今年も「花開くコリア・アニメーション」(通称「花コリ」)の季節がやってきた。2008年から東名阪の3都市で開催してきた同上映会は、韓国の学生制作・自主制作や低予算企画などのアニメーションシーンを知ることができる貴重な機会。今回はチャン・ヒョンユン監督の初となる長編『ウリビョル1号とまだら牛』の上映でも注目を集めている。大阪会場では会期中の4月4日、スペシャルトーク「チャン・ヒョンユン監督 短編集上映&トーク」が行われた。本稿ではその模様をお届けする。

『ウリビョル1号とまだら牛(The Satellite Girl and Milk Cow)』。トレーラーからも様々な作品へのオマージュが見てとれる

チャン監督は韓国外国語大学の卒業後、韓国映画アカデミーに進学。そこでアニメーションを学んだ。在学中に『メイビー・アイム・ブラインド』、『ティータイム』、『レター』を制作、なかでも『レター』はNHKで放送されていた「デジタル・スタジアム」でも紹介されたので覚えている人もいるかもしれない。

一躍脚光を浴びたのは卒業後に自主制作した『ウルフ・ダディ ~パパが必要なの~』だ。この作品は「東京国際アニメフェア 2006」の「第5回 東京アニメアワード」で優秀作品賞、「第11回 広島国際アニメーションフェスティバル」でヒロシマ賞など、日本でも話題を呼んだ。
続く『わたしのコーヒー・サムライ ~自販機的な彼氏~』は韓国コンテンツ振興院の支援を受けて2008年に完成、商業デビューを果たした。「花コリ」の第1回でも上映し、東京会場にチャン監督を招いている。
なお『ウルフ・ダディ』と『わたしのコーヒー・サムライ』は、新海誠監督作品などのプロデュースで知られるコミックス・ウェーブ・フィルムからDVDがリリースされている。

『ウルフ・ダディ ~パパが必要なの~』予告編

今回のトークショーでは、京都精華大学准教授の津堅信之氏が聞き手を務めた。「以前からアクションをやりたいと思っていた」というチャン監督。『ウルフ・ダディ』くらいの短編(約10分)だと構成上アクションを入れるのが難しかったが『わたしのコーヒー・サムライ』は30分なので可能になったとのこと。
最新作『ウリビョル1号とまだら牛』で初めて長編(82分)となったことについて、津堅氏が「長い尺で描きたい内容があったということなのか?」と問うと、チャン監督は経緯として「実は初めから長編をつくってみたいと思っていた。日本では作家として長編をつくり続ける監督がいると思うが、韓国には監督個人として長編をつくれる監督がいなかった。昨年呼ばれていたイ・ソンガン監督が短編からスタートして長編を作ることになって、そのプロセスをモデルにして自分も長編をつくっていこうと思った。表現したいことがあるという意味では短編をつくる時にやってみていたので、むしろ長編をつくる時にそういう作品をつくってみなければという思いがあった」と語った。

初めて長編を制作できたことで夢が叶ったようでもあるが、その一方での苦労も。「夢が叶ったと言えばそうだが、長編をつくるまで時間がかかってしまった。『わたしのコーヒー・サムライ』が人気あったので、すぐに長編をつくれるものと思っていた。大きいプロダクションのように、すぐに決断ができるということではなくて、資金を集めるところから6年かかってしまった」(チャン監督)。


『ウリビョル1号とまだら牛』の上映で舞台挨拶するチャン・ヒョンユン監督(会場:PLANET+1)

話の流れから、津堅氏は韓国の声優事情についても訊ねた。これに関してチャン監督は「テレビシリーズは専業だけど映画は俳優やアイドルが多い。韓国では声優の認知度が高くなく、テレビシリーズで人気が出たからといって映画にすることもないので、専業の声優が映画で担当することもない。なので俳優やアイドルが起用されることになる」と答えた。
また津堅氏から韓国の短編作品について「人間の内面を描き出す作品が多いように思う。抽象的に表現するというよりは、何か他のものに置き換えて象徴的に表現する」傾向があるのでは聞かれると、「象徴的なものを用いてつくるという、アニメーション教育の影響なのだと思う」とチャン監督。続けて「ただ、自分の場合はそれとは特に関係はなくて、人ではないものに変身するという題材を描くにあたり、人の内面を他のものに移し替えるようなつくり方をしているんじゃないのかな」と自己分析していた。


聞き手を務めた津堅信之氏(会場:大阪韓国文化院)

またチャン監督は「韓国の作品はファンタジーに偏ってるんじゃないか」と思っているそうだ。自身の作風としては「自分は韓国のリアルな風景の中で展開する作品をつくりたい」と考えており、制作の際には「その中でファンタジー的な要素を入れてみたいと思ったときに、主人公が他の場所に行くというファンタジーではなくて、自分ではない何かに変わっていくことでファンタジーとして成立させる」ように気をつけているとのこと。
それと同時に「韓国は強迫観念がついてまわる社会ではないか。音楽やアニメーションもだが芸術の分野でも一生懸命やって上手くならなければという気持ちが強い。だけど、そうではない別の生き方があるのではないか」との思いを作中で反映している。戦う場面は「韓国社会が常に強迫観念の中で勝敗を決める」感覚の表現で、「そこから抜け出すために女性との出会いや変身を通じて価値観が変化する」過程を描いているのだという。

気になる今後のプロジェクトでは『ウルフ・ダディ』の長編化に挑んでいると明かした。「シナリオを書き終わったところ。『ウリビョル1号とまだら牛』はシナリオがダメだと思ったので、シナリオ学校に通うくらい徹底的に勉強をやり直した。来年の夏までに完成すればと思っている。大人の恋愛を描いてみたい」(チャン監督)。
日本における『ウリビョル1号とまだら牛』の上映は、昨年の「新千歳空港国際アニメーション映画祭2014」に続き、今回の大阪が2例目。東京会場(アップリンク・ファクトリー)での開催は、5月9日(土)と10日(日)なので、忘れずにチェックしたい(名古屋での上映も決定しているが、日程と会場は未定とのこと)。

TEXT&PHOTO_真狩祐志

  • 「花開くコリア・アニメーション 2015」
    東京会場:5月9日(土)・10日(日)アップリンク・ファクトリー/大阪会場:4月3日(金)~4月10日(金)PLANET+1/名古屋会場(予定):7月4日(土)・5日(日)愛知芸術文化センター
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