホセ:
    WACHAJACKのスタジオと、彼らのグループ会社をいくつか訪問しました。WACHAJACKは、KASSENなど様々なグループ会社と連携していることが強みだと思いました。

    ほかにも、アーティスト向け書籍の出版社や教育機関も見学しました。日本のコンテンツ自体は色々と知ってはいるものの、それらが実際にどのようにつくられているのかこれまでは知る機会がなかったのでとても良い経験になりました。

    澤井:
    日本の文化を知ってもらう試みとして、WACHAJACKが制作を担当した横浜DeNAベイスターズの2025年度キービジュアルも見学してもらいました。

    このプロジェクトは横浜スタジアム内に展示されている巨大なアートが中心で制作が大変でしたが、コンセプトアーティストが活躍できるフィールドが広がっていることを実感してもらえたと思います。

    ——最後に、当面の活動予定を教えてください。

    澤井:
    僕もマドリードのVOXEL SCHOOL校舎内でこのインタビューをオンラインで受けていますが、実は明日、トゥーキョーゲームスの小高和剛さんと「日本でのビデオゲーム制作とコンセプトアートの役割 」というテーマでトークイベントをVOXEL SCHOOLで行います。

    『ダンガンロンパ』シリーズをはじめ、小高さんの作品はヨーロッパでもとても人気があるので、今回のイベント登壇をお願いしました。ワークショップだけでなく、第一線で活躍されている日本のクリエイターの方々と交流してもらう機会をどんどんつくっていきたいと思っています。

    ホセ:
    日本とスペインのアーティスト交換プログラム的なことにも取り組めたらと思っています。VOXEL SCHOOLが培ってきた、実践的な教育が日本のコンテンツ制作現場の力にもなれるよう、これからもがんばっていきます。

    2025年9月19日にVOXEL SCHOOLで催された座談会の様子。トゥーキョーゲームスの小高氏と澤井氏が日本におけるゲーム開発とコンセプトアートの役割について、トークをくり広げた。なおMCは、WACHAJACKのグループ会社であるVACANCE代表取締役 / クリエイティブ・ディレクターの鎌田俊輔氏が、通訳を由太郎氏が務めた
    https://blog.voxelschool.com/eventos/mesa-redonda-wachajack-19-de-septiembre

    INTERVIEW & EDIT_NUMAKURA Arihito