ロックアーティストAcid Black Cherryのコンセプトアルバム『L-エル-』を原作とする映画『L-エル-』が11月25日(金)から全国で公開中だ。本作でVFX、コンセプトデザインを担当した特殊効果のスペシャリスト・木村俊幸氏が11月20日(日)、慶應義塾大学三田キャンパスで開催された第58回『三田祭』のトークイベント『音楽の物語化と邦画の未来』にて、映画『L-エル-』制作の裏側や邦画の未来について語った。その模様をお届けする。
TEXT & PHOTO_横小路祥仁(いちひ) / Yoshihito Yokokouji(ICHIHI)
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
映画『L−エル−』予告編90秒
<1>日本映画のVFX現場
VFXの歴史は意外と古い、と木村俊幸氏(LOOP HOLE)は語る。ジョルジュ・メリエスが『月世界旅行』において月世界表現した手法はVFXといってよく、映画の誕生とともにあった。『スター・ウォーズ』のラルフ・マッコーリーなどのように緻密でリアルな背景を絵として描き、映画の中に架空の世界を作り出すという手法は今も不可欠である。
映画でセットを組んだとしてもそのセットで覆いきれない、横や上の部分はどうするか、という課題は残り続け、仮に撮影シーンを覆い尽くすようなセットを組むことができたとしてもコストは膨大なものとなるだろう。
VFXによる映画撮影は、グリーンバックのほか何もないところで俳優に演技してもらい、後からイメージを合成して仕上げていく。
映画『Lーエルー』の主人公エルを演じた広瀬アリスは、カメラの前に立つと目をつぶってイメージをつくっていた。イメージの喚起につながるよう、カメラの回りにはデザイン画を並べておく。俳優にとって、ひときわ集中の必要な大変な作業だという
■段ボールの活用
木村氏にとって、段ボールはイメージを形にし、想像のきっかけともなる重要な素材である。映画『L-エル-』制作に際しても、主人公のエルが旅立つ故郷をイメージするために、その故郷にある家を段ボールで作り、VFX、ライティングのイメージなどを探り続けた。ひたすらPCに向かい続けるようなことはせず、このような手作業など、別のアプローチを持って制作していかないと、映画もつまらないものになる、というのが木村氏のモットーだ。
■映像合成の実際
一例として、エルが船で故郷・ラビアンローズから去るシーンが紹介された。グリーンバックに立つ役者に風を当て、衣装をなびかせる。そして波の映像素材があり、遠ざかっていく故郷の絵、村を囲う山々など、少しずつ加えていく。音楽で言えば上から音を重ねていくイメージだと言う。甲板の手すりをCGで作り、全てを合成して出来上がっていく。描きさえすればなんでもできる、と考える人もいるが、万能ではなく、ギリギリの手探りで映像を紡いでいっていると言う。
■「宅合」という挑戦
VFXは『スター・ウォーズ』のメイキングなどで見られるように大人数の力技で処理していくものだが、木村氏は絵描きとして、自宅のアトリエでどこまでやれるか、ミュージシャンがやる宅録ならぬ、自宅で合成、「宅合」というような事ができないか、というテーマを持っている。
本作でも、全ての背景を描くつもりだったが、197カット中167カットで倒れたと笑う。木村氏は作業中は寝袋で寝て、睡眠時間2時間で作業に没頭すると言う。山登りのように、高みを目指す過酷な作業の一端をサラリと覗かせた。
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<2>映画『L-エル-』について
映画『L-エル-』は、アルバム原作の映画という、日本では初の試みとなる作品とのこと。音楽と映画の融合について、映画は物語がはっきりついている一方、PVは歌詞で語られ、音楽を聞くことでイメージが湧く。この映画では音楽が語っている形式となるので、映像として、音楽の世界観をリアリティをもってつくり上げたいと考えたと木村氏はふり返る。原作アルバムのMVでは異国のイメージがより強いが、映画では、日本人の役者が演じるということで日本人が立つ空間というものを具体的に構築していった。
トークショーの後半から、本作のプロデューサーを務めた東 幸司氏(東宝)も加わり、映画制作の経緯なども語られた。東氏はODS(非映画コンテンツ)と呼ばれる、コンサートのライブ映像や、ミュージシャンの密着ドキュメンタリーなどを映画として制作する企画に携わっており、映画『L-エル-』もその一環で、ODSをさらに一歩進めたものだと紹介した。
アルバムの『L-エル-』には14曲が収録されているが、映画では4、5曲に絞って使われている。当初は全部使うアイディアもあったが、それだと音楽に引っ張られてアルバムPVになってしまう。あくまで映画をつくる、ということで数曲のみを採用することになったそうだ。また、2時間という制約のある映画に、そうした制約のない音楽アルバムを落とし込んでいくのは小説・漫画原作の映画よりも難しかったとのこと。アルバム『L-エル-』の中の『&you』は、アルバムのストーリーの軸となる曲だが、映画もこの曲に流れていく構成となっている。
<3>邦画の未来
漫画の実写化が増えているが総じて評価が低い、しかし作られ続けるのはなぜか、ときわどい質問が木村、東両氏に投げかけられた。
それに対して、「ノーコメントで」と笑いつつ、東氏は「原作となるべき良質な小説、マンガが日本には数多くあり、それらを活かしたいということではないか」と述べた。「大きなお金が動く分、ヒットした原作ものの企画が採用されやすいという面も確かにあるが」とも。
一方で、『シン・ゴジラ』『君の名は。』などの大ヒットに象徴されるような環境の変化も感じるという。自身も比較的小さな作品に関わっている分、新しいことをやっていきたいし、できる環境にある。これまでアーティスト寄りのドキュメンタリー映画を製作してきたが、映画『L-エル-』はいわばアーティストとの共作で、試金石になれば、と語った。
木村氏は「音楽の感性は人それぞれで好みははっきり分かれる。それを踏まえてバラエティに富んだPVがつくられていく。そこに物語というバリエーションが加わっていくことになる。それらがうねりとなっていって、融合していき、すごいものが生まれるんじゃないか」と期待をよせていた。
info.
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第58回『三田祭』トークイベント
『音楽の物語化と邦画の未来』
■登壇者
木村俊幸(映画『L−エル−』VFXスーパーバイザー/コンセプトデザイン/合成 担当)
東 幸司(映画『L−エル−』プロデューサー)
岩瀬賢明(司会。慶應在学中の4人組バント『とけた電球』ボーカル)
『三田祭』公式サイト
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映画『Lーエルー』
2016年11月25日(金)より全国ロードショー
出演:広瀬アリス、古川雄輝、高橋メアリージュン、平岡祐太、前川泰之、高畑裕太、弥尋、Mikako(FAKY)、古畑星夏、田中要次、高橋ひとみ
原作:Acid Black Cherry 4th ALBUM「L-エル-」より
監督:下山天
監督:川村 泰
配給:東宝映像事業部
© 2016映画「L-エル-」製作委員会
映画『Lーエルー』公式サイト