国内最大級のゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC2026」が、7月22日(火)から24日(木)まで開催された。本記事では、Ubisoftのメスマー・ファウジ氏によるセッション「Creativity in the Age of AI: Practicing Creative Sobriety/AI時代の創造性:クリエイティブ・ソブラエティの実践」の内容を紹介する。
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「人間の創造性はどこへ向かうのか」全てのクリエイターに向けた創作論
生成AIは、ゲーム開発をはじめとするクリエイティブの現場へ急速に浸透している。制作の効率化や品質向上への期待が高まる一方で、「人間ならではの創造性とは何か」という問いも、これまで以上に強く意識されるようになった。
そうした時代を背景に行われたのが、「Creativity in the Age of AI: Practicing Creative Sobriety/AI時代の創造性:クリエイティブ・ソブラエティの実践」だ。
登壇したのは、Ubisoftのクリエイティブディレクター、メスマー・ファウジ氏。自身が提唱する「Creative Sobriety(クリエイティブ・ソブラエティ)」という考え方を軸に、AI時代における創造性との向き合い方や、クリエイターが果たすべき役割について語った。
本講演は、生成AIの活用方法を解説する技術セッションではない。AIを前提とした時代だからこそ、人間が創造性を発揮するとはどういうことか。その本質を、ゲーム開発の経験を交えながら問い直す内容となった。
ファウジ氏は、ゲーム業界で20年以上のキャリアをもつクリエイティブディレクターだ。ヨルダンでインディーゲーム開発者としてキャリアをスタートし、Gameloft、EA DICEなどを経て、現在はUbisoftでクリエイティブディレクターを務めている。
また、ゲームデザインに関する著書を執筆し、アラビア語初のゲームデザイン書籍を出版。ストックホルムのFutureGamesでは教育委員会委員も務めるなど、ゲーム開発と教育の両面で活動を続けている。
こうした豊富な開発経験を背景に、本講演では「Creative Sobriety」という考え方を軸として、AI時代における創造性との向き合い方について持論を展開した。
技術革新は、人間の創造性をどこへ導くのか
ファウジ氏はまず、生成AIがクリエイティブの現場へ急速に浸透している現状を整理した。生成AIは膨大な情報をもとに、高品質な画像や文章を短時間で生成し、大量のアイデアを高速に提示できる。その能力は、従来、人間が長い時間をかけて行なってきた制作プロセスを大きく変えつつある。その上で、ファウジ氏は聴衆へこう問いかけた。
「では、私たちは終わったのか?」
この問いに答えるため、創造性を構成する4つの領域として「熟練度(Craftsmanship)」「問題解決力(Problem Solving)」「創造的表現(Creative Expression)」「創造的責任(Creative Responsibility)」を提示。それぞれについて、人間とAIを比較しながら考察を進めた。
最初のテーマは「熟練度(Craftsmanship)」だ。ファウジ氏は、機械は人間より速く走り、チェスや囲碁でも人間を上回る結果を出せるほか、楽器の演奏もこなせるようになっていると説明した。
その一方で、氏はこう続ける。「競争となると、あるいは何かをつくるとなると、人間が関わっていれば観戦したいとなると思うんですけれども、ロボットがやるとなると『素晴らしい技術ですね』で終わってしまうんです」(ファウジ氏)。
ロボット同士のチェスや、自動運転車同士のレースを積極的に見たいと思う人は多くない。同様に、ゲームでもBot同士の対戦には強い関心を抱きにくい。
「人間が関わっているときだけ、私たちは心を動かされる」。
ファウジ氏は、熟練した成果そのものだけでなく、そこへ至る人間の努力や挑戦の過程に価値を見出しているからこそ、人は創作や競技へ惹かれるのだと説明した。
この考えを説明する例として、ファウジ氏は印象派の画家クロード・モネの『印象・日の出』を取り上げた。当時、この作品は多くの批評家から芸術として評価されなかったという。
ファウジ氏はその背景について、写真技術の登場により、現実を精緻に描写するという役割はカメラが担うようになったことを挙げる。その中でモネは、現実を正確に再現するのではなく、「世界が私たちにどう関わってくるのかを可視化する」という新たな表現へと向かったのだと解釈した。
つまり、新しい技術が登場すると、人間は技術と同じことを競うのではなく、その技術では表現できない価値を模索するようになるという考え方だ。
「生成AIには技術的な部分では勝てません。けれども私たちに関心があるのは、人間としての挑戦そして人間としての勝利の物語であって、世界がどのように私たちに触れてきたのか、そこの部分に興味があるわけです」(ファウジ氏)。
AIは答えを導ける。しかし問いは人間がつくる
続いて、創造性の2つ目の要素として「問題解決力(Problem Solving)」が取り上げられた。
ファウジ氏は、その例としてドイツの心理学者カール・ドゥンカーが考案した「ロウソク問題」を紹介した。材料としてロウソク、画鋲、画鋲の入った箱が与えられ、「ロウが垂れないようにロウソクを壁へ取り付けるにはどうすればよいか」を考える思考実験だ。
正解は、画鋲を箱から取り出し、その箱をロウソク立てとして壁へ固定する方法である。
この問題で多くの人が解答にたどり着けない理由について、ファウジ氏は「機能的固着」という考え方を紹介した。人は、画鋲の箱を「画鋲を入れる容器」としてしか捉えられず、別の用途へ発想を広げにくいという心理的傾向だ。
一方、生成AIはこうした機能的固着に縛られないため、ロウソク問題も容易に解くことができる。人間が見落としがちな選択肢を提示できることは、AIの大きな強みだとファウジ氏は説明した。
しかし、その一方でAIには限界もあるという。
「AIは学習データを使って解決策を導き出そうとします。けれども問題そのものを見つけたり、問いそのものを定義したりすることはAIにとっては難しい問題です。なぜならデータセットの外側にあるものだから」(ファウジ氏)。
ファウジ氏は、この考え方を説明するために「放射線問題」と呼ばれる思考実験を紹介した。
手術不能の腫瘍を治療したい医師がいる。強い放射線を照射すれば腫瘍は破壊できるものの、途中の健康な組織まで傷つけてしまう。一方、弱い放射線では健康な組織は守れるが、腫瘍を破壊することはできない。では、患者を救うにはどうすればよいのか、という問いである。
ファウジ氏は、放射線問題の答えをすぐには明かさなかった。代わりに、一見すると無関係な3つのエピソードを紹介した。地雷原に囲まれた要塞を攻略するため、軍を複数の小部隊に分け、それぞれ別のルートから同時に進軍させた将軍の話。火災現場で、消防隊を円形に配置し、一斉に放水して鎮火させた消防署長の話などだ。
これらの話が紹介されるたびに、会場では「放射線問題の答えがわかった」と手を挙げる参加者が増えていったという。
ファウジ氏は、この現象を「類推思考(アナロジカル・シンキング)」の例として紹介した。異なる分野にある構造的な共通点を見出し、それを別の問題へ応用することで、新たな解決策を導き出す考え方である。
類推思考の具体例として、ファウジ氏は様々な事例を紹介した。
例えば、靴のデザイナーであるティンカー・ハットフィールドは、パリのポンピドゥー・センターに見られる配管を露出させた建築デザインから、ナイキ「エアマックス」の着想を得たという。また、ゲームスタジオのNaughty Dogは、昆虫へ寄生して行動を操るコルディセプス菌類から、『The Last of Us』に登場する感染菌のアイデアを発想した。
「類推が起きる瞬間は、一見して無関係のように見えるアイデアが脳内でつながり合って、問題解決に向かった瞬間です」(ファウジ氏)。
ファウジ氏は、このように異なる分野の知識や経験を結び付け、新たな問いや解決策を導き出すことが、人間の創造性の大きな強みだと説明した。一方で、生成AIは学習したデータを基に推論や分析を行うことは得意でも、何を課題として設定し、どのような方向から考えるべきかという問いを自ら定義することは難しいという。
そのため、類推を通じて問題を再定義し、新たな発想へつなげる力は、人間が担う重要な役割であり続けると語った。
「Creative Sobriety」が導く、自分だけの発想
ここからファウジ氏は、本講演の核となる考え方である「Creative Sobriety(クリエイティブ・ソブラエティ)」を紹介した。
その前提として、人間の頭の中には、それぞれの経験によって形づくられた言葉や記号、象徴、アイデアのネットワークが存在すると説明する。
例えば「色」という言葉から「赤」「青」「黄色」を連想するような結び付きは、多くの人が日常的にアクセスしているため、容易に思い浮かぶ。一方で、普段あまり使わない結び付きほど意識的に掘り下げなければ表に現れない。しかし、他者とは異なる独自の発想は、そうした結び付きの中から生まれるという。
その例としてファウジ氏は、「色」という言葉から思い付くものを書き出し、さらにそこから連想を広げていくというトレーニングを紹介した。「色→白→牛乳→牛→馬→ユニコーン」のように何段階も連想を重ねることで、自分だけの連想ネットワークを可視化できるという。
さらにファウジ氏は、創造性の高い人ほど、こうした連想を途中の段階を経ずに飛躍させる傾向があるという研究も紹介した。一方で、この点については、連想の飛躍しやすさとADHD傾向との相関を示した研究もあると述べ、その解釈には慎重さが必要であることにも触れた。
ファウジ氏は、こうした連想ネットワークのうち、中心に近く、多くの人が同じように思い付く発想を「イネビタブル・アイデア(Inevitable Idea、必然的なアイデア)」と呼んだ。広く共有された知識や経験から導かれるため、人間だけでなく生成AIも到達しやすい発想だという。
その例として、ファウジ氏はChatGPTへ「実世界でゾンビが存在するとしたら」というテーマでアイデアを求めたところ、3番目には『The Last of Us』でも知られるコルディセプス菌によるゾンビのアイデアが提示され、くり返し実行しても同様の結果になったという。
「この必然的なアイデアというのは、AIが完全に占めるだろうと言われています」(ファウジ氏)。AIは、こうした論理的な関連性を高速にたどり、多数の「必然的なアイデア」を生み出すことに優れていると説明した。
だからこそ、ファウジ氏は「Creative Sobriety」の実践が重要になると語る。「自分がどの段階にいるのかを把握した上で、これまでやってきた関連性を分析して、頭であえて自分のアイデアを深掘っていくのです」(ファウジ氏)。
その出発点になるのが、AIには学習できない自分自身の人生経験だ。ファウジ氏は例として、「カヤックで太平洋の真ん中を航行中、クジラに囲まれ、現地の麻薬密売人に助けられた」という極端な体験を挙げた。「もし、そのストーリーからアイデアが生まれるのであれば、クジラと麻薬密売人のつながりはAIには出せません」(ファウジ氏)。
さらに、任天堂の宮本 茂氏のエピソードも紹介した。宮本氏は幼い頃、建物の脇にある雨水パイプを見て、「自分が小さくなってこの中へ入れば、反対側では別の世界へ出られるのではないか」と想像していたという。その体験が、土管を通って別の場所へ移動する『スーパーマリオブラザーズ』の発想につながったとされる。
ファウジ氏は、このように個人の体験や記憶から独自の発想を導き出すことこそ、「Creative Sobriety」の実践だと説明した。
「創造的責任」が未来の創造性を育てる
最後にファウジ氏は、創造性を構成する4つ目の要素として「創造的責任(Creative Responsibility)」について語った。その例として取り上げたのが、アルベルト・アインシュタインだ。
アインシュタインは5歳の頃、方位磁針の針が目に見えない力によって動くことに強い興味を抱いたという。その疑問を抱き続けながら学びを重ね、当時の物理学者や数学者の研究に触れ、特許局で働く傍ら相対性理論を含む論文を発表した。
「アインシュタインが画期的な研究を成し遂げることができたのは、学びを自ら重ね、先人たちの研究に触れてきたこと、そして自分自身の想像力を駆使し、世界がどのように見えるのかを考え続けていたからです」(ファウジ氏)。
ファウジ氏は、創造性とは一人の天才が突然生み出すものではなく、先人たちの知識や経験を受け継ぎ、それを自分なりの発想へ発展させることで未来へつながっていくものだと説明した。
この考え方を説明する例として、ファウジ氏は1983年のビデオゲーム市場の崩壊、いわゆるアタリショックにも触れた。
一時は約30億ドル規模だった市場は急速に縮小し、多くの人がゲームを一過性の流行と考えるようになった。しかし、その後に業界を立て直したのが任天堂であり、宮本 茂氏が手がけた『ドンキーコング』、『スーパーマリオブラザーズ』、『ゼルダの伝説』などの作品だった。
「宮本さんとアインシュタインはどちらも、一人の創造性が私たちの人生、そして世界にも深い影響を与えた事例です」(ファウジ氏)。
ファウジ氏は、私たちが生み出した作品は、人類が積み重ねてきた創造の連鎖の一部となり、知らない誰かへ受け継がれていく可能性を持っていると語る。
「創造するということは、その責任を背負いながら生きていくことです。人間のクリエイターは、自らの声に責任を持ち、その表現に対して説明責任を負います。AIは裁かれることも、作品を弁護することもできません」(ファウジ氏)。
また、カメラやPhotoshop、ゲームエンジンなど、新しいツールが登場するたびに創作のあり方は変化してきたが、それらはあくまで表現の手段に過ぎないと指摘した。「ツールを分析するのではなく、そのツールを使うことの意義・目的を見出すべきです。機械には決してできない形で、どうすれば人々の心や人生に触れることができるのか」(ファウジ氏)。
セッションの最後、ファウジ氏はAI時代を悲観的には捉えていないと語った。「全ての必然的なアイデアやシンプルな関連性はAIが完全に網羅する時代がやってきます。これを存在の危機と捉える方もいます。私は挑戦と捉えています」(ファウジ氏)。
本講演では、生成AIを否定するのではなく、人間だからこそ生み出せる創造性とは何かを問い直し、そのための実践として「Creative Sobriety」を提案した。AIが進化する時代だからこそ、自らの経験を見つめ直し、自分だけの発想を育てることの重要性を改めて考えさせられるセッションだった。
TEXT_葛西 祝 / Hajime Kasai
EDIT_小村仁美 / Hitomi komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada