『楽園追放 -Expelled from Paradise-』(2014)をスマッシュヒットさせ、アニメCGの新境地を切り拓いた東映アニメーションが再び前人未踏の表現に挑戦中だ。前回は、本作のキーファクターである「3Dフラクタル」について紹介したが、今回はキャラクター表現における取り組みについて、村田和也総監督ら中核スタッフに話を聞いた。
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謎に満ちたアニメCGプロジェクト『正解するカド』(総監督:村田和也)に迫る 〜 mystery 01:3Dフラクタル 〜
INTERVIEW_村上 浩(夢幻PICTURES) / Hiroshi Murakami(MUGENPICTURES)
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
『正解するカド』Teaser Trailer 01
2Dデザインを"素描"と捉え、3DCG独自の様式美を確立させる
CGWORLD(以下、CGW):本作ではキャラクター表現をフル3DCGで描くとのことですが、キャラクターデザインを有坂あこ氏に依頼されたねらいを教えてください。
野口光一プロデューサー(以下、野口):5年前にpixivに投稿されたイラストを見たときから注目していたのですが、有坂さんの絵柄と本作のイメージが合致すると思ったんです。ただ、アニメのキャラデザは初めてということもあり、アニメやCGに対する配慮はいっさいありませんでした(笑)。苦労することはわかっていましたが、CGの都合でデザインを変更するようなことはしたくなかったので自由に描いてもらいました。
村田和也総監督(以下、村田):有坂さんの絵の魅力は線の表現や特有のフォルムの描き方なんだと思うのですが、いかにしてそうした魅力を活かしつつ立体として整合性を保つかが最大の課題でした。デザイン画を単純に立体化するだけでなくマインドを汲み取って再構築する必要があるんです。
加藤康弘CGディレクター(以下、加藤):現在のアニメ業界で主流となっているような3D化に適したデザインではなく未開拓の領域だったので、真庭(秀明)さんの助言を仰ぎつつ、宮本(浩史)くんにモデルを作成してもらい、試行錯誤をくり返しました。
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『正解するカド』中核スタッフ
左から、木村和宏氏(Knead)、石塚恵子撮影監督、野口光一プロデューサー、村田和也総監督、加藤康弘CGディレクター、真庭秀明プロダクションデザイナー、玉那覇博紀CGラインプロデューサー
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CGWORLD(以下、CGW):『楽園追放』のときも実施されていましたが、本作でもマケットを試作されたそうですね。
野口:はい、メインキャラクター「ヤハクィザシュニナ」のCGモデルを基に、Knead(ニード)さんにマケットを制作してもらいました。海外ではプリプロ段階でマケットを作成することが習慣化していますが、本作のようなセル調のアニメCGや2Dアニメでも造形物をあらゆる角度から見ながらキャラクターを描いてほしいと思っているんです。今回は3Dモデルをプリントアウトして鼻や顎のラインの見え方など吟味して3Dモデルにフィードバックするという実験も兼ねています。このマケットにはアニメ化に向け考察すべきことが詰まっているんですよ。
『正解するカド』フィギュア用CGモデル 02
木村和宏Knead代表取締役(以下、木村):3Dモデルの形状を検証するということだったので、今回は造形師的な調整は行わずに立体出力しています。オープンエッジと強度を維持するため紐や布に厚みを加えた程度なので1ヶ月もかからず仕上げることができました。
村田:彫塑も工業デザインもスケッチから始まるんですが、そのスケッチはアイデアでしかなくスケッチ通りの立体にはならないし、結果的にスケッチよりも良いものが生まれるものだと思うんです。3Dのキャラクター造形もCG独自のデザイン様式があって然るべきですし、独自進化していかなければならないと考えています。それが極められて初めて2D作品と比較されることからも脱却できると思うんです。
木村:フィギュアの場合はそもそもアウトラインがないので、Kneadの場合は漫画やイラストを忠実に再現するというよりも、原作者の意図を汲み取って形にすることを大切にしています。作り手も観る側も2Dとは別物として捉えていますし、そういった楽しみ方をフィギュア界が時間をかけて確立してきたと思うんです。同じようなことをCGモデラーの間で模索する必要があるのかも知れません。
野口:例えば、セル調の場合はどこまでラインや影を入れるか判断が難しく、些細な点だけどすごくセンスが問われるんです。そういった部分もマケットを観察して検証してほしい。
村田:そうそう。特に内側のラインは扱い方が難しい。鼻筋や煽りで見た時の顎のラインの出るタイミングは特に注意が必要な箇所ですね。
加藤:イメージ通りのラインを描くためにモデル形状に手を加えているんですが、やり過ぎてしまうと影の落ち方に違和感が生まれてしまうんです。ラインと影の両方を成立させる必要もあるしリギングのしやすいメッシュであることも求められるので手間もかかりますが、最近はそれらの問題を解決するモデリング方法が確立しつつあります。
<Topic 1>劇場長編で培ったノウハウを込めるCGキャラクター表現
デザイン設定
▲有坂あこ氏が描いたヤハクィザシュニナのデザイン画の例。有坂氏が描くキャラクターの魅力を最大限にひき出すねらいから、この段階では3DCG化に対する配慮はあえて行わなかったという
PVの制作過程を図示したもの
▲ STEP 1(左)絵コンテ/(右)3Dレイアウトに対して演出指示を加筆したもの
▲ STEP 2(左)アニメーション工程(ワイヤーフレーム表示)/(右)アニメーション工程(シェーディング表示)
▲ STEP 3(左)レンダリングイメージ。アニメCGでは主流の顔、身体、落ち影の3要素を個別にライティングする手法が採られた/(右)撮影処理を施した完成形
▲<A>カラー <B>ライン <C>標準色と影色のマスク <D>4チャンネル(瞳、アイライン、髪の毛、瞳のハイライト)のマスク <E>デプス(主光源、Y、Z) <F>髪の毛の照り返し用マスク <G>オクルージョン <H>主光源のみの シェーディング <I>A~Hの素材を基に撮影処理を施したヤハクィザシュニナ単体の完成ルック
▲PVに登場するヤハクィザシュニナのカット例。一般的なセル調CGキャラよりもさりげない"深み"が巧みに込められた独自のルックに仕上がっている。一連の登場キャラクターは、宮本浩史キャラクターSVと真庭秀明プロダクションデザイナーがリードするかたちで3DCGへと落とし込まれた
[[SplitPage]]<2>3DCGによるキャラクター描写とは
CGW:人間ドラマということで説得力のある芝居を求められるとのことですがモーションキャプチャ(以下、MC)の利用は検討されていたりするのでしょうか?
野口:確かに東映アニメーションの作品ではダンス映像にはMCも利用してるよね。
加藤:セル調のルックに適した制作をやっていきたいので、今回は手付けで作業しています。特に本作はハイターゲット向けなので日常芝居ではメリハリは強すぎず、されどヌルヌルしないアニメーションを、さらに止まったときの画にもクオリティが求められるので難しいんです。手の動きや姿勢にもキャラクター性が出るので何気ない芝居ほどリアリティを感じる重要なポイントだと思っています。
村田:MCは演者がキャラクター性を決めるので同じ演者でキャプチャできるなら成立するかも知れないけど、その時々で演者が変わるとキャラクターの一貫性が失われ完成度の高い画はつくれないと思います。結果的にモーションをアレンジする方の力量が問われるんです。そもそも"リアルを目指す"と言ってもデザイン化されたキャラクターなので、その世界特有のリアリティが存在するはずですし。
加藤:作画とCGの良さが一度に味わえるハイブリッド作品は、フルCG作品よりも贅沢なことなのかも知れませんね。
CGW:最後に今後の課題や読者に向けてコメントをお願いします。
加藤:複数の制作ラインを構築した際に一定の質を保ちながら制作できるかが近々の課題です。セル調は作画に近づいて来ていますが、プロ目線では粗が気になる箇所もあるので今後も検証を続けていきます。
村田:本作は政治や人類に対する問いかけがメインなのでSFの知識がなくても楽しめる内容になっています。アニメファン以外の方も受け容れやすい作品だと思うので楽しみにしていてください。
野口:あえて他社が避けているジャンルに挑戦しているので何かと苦労することを覚悟しています(笑)。ですが、本作をやりとげたらアニメの表現幅がさらに広がるはず。エンタミクスさんに2016年の大穴作品と紹介していただいたので(※1)、がんばっていきたいと思います。
※1:エンタミクス誌での紹介
月刊「エンタミクス」(KADOKAWA)2016年2月号における総力特集「2016年はコレにハマる! 200本」内で取り上げられた
<Topic 2>2Dのエッセンスを立体造形として再解釈〜マケットの試作〜
▲東映アニメーションから支給されたCGモデルを3ds Maxに読み込んだ状態。緑色でハイライトされた箇所がオープンエッジ、3Dプリンティングのためにオープンエッジが0になるように加工修正を行う
▲立体出力に向けた修正作業の例。(左)髪の毛部分のオープンエッジを閉じていく作業の例、(右)厚みの調整等により衣服の表面のディテールが埋まってしまった箇所の調整例
▲3Dプリンティング用にパーツ分割を施した状態。このデータをProJet 3500 HDで出力する
▲立体出力物。各パーツの嵌合チェックを行なった後、サーフェイサーがけ等の表面加工を施していく
▲完成したヤハクィザシュニナのマケット
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『正解するカド』
総監督:村田和也
脚本:野﨑まど
キャラクターデザイン:有坂あこ
プロダクションデザイン:真庭秀明
CGディレクター:加藤康弘
キャラクター・スーパーバイザー:宮本浩史
グラフィックデザイン:鈴木夏希
プロデューサー:野口光一
アニメーション制作:東映アニメーション
製作:東映アニメーション、木下グループ、東映
© TOEI ANIMATION / KINOSHITA GROUP / TOEI
seikaisuru-kado.com