ゲーム、アニメ、TV番組、映画など、CGを活用したコンテンツを目にする機会は多い。一方で、CGをつくる人々の実態はつかみづらいのが実情だ。そんなCG業界で働く人々を対象としたアンケート調査「CGWORLD白書 2016」(※1)を通じて、その働き方やキャリア形成について紹介しよう。
3DCG仕事白書:基本情報編
今年で3回目となる「CGWORLD白書 2016」(以降、白書)。最新の回答者はどんな人々なのか。その性別、年齢、勤務地、手がけているジャンル、職種といった基本データを紹介しよう。
Answer:回答者は大都市圏に勤務する20代、30代の男性が中心
回答者の性別は、80%以上を男性が占めている。この傾向は、過去2回の調査でも同様で、前回(2015年7月実施)は83.3%、前々回(2014年7月実施)は89.5%だった。男性比率の高い業界と言える。年齢は、20代と30代がそれぞれ40%前後を占めており、若い世代が支える業界だと推測できる。勤務地は、約65%が東京都に集中している。次点以降は大阪府、神奈川県と続いており、文化・経済活動の中心となる大都市圏に拠点を構える会社が多いことがわかる。近年は、札幌や博多など、物価が安く人材を確保しやすい地方都市に拠点をつくる会社も増加傾向にある。
Answer:ゲーム、アニメをはじめ多彩なジャンルに分布。今後はAR・VRも
回答者が現在手がけているジャンルのうち、特に多いのはゲームとアニメで、両者を合わせると約45%を占めている。それ以外のジャンルも、遊技機や映画など、エンターテインメント分野の割合が目立つ。なお、建築・工業デザインに代表されるような非エンタメ分野の仕事も、徐々に増加している。一方で、今後増えそうなジャンルとしてAR(拡張現実)・VR(仮想現実)を挙げた回答者が約60%におよんだ。AR・VRコンテンツの開発には、新たな技術や知見が必要とされるため、各社がリサーチを進めていると予想される。
Answer:回答者の約50%が3Dデザイナー。それ以外は、様々な職種に分布
回答者の職種は、約50%を3Dデザイナーが占めている。月刊誌『CGWORLD』は、CG・映像制作の中でも、特にモデリング、アニメーション、エフェクトなど、アートに関わる記事を多く扱うため、回答者の職種もそれらに関連するものが多いと予想される。また、CG業界では3Dデザイナーの割合が高いことも事実である。一方で、CG・映像制作は3Dデザイナーだけで成し得る仕事ではないため、ディレクター、技術職(エンジニア)、コンポジター、制作職など、様々な職種にも分布している。
3DCG仕事白書:分析編
CGを仕事に選んだ人たちは、どんな働き方をしているのか。中長期的なキャリアを築くためには、どんな施策や環境が必要なのか。これらをひも解くため、コンテンツ分野における人材育成について研究している専修大学の藤原正仁准教授に、白書の調査結果をご覧いただき、話を伺った。
藤原正仁氏(准教授) 専修大学ネットワーク情報学部
東京大学大学院情報学環 特任研究員・特任助教、専修大学ネットワーク情報学部 講師を経て、現職。コンテンツ分野における人材育成に関する研究、デジタルゲームの表現と倫理に関する研究などに従事。日本デジタルゲーム学会理事。CEDEC運営委員会と共に「ゲーム開発者の生活と意識に関するアンケート調査」(以降、CEDEC調査)を2013年から継続的に実施している。本記事では、CEDEC調査や、厚生労働省などによる類似の調査と、白書の調査を照らし合わせ、導き出される見解も紹介する。
www.senshu-u.ac.jp
Answer:約85%を、大学卒と専門学校卒が占める
白書の回答者の約85%が、大学卒と専門学校卒で占められている点が特徴的です。厚生労働省が発表した全国平均よりも多く、CEDEC調査と比べて特に専門学校卒が多くなっています。日本では3DCGの本格的な教育を受けられる美術系大学が少ないこと。一方で、3DCGの専門学校が多いことが影響していると思われます。なお、大学卒の中には、情報工学系大学などでCGを研究した後、技術職(エンジニア)として就職した人も含まれているのではないでしょうか。文部科学省による高等教育改革を背景として、大学体系の中に位置付けられる職業教育に特化した「専門職業大学(仮)」の開設が議論されているため、今後はその割合が増加する可能性があります。何れの教育機関で学ぶにせよ、CGの仕事は技術やツールの移り変わりが速いため、「実践的な内容」と「基礎的・普遍的な内容」をバランス良く学ぶことが、長く仕事を続けるための大事な要素になるでしょう。
Answer:約50%が非正規労働者だが、アルバイトやパートは極少数
白書の回答者に占める正社員の割合は約50%で、全国平均やCEDEC調査よりも低くなっています。契約社員、業務委託、フリーランスなどが一定の割合を占める反面、アルバイトやパートが極めて少ない点から、専門的な知識・技術が必要とされる仕事だとわかります。なお、最初の数年間は業務委託などの雇用形態で働き、会社との相性が良ければ、正社員として登用されるというケースは多くあるようです。他の産業と同じく、非正規労働者が会社の景気変動の調整弁になっている側面もあり、受注案件の増減に合わせて、非正規労働者が増減する傾向にあります。日本では正社員か否かによって、収入や社会保障、教育訓練などで大きな差があるため、正社員が増加していく方が望ましいと言えます。ただし正社員が増加するためには、会社経営の安定化と、市場の成長が不可欠です。制作体制の見直し、海外への市場拡大など、業界各社の努力に期待したいところです。
Answer:各層の割合に大きな偏りはなく、バランスのとれた業界経験構成
白書の回答者は業界経験2年以下が最も多く、平均経験年数は7.4年。CEDEC調査よりも、業界経験年数の短い人が多く回答しています。ただし、各層の割合に大きな偏りはなく、バランスのとれた業界経験構成になっています。この背景には、第1に、業界に魅力があり、定着率が高いこと。第2に、CGの技術進化に伴って、ゲーム・アニメ・遊技機・映画・デジタル造形、建築や医療のビジュアライゼーションなど、活用分野と市場規模が拡大してきたことがあるように思われます。一般的に、年齢を重ね、私生活において結婚・出産といったライフイベントを経て、子育て・介護の担い手になると、支出が増加していきます。年長者ほど多額の報酬を受けとらないと生活が成り立た ないため、技術進化が止まり、市場規模も変わらない業界では、若手が定着せず年齢構成が逆ピラミッド型になりがちです。年齢構成に偏りのないCG業界は、健全な業界と言えるでしょう。
Answer:国税庁が発表した平均給与よりも約50万円高い
白書の回答者の平均は464.6万円で、国税庁が発表した平均給与よりも約50万円高くなっています。CEDEC調査の平均はさらに高く、平均給与+約110万円です。雇用形態に占めるアルバイト・パートの割合が低いことからもわかるように、CG制作も、ゲーム開発も、高い専門性が求められる仕事で、参入障壁が高く、人手不足の状態が続いているため、多額の報酬が支払われる傾向にあるように思われます。もっとも、近年はアジアを中心とした新興国でも制作会社が急増しており、技術レベルも向上しています。国内の会社が新興国にアウトソーシングしたり、優秀な外国人を国内で雇用したりするケースも増えています。そのため、今後も現在と同様の年収が保証されるかは不透明です。調査では触れていませんが、性別による年収のちがいも気になります。CG業界でも管理職以上は男性が多くを占めるため、女性の平均年収の方が低い傾向にあるかもしれません。
Answer:通常時の平均実働時間は、全国平均+1.4時間
一般的に、クリエイティブ産業は徹夜・残業が当たり前という印象をもたれがちです。しかし白書の回答者の場合、通常時の実働時間は平均9.3時間、繁忙時は13.0時間となっており、厚生労働省が発表した全国平均の7.9時間と比較して、際だって多いわけではありません。CEDEC調査では、通常時が平均9.27時間、繁忙時が12.73時間となっており、CG業界とゲーム業界は同様の傾向にあると言えます。前述の印象の通り、終電近くまで仕事をしたり、徹夜をする会社もあるとは聞きますが、その数は減少傾向にあるようです。ここ最近は、海外のCGプロダクションやゲーム会社で働いていた人たちが帰国し、ワーク・ライフ・バランスを意識した、効率的な働き方を実践しようとする動きが広がっています。こうした人たちのもとには、優れた人材が集中すると考えられますので、今後はさらに働き方の見直しが進むことが期待されます。
Answer:平均102.2日、全国平均よりも約5日少ない
白書の回答者の年間休日は平均102.2日で、厚生労働省が発表した1企業の全国平均よりも約5日少ないものの、大きな隔たりはないことがわかります。もっとも、日本は国際的に見ても祝祭日が多く、土日を含めると年間休日が約120日あります。これに盆休み、年末年始を加えると、約130日は休日というのが実情です。それに比べると、白書の回答者は年間で1ヶ月近く余分に働いていることになります。また、有給休暇の消化率によっても休日は変動します。ただし、前述したように、白書の回答者と全国平均の年間休日に大きな隔たりはないため、この傾向はCG業界特有のものではなく、日本全体のものと言えます。ワーク・ライフ・バランスの問題と合わせて、幅広い議論や、働き方の見直しが必要と言えるでしょう。
Answer:ゲーム業界よりも人材の流動性が低い一方、前向きな転職理由が多い
白書の回答者のうち、転職経験者は約60%で、最多の転職回数は1回です。CEDEC調査では転職経験者が約70%、最多の転職回数が3回以上なので、ゲーム業界よりも人材の流動性が低いと言えます。一方で、転職理由では「専門分野をより究めたい」「ちがう分野の仕事に取り組んでみたい」という前向きな回答が多く、両者を合わせると約半数を占めます。CEDEC調査では「会社や事業の将来性に不安を感じたから」(31.6%)、「給与・報酬が少なかったから」(27.5%)など、後ろ向きな回答が目立っており、対照的な結果となっています。CGプロダクションの中には、セル調、リアル系CG、VFXなど、特定分野に特化しているところもあります。また、ワークフローや分業 体制も様々です。そのため、ある会社での経験が他でも通用するとは限らず(企業特殊能力が高く)、人材の流動性が抑制されているのかもしれません。ゲーム業界とはちがい、ヒット作の有無で会社の業績が大きく変化しないことも、影響していると考えられます。
総括:変化する環境に適応し得る能力開発が必要
CG業界は、技術の進化と共に、今後も表現の幅や市場を拡大させていくでしょう。そのため、中長期的なキャリアを築くためには、個々人が最先端の技能を修得し続け、環境に適応していくことが重要です。会社が教育訓練を支援してくれる環境が望ましいですが、そうした会社は限定的ですし、基本的に非正規労働者は支援を受けられません。転職理由として「専門分野をより究めたい」「ちがう分野の仕事に取り組んでみたい」と回答している人が多いことは、能力開発の必要性を裏付けています。人材育成には、より専門分野を究める『職務充実』と、仕事の幅を広げる『職務拡大』の2軸があり、両軸を意識しつつ、仕事に対するモチベーションを向上させることが、中長期的なキャリア形成においては必要だと思われます。能力開発の一環として、共に学び合う専門職コミュニティの創設や参加を通し、専門職同士の交流を深めることも有効ではないでしょうか。加えて、ツールを操作するオペレーターとして仕事に向き合うのではなく、プロジェクト全体を俯瞰的に捉え、仕事の意味や自らの役割を理解しながら、創造性を発揮していく姿勢も大切だと思います。
TEXT&PHOTO(分析編)_小野憲史
EDIT_CGWORLD編集部