6月29日(水)から7月1日(金)の3日間にわたり東京ビッグサイトで開催された「コンテンツ東京2016」。「プロダクションEXPO」「制作・配信ソリューション展」「コンテンツマーケティングEXPO」「先端コンテンツ技術展」「クリエイターEXPO」「キャラクター&ブランドライセンス展」という6つの展示会が一堂に会した総合展示会だ。会場では関連企業1,530社の出展に加えて、30本以上のセミナーも行われた。本稿ではそのうち、ソニー・インタラクティブエンタテイメントの秋山賢成氏が登壇した「既存の制作方程式は当てはまらない! VRコンテンツ制作で考えるべきポイント」講演をレポートする。

TEXT & PHOTO_小野憲史
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)

<1>ノンゲームをテーマにノウハウを公開

普段はVR「ゲーム」の技術講演を担当することが多いという秋山氏。しかしVRの可能性は様々な分野に広がっており、PlayStation4向けのVR HMD「PS VR」でも様々な「ノンゲーム」コンテンツが登場する。こうした状況や、非ゲーム業界関係者が多数を占めたセミナーの参加者属性もふまえて、秋山氏は「VR映像コンテンツ」の制作手法をテーマに講演した。

実在感とユーザーにとっての魅力のあくなき追求がVR制作のコツ〜「コンテンツ東京2016」レポート

秋山賢成氏
ソニー・インタラクティブエンタテインメント(ジャパン アジア)ソフトウェアビジネス部 次長


冒頭「VRコンテンツの制作では『実在感』と『ユーザーにとっての魅力』を常に意識して、追求することが重要」だと切り出した秋山氏。このように本セッションは、リリース前コンテンツの制作ノウハウが満載された、VR映像コンテンツクリエイターなら必ずおさえておきたい内容となった。

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事例紹介で登場したのはVRカラオケが楽しめる『JOYSOUND VR』、実写+CGインタラクティブシネマ『眠れぬ魂』、人気番組の出演者と共演できる『お台場夢体験!presented by PlayStation VR』、映画タイアップの特別版「『シン・ゴジラ』スペシャルデモコンテンツ for PlayStation VR」の4本だ。当然ながらリリース前タイトルばかりとなる。

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VRの世界に体験者を瞬時に"なじませる"ためには、相応の工夫が必要だ。特にVRが市民権を得るまでは、「自分は何者か」「周囲との自然なインタラクションの構築」について常に留意することが必須であり、ベタベタの演出ぐらいが丁度良いのだという

<2>撮り直しがきかないからこそ求められる体制づくり

VR映像コンテンツの制作手法には大きく「実写動画をベースにしたもの」「リアルタイムCGをベースにしたもの」が存在する(ここではプリレンダーCGは実写動画に準じる)。前者はステッチングされたパノラマ動画を3D天球に貼り付け、世界を360度見渡せる動画として再生。後者はゲームエンジン上で制作するやり方が主流だ。それぞれ異なるノウハウが必要になる。

実在感とユーザーにとっての魅力のあくなき追求がVR制作のコツ〜「コンテンツ東京2016」レポート

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一発撮りが基本の動画撮影。それだけに関係者全員で共通の完成イメージをもち、現場ですぐに仮素材を確認できる環境を構築しておくことが欠かせない

実写動画をベースとする場合、最も重要なのは「再撮影が困難である」という点だ。そのため関係者が全員、完成イメージを事前に共有して撮影に臨むことが求められる。重要なのは「現場ですぐに撮影素材をチェックできる環境」と、「事前にPS VRのレンズを通したクオリティの確認」と、秋山氏は説明した。
実際、『お台場夢体験!』の撮影では「1.GoProで撮影」「2.データ取り込み」「3.Autopano Videoでスティッチ(.movにレンダリング)」「4..movデータをMedia EncorderでMP4にエンコード」「5.MP4データをGearVRで確認」というワークフローをとり、すぐに撮影素材を確認できるようにしたという。

高速にカメラが移動したり、地平線が回転するような、テレビ制作では定番の演出手法も禁じ手だ。エンコードでコマ落ちが発生するだけで、VR酔いの原因になる。演出意図と快適な視聴体験が相反した場合は、演出意図を諦めることも重要だと釘を刺した。それだけ事前の準備が必要になる、というわけだ。
鍵となるのが絵コンテやレイアウト。もっとも360度に視野が広がるVR映像では、一般的な「絵コンテ」の文法が通用しない。それでも『JOUSOUND VR』のプロトタイプ版では、撮影にあたり絵コンテを作成して、コンセプトを明確にしたという。「書き込みがすごく多い絵コンテといったイメージ」(秋山氏)とのことだ。

プロダクションEXPOでブースを出展していた、wiseの『眠れぬ魂』制作スタッフも同様に絵コンテを制作したとあかした。上下の視点移動はオミットし、横長の絵コンテに注視点を描き込みつつ、ストーリー選択によって分岐していくイメージだ。もっとも紙ベースでは収拾がつかなくなり、pdf化してハイパーリンク構造をとったと話していた。

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<3>対象の魅力を突き詰め、VRならではの映像体験に高める

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<3>対象の魅力を突き詰め、VRならではの映像体験に高める

先述した注意点が安全面の配慮だとしたら、VRならではの魅力的な映像コンテンツを作るにはどうしたらいいか。ここで指摘されたのが「プレイヤーの立ち場を定義する」ことと「対象の魅力をVRで徹底的に掘り下げる」ことだ。
『JOUSOUND VR』のプロトタイプ版では、アイドルグループのライブにVRで参加できる映像コンテンツが作られた。この際も単にステージ上で映像を収録するだけでなく、「新規メンバー(=プレイヤー)を囲んで公演前に円陣を組む」「ライブ実施」「終了後に楽屋でねぎらいの言葉がもらえる」という、一連のストーリー体験ができるように心がけたとのこと。

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人気アイドルの息づかいまで聞こえてきそうな距離にまで急接近できるのも動画系VRならではだ

また実在感を高めるために、「出演者にカメラ(=プレイヤー)を見て演技をしてもらう」「アイドルがパーソナルゾーン(45センチ以下)に近寄る」といった演出を実施。全天周映像の特性をいかして、「一度の画角におさまらない、複数の注視ポイント」も盛り込んだ。何度も繰り返して楽しめるコンテンツ作りがめざされたのだ。

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何度もくり返し体験してもらえるコンテンツづくりがユーザーの満足度を高める秘訣になる

一方、インタラクティブシネマの『眠れぬ魂』では、プレイヤーは役者の視点を通してストーリーに参加していく。そのため両者の視点を自然に融合させるために、通常ムービーシーンからVRシーンへのトランジションを意識したオープニング映像が作られた。「役者の表情」→「視線」→「VRによる主観映像」といったスタイルだ。
VR作品ではちょっとした違和感が生じるだけでも、実在感を損ねる遠因になる。映像撮影時に映り込んだ照明を削除する際も、単純に光源だけを処理するのでは、周囲の照り返しが残ってしまう。そのため後から懐中電灯など、光を発するプロップを合成するなどの配慮がなされた。他に複数の重要なモチーフがあるシーンでは、パララックスをまたがないように、レンズの角度調整も行われたという。

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「演出意図」と「安全性」のバランスをとることが重要。特にVRの普及段階では、安全性に重点をおいたコンテンツづくりが求められる

演出意図に合わせた機材選定も重要だ。『JOYSOUND VR』では現実的な導入コストで4K・60fps映像が撮影できることから「GoPro HERO4」を6台使用し、音声はPCMレコーダーで別途収録している。さらに屋内シーンでは2テイク撮影したものを合成して、違和感のない照明効果を実現。GoProを連結するリグも二種類用意し、用途に応じて使い分けられた。
一方、『眠れぬ魂』ではカメラと主人公の距離が近いため、レンズ数の少ないカメラリグが採用された。これによりステッチングやデータマネジメントのコストが減少できたという。このほか『お台場夢体験!』では、PS VRの立体音響機能を生かして、人の話し声などをピンマイクで別撮りしておき、ワールド座標に別配置するなどの工夫も行われている。これによりシーンを印象づける音が際立ったとのこと。

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<4>映像とゲームの間に広がる文化のちがいを乗り越える

後半ではリアルタイムCGによるVR映像コンテンツ制作に話が移った。ゲームエンジン上でCGデータを制作して実機上で再生し、処理落ちなどの問題点をつぶしていく。講演中では『シン・ゴジラ』がこの例にあたる。
この時、重要になるのがレンダリングパイプラインの再検討だ。特にプリレンダーCG向けに作られたCG素材はリアルタイム処理を考慮する必要がないため、ボーン構成やスキニングがリッチにできる。ところが、こうして作られたデータ構造には、ゲームエンジン上での再生に対応していない場合があるのだ。秋山氏は「なるべく早く実機上で再生して、アセットが正しく出ているか確認する必要がある」という。

実在感とユーザーにとっての魅力のあくなき追求がVR制作のコツ〜「コンテンツ東京2016」レポート

プリレンダーCGの映像では一瞬しか表示されないパーツのために数万ポリゴンも使われることがある。そのためPS4上でリアルタイム再生すると、全体的に処理が重かったり、コマ落ちなどが発生してしまう例もみられる。秋山氏は「一瞬しか表示されないシーンでは、思いきって挑戦数を減らすなどの対応も必要」だという。

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映像制作とゲーム開発の間を隔てる「リアルタイム処理」とい名の"みぞ"。後々苦労しないためにも、早期に実機上でのテスト再生を行うことが重要だ

もっともアセットの流用自体は問題ではない。PS VRで開発中のタイトル『Until Dawn: Rush of Blood』は好例だ。本作はPS4むけに発売されたホラーアドベンチャー『Until Dawn - 惨劇の山荘 -』の世界観やアセットが流用されたスピンオフタイトルになっている。

『Until Dawn: Rush of Blood』PlayStation VR

過去資産の再利用ありきで企画や制作が進むと、VR映像コンテンツとしての魅力が半減したり、VR体験自体が破綻する恐れもある。『Unit Dawn』の例でもPS VR版ではジャンルがガンシューティングに変更された。VRコンテンツとしての企画が優先で、そこに使えるアセットを探す姿勢が重要というわけだ。
重要なのは「動画コンテンツではなく、VRコンテンツとしてのポイントをおさえる」ことだと指摘する秋山氏。そのためには、これまで慣れ親しんだ映像コンテンツの方程式に固執しすぎず、違う文化や制作手法を受け入れる柔軟性が求められる。その上で「VRでどのような体験を強調するのか」を掘り下げることが、コンテンツを魅力的なものにする鍵となる。

実在感とユーザーにとっての魅力のあくなき追求がVR制作のコツ〜「コンテンツ東京2016」レポート

VRで鳥を眺めても面白くない。しかし鳥と共に大空を舞うコンテンツにすれば、VRならではの体験になる。『シン・ゴジラ』についても企画会議が難航したものの、最終的にゴジラの巨大感を体感できるような内容にしたという。「この掘り下げを妥協せずに、徹底的に極めてほしいですね」(秋山氏)。

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黎明期では、完成してから意外と「これ、VRの意味あるの?」という会話になりやすい。最初から「VRの意味をどこに求めるのか」について徹底的に掘り下げることが肝要である