Netflixシリーズ『ONI ~ 神々山のおなり』が2023年2月、アニメーション界のアカデミー賞とも呼ばれるアニー賞で2部門を受賞したトンコハウス。
受賞した制作チームに、日本人若手アーティスト2名が含まれていたことも当時話題になった。現在もトンコハウスジャパンでアーティストとして活躍する、橋爪陽平氏と稲田雅徳氏だ。
彼らはどのようにしてトンコハウスにジョインし、人気作品の制作に携わるに至ったのだろうか? 堤大介氏との出会いや、堤氏から受け継いだ教えについても深掘りする。
当時のトンコハウスのアーティストが後押し
橋爪陽平氏(以下、橋爪):僕はもともと、高専のデザイン学科でグラフィックデザインを勉強していました。イラストは学んだことがなかった一方、「漫画家になりたい」という夢もあり、趣味で漫画を描いて出版社に持ち込んだりしていましたね。
なかなか良いストーリーをつくれなくて悩んでいたとき、あるネット記事で、ピクサー映画のストーリー制作について取り上げられていたんです。それを機にピクサー映画をよく観るようになり、アートブックまで買うほど大好きになって。
そのアートブックにトンコハウスの創設者であり、当時ピクサーのアートディレクターだった堤大介さんの名前を見つけて、「海外でこんなに活躍されている日本人の方がいるんだ」と驚きました。2014年、短編映画『ダム・キーパー』日本初上映に合わせて来日された堤さんと同じくトンコハウスの創設者でピクサーのアートディレクターだったロバート・コンドウに会いに行き、ご挨拶したのがお二人との出会いです。
橋爪:トンコハウスに入るきっかけをつくってくださったのは、当時トンコハウスに在籍されていた長砂ヒロさんです。一度ネットでヒロさんの絵の特集記事を見て感銘を受け、感想のメッセージを送ったことがあったんですね。その後の2016年にヒロさんに「弟子にしてください。どんなことをしてでもトンコハウスで働きたいんです」とメールを送りました。
今思えば気持ち悪いメールなんですけど(笑)、ヒロさんは「絵を送ってくれたら見るよ」と言ってくださって、それから3カ月ほどにわたって個人的に絵を添削してくださいました。一度ヒロさんとのミーティングのためにZOOMを開いたらそこに堤さんもいらして、思わず言葉に詰まってしまったのも覚えています。僕の中で堤さんは神様のような存在だったので……。
あるときヒロさんが、「橋爪くんに朗報。トンコハウスから課題を出してもらえたよ」と。それを機に、高専在学中にトンコハウスの日本で初めてのインターン生になり、卒業後は約一年間スタジオコロリドで働いてから、2018年5月にNetflixの子ども向け作品『Go! Go! コリー・カーソン』のペインターとしてトンコハウスにジョインして現在に至ります。
CGW:長砂さんが全面的に後押ししてくださったんですね。稲田さんはいかがですか?
稲田:僕はずっと堤大介さんのファンで、大学を卒業してアルバイト生活をしていたとき、堤さんがロバート(・コンドウ)とトンコハウスを立ち上げることを知ったんです。その後、オンラインスクールのSchoolismでトンコハウスの絵が学べると知って、受講し始めました。
CGW:稲田さんも「トンコハウスに入りたい」と思われたんですか?
稲田:堤さんとロバートの絵のクオリティはもう別次元なので、当時はそこに到達できる気はまったくしていなくて。英語もできないし、アメリカへ行くお金もないので、仕事をしたいというよりも「トンコハウスのような絵が描けるようになったらいいな」という気持ちでした。それで、課題で描いた絵を都度、SNSに載せてアウトプットしていたんですね。そうしたら長砂ヒロさんから「一緒にスケッチをしてみない?」とご連絡をいただいて。
橋爪:そのころヒロさんが、あるやりとりの中で「SNSに、めちゃめちゃ絵が上手な人がいますね」と話していて。それが稲田さんだったんですよね。
稲田:僕は学生ではなかったのでインターン枠の対象外だったのですが、その代わりにヒロさんと一緒にスケッチをしたり、ちょうどヒロさんが『ドクターバク』の絵本をつくり上げている時期だったので、ページのレイアウトを考えるお手伝いをしたり……そのうちに「トンコハウスで人手が必要だ」とお話があり、2018年4月にジョインさせていただきました。
「失敗してもOK! トライしてみなよ」
CGW:実際にジョインしてみてわかった、トンコハウスならではの特徴や魅力はありますか?
橋爪:トンコハウスは少人数のスタジオ、かつ堤さんご自身が「自分の専門にとらわれず、どんな工程もマスターしてほしい」というマインドを持っていて、僕と稲田さんも「色」と「光」が専門ではあるんですけど、幅広くいろいろなことに挑戦させていただく機会が多く、その環境が素晴らしいなと感じています。
たとえばNetflixシリーズ『ONI ~ 神々山のおなり』ではキャラクターデザインをやらせていただいたり、キングコング西野亮廣さんと堤さんで共同制作中のコマ撮り短編映画『ボトルジョージ』ではストーリーボードを任せていただいたり……。人数の多いスタジオでは、ぜったいにありえないことだと感じますね。
稲田:僕も橋爪さんと同じです。以前、堤さんに一度「キャラクターデザインにも興味がある」とお伝えしたことがあって。すると『ONI』の制作で、通常なら得意な人がやる仕事なのに、キャラクターデザインの仕事を堤さんが振ってくださったんですよね。その後もグッズやポスターのデザインをやらせていただいたりして、もちろん慣れない作業は苦労が絶えないんですけど、専門外の領域に触れることで刺激になりますし、すごくおもしろいです。
CGW:初めてやる作業に挑戦するのは、怖いですよね。
稲田:ただ、トンコハウスには「失敗してもOK! トライしてみなよ」という雰囲気があります。もちろん本当にOKではないと思うのですが(笑)、「どうなるかはわからないけど、とりあえず突っ込んでいこう」という心境になれるのかもしれません。
CGW:なるほど。これまでに一番苦労した作品はなんでしょうか。
橋爪:2020年、『ONI』の制作が始まる1〜2カ月ほど前に、『ボトルジョージ』の絵本のコンセプトアートを描くプロジェクトがあったんです。それまではデザインチームが描いた絵に質感や色味を加える仕事がほとんどだったので、何もない状態からコンセプトアートをつくっていくという「0から1」の工程を前に、右も左もわからなくて。
橋爪:ちょうどヒロさんが独立されたころで、それまで支えだった存在が突然いなくなり、僕と稲田さんの二人で「どうしようか!?」と言いながら試行錯誤したのを覚えています。稲田さんとは、そのプロジェクトで仲良くなったんですよね。
稲田:そうですよね。制作期間も「『ONI』のプロジェクトが始まるまで」と決まっていて、キャラクターも世界観のデザインも、期間内にすべて完成させる必要があって……しかも、(キングコングの)西野さんにお見せする予定だったので、時間との兼ね合いもあり、すごく悩んだ1カ月間でしたね。
橋爪:最終的に6枚のコンセプトアートを描くことになっていたのですが、作業の終盤、できあがったレイアウトにペイントしていくときは、慣れた作業だったこともありかなりスムーズに進みました(笑)。
稲田:そこまで行ってようやく「ああ、良かった……」とほっとしましたね。
大切なのは、色と光を「観察」すること
CGW:ほかに印象に残っているお仕事はありますか?
橋爪:僕にとってはやはり『ONI』が印象深いです。じつはそれまで、トンコハウスに入ってからも堤さんの作品に直接携わったことはほとんどなく、ミーティングでご一緒する機会もなかったんですね。学生時代から堤さんの作品のカラースクリプトを見ながら勉強してきたこともあり、僕の中では人生の一大モーメントでした。
CGW:『ONI』では、具体的にどのような工程を担当されたのですか。
橋爪:カラースクリプトのほかに、アメリカのデザインチームが描いたイラストに質感やライティングを加え、「CGにしたときのルック」をイメージしやすいように整えて、CGスタッフに送る作業を担当していました。あとはグラフィックや小道具のデザイン、制作終盤にはマットペイントなども担当しました。約2年間、『ONI』という映画をつくるためのプロジェクトに最初から最後まで携わり、そうした意味でも強く記憶に残っています。
稲田:僕は『ONI』の制作中、「主人公が通う学校の外観」を描いたことがあって。もともと「木」の下半分のみ描く予定だったんですが、途中で「上半分も描こう」という話になったんです。形状自体はシンプルだけれど木のボコボコした質感も伝えないといけない。丸一日かけて、ひたすらディテールを描いたのを覚えています。
CGW:堤さんから、修正依頼はかなりありましたか?
橋爪:そうですね。とくにカラースクリプトは、堤さんがピクサー時代に本職とされていたことでもあるので、厳しい目を持っています。ただ、そのぶん学びもめちゃくちゃ大きくて。堤さんのリテイクが間違っていると思ったこと、僕は一度もないんです。すべてが本当におっしゃるとおりで、堤さんの存在があるからこそ、安心して描くことができています。
CGW:『ONI』では、アニー賞のプロダクションデザイン賞を受賞されました。それまでやってきたことが評価された瞬間、どんなご心境でしたか?
橋爪:プロデューサーの方からメールをいただいたときは実感がなかったのですが、Netflixさんからお祝いの品が届いたり、授賞式のための渡米が決まったりして「いよいよ大ごとになってきたぞ」と感じましたね。「自分たちが思っている以上に、これは大きな賞なのかもしれない」と、後々になって身に染みました。
稲田:僕も、普段絵を描くうえで「賞を取るぞ」と意識したことがなかったので、周囲の皆さんの盛り上がりを見て驚き、その後実感が湧いてきました。
CGW:そうだったのですね。堤さんとプロジェクトをご一緒した実績をもつお二人ですが、堤さんやトンコハウスが「大切にされていること」があれば教えてください。
橋爪:トンコハウスでは、「観察すること」をすごく大切にしているんです。とくに僕らは色と光を専門にしているので、1時間〜1時間半の間に、モチーフの質感や色を観察して見たままをPhotoshopに描くことを習慣づけています。
11月29日(水)開催の「トンコハウス若手アーティストによるコンセプトアート教室」では、「観察すること」を踏まえて、「どうやって描けばよいのかわからない」という方に向けて、コンセプトアートの描き方をできるだけわかりやすくお伝えできたらと思っています。これまで堤さんやロバートによるワークショップは複数開催されていますが、今回は僕と稲田さんが登壇することもあり、より初心者の方に寄り添えるのではないか? と思っています。
CGW:堤さんから何度も修正を受けるなかで、お二人の中には堤さんのスタイルがベースとして染み付いていて、それをまだ学んで間もないからこそ、わかりやすくアウトプットできる。それが今回のワークショップの特徴ですね。最後に、これから目指したいアーティスト像や、目標があれば教えてください。
稲田:僕はもともとペインターとしてトンコハウスにジョインしましたが、さまざまな作品のアートチームの仕事を間近で見て、作品によってまったく異なるアートスタイルがあることに刺激を受けています。今後もキャラクターデザインをはじめ、幅広いスキルを吸収して自分でできることを増やし、それをこの先携わる作品に活かしたいですね。
橋爪:僕も堤さんの「専門にとらわれずなんでもできるようになってほしい」という教えを意識して、色と光だけではなく、キャラクターデザインやレイアウトなど多彩な分野に興味を持って挑戦、吸収し、いつかは自分の作品をつくれるようになりたいで
CGW:今後も楽しみにしています。ありがとうございました。
トンコハウス若手アーティストによるコンセプトアート教室
Netflixシリーズ『ONI ~ 神々山のおなり』でコンセプトアーティストとして活躍し、アニー賞でプロダクションデザイン賞を受賞したトンコハウス・稲田雅徳氏と橋爪陽平氏が初の講座『トンコハウス若手アーティストによるコンセプトアート教室』を11月29日(水)に開催します。
- 開催日時
2023年11月29日(水)18:00-21:00
- 講義時間
180分 ※休憩も含みます
- アーカイブ配信
あり
※期間限定
※アーカイブ配信は後日準備ができたらメールにてご案内します- 価格
10,000円(税抜)
TEXT_原由希奈/Yukina Hara
EDIT_西原紀雅/Norimasa Nishihara(CGWORLD)