
「せっかくだからプラモニュメントを一通り巡ろうよ」「また静岡おでんも食べたいし」。
静岡市が実施した“CGクリエイター・プロダクション誘致視察ツアー”に参加したクリエイターたちは、帰京後、早くも次回の静岡訪問を計画していた。
今回取材に応じたのは、実際にツアーに参加した3社(CafeGroup、A440、E&H production)のクリエイターたち。彼らが目の当たりにしたのは、想像を超える教育環境、7万人を集めるホビーショーの熱気、地元の名所、そして参加者が気持ちよく楽しみながらツアーに参加できるように、地元グルメの名店から懐かしいカラオケスナックまで、静岡の昼夜の街の魅力をふんだんに紹介するなど細かな配慮で前のめりにおもてなしする静岡市職員の姿だった。


橋本 圭
CafeGroup
執行役員/CTO/新規事業責任者

金丸 義勝
A440
代表取締役 CEO/CTO Photogrammetry Artist

關山 晃弘
E&H production
制作部長 プロデューサー
程よい地方都市の魅力 住環境と立地の絶妙なバランス
――まずは皆さんの会社紹介と、静岡市に興味を持ったきっかけを教えてください。
橋本(CafeGroup):弊社は本社が代官山で、東京の高田馬場、大阪、福岡にも拠点を構えています。もともと地方と連携しながら事業を展開してきました。
金丸(A440):A440は、AR広告やVRアトラクション、デジタルツイン制作を手がけています。すでに金沢に拠点を持っているのですが、地方への進出には依然関心があり、参加しました。
關山(E&H production):E&H productionは、アニメーション制作会社です。弊社も将来的にサテライトスタジオの設立を考えていたタイミングだったので、今回の視察ツアーに参加させていただきました。
――静岡市の住環境についてはいかがでしたか?
橋本:まさに程よい地方都市って感じでしたよね。ゴミゴミしてないし、とはいえ何もないわけではないので、住環境やプライベートな生活の部分を考えるとめちゃくちゃ生活しやすそうだなって感じました。

次に静岡市へ行くとしたら、プラモニュメントを一通り巡って、道中で見つけたお店で気ままに食べ歩きするのも楽しそうだな……そんなことを漠然と思いながら帰路につきました。

關山:仕事するときは都心部に行ってもいいし、アフターファイブだったり土日休みの時にはすぐ自然に触れられる。そのバランスがすごくいいんじゃないかなって思いました。

金丸:地方都市によっては観光地化が進んで、海外の方とかがどんどん増えて、食べ物屋さんの価格も上がっていくようなところもありますよね。過度な観光地化で住みにくくなる地域もある中で、そのバランスを考えると、今ぐらいのバランスがいいんじゃないかなと思います。
リモートワークが変えた地方拠点の可能性 静岡なら日帰りでも
――そもそもサテライトスタジオの設立を検討されていた理由は何でしょうか?
關山:最大の魅力は固定費の削減です。東京で大きなオフィスを借りるよりも、今はネットを活用した働き方が多様化しているので、地方という選択肢も現実的だと思います。アニメーション業界でもデジタル化が進んでいるので、必ずしも東京に密集する必要はないんです。
また、スタッフのニーズも多様化しています。若い世代は東京での刺激的な生活を望む一方で、ベテランの中には「東京での生活に一区切りつけて、ローカルな生活環境に身を置きたい」という方も多い。会社として地方にサテライトスタジオがあれば、同じ会社で長く働き続けられる環境を提供できると考えています。
金丸:地方拠点を検討する上で、静岡という場所は電車で日帰りできるという距離感が魅力的でした。午前中に行ってミーティングして、街を楽しんで、夜に帰ってくるみたいなことが全然できちゃう。この距離感なら現実的だなと思ったんです。
想像を超えた教育環境「覚悟が違う」学生たち
――ツアーに参加してみて、特に印象に残っていることを教えてください。
橋本:静岡デザイン専門学校の印象は特に強烈でした。まず、設備への投資が素晴らしく、あれだけの環境を整えるには相当な覚悟が必要です。学科を開設1年目ということでしたが、あの環境なら数年後には全国でも有数の人材輩出校になるだろうと期待しています。

橋本:実は事前に同校の大川先生とはご縁があったので、静岡の話は聞いてはいたんですが、やっぱり設備、立地、物件も含めて、自治体との連携に対する期待をめちゃくちゃ感じましたね。
そして何より、先生方の熱量が桁違いでした。他の地方の専門学校さんとも関わりがあるんですが、一番は先生の熱量みたいなところが全然違ったので、そこが魅力的でしたね。

「現時点では都心部への就職を前提に来てください」と学生に伝える一方で、「5年先、10年先には地元で活躍できる人材を育てたい」と静岡でのCG産業発展への想いを語る。モーションとエフェクトに特化したカリキュラムで、入学初日から卒業制作まで一貫した実践的教育を展開している
金丸:静岡の学校で印象的だったのは、学生たちの基本的な姿勢です。全員がきちんと挨拶をする、授業に真剣に取り組む、授業中はスマホ禁止といった当たり前のことが徹底されている。これって業種関係ないんだろうなと思うんですが、美容でも飲食でもITでも、どの学科の学生も「この業界でやっていくんだ」という覚悟がしっかり見えるんです。
実は今、我々の業界では人材育成が大きな課題になっています。技術的なスキル以前に、「この業界で飯を食っていく」という気持ちをどう育てるかが重要で、多くの企業が苦労しているところです。私もCG-ARTSさんと一緒に全国を回って講演をさせていただくんですが、入学前の説明会でお父さんお母さんからは質問がめちゃくちゃ来るんですけど、肝心の生徒さんから質問が来ない。「本当に何がやりたいんだろう?」って思うことが多いんです。
少なくとも静岡デザイン専門学校の学生は、最初はどうだったのかわからないですけど、今は確実に意識を持ててる。これは本当にいい意味ですごくショックを受けました。
「市内の子供たちみんなにプラモデル体験を」

橋本:静岡ホビーショーも本当に驚きました。東京ビッグサイトや幕張メッセで開催されるイベントと同等の規模感で、会場の広さもさることながら、参加者の熱量が素晴らしかった。
橋本:僕はホビーにそれほど詳しくなかったので、どちらかというと客観的な視点で見ていたのですが、それだけに会場の熱気や盛り上がりが印象的でした。いったのは業者招待日なのに(笑)。一般公開日はもっとすごいですよって聞いて、「これは東京ゲームショーと匹敵する熱量だな」と思いました。静岡にこれだけのポテンシャルがあるとは知らなかったので、非常に驚きました。

山崎貴監督もXで「良い造形」とのコメントを送っている作品

「プラモデルに関わる仕事がしたい」と2年前に鹿児島から青島文化教材社への入社を機に静岡に移住。「関東に近いのにのどかなところがいいですね。バンダイさん、ハセガワさん、タミヤさんなど模型業界を代表する企業が集まっていて、会社間での交流もあって楽しいです」と、静岡ならではの魅力を語ってくれた
金丸:会場で、静岡市の方にタミヤさんやハセガワさんなどを紹介いただいたんですが、印象的だったのは、地域に根ざして産業を築いていくという強い意識です。タミヤさんなんてあれだけワールドワイドに展開されているのに、とにかく静岡でやるんだっていう意識がすごい強い。
実は知らなかったのですが、世界各国の軍関係者の方にもタミヤさんの大ファンが多くいるとのことでした。これってめちゃくちゃ誇れる話じゃないですか。僕らは全然知りませんでした。
会場にも海外から買い付けに来ている方々がたくさんいて、「そういうことなんだ」って思いました。ガンプラもそうだと思うんですけど、世界の人が尊敬の念を持ってるコンテンツとか技術をつくれる企業がこれだけ集積しているって、すごい財産ですよね。

「これだけ市とプラモデルが密接に関わっているのは世界でここしかない」と静岡市の特別性を強調。同課では街中のプラモニュメント設置(現在15基)から始まり、市内小学校へのメーカー職員派遣による出前講座(年間約1,000人が参加)、2024年に第1回が開催された全国プラモデル選手権大会(全国27校の高校生が参加した日本初の高校生の模型展示コンテスト)まで幅広く展開。「静岡市の子ども達は全員プラモデルを作ったことがあるというレベルまで持っていきたい。最終的には野球の甲子園のような聖地を目指しています」と、プラモデル文化の裾野拡大への熱い想いを語ってくれた
徳川家康由来、職人文化が息づく街
關山:企業の静岡市へのこだわり、まちづくりという観点で、駿府の工房 匠宿も非常に印象的でした。
橋本:想像を超えた近代的で美しい施設でした。最初「宿」って書いてあったので、東海道の昔の宿場とかかなと思ってたら、めちゃくちゃ近代的で綺麗、規模も大きく想像以上のクオリティでした。


橋本:民間企業が中心となって行政がサポートするという官民連携で、あそこまでの取り組みを実現するには相当な覚悟が必要です。これだけ本格的な取り組みができているのは全国的にも稀有だと思いますし、実際に見るまでは想像できませんでした。
金丸:運営されている創造舎さんの山梨代表の力もあると思うんですが、働いている職人さんや工芸家の意識も非常に高い。そして何より、結構パワープレイをするなっていうのがいっぱいあって(笑)。
ラブホテルを改装してペットホテルにするとか、普通しないよねみたいなことを割とやっていく。社長に「あれ、ラブホテルだったんですよ」って言われて、素直に「すげえ!」って思いました。

橋本:でもそれが静岡市らしさなんだなって思いました。覚悟の高さが現れる、大胆なプレイをしていくところが個人的にすごく好きです。
あと、駿府の工房のエリア内には、タミヤさんの模型制作の体験工房もあって。そこには実際にタミヤの職人さんが派遣されて指導している。フランチャイズ的にやるとそういうのやらないじゃないですか。本当に派遣するんだって。それをちゃんと契約で決められているところがすごいなって思いました。
静岡おでんからカラオケスナックまで 職員の「前のめり」なおもてなし
――静岡市の職員の方々にはどのような印象を持たれましたか?
關山:本当によく考えていただいて、皆で一緒にやり遂げるんだという前向きな姿勢が印象的でした。この視察ツアーの目的やゴールについて迷っている職員の方が1人もいなかった。前しか向いてないみたいな感じで、全員が同じ方向を向いて取り組んでいる様子が伝わってきました。
実際にサテライトスタジオを相談したい時には安心して連絡できると思います。「市長に言われたからやってます」みたいな雰囲気があると、こちらも事業体として動きにくいのですが、あれだけ皆さんが本気で「ぜひ来てください!」と言ってくださると、安心して相談できます。
橋本:全く同じですね。前向きっていうか、それを通り越して前のめりでしたよね(笑)。市長とのランチの場所まで向かうときに、本部長の方と「静岡おでんって有名ですよね、まだ食べたことがないんです」という話をしたところ、「では食べに行きましょう!」と言われて、その場ですぐに予約の電話を入れてくださいました。本部長自らが率先して動いてくださる姿勢に、「この自治体、一味違うな」って朝から思わされましたね。
金丸:まさか最後にカラオケスナックに行くとは思わなかったですよね(笑)。参加者の雰囲気を察し、みんなで楽しもうという一体感が生まれてましたね。当初予定にはなかったので参加者の盛り上がりを見て急遽手配してくれたんですよね、あんなに楽しい時間になるとは予想していませんでした。
橋本:びっくりしましたよね。
金丸:ツアー中にはいなかった職員の方々も仕事を終えて駆けつけてくれて。「あれ、この職員さんたちいたっけ?」と思って(笑)。存分に盛り上げてくださいましたね。愉快な人たちばかりで、本当にたくさん笑わせていただきました。やっぱり楽しませたいっていうのと、企業誘致への本気度がひしひしと伝わってきました。
こういうシチュエーションって、どうしても「言われてやってる」感があったりする人も出てくるものだと思うんですけど、静岡市の皆さんからはそれを全く感じなかったんですよね。確実にこの人たちと毎日一緒にいても楽しいだろうなって思える安心感がありました。
新幹線で1時間、まずは気軽に足を運んで
――これから静岡市への視察を考えている企業の方々に対して、メッセージをお願いします。
關山:安心して相談できる環境が整っていると思います。東京から新幹線で1時間という距離なので、まずは実際に足を運んで、現地の方々と触れ合っていただければ、きっと新しい可能性が見えてくるのではないでしょうか。「自分たちならこういうことができそう」「こんな相談をしてみたい」と具体的にイメージできると思うので、気軽に参加していただければと思います。
今回初めてのツアーということで、多分良いところを見ていただきたいということで組んでいただいたと思うんですけど、逆にダメなところも見たかったなって。ダメなところに結構お宝が眠っていることって結構あると思うんですよね。短所が長所に変わるような活用方法を一緒に考えられたら面白いと思います。
橋本:ビジネスでも何でも、結局は人と人とのコミュニケーションが基盤になると思います。職員の方はもちろん、施設の運営者や地元の商店の方など、どういった人たちがここで生活し、仕事をしているのかに注目していただくと、その地域の本当の魅力が見えてくると思います。
旅行気分というと少し語弊があるかもしれませんが、進出に興味があるのなら息抜きやリフレッシュの感覚でまずは参加してみるのもありかなと思います。普段は都会の喧騒の中で、目の前の仕事に全力で取り組んでいる方が多いと思いますが、そこから一歩引いて、ゆったりと仕事ができる雰囲気を味わう……そんな緩急を感じてもらえると、楽しい機会になるのではないでしょうか。
金丸:静岡市の方々は、それぞれが自分の仕事に誇りを持って取り組んでいて、お互いの仕事を認め合う文化があると感じました。そういった前向きで建設的な雰囲気をぜひ肌で感じていただければと思います。
ぜひいろんなところを見ていただいて、静岡市に来ると、その独自性がよく分かるので、2、3個他の地方視察ツアーにも参加されてみるといいんじゃないかなと思いました。
PHOTO_大沼洋平
EDIT_池田大樹(CGWORLD)& 中川裕介(CGWORLD)