顔モデルの頂点を直接操作して、ブレンドシェイプによる表情を編集する。光源を動かす代わりに、影やハイライトの形を直接整える。作り手が思い描く表現を、もっと自在に実現するために。オー・エル・エム・デジタル(以下、OLMデジタル)の技術顧問、IMAGICA GROUPのプリンシパルリサーチャーを務める安生健一氏は、映像制作現場で生まれる技術的な課題を、現場と一体となって解決してきた。
SIGGRAPH 2026にて、安生氏は日本人として3人目、日本の産業界からは初めてACM SIGGRAPH Academyに選出された。評価されたのは、ブレンドシェイプとスタイライズドレンダリング(トゥーンシェーダ)の先駆的研究、そして映像制作の技術者たちをつなぐ継続的な活動だ。「映像をつくりたい」という思いは、どのように研究を動かし、世界の仲間との協働につながったのか。代表的な技術の開発経緯から、DigiPro(ACM Digital Production Symposium)創設、AI時代のものづくりまで、その歩みと考えを聞いた。
映像制作の現場で研究する人間が、Academyに入る意義
CGWORLD(以下、CGW):ACM SIGGRAPH Academyへの選出、おめでとうございます。知らせを受けたときは、どのようなお気持ちでしたか?
安生健一氏(以下、安生):ありがとうございます。実は、自分が入るとは全然思っていませんでした。Academyがあることはもちろん知っていましたが、自分には関係ないのだろうな、と。私はずっと産業界に軸足を置いてきましたし、制作現場での研究成果は、基礎研究に比べると地味に見える部分もありますから。でも、CGは応用してなんぼの分野だと思っているんです。大学に所属する研究者だけでなく、映像制作の現場で仕事をしてきた人間も評価される。そのことが一番嬉しいですね。海外では、ピクサーなどの企業に所属する方が選ばれたケースもあります。日本の産業界からも、そういう人が出てくることは大事だと思っています。
CGW:Academyは、特定の論文や作品に対する賞とは異なるのですね。
安生:はい。学術的あるいは実用化への本質的貢献、新分野の開拓など、選出理由は様々です。2018年に制度ができたとき、それ以前に大きな賞を受けた方々もメンバーになりました。日本からは西田友是先生と河口 洋一郎先生(いずれも、東京大学 名誉教授)が入って、その後は日本人が選出されなかったんです。今回はブレンドシェイプとスタイライズドレンダリングの先駆的研究に加えて、グラフィックス分野やデジタルプロダクションへの継続的なリーダーシップを評価していただきました。合わせ技一本、という感じですね(笑)。おそらく、DigiProというシンポジウムを立ち上げてきたことなどを含めての評価だろうと推察しています。産業界の私がAcademyに選出されたことは、企業(産業)と 大学などの研究機関(アカデミア)の架け橋になるという意味で、双方の発展に大きく貢献すると思います。
[補足:ACM SIGGRAPH Academy]
ACM SIGGRAPH Academy は、CG分野に多大な貢献を果たした個人で構成された栄誉ある組織。メンバーはそれぞれの分野における主要なリーダーであり、学術領域および産業界において技術研究やイノベーションを推進してきた研究者、技術者、アーティスト、デザイナー、および教育者からなる。
CGW:記念品が大きなユタティーポットというのも、CGの歴史を感じさせます。私たちが長年見慣れてきた形より、少し背が高いですね。
安生:はい。私もパッと見て「あれ、ちょっとちがうな」と思いました。こちらがオリジナルのプロポーションなんですね。ちがうと感じること自体が、業界外の人とはちょっとちがうのかもしれませんけど(笑)
[補足:ユタティーポット]
CGの標準モデルとして知られるユタティーポットは、Martin Newell氏が実物のティーポットを基に制作したもの。Jim Blinn氏が1987年に記した解説によると、ARPA向けのデモで高さを0.75倍に縮めたところ、低い形の方が見栄えが良いと感じ、そのまま使われるようになったという。操作を披露して研究費の増額を期待したものの、それはかなわなかったそうだ。
Jim Blinn「What, Teapots Again?」
目指してきたのは、現場が求める表現技術
安生氏の個人サイト
CGW:研究テーマは、どのようなところから生まれてくるのでしょうか。
安生:現場のスタッフと一緒に考え、議論することでテーマが生まれます。日立にいた頃は、スタジオジブリなどに行って問題をもらったりしましたが、OLMデジタルではCGディレクターと「どういう表現が必要なのか」を話し合い、そこから技術をつくり、SIGGRAPHで論文などを発表してきました。 でも、それだけでは意味がありません。CGですから、現場で使えてこそ真価を発揮すると思います。論文では新規性が大事ですが、私たちにとっては、それがどれだけ使えるかが、より大切なんです。
CGW:技術をつくることと、映像をつくることは、ご自身の中でどうつながっていますか?
安生:私は映像をつくりたくて、OLMデジタルに来たんです。第一にやりたいのは映像をつくること。そのために技術が必要ならつくるし、AIが必要なら取り入れればいい。もちろん、使い方について考えなければいけない問題はありますけれど。私自身はアーティストのように画をつくれないから、技術を担当しています。でも、技術を渡して「後はやっておいて」というつもりはないんです。例えば湯山邦彦監督とは、『ポケットモンスター』シリーズの制作中に何度も議論したり、一緒に『One Pair』(2008)というフル3Dの短編映画をつくったりしました。映像をつくりたいという思いが、根底にありますね。
ブレンドシェイプを「直接触って動かせる」ものにする
CGW:今回のAcademy選出理由のひとつ、ブレンドシェイプの研究では、どのような課題に取り組まれたのでしょうか。
安生:ブレンドシェイプという考え方自体は、1980年代からありました。私が発明したわけではありません。いくつもの表情の形を用意して、その重みを変えて足し合わせることで、目的の表情をつくる。ただ、表情が増えると、操作するパラメータもどんどん増えます。それを全部、数値やスライダで調整するのは大変ですよね。そこで、画面上の顔モデルの頂点を直接引っ張ることで、その動きを実現するブレンドシェイプの重みを推定できないか、と考えました。通常は重みを与えて顔の形を決めますが、その逆を解くわけです。いろいろ取り組む中で、ひとつの数学的な枠組みとして扱えることがわかりました。
CGW:それが2010年の論文「Direct Manipulation Blendshapes」ですね。
安生:はい。今はElectronic Artsに所属している、J.P. Lewisさんと一緒にやった研究です。私はどちらかというと理論面を担当して、当時Weta Digital(現、Wētā FX)にいたJ.P.さんが、現場で使えるかたちにアレンジしていきました。J.P.さんとは昔からの友だちなんです。私が日立にいて、フラクタルなどの確率モデルで自然物を表現していた頃、彼も同じようなことをしていました。その後も、それぞれが独自のキャラクターアニメーション研究に取り組んでいるという不思議な縁がありました。2010年の論文のアイデアを考える頃から、「一緒にやろう」というながれになったんです。
CGW:2012年の論文「A Practical Approach to Direct Manipulation Blendshapes」では、顔の動きの相関も利用しています。どのような操作ができるのでしょうか?
安生:例えば目は、ウインクなら片方だけ動きますが、通常は両方の目とその周辺も動くことが多いですよね。そういう相関を既存のアニメーションデータから学習して、片方を操作すると関連する部位も動くようにするんです。同じ操作を2回する手間を減らせるわけですね。ディープラーニングが流行する以前の研究です。ただ、局所的に直したい場合もあるので、相関を使う操作と、使わない操作、それから従来のスライダで数値を変える操作の3通りを使い分けられるようにしました。
CGW:直接操作ができても、数値による調整は必要なのですね。
安生:そうなんです。顔モデルを引っ張って表情をつくるのは便利ですが、微妙なところは数値で直したいこともあります。直接操作だけで全部を置き換えることはできません。両方使えることが、実用上は重要なんですね。ちなみにこの技術は、J.P.さんや、藤堂英樹さん(当時はOLMデジタル所属。現、拓殖大学 准教授)との共同開発で生み出されました。
CGW:2014年には、ブレンドシェイプの研究を整理したサーベイ論文も発表されていますね。
安生:「Practice and Theory of Blendshape Facial Models」です。普通は「Theory and Practice」という順番が多いですが、これは「Practice」が先なんですよ。私たちにとっては、まず制作現場で使えることが大事なんです。そこで何が必要なのか、どう役に立つのかを出発点にして、理論も考えていく。そういう順番ですね。サーベイ論文は、その分野が過去から最先端まで、どのように進んできたのかを整理するものです。ただ論文を並べるだけではなく、どういう理論的な背景があって、どのような括りで考えられるのかも論じます。この論文は、ブレンドシェイプの研究分野で今でもよく引用されています。
光の計算結果を、アニメの演出に合わせて編集する
CGW:もうひとつの柱であるスタイライズドレンダリング、制作現場に馴染んだ言葉で言うとトゥーンシェーダも、現場の要望から始まった研究でしょうか。
安生:そうです。3Dモデルに普通のトゥーンシェーダを適用しても、欲しい画になるとは限りません。例えば、顔の目のあたりが暗くなったり、余計な影が目立ったりする。計算としては正しくても、演出としては直したいわけです。ハイライトも同じです。アニメでは、光源や形状から自然に出てくるものとはちがう形をデザインしたいことがあります。そこで、CGディレクターと「どんな機能が必要か」を相談して、影やハイライトを編集できる方法を考えました。これは、まさに現場から出てきた問題ですね。
CGW:2006年の論文「Tweakable Light and Shade for Cartoon Animation」では、リンゴのハイライトを動かしたり、四角くしたり、分割したりするデモを発表していましたね。
安生:影やハイライトの方を操作して、形をデザインする機能を、関数で扱えるようにしました。2つのハイライトを足したり引いたりする、ブーリアン演算のようなこともできます。もうひとつ大事なのは、パラメータで表されているので、アニメーションを付けられることです。1枚ずつ全部手で直していたら大変ですが、原画に相当するキーフレームの形を決めれば、その間は自動補間できます。しかもGPUを使ってリアルタイムに操作するので、何度でも試せるんです。デモの最後でリンゴの表面に窓のような形をつくるのは、「Windows on Apple」というジョークのつもりでした。あまり受けませんでしたけど(笑)
CGW:顔の陰影をブラシで修正する、2007年の論文「Locally Controllable Stylized Shading」では、どのようなことができるのでしょうか。
安生: 普通にトゥーンシェーディングした結果に対して、明るくしたい部分や暗くしたい部分を局所的に修正できます。目にかかった影を消すこともできるし、逆に頬へ影を足して、表情や立体感を強調することもできます。ただ、1枚の画なら手で描いて直せますよね。大事なのは、アニメーションを付けても使えることです。あるキーフレームで修正し、時間を進めて気になるところがあれば、そこでまた修正する。その結果を自動補間して、動きの中でもねらった陰影をつくれるようにしました。元の形状をそのまま陰影として見せるのではなく、必要に応じて、良い意味で無視するわけです。さりげない影をデザインすることで、見せたいものに目がいくようになります。けっこう玄人好みの話ですけどね。この研究は、当時まだ大学院生だった藤堂さんが中心になって進めてくれました。
CGW:2021年の論文「Shading Rig: Dynamic Art-directable Stylised Shading for 3D Characters」では、さらにリアルタイムでの利用を進めていますね。
安生:これはニュージーランドにあるヴィクトリア大学ウェリントンのCMIC(Computational Media Innovation Centre:計算メディア革新センター)でディレクターと教授を兼任していた時代に、大学院生だったLohit Petikamさん(現在は、Microsoft Research Cambridge所属)と取り組んだ研究です。問題意識は同じで、望ましくない影を直したいというのが出発点でした。ただ、ゲームでも使えるように、リアルタイムで処理できることが特徴です。以前のブラシで描く方法とは異なり、範囲や形を指定して陰影を調整するので、操作もしやすくなりました。Lohitさん自身もゲームへの応用を考えていましたね。だから、全ての研究成果がOLMデジタルの映像制作で使われているということではありません。現場の課題から生まれた研究が、別の用途へ発展していく。そのひとつのかたちだと思います。
若手が発表し、客席にベテランがいる。DigiProでつくった交流の場
CGW:Academy選出にあたっては、研究に加え、コミュニティづくりも評価されました。2012年に共同創設されたDigiProは、どのような場ですか?
安生:映像制作の現場にいる人たちが集まって、具体的な問題を共有し、議論する1日限りのイベントです。SIGGRAPHの開催に合わせて、その開始直前の土曜日にやっています。大学の人も参加できますが、登壇する人も参加する人も、現場の実務者が中心です。きっかけは、2011年のCG Internationalという国際会議で、Weta Digitalを中心に現場の問題について議論するワークショップが開かれたことでした。そのような場をSIGGRAPHでも毎年設けられないかと相談されて、「それは面白いね」となったわけです。J.P.さんやSony Pictures ImageworksのArmin Bruderlinさんらに声をかけ、翌年から始めました。
CGW:第1回は、DreamWorks Animationの試写室で開いたそうですね。
安生:現場の人同士が集まるなら、現場でやろうと思ったんです。SIGGRAPHの時期に合わせるからといって、同じ会場でなくてもいいでしょう。当時PDI/DreamWorks(現、DreamWorks Animation)にいたLarry Cutlerさんらが動いてくれて、グレンデールのスタジオで開催できました。面白いのは、発表するのは若い人で、客席に有名な人たちがたくさんいることです。朝のコーヒータイムがあって、昼食があって、またお茶の時間があって、夜は軽く飲める。発表を聞くだけではなく、話をする機会をたくさん用意しています。コミュニティをつくるイベントでもあるんです。
CGW:規模も大きくなっているのでしょうか?
安生:最初は120人くらいでしたが、今では500人くらい集まります。ただ、これ以上は大きくしたくないんです。1日の中で多くの人が交流できる規模としては、そのくらいが最大だと思っています。このかたちを続けようというのが、私たちの意思です。発表はエンジニアが多いですが、本当はアーティストやプロデューサーにも、もっと参加してほしいですね。日本から来る方はまだ少ないので、ぜひ来てほしい。現場の仲間と出会える、面白い場所だと思いますよ。
AI時代にも、つくりたいものを見失わない
CGW:長く技術の進化を見てきた安生さんには、現在のAIの動きはどう映っていますか?
安生:私も、まだ十分に使いこなせるほど経験があるわけではありません。今は技術顧問なので、以前のように制作現場で監督と議論する仕事から、若い研究者と新しいテーマに取り組む仕事へと変わってきています。その立場からの意見として言わせてもらうと、映像をつくる手段として、AIは徐々に現場に入ってくると思います。CGだって、最初から受け入れられていたわけではないですよね。「3DCGをどうやって使うんだ」と言われた時代もありました。AIは驚異的なスピードで普及しています。今後、制作現場でどのような役割を担うのかはまだわかりませんが、私たちも様々な使い方を試しながら、その可能性を探っています。ただし、何を学習に使うか、知的財産権やIPをどう扱うかは別の大きな問題です。そこはきちんと考えなければいけません。ツールとしての可能性と、知財の問題は分けて考える必要があります。
CGW:AIができることが増えても、CGを学ぶ意味は変わらずにあるのでしょうか。
安生:「もうモデリングやレンダリングを勉強しなくてもいいのでは」という話もあります。でも、映像をつくろうという立場に立つと、出てきたものに対して、やっぱり不満が出てくるんです。それをどう直したいのか、AIに伝えるときにも、CGのことを知らないと難しいと思いますよ。いくらでも時間をかけて、ほしい結果が出るまで試せるなら別かもしれません。でも、現場の制作ではそうはいきません。CGの研究がなくなるとは思わないですし、映像をつくる立場からすると、AIも活かせるツールのひとつだと思っています。
CGW:これからの研究者やクリエイターに、伝えたいことはありますか?
安生:そんなに偉そうなことは言えないので、いろいろ教えてください、というのが一番ですけど(笑)。やはり、映像をつくりたいというモチベーションを豊かにしてほしいですね。新しいツールがたくさん出てきて、「もう覚えるのは嫌だ」と折れてしまわないような、強い動機をもち続けてほしい。全部のツールを使う必要はないし、世界中のAIを敵にして仕事をするわけでもありません。仲間づくりのような気持ちで取り込んでいけばいいと思います。私自身も、どうすればそういうAIエージェントをつくれるか、考えているところです。
情報が増えるほど、自分は何をすればいいのだろう、と迷うことはあると思います。だからこそ、「自分はなぜこれをやりたいのか」、「何をやったら面白いのか」を、未来を担う若い方々にも常に意識してほしいですね 。我々はエンターテインメントに関わっているんですから。以前、学会で「目指すはエンターテイナーです」と言ったら、みんなポカーンとしていました(笑)。でも、自分のまわりにいる人を幸せにすることが、一番大事だと思っています。何かの賞をとることやAcademyに入ること以上に、仲間と面白いものをつくることが、人生で一番楽しいことなんです。
TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue
PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota