VTuber文化の隆盛により、近年注目されることが多くなったモーションキャプチャ技術。特段技術にフォーカスした媒体でなくとも、カメラがずらりと並んだスタジオの写真を見かけることはいまでは珍しくなくなった。
そんなモーションキャプチャのプロを育成するという名目で、株式会社GUNCY’Sと日本工学院専門学校による教育プログラムが先日発表された。
現場直結型の教育プログラムとは一体いかなるものなのか。CGWORLDではGUNCY’S代表の野澤徹也氏、同社所属でプログラムの講師を務めるシニアモーションディレクターの大畑滋氏、そして、日本工学院専門学校の松永治空氏に取材を行った。
人材不足のいま、教育現場と制作現場の乖離を解消したかった
ーーまずはお三方の自己紹介と会社・学校のことを伺ってもいいですか?
松永:日本工学院専門学校CG映像科でスタッフを勤めています、松永といいます。
開校から75年ほどの歴史を持つ私立専門学校で、私のいるCG映像科以外にもマンガ・アニメーションや声優・演劇、情報処理や電子・電気科など多くの学科を持つ学校になっております。また、私個人では北陸先端科学技術大学院大学・JAISTにも所属しての研究もさせていただいています。
野澤:GUNCY’S代表の野澤です。
GUNCY’Sは2015年設立、今年で9期目になるコンテンツ開発や制作のコンサルティングの会社ですね。元々私は比較的規模の大きな映像CGを扱うプロダクションに長らくいたのですが、その中で、もう少し新しいジャンルを切り開いていきたいと思い、立ち上げた会社です。なので、制作を行うだけでなく、0から1の部分、何をやるかを決める段階から携わらせていただきつつ、いろんなコンテンツをつくっていくという会社です。
大畑:同じくGUNCY’Sの大畑です。
元々、自分はイマジカにいたのですが、そこから20年以上前からモーションキャプチャの技術に触れていまして、現職のGUNCY’Sでもモーションキャプチャ全般、企業向けのサポートからスタジオ事業までを担当しております。その一環として、人材不足を補うための学生向け授業を始めまして、そこで講師を担当しています。
ーーありがとうございます。人材不足というのはどの業界でも聞かれる一方、産学で連携して教育プログラムを開始するというのはかなり珍しいと思います。一体どういった経緯で本プログラムが始まったのかお聞かせいただいてもいいですか?
野澤:実は、僕と日本工学院さんの付き合いが長かったんですよ。僕が会社を立ち上げたばっかりの時期、それこそ2期目、3期目にはすでにいろんな教育機関と繋がりはあったんですが、日本工学院さんにいらっしゃる糸数弘樹さん(代表作に『アイアン・ジャイアント』『シュガーラッシュ』『アナと雪の女王』などを持つCGアーティスト。日本工学院では講師を務める)とは教育の話をいろいろしていて。そこで、日本工学院さんでのカリキュラムや、制作と教育の現場でのズレなんかの話をしていたんですよね。それで、実際に僕が1年間講義に参加したりもしたんですが、学生さんの話を聞くにつれて「学生が教えられていることと現場には相当な乖離があるぞ」と思いまして。
ーー「1年間講義に参加したり」というのは、野澤社長自らが教鞭をとられたのでしょうか?
野澤:そうなんです。当時は会社の人数も少なくて割と自由に動けたので、週1回学校に通って授業をするということができたんですよ。それで1年やらせてもらって、その後会社が忙しくなってしまったので2、3年ほど間が空いてしまうんですけど、ずっとお話はさせていただいていて。
松永:やっぱり、学校側の僕らとしても、教育現場と制作現場の乖離はずっと感じているんです。しかし、技術進歩が著しいこの分野で、先生が常に最前線の勉強をし続けるというのもまたハードルが高くて。なんとか産学共同の形をとれないか模索し続けていたんです。
野澤:あと、時代の変遷による扱うコンテンツの変化ですよね。
前まではゲームや映画に使われるようなプリレンダムービーをつくりたいという人が多かったんですけど、VTuber産業が盛り上がってきて、でも、そのVTuber産業もまだまだ成熟はしていない。それに限らず、とにかくCGを扱うコンテンツが多様化して、刺さるものがみんな細分化していってる。そんな中で、教育現場から制作現場に人を送ってもらおうと思うと、産学で一緒にやっていく、という選択肢がつよく出てきた。
ーーそこに大畑さんはどのような形で合流され、講師になられたのでしょうか?
大畑:自分も業界歴が長いので、以前から次世代育成には努力を続けてきたんですが、やはりモーションキャプチャという比較的新しい技術になると業界全体にいる絶対人数が少ないですよね。技術を持ってる人が足りていないから、教えられる人がもちろん足りない。技術を持ってる人はお金を稼ぐ方に回さないといけないので、教育に時間をかけることが難しい。育成しないと人材不足の状況から抜け出せない、というジレンマがあって。多くの場合は、次世代育成を二の次にしがちなわけです。そんなときに野澤と知り合って、いろいろ話しているうちに、自分が課題として感じていた人材不足の解消と技術の伝承をやらせてもらえそうだとなりまして転職しました。
ーーちなみに、モーションキャプチャをプログラムの題材として選ばれた理由は何だったのでしょうか?
大畑:そこは、得意分野だったから、というのが大きいですね。
自分自身が20年以上やってきたモーションキャプチャという技術があり、そこに関しては運用も教育もノウハウが溜まっていたから、これを生かさない手はないだろう、と。
現場ではMotionBuilderが必須なのに、教えられる人がほとんどいない
ーー教育現場で教えられていることと、制作現場で求められていることが違う、という話が繰り返し出てきましたが、具体的にはどのようことなのか伺ってもいいですか?
大畑:まず、企業側の運用が変わったんですよね。
昔だったら、まず新人・新卒を雇って、雑用から入り、経験を積みながら徐々に現場に出して技術を覚えていってもらうことに取り組んでいたのですけど、いまは即戦力になる経験者をとってしまう。これは先ほど話に出たように、現場に教育出来る人がいないというところに起因するんですが、とにかく学生のときに基礎を習得している必要があるんですね。企業に入って0からスタートではなく、学校ですでに0から1にしておく。それがいますごく求められていると思います。
ーー技術やポートフォリオがないと企業的には受け入れにくいということでしょうか。
大畑:技術やポートフォリオがないと就活時のコミュニケーションそのものが難しくなってきてしまうと思います。プロフェッショナルとしての意識や自覚は年齢的にも難しいと思うのですが、ある程度の技術を業界に対して所持しておくことは意思疎通の上でもかなり重要で、そうしたものを伴った上で、仕事に入れるようにしておいてほしい。自律的に思考して仕事を回せるプロフェッショナルである所まで最初から求められてはいないと思いますが、仕事を任せることができる即戦力であることは求められてしまうのかな、と。
野澤:僕らがキャリアをスタートした頃は学校なんかなくて、まず現場に飛び込んで一つずつ覚えるのが当たり前だったんですが、いまではキャリアの始め方が充実しちゃったんですよね。もちろん、分野によっては古き良きOJT方式で教えられるようなものもあるんですけど、ことモーションキャプチャの分野においてはこれが難しいことも多くて。
VTuber企業は業界自体が未成熟なこともあって教育体制ができあがっていないことも多いですし、機材を取り扱う業者さんもMotionBuilderを使えないこともある。だから、トラブルが起きてはその場しのぎ的に運用するしかなくなっているところも結構あったりするんです。だからこそ、即戦力が欲しいということになる。
大畑:あとは姿勢の部分ですね。モーションキャプチャの撮影日というのは役者やクライアントがその日のために準備をして来ます。次の工程にはアニメーターさん等の人が控えているので、その日のためにはしっかりと準備をしてきてください。という姿勢や取り組みの考え方の話をしています。
ーーちなみに、具体的な技術としてはどういったものを習得していればモーションキャプチャの現場で即戦力足り得るのでしょうか?
大畑:モーションキャプチャの用途がVTuberかゲーム会社かで別れてしまうところはありますが、ツールとしてはMotionBuilderです。UnityやUnreal Engineでもモーションを扱える部分はありますが、全身のモーションキャプチャをやっていく上ではMotionBuilderが先駆者かつ一番優秀なので。
そのMotionBuilderに、キャラクターのアニメーションを別のキャラクターに流し込む「リターゲット」という機能がありますが、これを使いこなせれば、入口には立てると思ってもらって大丈夫です。このツールは優秀なので理解が浅くてもある程度うまくやってくれます。さらに、細かいパラメータへの理解をしてもらって使いこなし方を詰めていってもらうことになるのかな、と思います。ゲーム会社さんを志望するなら、撮ったデータを加工するためのリグ周りの理解も必要ですね。
ーー多種多様なツールの学習があるのかと思いましたが、MotionBuilderに絞られているのですね。
大畑:もちろん、企業によっては他のツールも求められることがあるとは思うのですが、MotionBuilderの技術そのものはどこでも通用するので。
個人の方だとMotionBuilderは価格的にも機能的にもハードルが高いと思うのですが、企業においてクオリティの担保が求められてくると、どうしてもMotionBuilderは外せないと思います。
野澤:業界的にはもうMotionBuilderは絶対必須なんですよ。
個人でも買えるような比較的安価な機材で収録されたモーションですら、MotionBuilderを通せばそれなりに品質が安定したりしますし、とにかくこれを使っておけ、とすら言える優秀なツールです。
にもかかわらず、MotionBuilderの使い方がカリキュラムに入ってる学校というのはものすごく少ないし、VICONやOptitrackを設備として備えている学校もほとんどないわけです。ただ、それを教えるためだけに人や設備を学校に入れるのもコスパとして合わないのもすごくわかるので、ウチのような会社がうまくニーズを埋められれば、と思っています。
ウチなら、大小のスタジオに数十台のVICONが備え付けてあるので。
奇跡的に、モーションキャプチャスタジオに居抜きできた
ーーいま取材で伺っているのが、そのスタジオを擁するGUNCY’S TECHFORTですが、こちらについても伺えますか? 今年4月に開業されたばかりですが、どのような経緯で開業されたのでしょう?
野澤:これに関しては結構急な話なんですけど、元々このビルってクレッセントさんが所有されていたものを売ってもらったものなんですよ。
クレッセントさんはVICONのリセラーなどもされているので、代表の小谷さんとは以前から交流があったんですが、ちょうど僕が自社ビルが欲しくて方々を回っているときに、小谷さんに「いい不動産紹介してくださいよ」と相談したところ、「ビル探してるならウチのを買ってよ」と返されまして。初めは冗談だと思ったんですけど、どうやら本気らしいぞとわかってから、慌てて考えて銀行に相談して、というのが去年の10月(笑)
ーー4月に開業されているので、小谷さんのお話から4か月ほどで購入・開業に至っていますよね? 一般的にはとてつもないスピード感だと思うのですが……。
野澤:普通はあり得ない話なんですよね。
モーションキャプチャなんてニッチな分野で、機材から箱まで全部揃っていて、ほぼ居抜きで購入して入居したらいきなり営業開始できるなんてことはまずあり得ない。だから、自分でも不思議に感じるというか、「どうしよう」みたいな思いもあります。もちろん、拠点があることで人や仕事もやってくるだろうとは思っているんですけどね。
ただ、CGの仕事はいまのGUNCY’S全体の3分の1くらいしかないので、こんなスタジオを買ってしまった以上はもっと仕事を増やして売上を伸ばしていかないといけない(笑)
ーー日本工学院さんとのプログラムもこのGUNCY’S TECHFORTで行われていますが、ここでの実施はどのような運びで決まったのでしょう?
野澤:普通はあり得ないとんとん拍子でことが進んでこのビルを買ったわけですけど、買っちゃった以上は使わなきゃね、ということで使い方を考えまして、その結果「まず最初に人を育てるために使うべきだな」と。うちの社員もモーションキャプチャの経験が浅い者は多いですしね。そんな流れで、日本工学院さんとお話をしているときに「最近、ビルを買いまして……せっかくだしモーションキャプチャ専門の授業をやりません?」と(笑)
松永:本当に「新しいビル買ったから遊びに来て」「来月オープンです」「なのでクラスをつくりましょう」という(笑) ただ、僕自身がいろいろとやってみたかったこともあったので、「じゃあ、やりましょう」と方々に声をかけてのスタートですね。
ーーちなみに、機材や設備などもほぼクレッセントさんの居抜きのままですか?
野澤:建物自体はあまりいじらずそのままで、内装だけ手をつけさせてもらいましたね。
人が入ってからだと手をつけにくくなってしまうであろう、壁や床には手をつけましたが、スタジオの部分はほぼそのまま。なんなら、内装工事をしてる間も、モーションキャプチャのスタジオは稼働できる状態でした。
上質な教育の環境を整えるための内装工事と機材選定
ーースクールの設備がとても整っているように感じられましたが、拘ったポイントがあればお聞かせください。
野澤:TECH FORTを人材育成の拠点として活用するにはまず設備面を充実させなければいけないと思いました。入居前にクレッセントさんのVICONチームが作業部屋として使われていた部屋がありましたが、そのままでは授業に集中してもらえるような環境とは言えず、思い切って内装工事から頑張りました(笑)
大畑:今回の特別講義は、主にAutodesk MotionBuilderを使います。受講者さんには、ストレスなくソフトのオペレーションを行って頂くことが第一だと思いました。そこで、10名の受講者用と講師用の合わせて11台のPCを新規で導入することになりました。
当初は自作PCや既製品なども候補に上げましたが、
・最適化されたエアフローによる高い冷却性=運用面での動作安定性に寄与
・取り外しが用意なフロントパネルや天面メッシュフィルタ採用による高いメンテナンス性
・昨今のゲーミングPCとしては光らないため、開発や教育用途にも適している
等の面が決め手となり、TSUKUMO社のG-GEARの新型機を導入することに致しました。既製品にはないBTOパソコンならではのきめ細やかなカスタマイズ性と十分な機能面に大変満足しています。
今回のコースはモーションキャプチャに関することがメインですが、それとは別にUnreal Engine5等のゲームエンジンを使ったコンテンツ開発をハンズオン形式で教えるクラスやStable Diffusion等の生成AIを使ってみたい方たちへの導入編の様なコースも企画しております。
ーー他にもTECH FORTのご紹介をして頂けますか?
野澤:MocapSOSを紹介するLP(ランディングページ)を用意しましたのでこちらからご覧ください。
まず、施設としては2つ。メインスタジオとサブスタジオがあります。
2階にあるのがメインスタジオで、こちらは10m×10mの広さにVALKYRIEというVICONのフラッグシップモデルが64台配置されてます。広さや性能的に、10人くらいまでは同時キャプチャ可能ですね。
一方で、3階にあるのがサブスタジオ。
こちらは、5.5m×2.5mの広さにVICON VEROというモデルのものが24台。
他には、スタッフが普段の業務をする執務室やセミナールーム用の部屋という感じです。
あとはメタバース上に公開しているバーチャルオフィスですね。
VRChat上にGUNCY’Sのオフィスやセミナールームをパブリックワールドとして公開してまして、こちらでも軽い説明会などはできるようになっています。
プログラム修了者同士でネットワークが形成されてほしい
ーーそんな拠点に学生を招き入れて教育プログラムを行うというある種型破りとも言えるような取り組みを始められたわけですが、今後の計画などはありますか?
大畑:まずは1コマ3時間×全12回の授業を通して、モーションキャプチャの技術を身に着けてもらうところですね。基本の学習と機材に触れる実習を36時間分行って、一定のレベルで「MotionBuilderを使える」と言えるような人材を送り出すことが目標です。
授業は年2回開講予定なので、いまやっている授業が終わったら秋からの授業を始めて、同じように人材を送り出して、サイクルを回していきたいと思っています。
野澤:すでにこの授業以外の学生さんの制作でもウチのスタジオを使ってもらったりしているので、引き続きそうした取り組みを広げていって、学生さんのつくるもののクオリティアップに貢献できれば、と思います。
ーー教育プログラムの拡大予定などはありますか?
大畑:いまのところはないですね。
今回開講したコースは定員が10名で、そこに30名の応募を頂いたりしたんですけども、やっぱり10名くらいが個々をちゃんと育てていくにはちょうどいい人数だという感覚はあって。
松永:ただ、そうして巣立っていって企業での制作現場に行った子の中から、また講師になれるような人材が生まれてくれるといいとは思っていますね。
大畑:そうですね。何年もこうしたプログラムを続けていって、技術を学んだ生徒が業界のいろんなところに巣立っていく中で徐々に交流やネットワーク、ノウハウの共有が生まれる形になるといいですね。
ーー本プログラムでは卒業生に対する認定証を発行する旨発表されていますが、それもそうした狙いあってのことなのでしょうか?
野澤:現状、まずは人手不足や技術の共有がうまくいってない業界を盛り上げたいということが目的なので、認定証そのものにそこまで大きな野望はないんですが、認定証で「GUNCY’Sが責任を持って最後まで教えたよ」とは伝えたい。そうして送り出した子に業界からクレームが来たらそれはそれで反省はしますし。
松永:最近は学生の自己肯定感みたいな問題に直面することが多いんですが、こういう形あるものが自信の下支えにでもなってくれればいいと思いますね。
大畑:あくまで希望でしかないのですが、就職の役に立って欲しいなとは思います。VTuber業界は特にできたばかりの業界なのもあって立派なポートフォリオだけがあってもなかなか就職が難しいところはありますし。作品とセットで、MotionBuilderやVICONを使えますという証として機能してくれればいいと思います。
自分が何をしたいのかを見つけてきてほしい
ーー業界への就職や進学を考えているCGWORLD読者へのメッセージ、もしくは業界に対する思いなどお聞かせいただいてもよいでしょうか。
松永:技術の進歩で日々すごいものが目に入るようになり、自分が何をしたいのかを非常に見失いがちな時代だと思うのですが、そうした中でこそ、自律的に考える力を持った人材が必要とされているのをつよく感じています。日本工学院としては、そうした方が入学してくれること、そうした方を育てていければ、と思っています。
大畑:やりたいことを意識するきっかけそのものは自分で見つけて欲しいとは思います。一度基礎を掴めば、その後の吸収も成長も速いので、そうした人が来て欲しいと思います。本当にやりたいこと、それを実現するには何をやればいいのかを常に考えてもらえればいいなと思います。
野澤:いまはどんなコンテンツにしろデジタルが付き纏ってくる時代ですし、もし、そういうものをつくることに興味があるならウチの会社に遊びに来て欲しいですね。別にウチに就職してくれなくても、業界が盛り上がってくれればいいと思ってるので。
ーーありがとうございました。
TEXT_稲庭淳
PHOTO_大沼洋平