東京都庁で公開中のプロジェクションマッピングプログラム『東京変容紀 -Spirits of Tokyo-』。
本作は、都庁を単なる建築物ではなく「人の思いが集まる場所」と再解釈し、そこに渦巻く感情やエネルギーを、最新のAIモーフィング技術と手描き作画の融合によって描き出した意欲作だ。
演出・アートディレクションを担った橋本大佑氏と、プロデューサーの井筒亮太氏(LIL)に、その独自の設計思想とハイブリッドな技術アプローチを聞いた。
都庁という"人の思いの集積"をどう可視化するか
CGWORLD(以下、CGW):お二人のプロフィールをお聞かせください。
橋本大佑氏(以下、橋本):私はLILのクリエイティブディレクター/映像作家として活動しており、本作においては演出・アートディレクション・デザイン、および映像制作を担当しました。
井筒亮太(以下、井筒):私はプロデューサーとして、全体の制作進行・プロジェクト管理を統括しました。
CGW:LILとはどのようなチームですか?
井筒:私たちは2018年から、プロジェクションマッピングや空間演出を中心に活動してきました。単なる映像制作にとどまらず、「その場にどのような体験や現象を立ち上げるか」という視点で、空間そのものをメディアとして設計してきた点を強みとしています。
LIL
2018年設立。映像演出、空間演出、舞台演出、アニメーション、ビジュアルデザイン、サウンドデザインをメインとしたコンテンツの企画・演出・制作を行うクリエイティブスタジオ。 プロジェクションマッピングを使用したエンターテイメントショーの演出、展示会やミュージアムでの展示映像、商業施設やテーマパークでの常設展示などの企画、体験設計、演出を中心に活動。
www.lil.vision
CGW:本プロジェクト全体の座組と、その中でのお二人の立ち位置について教えてください。
井筒:橋本が演出・デザインの全責任を持ち、私がプロデューサーとして制作全体をオーガナイズする体制で進めました。実制作においては、CGアニメーションを守屋雄介氏、作画を水江未来氏、音楽を穴水康祐氏が担当し、橋本と共にチームとして映像を構築しました。
CGW:ではまず、本作の核となるコンセプトについて教えてください。
井筒:「ポップな日本らしさ」を入口としつつも、本質的には日本の文化が持つ「見えないものをキャラクター化してしまう特異な性質」を表現したい、というのが大きなコンセプトです。
また、特定の言語や説明を必要とせず、ビジュアルの変容そのものがエネルギーとなり、国内外の多様な観客に直感的に伝えることを狙いとしています。
CGW:このコンセプトはどのような発想から生まれたのでしょうか?
橋本:まずはじめに考えたのは、「東京都庁という場所は何なのか」ということでした。都庁は単なる建築ではなく、膨大な人間の思いが集まる場所だと考えたんです。そこには希望や願いだけでなく、人の営みや記憶といったものも含めて、非常に濃密なエネルギーが渦巻いていると感じました。そこから、「人間の内側にある、様々な思いをありのままに可視化したらどうなるのか」と考えたとき、日本特有の多様な価値観や感覚と、都庁から感じるエネルギーが自然と重なりました。
CGW:登場する多様なモチーフはどのように選定されたのでしょうか?また、その狙いを教えてください。
橋本:本作では、特定の象徴的な存在に限定せず、多様なモチーフを混在させています。その中心となるのが、日本人の内面にある多様で混沌とした価値観を象徴する存在としての、縁起物や妖怪です。
一見親しみやすいだるまや七福神から、昔話などで目にする妖怪までをフラットに扱うことで、多様なモチーフが混在する"曖昧で重層的な日本的感覚"そのものを提示し、日本文化の奥行きを表現しようと試みました。都庁に集まるさまざまな気配や力の流れ、あるいはユーモラスな要素も含めて、無数の思いが、それぞれに相応しい"かたち"を借りて立ち現れてくる、という構想からそれらのモチーフを組み立てています。
CGW:本作の中で象徴的なシーンやカットがあれば、その制作背景や意図を教えてください。
橋本:化け猫が逆立ちして観客に顔を近づけ、注意を引くような仕草を見せるカットです。このキャラクターは、人間の内側にある、言語化しきれない感覚を象徴しています。こうした存在が混在していること自体が、本作のコンセプトの核心です。
"綺麗さ"ではなくあえて"引っかかり"を残す演出
CGW:本作において、演出面で特に重視されたポイントや、その理由を教えてください。
橋本:"綺麗さ"ではなく"引っかかり"を残すことです。公共空間であっても、単に整った表現ではなく、少し揺らぎを感じさせる表現を取り入れる方が、人の様々な思いが集まる都庁という場所には適していると考えました。
CGW:東京都庁という巨大建築への投影を前提とした際、デザインや演出の設計でどのような工夫をされましたか?
橋本:東京都庁は、巨大である一方で形状がシンプルな建築であるため、一般的なプロジェクションマッピングのように建築の形状を活かした演出が成立しにくく、映像側の設計によってどのように見せるかが重要となりました。そのため、"都庁にキャラクターがやってくる"のではなく、"建物そのものがそのキャラクターへと変容していく"方向へと発想を転換しました。
AI×作画で実現する"変容"の表現
CGW:本作ではどのような手法を用いて制作されたのでしょうか?
井筒:今回は現代のVFX技術とAI技術を高度に融合させた、ハイブリッドな制作フローで制作を進めました。まず橋本が全体の演出設計を確定し、東京都庁のパースに合わせてキャラクターの作画および着色を行います。そのデザインをもとに、守屋雄介氏と橋本がAIを用いたモーフィングアニメーションを構築し、さらにモーフィングとモーフィングの間をつなぐ作画を加えることで、変容そのものの面白さを設計しています。その後、After Effects(以下、AE)上で合成・加工を行い、最終的な映像として仕上げています。さらに、水江未来氏による作画をプロセスに組み込むことで、デジタル技術だけでは生まれない生命感や質感を統合しています。
CGW:複数のクリエイターやチームが関わる中で、演出面での連携や役割分担はどのように行われましたか?
橋本:演出のディレクションに関しては、私が単独で一貫して担当しています。
井筒:橋本が構築したビジュアルデザインをベースに、守屋氏がAIやCinema 4DのMoGraphを用いてモーフィングを作成し、水江氏が作画によって生命力を加えています。それぞれ異なるアプローチで制作された要素を、最終的に橋本がAE上で統合し、全体の質感やエフェクトを調整し仕上げています。
CGW:建築の形状やスケールは、演出設計にどのような影響を与えましたか?
井筒:都庁のシンメトリーな建築構造を活かし、建築とキャラクターを一体化させることで、"都庁そのものが生きている"ように見えることを目指しました。また、巨大なスケールで見たときにもモチーフが明確に認識できるよう、デザインはシンプルに整理しつつ、視認性を高めるためにカラフルでコントラストの強い色使いにしました。
CGW:本作では不特定多数の来場者に向けた常設作品として、観客の体験や見え方をどのように設計されましたか?
橋本:不特定多数の来場者が繰り返し鑑賞することを前提に、何度見ても新しい発見があるような奥行きを意識しました。また、100メートル級の壁面への投影ということで、観客の認識の速度に合わせてアニメーションの速度を精緻にコントロールしています。
CGW:本作で用いられた特徴的な表現手法や、特にこだわった技術的ポイントを教えてください。
橋本:中心となるのは、AIによるテクスチャ変容と、水江氏の作画、AEのメッシュアニメーション等を組み合わせたハイブリッドなモーフィング表現です。手法の異なる質感を重層的に混ぜ合わせることで、"思い"が移ろう様を目指しました。特に変化の“質”を追求しました。単に滑らかに繋ぐのではなく、あえて形状の歪みやノイズを含ませることで、無機的な変化ではない、"有機的でどこか生理的な印象"を生み出すことに注力しました。
CGW:制作を通じて印象に残っているエピソードはありますか?
井筒:極寒の中でのテスト投影ですね。制作中はモニター上での確認が中心になるため、実際のスケール感を完全には掴みきれないのですが、初めて都庁に映像が立ち上がった瞬間、その大きさと迫力に圧倒されました。同時に、自分たちのやっていることがようやく実体を持った感覚がありましたね。
公共空間における表現と、その手応え
CGW:これまでの映像制作と比べて、本作のような都市スケールのプロジェクトではどのような違いや難しさがありましたか?
橋本:東京都庁という、誰もが知っている東京を象徴する場所でプロジェクションマッピングを行うこと自体に、大きな意味があると感じていました。そのため、ここで何を見せるのか、どのような思想や哲学を提示するのかという点は、非常に難しかったです。
また、不特定多数の観客、老若男女が見る前提であることや、同時期に放映される他のコンテンツと並んだときにどう見えるかといった点など、考えるべき要素が非常に多く、従来の映像制作とは異なる条件下での設計が求められました。
CGW:通常の映像制作と異なる点や特徴的だと感じられた部分があれば教えてください。
橋本:多くの人の目に触れる公的なプロジェクトでありながら、どこまで表現のエッジや独自性を保てるか、そして作家としての個性を損なわずに残せるか。その境界線の探り合いは非常に難しく、落とし所には最後まで悩みました。
CGW:最後に、本作を通して得られた知見や手応えについて教えてください。
橋本:今回は綺麗さよりも、どこか引っかかる感覚や違和感を優先しました。観覧される方によって受け止め方は様々になるかもしれませんが、それも含めて、この場所に対する一つの表現だと考えています。SNS等で賛否を含めたさまざまな反応をいただきましたが、それはそれだけ感情を動かすことができた証であり、作品として機能したという強い手応えを感じています。
本作は、現場で体験してこそ本来の魅力が伝わるものだと考えています。ぜひ現地で、空間全体の中で体感していただきたいです。
TEXT・EDIT_柳田 晴香