2025年3月、精密な3D昆虫モデルが現実空間に出現するARアプリ『AR昆虫採集 ミクロモンスターズ』をリリースしたBoycraft / 安田 夕輝氏。その3DCG作品群は、まるで一冊の生物図鑑のようだ。
子どもの頃の自在置物との出会いを原点に3DCGの世界へ進んだ同氏は、昆虫、恐竜、石炭紀の絶滅生物まで、生物の精緻な3Dモデルを作り続け、ARで"その場に生き物を出現させる"体験へと昇華させてきた。
大学・博物館との共同研究からARアプリ開発まで、科学とエンターテインメントの境界を軽やかに越え続ける唯一無二のクリエイターに、その制作論を語ってもらった。
安田 夕輝
Boycraft代表。映像・ゲーム業界を経て独立。3DCGを用いた生物の精密な可視化と、昆虫や生物を題材とした3DCG・AR・3Dプリント制作を手掛ける。国内外の大学や博物館との共同プロジェクト、Amazon Kids+でのアプリ配信、GoogleへのAR昆虫モデルの提供など 、科学とエンターテインメントを繋ぐ3Dクリエイターとして注目を集める。
公式サイト: https://www.boycraft.jp/
Sketchfab:https://sketchfab.com/boycraft
「自在置物」から広がった3D×昆虫の世界
Scorpion Ant by Boycraft on Sketchfab
CGWORLD(以下、CGW): 安田さんは現在、Boycraftとして昆虫や恐竜をテーマにした非常に個性的な活動をされていますが、まずはそのバックグラウンドから教えてください。
安田 夕輝(以下、安田): もともとは映像制作会社に勤務しており、そこから独立してゲーム制作の受託案件などに携わってきました。しかし、受託仕事を続ける中で「自分のコンテンツを作りたい!」という思いが強くなっていったんです。
CGW: その「自分のコンテンツ」として選んだのが、昆虫や恐竜だったのですね。
安田 : はい。昆虫は子供の頃から大好きで、気に入った種類の標本を集めていました。3DCGで昆虫を再現したいと強く思うようになった大きなきっかけは、明治時代の工芸品である「自在置物」です。特に甲殻類や昆虫をモチーフにした自在置物に強く惹かれ、「いつか自分でもこうした生き物の構造を立体で再現してみたい」と考えるようになりました。
CGW: 当時の制作環境で、昆虫の複雑な造形を再現するのは大変だったのではないでしょうか。
安田 : はい、当時は今のようにモデルを販売・公開できるプラットフォーム(SketchfabやFabなど)もありませんでしたし、マシンスペックなどの制作環境も限られていました。一種類の昆虫を作るのにも膨大な時間がかかりましたが、その制約があったからこそ、一つひとつの生物をじっくり観察する習慣が身についたように思います。単に見た目を再現するだけでなく、昆虫の内部構造や関節の動き、各部位がどのような役割を持っているのかにも興味が広がっていきました。
将来の制作に備えて昆虫の資料や観察記録を少しずつ蓄積し、自分なりのデータベースを作り続けていたのですがこのデータベースは現在も更新を続けています。公開していないものも含めるとかなりの数になります。今では、自分だけの3D昆虫図鑑として楽しんでいる状態です(笑)。
現在の制作スタイルは、そうした長年の観察と試行錯誤の積み重ねの延長線上にあると感じています。
題材選びの基準とは?
CGW:カマキリ、サソリ、アママイマイなど、昆虫や節足動物を多く制作されていますが、題材を選ぶときの基準はありますか?
安田 : 見た目の印象だけでなく、生物としての構造や動きの面白さも重視しています。
関節部分の形状を観察するのが特に好きで、関節の作りを見ると、その昆虫がどのような環境で生活し、どのような動きを得意としているのかが見えてくることがあります。単なる形状としてではなく、その生物が環境に適応した結果として現在の姿になっていることを想像するのがとても楽しいんです。
動きについては、Unityを使って物理演算をベースにしたプロシージャルなアルゴリズムで制作することが多いのですが、感覚としてはロボットをプログラミングしているのに近いかもしれません。脚の配置や重心移動、反応の仕方などに合理性があるほど、生物らしいリアルな動きに近づいていく。その過程で、生物と機械の共通点のようなものが見えてくるのも面白いところです。
CGW:ARとの相性という観点ではいかがでしょうか。
AR昆虫採集のテスト画面フードコートにアースロプレウラが!ARのテストしてみたけど問題無さそうです。こいつは動かしてて面白いタイプの虫だな。もっとデカくてもいいかも#AR昆虫採取 pic.twitter.com/Q7NQqYIS00
— Boycraft (@Boycraf19492179) May 1, 2026
安田: 普段の生活では出会えない生物を目の前に再現できることに、大きな魅力を感じています。南米の熱帯雨林や離島の限られた環境に生息する珍しい昆虫は、多くの人にとって一生見る機会がないかもしれない。そうした生物を実寸大で目の前に出現させ、自由な角度から観察できるという点で、昆虫とARは非常に相性が良いと思っています。
ただ最近は、お客様からリクエストをいただいた生物や、大学・博物館から提供された標本をもとに制作することが増えているので、自分の好みだけで題材を選ぶ機会は以前より少なくなりました。
CGW:個人制作の場合はどのように選んでいますか?
安田 : 生物としての面白さだけでなく、コレクション全体のバランスを意識しています。実は私、子どもの頃に怪獣図鑑が大好きで、昆虫好きのルーツがウルトラ怪獣だったりするんですよ(笑)。バリエーションの面白さ、突飛な発想、その並び全体を俯瞰で見るのが好きで、その感覚が今でも残っています。
クモや奇蟲を作ったあとは世間的に人気のあるカブクワを選んだり、怪獣が連続したら星人をはさむような感覚ですね。SketchfabやFabで作品一覧を見たときの見栄えも意識していて、一冊の図鑑や怪獣コレクションを増やしていくような感覚で楽しんでいます。
Kawaii Moth by Boycraft on Sketchfab
昆虫を「かっこよく」見せるための実践法
CGW:昆虫を「リアルに見せる」だけでなく「かっこよく見せる」ために意識していることを教えてください。
安田: 昆虫をリアルに再現することと、かっこよく見せることは必ずしも同じではないと思っています。同じアイドルでも、プロのカメラマンが撮った写真と何気なく撮られたスナップ写真では印象が大きく変わりますよね。それと同じで、昆虫にも「かっこよく見えるアングル」が存在すると思っていて、例えばクワガタなら、体を少し起こして頭を下げ、大あごを地面に平行にするとかっこよく見える。昆虫によってかっこいいアングル、不気味なポイント、奇怪不思議な見え方があって、それを探すのが楽しいですね。同じ種類の昆虫を何度も作ることがありますが、そのたびに新しい発見があります。
CGW:ライティングについてはどうでしょうか。
安田: 「小さいもの」として扱わないよう意識しています。先ほどのウルトラ怪獣につながるんですが、アップで見たときのスケール感があるほうが迫力があってかっこいいので、少し下からのライティングの強度を上げることはよくあります。また、HDRI環境光には海辺の風景を使うことが多いです。森の環境よりも不思議と海の環境光のほうが映えるんですよね。スケール感が出やすく、昆虫の立体感や存在感が引き立つことが多いためです。
Dragon Mantis by Boycraft on Sketchfab
CGW:造形の部分での誇張についてはどのようにお考えですか。
安田: 完全な複製を目指す場合を除き、自分がかっこいいと思うポイントを誇張することはあります。モルフォチョウの構造色の輝きを実物以上に強調するためにBloomやメタリックを足したり、ニジイロクワガタなら顎の形状をディフォルメしてカーブさせるとか。ただ、どんな場合でも実在の生物らしさは失わないよう意識しています。誇張するとしても、あくまでその昆虫の個体差や自然なバリエーションの範囲に収まることを大切にしています。
より昆虫のリアルに迫るために
CGW:カマキリの口器構造のように、外からは分かりづらい部位をモデリングする際、資料はどのように集めていますか?
安田: 写真や図鑑、論文、標本、動画など、その時点で入手できるものをできるだけ集めるようにしています。ただ、外から見えない構造や資料の少ない部位については、最初から完璧に再現できるとは限りません。
そういった場合は、無理に決め打ちするのではなく、一度Version1として形にしておき、後から資料が見つかった時点で作り直すことがあります。実際に私のモデルは、後から資料が増えた時点でバージョンアップして精度を上げています。
CGW:大学や博物館との連携も増えているとのことで、そういった資料も活用されているのでしょうか。
安田: はい、近年は通常では見ることのできない標本や研究資料を参照させていただく機会が増えました。そうした経験は新しい作品だけでなく、過去に制作したモデルの精度向上にも活きています。
また、長年さまざまな昆虫を制作していると、思いがけない共通点に気付くことがあります。例えばカミキリムシとゾウムシは一見するとまったく異なる昆虫に見えますが、細部の構造を観察すると共通する特徴が多く存在します。そのため新しい昆虫を作る際も、図鑑や論文だけでなく、自分が過去に制作した昆虫モデルを参考にすることがよくあります。多種多様な虫たちが相互補完しながら徐々に「リアル」に近づいている感覚がありますね。
CGW:動画資料についても重要視されているそうですね。
安田: 非常に重要です。例えば口器を作る場合は、実際に獲物を捕食している映像を観察することがあります。静止画では分からない可動範囲や部位同士の関係性が見えてくるためです。制作を始めた頃は動きの資料を集めることが難しく、静止した状態から推測するしかありませんでしたから、動画共有サービスの存在には本当に助けられています。
標本を参考にする場合は、そのまま鵜呑みにしないよう気をつけています。乾燥によってわずかに変形していたり、退色していたりする場合があるためです。また、模様や色彩によって形状が把握しづらいケース、例えばセミの腹側などについては、必要に応じてサフ(プラモデル製作やDIY、自動車の塗装などで用いられる下地用塗料)を吹いて均一な色で確認しながら立体構造を観察することもあります。形状と色彩を切り分けて見ることで、より正確な理解につながることがあります。レアな昆虫標本はもったいなくてとてもそんなことできないんですが(笑)。
CGW:生物としての正確さと、3Dモデルとしての見やすさ・伝わりやすさはどのようにバランスを取っていますか?
安田: 最終的にどのような用途で使われるかによって変わります。Fabなどのプラットフォームでゲームやリアルタイムコンテンツ向けに公開するモデルは、大量配置されることも多いため、ポリゴン数を1〜2万程度に抑えて軽量化します。腹面など見えにくい部分のディテールを整理したり、形状を簡略化することもあります。
一方で、3Dプリント用データや博物館展示、ドキュメンタリー映像用のモデルは、より高精細なハイポリゴンとして制作します。実物の標本や資料をもとに細部まで再現し、生物としての説得力を重視しますね。
CGW:共通して意識しているポイントはありますか?
安田: 脚先の跗節(ふせつ)や角、大顎のエッジ、頭部周辺の形状など、シルエットに影響が出るような箇所、その昆虫らしさを印象づける部分については、できる限りディテールを残すようにしています。
「ぱっと見でリアルに見える」だけでなく、「詳しい人が近くで見ても違和感がない」ことを大切にしています。単純に情報量を減らすのではなく、どこを省略してもその生物らしさが損なわれないかを考えながら調整しています。理想は、一般の方にはリアルに見え、昆虫に詳しい方が見たら「お!わかってるじゃん」と思ってもらえるようなバランスですね。
Boycraftの制作ワークフロー
ZBrushによるモデリングZbrushのアップデートきたので早速2021.7試してみました。個人的にあまり使いそうもない機能ばかりだったけど、このベンドカーブの仕様が変わったのは使えるかもしれないな。ショウリョウバッタをナメクジみたいに動かせた。I cheched the new version of Zbrush 2021.7 espesially Bend curve. pic.twitter.com/1kFmIwljqt
— Boycraft (@Boycraf19492179) August 26, 2021
CGW:制作に使用している主なツールと、基本的なワークフローを教えてください。
安田: モデリングにはZBrushを使用しています。制作フローは、参照資料の量や案件の内容によって変わります。例えば博物館から3Dスキャンデータを提供いただける場合は、全体のプロポーションを参考にしながら細部をリトポロジーして再構築していきます。
ただ昆虫は非常に小さく、細かな毛や薄い翅、複雑な脚部構造を持つものが多いため、3Dスキャンデータを単純にリトポするとうまく行かないことが多いんです。その場合は、写真や動画資料を参照しながら、頭部・胸部・腹部・脚・翅・触角などを細かくパーツ分けしてモデリングしています。各関節はもちろん、複節も一つ一つばらします。この辺りは自在置物を意識していて、将来もし可動させる機会があれば対応できるよう作っています。
CGW:リギングにはどのようなツールを使われていますか?
安田: Akeytsu(Steam版)を使っています。マイナーですがとてもシンプルで使いやすくて気に入っています。昆虫は関節数が多く、ゲジやヤスデのような多脚の生物になるとボーン数が非常に多くなりがちです。そのため、すべてのジョイントに細かく名前を付けるよりも、視覚的に選択して作業した方が分かりやすい。以前はR_Leg1、R_Leg2……とやっていたのですが手間がかかりすぎるので、現在はRootなど最低限の命名にとどめ、複雑に管理しすぎないようにしています。
CGW:テクスチャはいかがでしょうか。
安田: 3DCoatを使用しています。以前はSubstance系のツールも使っていましたが、私の制作では昆虫らしい質感を効率よく再現することを重視しているので、3DCoat上で昆虫用のスマートマテリアルをカスタムで作成しています。「甲虫テカリ強Mat」「タテハ羽Mat」など、作ったマテリアルをパーツごとに割り当てていく感じです。
CGW:Blenderはどのような位置づけで使っていますか?
安田: 総合3DソフトとしてBlenderは補助的に使っています。主な用途はフォーマット変換やポリゴンエラーの確認・修正、データ整理などです。Blenderを選んでいる理由のひとつは、情報量が非常に多くて、操作で分からないことをAIに質問した際の回答精度が比較的高いことですね。
以前はLightWave、Maya、Maxなど総合3Dソフトを転々としていたんですが、私の場合はモデリングだけでなく、コーディング、アプリ開発、AR実装まで行うので、すべての工程をひとつのソフトに集約するより、用途ごとに切り分ける方が合っているようです。アプリを切り替えることで気分転換にもなりますし、「この作業ならMacBookでカフェ、この作業ならデスクトップでマルチモニタ」という感じで、単純作業にならず作業が進んでいることを実感できるよう意識しています。
CGW:FabやSketchfabへの書き出しについてはどうされていますか?
安田: FBX形式でモデルを書き出し、テクスチャとセットでアップロードしています。容量制限やビューア上で再現できる表現には注意が必要で、テクスチャアニメーションのように対応が難しい表現もあるため、あらかじめビューア上で問題なく見える構成にしておきます。
透明な翅を持つ昆虫では、マテリアル設定やノーマルマップの見え方に特に気を使っています。トンボなら翅脈の再現をリアルにするため、厚みや凹凸の表現を調整します。薄く透明なパーツは少し設定を間違えるだけで存在感がなくなってしまうので、Alphaの設定には特に神経を使っています。
毛の表現についても色々試してきました。現在はZBrushのFiberMeshで毛の流れを作り、板状ポリゴンのカード表現として整理することが多いです。毛は根元の処理や流れの作り方で自然さが大きく変わるんですが、最近ようやく自分なりのコツがつかめてきました。今になって過去に制作したモデルを見ると直したい気持ちになりますね(笑)。
FabやSketchfabで魅力を伝えるためのポイント
CGW:FabやSketchfabでモデルの魅力を伝えるためのビューア設定の工夫を教えてください。
安田: SketchfabとFabではレンダリングの傾向に違いがあるため、まずSketchfab側で表示を調整し、その設定をベースにFabへ移行しています。
昆虫モデルの場合、特に重要なのがSubsurface Scattering(SSS)の設定です。腹部や関節膜のような柔らかく薄い部分は、わずかに光を透過させるとそれっぽくなります。SSSの強さはテクスチャごとに調整しています。
意外と重要なのが複眼です。昆虫を見るとき人はまず顔に注目することが多いと思いますが、実際の昆虫の複眼パターンをそのまま再現すると細かすぎてモアレが発生したり、ビューア上では認識しづらくなったりします。そのため、実物より少し大きめのパターンにして、肉眼でも構造が理解できるよう調整しています。
CGW:カメラやライティングについてはどうでしょうか。
安田: カメラ設定ではDepth of Field(被写界深度)をよく使います。手前と奥の被写界深度を調整して、指先で昆虫をつまんで観察しているような雰囲気になるよう心がけています。
ライティングについては環境光を重視しています。SketchfabではカスタムHDRIを用意して使用できるのですが、昆虫が回転した際に光の反射や色の変化を楽しめるように工夫しています。特に色味の少ない昆虫の場合は、あえてカラフルなHDRI環境を使うことで、外骨格の反射や立体感を引き立てることがあります。
CGW:アニメーションについては以前と変わってきた部分があるとのことですが。
安田: 以前は「待機」「移動」「逃避」といった複数のモーションを付けて公開していましたが、実際には購入者ごとに必要な動きが異なるため、現在はリグの動作確認ができる最低限のアニメーションを付属し、必要に応じてカスタム対応する形にしています。
最近は、Unity上で制作した物理ベースのプロシージャルアニメーションをアニメーションクリップとして記録し、FBXへ書き出す実験も進めています。これまではモデルの見た目を中心に改善してきましたが、今後は「動きのリアリティ」も含めてFabやSketchfab上で伝えられるようにしていきたいと考えています。
ARでリアリティを出すためのプロセス
Unityによる開発画面パンダアリバチ早速アプリに入れてみました。うん、やっぱりこいつは動いてこそ光るやつだった。Unityのほうが何かと毛の表現コントロールしやすいからストレスたまらなくていいな。#世界の昆虫採集2 pic.twitter.com/ARtQng93rW
— Boycraft (@Boycraf19492179) May 27, 2025
CGW:AR向けにモデルや動きを調整する際、通常の映像用CGや販売用モデルと異なるポイントはありますか?
安田: AR向けコンテンツでは、Unityを使って物理演算やプロシージャルアニメーションを組み合わせながら、生物らしい動きを再現しています。
以前は手付けでアニメーションを制作していましたが、昆虫の場合は見た目の再現度が高いほど、少しの違和感が目立つという問題がありました。静止画ではリアルに見えても、動き始めた瞬間に「作り物らしさ」が出てしまうことがあったんです。
そのため現在は、脚の接地や重心移動を考慮したプロシージャルな制御を中心にしています。脚をどのタイミングで持ち上げるか、地面からどのくらい離して移動させるか、接地位置をどの程度ランダムにするか、停止中にどのように重心を移動させるかといった要素をパラメータとして管理しています。
CGW:必ずしも実際の昆虫の動きを完全にトレースしなくてもいいということでしょうか。
安田: そうなんです。生物として合理的なルールを与えることで、それらしく見えてくるんですよ。ナナフシのような昆虫では、重心や関節の制約を考慮しながら調整していくと、自然とナナフシらしい動きに近づいていきます。
逆にムカデのような多脚生物では、単純に前進させるだけでは不自然に見えます。体全体が左右にわずかに波打つような動きをしているため、その特徴を再現するための専用ロジックを組み込んでいます。動きに特徴があるものは昆虫ごとに異なる移動アルゴリズムを用意していて、「ムカデ用コード」「カタツムリ用コード」など増えていくのが楽しくて、コレクション気分で開発しています(笑)。
CGW:動きを作る過程での発見もあるそうですね。
安田: よくあります。アニメーションを調整しているうちに、脚の付け根の位置や関節構造そのものが不自然であることに気付いてモデル側を修正したこともありました。動きを再現すると最適な形状が理解できるという、逆のプロセスで生物構造の理解につながる場合もあるんだなという発見でしたね。
プロシージャルな移動アルゴリズムの試作や検証では、以前は私のスキルではイメージできてもコードに落とし込めなかったんですが、AIの登場が大きかったです。AIと共同で開発するようになってから、さまざまな試みが短期間で実現できるので楽しいですね。
「自然やばい!」生物構造の面白さ
CGW:制作してみて初めて気づいた生物構造の面白さはありますか?
安田: カマキリの口器は非常に印象的でした。一見すると大顎が主役のように見えますが、実際には複数のパーツが役割を分担しながら連動しています。獲物を捕獲し、切断し、さらに口の奥へ送り込むまでが一連の流れとして設計されていて、実際に動きを再現してみることで初めてその合理性を理解できました。
カタツムリ類も同様です。見た目にはゆっくり移動しているように見えますが、実際に動きを観察してモーション化すると、全身を常に波打たせながら移動していることが分かります。人間の感覚では静かな動きに見えても、生物としては非常にダイナミックな運動を行っていることに驚きました。
CGW:そうした体験を通じて感じることはありますか?
安田: 人間が目で見て理解していることと、実際にモデリングして動きをコーディングして理解することは別だということを強く感じます。制作中に「あれ?これもしかすると、まだ誰も気付いていないことを見つけたかもしれない」と感じる瞬間があるんですが、その瞬間が一番ワクワクします(笑)。
ダンゴムシやマンマルコガネのように球体へ変形する昆虫や節足動物にも驚かされました。実際にモデリングして関節を動かしてみると、体を丸めた際に無駄なく球体へ収まるよう設計されていることが分かります。個人的には合体変形玩具のような魅力を感じていて、制作中に思わず「よくこんな構造を思いついたな…」「自然やばい!」と独り言を言ってしまうこともあります(笑)。
また、成虫だけでなく、幼虫や蛹の段階もできるだけ観察するようにしています。例えばトンボの場合、ヤゴを観察することで口器の構造や動きをより深く理解できました。変態の過程を知ると、それぞれの器官がどのように進化して現在の形になったのかが見えてくるため、新しい発見につながることが多いです。
石炭紀の巨大昆虫も印象深いですね。実物が確認できないため正解は分かりませんが、巨大化した昆虫がどのようなロジックで各部が連動し、重心はどの位置になり、どの程度の可動範囲で動くのかを考えながら試行錯誤するのは非常に楽しい作業でした。
恐竜×重機、蝶の育成ARへ Boycraftの次なる挑戦
CGW:最後に、今後Boycraft Studioとして取り組んでみたい生物、表現、アプリケーションはありますか?
安田: 昆虫で言えば、次は蝶とトンボにスポットを当てたアプリを作ってみたいと考えています。直近で公開したAR昆虫採集アプリでは、あえて飛翔昆虫の登場を控えめにしていたので、次は蝶やトンボを主役にして、卵から幼虫、蛹、成虫までの変態の過程を楽しみながら育成できるコンテンツに挑戦してみたいですね。蝶を体にたくさん止まらせて写真を撮るなど、現実ではなかなかできない体験をARで楽しめるようにしたいです。
トンボについては、AR昆虫採集内で石炭紀の巨大トンボ「メガネウラ」をAR上で操作できるんですが、実際に作ってみると想像以上に面白かったんです。感覚としてはドローンを操縦しているような感じで、昆虫というより小型の航空機に近い印象でした。その体験からトンボのレースや蝶の採餌行動を題材にしたゲームなど、飛翔昆虫を操作する遊び方も作ってみたいと思っています。
CGW:昆虫以外にも展望はありますか?
安田: 最近は個人的に重機にも興味があります。いつかARを使って、実寸大のショベルカーやクレーン車を操作しながら恐竜の世話をするようなアプリを作ってみたいですね。試しに恐竜と重機を並べてみたことがあるんですが、びっくりするくらい相性が良かったんですよ。子どもたちにとっては恐竜も重機も人気のある題材ですし、遊びながら重機の仕組みにも触れられるので、シミュレーターとしても面白いものになるのではないかと思っています。
CGW:「Boycraft」という名前にも、そうした思いが込められているのでしょうか。
安田: そうですね。子どもの頃に夢中になった工作や創作の楽しさを忘れたくないという思いから付けています。振り返ると、昔から図鑑や標本を見るだけでなく、「もし実際に触れたらどうなるだろう」「自分で動かせたらどうなるだろう」と想像するのが好きでした。昆虫でも恐竜でも重機でも、興味を持ったものを実際に作り、観察し、動かしてみる。その延長線上に今の仕事があります。これからもARや3DCGを使いながら、子どもの頃に図鑑を開いたときのような驚きや発見を形にしていきたいと思っています。
EDIT_持田 睦子/Mutsuko Nagata