西麻布にオフィスを構えるXR開発会社A440が、静岡市への本社移転を発表した。会見は難波喬司市長との共同記者会見として行われ、同社の移転方針と、静岡市との連携の方向性が示された。
A440が語る、静岡市における2拠点構想と技術の柱
A440で代表を務める金丸義勝氏は冒頭、静岡市との関わりが短期の進出ではなく、「本社移転」という決断に結びついた経緯を説明。きっかけは、一昨年のSIGGRAPH ASIAの懇親会における静岡市職員との出会いがきっかけだったという。
その後、静岡市主催のツアーを含めて、何度か訪れるなかで、静岡に根付く模型文化や歴史伝統工芸品などモノづくりにまつわる文化資源の豊富さ、それらが首都圏からは十分に見えていない現状に気づいた。
静岡には、海外に誇れる文化や産業があるため、情報発信や体験の設計次第で伸びしろが大きく、新しいビジネスに発展しやすいのではという見込みが同社の意思決定を後押しした。
加えて、事業構造の変化も理由として語られた。同社は文化・観光資源のデジタル化や、体験型コンテンツの制作に取り組むなかで、現地でのスキャンや取材・検証といった移動を前提とした仕事が増えている。
スタッフが各地を移動することが常態化するほど、東京に制作の重心を固定するメリットは相対的に薄れる。実際、同社はリモートワークを前提にした制作体制を取っており、営業機能は首都圏に置きつつも、制作・研究の拠点は分散可能だという見立てを示した。
働き方の観点でも、満員電車に揺られて出社する負担から解放されることは、チームのパフォーマンスにも直結する。静岡は首都圏とのアクセスも確保しやすく、静岡を起点に各地へ動くという発想に切り替えれば、むしろ合理的だという。移転に際しては、スタッフ全員が一度に移住するのではなく、リモート中心のまま、希望者が順次移動する形を想定していることも明かされた。まずは役員から移り、段階的に体制を整えるとのことだ。
会見で印象的だったのは、本社を移すことそれ自体よりも、静岡市内で何を実装していくのかが具体的に語られた点だ。A440は静岡で、性格の異なる2つの拠点を構想している。
1つ目は、市内中心部(葵区の中心市街地を想定)に設ける「ラボ」だ。ここは地元企業や教育機関との交流・共同制作のハブとなる事業所であり、ワークショップ開催も視野に入れる。スキャンや3Dプリントといった小型機材の運用も計画しており、地域のアイデアを即座に形にする場としての機能が狙われている。なお物件は調整中で、契約前の段階だという。
2つ目は、豊かな自然が広がる静岡市の用宗にある倉庫を改修して整備する広い空間のXRスタジオだ。金丸氏は、ヘッドマウントディスプレイを装着して広い空間を歩き回る“フリーロームVR”の研究開発を進めたいと語り、市民や学生、企業が体験できる環境を整える構想を示した。単に展示するのではなく、地域側が制作や検証に参加し、次のプロジェクトにつながる循環をつくる、そのための場として位置づけられている。
こうした拠点で推進する技術として、同社は大きく3つを挙げた。第一に、伝統工芸品などを“本物らしく”見せる高精細スキャン。第二に、メタバース時代の自己表現の基盤となるアバター制作。第三に、AR体験の要となるVPS(Visual Positioning System)など、位置合わせ・空間認識の技術である。会見では実例として、伝統工芸品を3Dで閲覧し、ARで実空間に配置して鑑賞できるデジタルミュージアムのデモも示された。
静岡ならではの展開として、模型・プラモデル文化との接続が語られた。
完成品をARで即座に確認できる仕組みや、組み立て方をARでガイドする体験など、既存産業の価値を“可視化”で拡張する構想だ。金丸氏は、こうした発想はホビーに限らず、製造業の試作・商品開発、工場の可視化などにも応用できるとし、地域産業との長期的な協業に意欲を示した。
スケジュール感としては、ラボは早期に準備を進め、夏頃にはVR体験の提供を目指す考えが語られた。具体的な月に言及する場面もあったが、まずは拠点整備を急ぎ、体験の“入口”をつくることが第一歩となる。
「静岡に最先端がある」ことの意味
難波市長は、A440がこれまで静岡市の事業にたびたび関わり、市内の学校や地元事業者、市職員との交流を重ねてきたことを踏まえ、進出ではなく本社移転を決めた決断に歓迎の意を示すとともに、企業側の大きな決断に謝意を述べた。
市長が強調したのは、経済効果だけではない。デジタルコンテンツ産業は今後さらに伸び、若い世代が強い関心を寄せる分野だという認識のもと、地域が抱える課題である若年層の流出に対して、A440の拠点が持つ意味を語った。
地元にやりたい仕事やワクワクできる体験があることは、子どもたちの将来像を変える。普通なら東京に行かなければ触れられない最先端に、静岡で触れられる。そうした環境が、“静岡にいてもできる”という実感を生み、地域への誇りにもつながっていく、それが市長の描く期待だ。
本社移転はゴールではなく、地域に実装される体験と共創のスタート地点である。A440は可視化技術と体験設計を武器に、静岡の文化資源や産業の価値を外へ開き、次世代の人材と仕事を呼び込もうとしている。静岡市はそれを、産業政策であると同時に、未来の担い手を育てる都市戦略として位置づけている。両者の思惑が重なる地点に、今回の共同会見の意義があった。
PHOTO_大沼洋平
TEXT_池田大樹(CGWORLD)