「海外でCGのキャリアを築く」と言えば、北米のVFX業界での就労を想起する読者も多いと思う。だが、近年日本のCGプロダクションの「東南アジア」進出が増加しており、キャリアアップの観点でも「東南アジアで働く」選択肢が注目されている。

そこで今回は、東南アジアの様々な国で活躍している日本人のみなさんとの、ワールドワイドなオンライン座談会を実施。東南アジアにおけるお仕事やキャリア形成、生活ぶり、休暇の過ごし方など、その魅力を語ってもらった。

今回オンライン座談会に参加したパネラーの顔ぶれは、以下のとおり。

記事の目次

    マレーシア

    ミックス 代表取締役
    草野貴志
    マレーシア駐在歴2年。家族6人でマレーシアへ。

    タイ

    Studio Porta President / Managing Director
    石川圭介
    タイ・バンコク駐在歴9年。

    ベトナム

    ディッジ アシスタントディレクター
    干野 明
    ベトナム駐在歴4年。

    フィリピン

    DawnPurple Inc. COO / Technical Director / Treasurer
    杉崎英嗣
    フィリピン・マニラ駐在歴10年以上。

    ※文中の物価については、2023年11月現在の為替相場から日本円相当額をご紹介している。

    <1>文化・習慣の異なる、東南アジアで働く際のワークフロー

    ――皆様のお住まいの国では、日本との文化や習慣のちがいなどから、ワークフローや仕事の進め方にもちがいがありますか?

    ミックス草野貴志氏/マレーシア(以下、草野)

    マレーシアは、マレー系・中華系・インド系という3つの民族に大別されます。設立当初には、チェックバックの内容がうまく伝わらず、延々と修正が終わらないというループに突入するケースも見受けられました。私が日本国内で仕事をしていた頃は、言語のミスマッチによるコミュニケーションの問題などは考えたことがありませんでしたので、最初は戸惑いました。そこで、英語能力が高いメンバーにリーダーになってもらい、使用する言語ごとにチームを構成して対応しました。

    また、各民族で祝祭日が異なります。マレー系の方がある時期1週間お休みだったり、チャイニーズ・ニューイヤーは中華系の方がお休みだったり。そのあたりは、日本の本社側のスタッフと半々でチームを構成して、穴が開かないように進めています。

    ▲ミックス マレーシア支社のオフィスと社員のみなさん

    Studio Porta石川圭介氏/タイ(以下、石川):

    日本語を話せる社員が6人以上在籍しており、コミュニケーションロスが起きないよう努めています。作業して欲しい内容がうまく伝わらないことが一番の時間のロスとなりますので、その部分が出ないようにしています。 

    タイにも中華系のタイ人の方がおられますので、チャイニーズ・ニューイヤーも大事で、その時期にお休みを取るという方も多いです。

    ディッジ干野 明氏/ベトナム(以下、干野):

    ディレクターの下にマネージャー、そしてベトナム人のリーダーという構成でチームのマネジメントを行っています。

    ベトナムと日本では、文化・価値観のちがいがあります。ベトナム人の方は、仕様書に書かれた内容に忠実に作業を実行してくれます。一方で、仕様書に書かれていない疑問点の質問や提案、確認などを行うという習慣はないため、それによってリテイクが発生した事例も過去には見られました。そこで、現地のディレクターである私が間に入り、なるべくリテイクが少なくなるよう、日本側のディレクターとやりとりを進めています。

    仕様書にある「特定のアニメ作品のあのシーンの」という箇条書きの注釈や、日本語特有の「ふわっと」という表記など、都度どういう意味なのかをキチンと説明して、認識を共有しないといけないので、その点は大変でした。

    ベトナムの方には、年齢に関係なくフレンドリーに話し合う風習があります。弊社でも新しい社員が入ってきたら、友人のように声を掛けてあげていたりして、良い文化だなと実感しております。

    DawnPurple Inc. 杉崎英嗣氏/フィリピン(以下、杉崎):

    フィリピンは、英語が普通に通じる国ですので、仕事でもすべて英語でやりとりしています。英語が通じる、「自分の言葉で作業指示ができる」というのは本当に大きいです。以前中国のプロダクションで指導していたときには、通訳を介して何か問題が生じた際、通訳が理解していないのか、デザイナーが理解していないのか判断するのに苦労した経験があります。

    弊社は日本の案件に携わることが多く、フィリピン人が知っているタイトルも多いので、そういう作品に名前が載ったりするのも、モチベーションに繋がっているようです。

    ▲DawnPurple Inc.の社員のみなさん

    <2>東南アジアでの暮らしのリアル、余暇の楽しみ方

    ――東南アジアの暮らしやすさは、いかがでしょうか?

    草野:マレーシアは暮らしやすいですね。食事も、何でもあるので困らないです。
    子供2人の小学校への送迎も、パーソナル・ドライバーさんを雇って送迎してもらったり、清掃や子供の面倒を見てもらったり。きっと日本だったら高いだろうな、と思えるサービスが安価で受けられ、家庭を持つ方にとっては便利だと思います。だいたい月3~4万円くらいです。

    石川:バンコクの中心街は、日本食にも困らないですし、普通に生活をしていく分には不便はないと思います。また、Grabというタクシー配車アプリを使えば、現地の言葉で伝えなくても移動ができます。日本からの直行便がありますので、帰国においても不便を感じません。

    タイではK-POPが人気で、日本のアニメ、ゲームも人気があります。

    ▲バンコク市内には日本語の看板も多い

    干野:ベトナムもエンタメに関してはK-POPが流行っています。

    日系企業駐在員の部長・社長クラスの方はコンドミニアムを購入している方が多いですが、それ以外の多くの方は外国人向けのアパートに住んでいます。家賃も安いのですが、多くの物件でベトナム人のお手伝いさんが付きます。週に2~3回洗濯や掃除を行ってもらえるので、仕事が忙しいときなどはメリットのある良い環境だと思いました。

    また、気温が20度以下になることがなく、冬の間も秋がずっと続くような印象なので、寒いのが苦手な人にはすごく向いていると思います。

    親日の方や、日本語や英語を話せる人も多く、みなさん仕事でもプライべートでも耳を傾けて話を聞いてくれるので住みやすい環境ですね。

    ▲ディッジベトナムオフィスのみなさんの交流風景

    ベトナムには、お昼寝の習慣があります。ランチ休憩になると、みんな食事は10~20分くらいでササっと済ませてしまいます。その後、これはベトナムでは普通らしいのですが、職場の電気を全部消して、床でお昼寝しちゃうんですよ(笑)人によっては、枕とか敷布団とか持参しています。お昼寝休憩して、起きて午後1時からお仕事です。

    コミュニケーションを深めるために私も同じことをしてみようかと思い、休憩時間に床でお昼寝をしてみたんですが……「これ、けっこう良いな」と思いました(笑)
    30~40分お昼寝して起きると、脳がスッキリします。日本にいたときには、ランチの後に眠気を感じることもありましたが、休憩中にお昼寝することによって、午後眠くなることもなく仕事を効率的に進めることができました。自ら体感して、とてもよい文化だなと感じました。

    ▲ディッジベトナムオフィスでのお昼寝休憩の様子

    CGWORLD(以下、CGW)お昼寝を18分すると、最高に仕事の効率があがるって話もありますね(※)
    (※注釈:中島 聡氏『なぜ、あなたの仕事は終わらないのか スピードは最強の武器である』より)

    干野:日本の会社だと、寝てるとサボってるんじゃないかと勘違いされそうで、なかなかできないですが(笑)ベトナムでは気楽にお昼寝できるので、これはベトナムの魅力のひとつだなと、感じております。

    杉崎:ィリピンは、日本と比較してみると、基本的に何でも大雑把な文化です。大雑把な人は暮らしやすいでしょうし、几帳面な性格の方は……どうでしょうか。生活面でも、日本人からみると不思議なことも多いです(笑)

    エンタメで言うとK-POPも人気ですが、それよりもいわゆる、米国や英国のヒットチャートが人気という印象があります。

    食事については、ローカル料理であれば200~300円くらいでお腹いっぱい食べられます。日本食、イタリアンもありますし、もともとスペインの植民地だったこともありスペイン料理も結構美味しいですが、洋食系のレストランは1食1万円くらいします。

    物価上昇に加え、最近は円安傾向なので日本円でお給料をもらってフィリピンで働くというのは、少し大変かもしれないですね。逆にフィリピン通貨のお給料で、日本円に換えるとけっこう良い金額になると思います。

    CGW:物価のお話が出ましたが、例えば30歳くらいの独身男性が暮らした場合、「現地での生活費は平均どのくらいかかるか」を教えていただけますか?

    草野:家賃でいうと6万円前後、10~12万円相当あれば、全然楽しく過ごせるんじゃないですかね。タクシーアプリのGrabもすごく安いですし、車を持つ必要もないし、ガソリンは1リットル60円くらいです。所得税は収入によって異なりますが、だいたい12万円くらいあったら、ぜんぜん普通にやっていけます。

    石川:タイの生活コストは、タイの人たちと同じような暮らしをするのであれば、日本より圧倒的に安いと思います。現地の人に聞くと「食費が1万バーツくらい」と言っていたので、食費は4万円くらい。

    タイで10万円出してコンドミニアムに住むと、東京で言えば50万~100万円レベルの物件に住めるので、グレードを考えるとすごく安く感じます。家に帰ってリフレッシュができると思います。

    日本人が普通に生活して15~18万円程度で、20万円までは行かないと思います。
    あとは、ご本人の娯楽や趣味にどれだけお金を掛けるか、というところでしょうか。

    ▲日本人が多いエリアの高層マンションからの景色

    干野 :ベトナムは基本的に物価が安く、日本の1/3くらいです。お手伝いさん付きの住まいが、広さが8~9畳くらいで、月5万円くらいです。15万円くらいで、十分に生活できると思います。夜に、バーに頻繁に飲みにいくと、倍くらいいくかもしれませんが(笑)。

    杉崎:フィリピンだと、そんなに遊ばなければ、家賃を含めて20万円あれば十分という感じです。

    休日のゴルフが1回1万円くらい。夜のバーが5,000円くらい。日本食はランチで2,000円くらいします。
    ただ30代の独身男性の場合、フィリピンだとみんな夜はお店に飲みに行っちゃうので、それも考慮すると30万円くらいあったほうがいいかもしれませんね(笑)

    ――東南アジアならでは!の休日やバケーションの楽しみ方の魅力は、いかがでしょうか?

    草野:マレーシアはタイやシンガポールに近く、国内だけではなくいろんな国に遊びに行けます。3日間くらいお休みがあるときには、ペナン島へ行ったり、色々な所へ行って遊んでいます。自然がそのままの場所も多く、アウトドアが好きな人にはすごく良いと思います。

    コンドミニアムも、現地の人が住むようなところは月3万円くらいで借りることができます。一家6人で旅行をするとすごい荷物になりますが、何か所か別荘代わりに部屋を借りて、全拠点に荷物を置いておき、毎月どっかへ行って遊ぼう!という計画を立てています。休みはほとんど家族と過ごしていますが、充実して、楽しく過ごしています。

    石川:タイ国内でしたら、プーケットなどの島へ行くと海が綺麗なので、ぜひ島へ行きたいですね。国外で一度行ってみたいのは、モルディブですね。

    干野:ハノイでは、ホアンキエム湖、ハノイ旧市街、ハロン湾、この3ヶ所が観光で楽しめる場所です。特にハロン湾は、ぜひ訪れていただきたい場所のひとつです。海にいろんな岩が突き出ている孤島みたいが沢山あって、なんだか『ドラゴンボール』に出てきそうな山のような形で(笑)景色が大変綺麗で良かったです。

    杉崎:フィリピンの島は本当に綺麗で、海の透明度が素晴らしいです。特にダイビングが好きな人には大変オススメで、潜るスポットがいろいろあります。

    <3>東南アジアでキャリアを積む選択肢の魅力

    ――東南アジアでのお仕事の魅力について、お聞かせください。

    草野:経営面では、中途採用のしやすさでしょうか。6~7年の経験を持つデザイナーを採用したい場合にも、人材が集まりやすいです。その反面、非常にスキルの高い人材は日本よりも人件費が高い傾向にあります。マレーシアはもともとアニメ大国です。スタジオの数も非常に多く、人材プールも大きく、積極的に採用を進めています。楽しんでやっております。

    CGW:マレーシアがアニメ大国って、あまり知られていないかもしれないですね!

    石川:タイにも、「日本の案件が好き」という人は多く、応募も多いです。もちろん応募者のスキルには個人差がありますが、優れた人材であれば採用に繋がります。

    ▲Studio Portaの社員のみなさん

    石川:さらに、日本の作品に加え、ハリウッドの作品など国際的なプロジェクトに携われることが、タイでの仕事の魅力だと思います。弊社にも中国や韓国から、多くの問い合わせをいただいております。また地元の会社さんも、海外の仕事を受注している実績があります。

    私見ですが、30~40代の方が日本の企業に勤めていると、会社さんによっては上のポジションが空いていないことも少なくないと思います。そんなときに東南アジアに出て、日本の案件が多い会社さんに勤め、リーダーシップを取れれば、その分待遇も上がってくると思います。その意味で、東南アジアには日本人アーティストの需要があると思います。日本人が少なくとも1~2人在籍している会社も多いです。

    干野:ベトナムでも応募者は多く、若手から週に何通も来ます。レベルは人それぞれなので実際に試用してみて、スキルを見極めた上で採用していきます。

    「クオリティを詰めていく」という部分では日本人が長けていますが、ベトナムの方のベースモデリングとしての作業の速さは日本人を超えるくらいのスピード感がありました。お互いの長所を活かして、協力しながら仕事を進めています。

    杉崎:フィリピンはアジアから語学留学に来る方が沢山いるほど、英語がきちんと通じる国です。日本のデザイナーが、若いうちにフィリピンで経験を積み、英語力を身につけることで、その後世界のどこのスタジオでも働けるようになります。その意味で、フィリピンで働くことは「ステップアップするための第一歩」として、非常に魅力的だと思います。

    フィリピン現地での人材採用は、新卒もしくはインターンから育てていくというスタイルで、今までずっとやってきています。

    会社のメンバーにも、「君たちはこれだけ英語ができるんだから、ニュージーランドとかカナダとか、そういうところのスタジオにもぜひ挑戦してみて」と普段から言ってるんですね。その代わり、弊社で学んだからそういうところに就職できた、ってみんなFacebookとかでちゃんと宣伝してね!と伝えています。

    若くて野心のある人はどんどん外に出てもらって、弊社の宣伝もしてもらって。それがフィリピンという国で働く魅力ですね。実際に、過去に私の下で働いていた人のなかには、現在はいわゆるハリウッド案件にかかわるスタジオで仕事をしている人もいます。

    ――東南アジアでの経験は、ご自身のキャリアにどのように影響していますか?

    草野:こちらの文化は、よく言えば大雑把な感じなので、日本のキチっとした文化に慣れたところから来ると、とまどいもあります。最終的には、こちらがマレーシアの文化に合わせて、順応していくしかありません(笑)。
    しかし、この段階を乗り越えてしまえば、「あ、もしかしたら、どこの国でも、ある程度やっていけるかもしれない」という自信に繋がります。そういう部分で、メンタル的に成長したように思います。

    マレーシアのマネジメント職の人は英語がすごく上手ということもあり、実は海外事業部を日本の本社ではなくマレーシアに作ったのです。セールスの人材も商社から転職してきてもらったりして、マレーシア側で海外事業の営業活動を行っております。欧米はもとより、最近はサウジアラビア等の中東方面にもコンタクトを取っています。

    また、マレーシアはいろんな国の情報が集まりやすく、今後いろいろなモノづくりに携わっていけるのではないかと思い、非常に楽しみに毎日仕事をしております。

    海外に出たい方は、日本で地道に準備するより、さっさと世界に出た方が早い。英語圏に出る前に、「世界慣れ」するためには、最初に東南アジアで働いてみるのは良いのではと、日本のデザイナーさんにもオススメしたいです。 
    ミックスでも、デザイナーやディレクターとしてマレーシアで働きたい日本の方を随時募集しておりますので、お気軽にお問い合わせください。

    CGW:「東南アジアで働く」というより、「世界で働く」のような観点に変わっていくということですね!

    石川:タイでは、海外のプロジェクトが東京よりも受注しやすい傾向があります。今後は中国や欧米からの仕事がますます増えていくのでは、と実感しています。日本で働いている方が「ちょっと飽きたな」と思ったときに、行く場所の候補として、東南アジアはすごくアリだと思います。 

    さきほど草野さんもおっしゃっていましたが、考えるより行動した方が早いと思います。特にデザイナーの場合は手に職がある状態なので、なおさら海外でも仕事ができると思います。

    海外に出てみると、考え方が変わる人が大半なのではないでしょうか。例えば、海外旅行へ行って、日本に帰ったときに「価値観が変わったな」と感じる方も多いと思います。一度海外に出て、自分の人生観を変えるためにも、日本にはない文化を経験してみるのは、アリなんじゃないかと考えています。

    干野:最初は日本で通用することが、ベトナムでは通用しないと感じることも多々ありましたが、異なる文化や習慣、考え方、価値観などを受け入れることによって、仕事がしやすくなりました。日本では経験できないような人材育成や、マネジメントなどを経験、勉強し、自分なりに成長できたと思いました。

    一度海外に出てみて、日本以外の状況を知ることによって、視野が広がり、自分自身のステップアップに繋がると考えています。

    海外に向けて、これから日本のゲームという文化をどんどん広げていけることを楽しみにしています。

    杉崎:文化が異なる国では、思いどおりにいかないことが普通です。そういうものを広く受け止めるという、大きな心が持てました。これが「東南アジアでビジネスをしている」ということなのかなと思います。「思い通りにいかないことを楽しむこと、それが人生だな」と学んだのが、東南アジアの生活かなと。

    コロナウイルスによるロックダウンも収束し、国際的なビジネスも2024年位からできるかなと思いつつ、お仕事をさせていただいているところです。

    ――東南アジアでお仕事をすると、世界を相手に仕事ができる機会が増えそうですね。また、週末や休日の楽しみ方にも、幅が広がりそうです。

    本日は、どうもありがとうございました!


    INTERVIEW&TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_Mana Okubo(CGWORLD)