北海道札幌市に本部を置く吉田学園情報ビジネス専門学校(2025年度校名変更予定:専門学校北海道サイバークリエイターズ大学校)が、カナダの映画・映像系専門学校であるVancouver Film School(VFS)とのMOU締結を発表した。北のハリウッドとも呼ばれるバンクーバーの名門校として知られ、近年に限っても『DUNE 砂の惑星 Part2』や『デッドプール&ウルヴァリン』等のハリウッド大作で卒業生が活躍するVFSとの提携は、何をもたらすのか?
本稿では、新たなプロジェクトとして始まったオンライン講義の様子をレポートすると共に、取り組みのキーマンとなる吉田学園の橋本直樹校長とカナダ政府 札幌通商事務所の辻尾晋一氏へのインタビューをお届けする。
Vancouver Film School(VFS)とは?
Vancouver Film School(VFS)は、メディア&エンターテインメント関連のプログラムにおいて、世界トップレベルの教育機関として約40年間の実績を築いてきた。映画制作、アニメーション、ゲームデザイン、演技、脚本、サウンドデザイン、メイクアップ、VR/AR、モーショングラフィックスなど幅広い分野でのプログラムを提供している。トレーニングにおいても、最先端かつ業界標準の機材や設備を利用して、制作現場に近い体験を提供している。近年の実績としては、ソニー、マイクロソフト、テスラ、GMオートモビルズといったパートナー企業とのプロジェクトにも取り組んでいる。
VFSの卒業生はディズニー、インダストリアル・ライト&マジック、ソニー、ピクサーといった主要なメディア/エンターテインメントスタジオで働いており、卒業生の実績としては、過去5年間だけでも、オスカーにノミネートされた映画で860件、エミーにノミネートされた番組で2,195件、そしてゲームアワードにノミネートされたゲームで677件のクレジットを持っている。
問い合わせ先
https://vfs.edu/
jon@vfs.com
世界で活躍する優秀な卒業生を送り出すバンクーバーの名門校が教える、アニメーション12の原則
満員に近い教室で、カナダからビデオ通話で講義に現れたのはVFSでアニメーション&VFXの学部長を務めるコリン・ジャイルズ氏。25年以上のキャリアを持ち、ディズニーやカートゥーン・ネットワーク、ニコロデオンといった世界屈指の企業と共に様々なアニメーション作品を送り出してきたベテランクリエイターだ。過去作品には『きかんしゃトーマス』のような日本人でも誰もが知るようなタイトルも含まれる。
そんな彼の講義のタイトルは「The Principles of Animation: Creating the Illusion of Life(アニメーションの原則:生命の錯覚を生み出す)」。本来は描かれた絵の連続に過ぎないアニメに生命を感じさせるための12の原則について解説したものだ。
ジャイルズ氏によれば、アニメーションの原則は全部で12個。
①Posing(姿勢)、②Arcs(軌道)、③Timing & Spacing(時間と空間の使い方)、④Squash & Stretch(伸縮)、⑤Force(力の向きと作用)、⑥Anticipation & Overshoot(動作の予測と帰結)、⑦Weight(重み)、⑧Overlap & Offset(動きの重複と相殺)、⑨Reversal & Line of Action(対比と動線)、⑩Rhythm:Holds & Accents(停止と強調によるリズム)、⑪Exaggeration(誇張)、⑫Composition(構成)。
それぞれの原則は実際にイラストやアニメーションが添えられ、一流のクリエイターによるシンプルながらも要点を押さえた例示に、初学者であっても直感的に納得できるような講義が終始進められた。
講義は12の原則を一つずつ解説するかたちで進められ、最後にジャイルズ氏は「12の原則は2Dもしくは3Dの映像作品からゲーム作品に至るまで効果を発揮する」「ただし、12の原則をすべて網羅すること。すべてを踏まえてようやく、アニメーションは観客の心を掴むことができる」と総括。「自分のお気に入りのアニメがあれば12の原則にどのように当てはまっているか分析してみてください」という言葉と共に締めくくられた。
12の原則が解説されたあとは、質疑応答時間が設けられた。
クリエイターに質問する機会とあってか、学生たちからは「アニメ映画と実写映画でのCGアニメーションをつくる際の違いは?」「カートゥーンと違って比較的制限があるゲームという媒体で魅力的なアニメーションをつくるには?」「欧米のアニメと日本のアニメで特に大きな違いを感じることは?」などの質問が次々と投げかけられ、積極的な学びの雰囲気のまま、初回講義は幕を閉じた。
「バンクーバーと札幌の連携で、アジアと北米を俯瞰できるクリエイターを育てたい」
講義後、今回の取り組みのキーマンである吉田学園の橋本校長とカナダ政府の辻尾氏に話を伺った。
――今回の吉田学園とVFSの提携にあたっての、お二人の役割を教えてください。
橋本直樹氏(以下、橋本):札幌の地場産業であるゲームやアニメCG産業への貢献、およびそのニーズに応える人材育成を目的とした連携や事業推進における学校側の責任者であり、窓口を担当しています。
辻尾 晋一氏(以下、辻尾):私は、カナダ大使館の札幌部門にあたるカナダ政府札幌通商事務所の通商代表として今回のプロジェクトに関わっています。VFSと吉田学園さんがお互いのポテンシャルを引き出せるように関係構築のサポートを行うのが主な役目ですね。
――そもそも、二校による提携はどのような経緯で始まったのでしょうか?
橋本:本校は2017年から2019年まで文部科学省からの受託事業として「北海道におけるデジタルエンタテインメント関連人材育成体制整備」の主幹をしていたのですが、その際、カナダのCG産業都市であるバンクーバーと、ゲーム産業都市であるモントリオールを視察しました。その際カナダ政府にも多大なご協力をいただきまして、カナダの教育にはその時から縁があったのです。
辻尾:そこに、世界でも有数の名門校の一つであるVFSが日本市場を見据えて提携を模索しているという話があり、私の方から吉田学園を紹介しました。VFSの担当者としても、吉田学園の教育プログラムに感銘を受け、意見交換を重ねるうちに提携の可能性を感じられたようです。
橋本:ただ、その提携の検討に折が悪くコロナ禍が重なりまして……。
それから数年の時を経て、改めて辻尾さんに仲介役をお願いしてVFSとの協議が開始されました。そこから半年間の協議を経て、この度のパートナーシップの締結に至りました。
――今回の取り組みであるオンライン講義の主な目的などを伺えますか?
橋本:本校は10年ほど前からデジタルエンタテインメント業界における3DCGアニメーション人材(モーションデザイナー)の育成に力を入れてきたのですが、このことでより一層のアニメーション教育の強化を行いたいと思っています。また、近年ではVFX人材のニーズも高まっているので、その教育の本格化も行いたいですね。まだ具体的ではありませんが、本校の教育課程にVFX専攻コースを設けたり、カナダのSideFXが開発しているHoudiniなどを活用した科目を設定するなどができれば、と考えています。
コロナ禍でオンライン授業が学生たちに定着したので、ゲーム企業やアニメCG企業が多い札幌、映画産業都市であるバンクーバー双方の地の利を活かしつつ、十分な教育成果が上げられるようにしていきたいですね。地域特有の人材開発とワールドワイドな教育で互いを補完し合うことで、地場に留まらないニーズに応えて、双方の学生の就職先の幅を広げることになれば、と。
――カナダ政府がこうした日本の教育に対しての協力を行う理由は何なのでしょうか?
辻尾:カナダ政府が2022年に発表した、インド太平洋戦略(英:Indo-Pacific Strategy)によるものが大きいです。カナダ政府は、2040年までにインド太平洋地域が世界のGDPの50%を占めると予想しており、ここでのビジネス・貿易投資・ネットワークの拡大を計画しています。その地域でも日本はカナダ同様にG7を務める国家ですから重要性は高いです。
そして、札幌には30年以上前から「サッポロ・バレー」と謳われるITクラスターが存在し、一方、カナダにはハリウッドの映画産業で重要な役割を占めるようなCG産業が存在し、特にバンクーバーやトロントは「ハリウッド・ノース」とも呼ばれます。そこでカナダ政府は札幌に通商事務所を設立し、映画・ゲーム・3Dといったクリエイティブ分野での提携を進めることになったんです。
VFSは映画学校として演技、脚本、映画・ゲーム製作のすべてを網羅し、著名な教授陣を抱え、卒業生も映画やテレビに出演・監督をしたり、ゲーム業界最大の学生賞であるThe Unity Awards(ユニティ・アウォード)でも2023年には過去15年で4回目の最優秀学生プロジェクト賞を受賞するなど、様々な受賞歴があります。
VFX等のクリエイターの役割が今後ますます重要になる中で、カナダ・バンクーバーと札幌が連携し、アジアと北米を俯瞰できる才能あるクリエイターを育てることは、インド太平洋市場・世界市場にとっても好ましい結果をもたらし、重要な意味があると考え、このような協力を行っています。
――この提携が今後、日本の3DCG教育業界に与える影響として期待していることなどがあれば教えてください。
橋本:これからの日本では、超高齢社会、人口減少による生産労働人口の減少などから、人材の需要と供給の関係性も変化していくと考えています。そうした時代において、企業、行政、学校間で手を取り合うことができるエコシステム、お互いにメリットを享受できる仕組みを創出したいという思いが強いです。そうした努力を踏まえつつ、引き続き北海道そして日本のデジタルエンタテインメント業界へ人材育成面での貢献をしていく所存です。
――ありがとうございました。