その奥深い世界観でカルト的な人気を誇った『ニーア ゲシュタルト/レプリカント』から7年、その後継作品となる『NieR:Automata(ニーア オートマタ)』がついに発売された。プラチナゲームズによりアクションに磨きがかかった本作の開発の裏側を紹介しよう。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 225(2017年5月号)からの転載となります
TEXT_野島 亮
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
『ニーア』シリーズの世界観とプラチナゲームズ流アクションの融合
本作の企画がスタートしたのは2014年7月。当時スクウェア・エニックス社内で『ニーア ゲシュタルト/レプリカント』のPS Vita版開発の話がもち上がったのとほぼ同じタイミングで、同社とプラチナゲームズの間で「何か一緒にできないか」と話をしたことがきっかけだという。その後「それならプラチナゲームズさんに『ニーア』をお願いするのはどうか」「せっかくなら新作を据置機でがっつりとやるのが良いのではないか」というながれになり、『NieR:Automata』が開発されることとなった。
写真左から レンダリングプログラマー:髙橋遼一氏/リードVFXアーティスト:中島史音氏/キャラクターモデリングアーティスト:松平 仁氏/コンセプトアーティスト:須田裕貴氏/ライティングアーティスト・亀岡昇平氏/メカデザイン&リードUIアーティスト:木嶋久善氏/リードアニメーター:村中高幸氏写真なし プロデューサー:西村栄治郎氏/コンセプトアーティスト:幸田和磨氏(以上、プラチナゲームズ)
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発売:スクウェア・エニックス
開発:プラチナゲームズ
発売日:発売中
価格:7,800円+税
Platform:PS4
ジャンル:アクションRPG
www.jp.square-enix.com/nierautomata
©2017 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved. Developed by PlatinumGames Inc.
そうしてディレクター・ヨコオタロウ氏とプラチナゲームズとで5ヶ月間プロトタイプを制作、その手応えを踏まえて本開発に入り、約2年で完成にいたった。「われわれとしては、当社のアクションゲームのノウハウに対する期待に応えた上で、『ニーア』に新しい価値観を付与できるかどうか、アクションゲームとしてきっちり遊び心地を提供できるか、そして前作のファンの世界観を壊すことをしてはいけないという点に最後まで注意しました」と本作のプロデューサーを務めた西村栄治郎氏は語る。
開発のベースは自社エンジンで、レンダリング方式はフォワードプラス。国内でのフォーワードプラス採用事例は非常に珍しい。レンダリングプログラマーの髙橋遼一氏に理由を聞くと「当初はプラットフォームが決まっていなかったため、メモリに載せられない可能性を考慮するとディファードでは速度的に問題が出ると踏んでフォワードプラスを採用しました」とのこと。最終的にレンダリング解像度は900p(PS4 Proでは1,080p)でフレームレートは同社こだわりの60fpsだ。それでは、詳しくみていこう。
『ニーア』シリーズの空気感を受け継ぐビジュアルコンセプト
独特の退廃的な世界観が魅力のひとつである『ニーア』シリーズ。本作でもその世界観を踏襲し、コンセプトアートの段階から詳細につくり込まれている。
おおもととなるプロトタイプ5ヶ月で制作したプロトタイプでは、背景はグレーボックスと呼ばれる簡易モデルで組んだ状態ではあるものの、プレイヤーのアクションやエネミー、ボスとのバトル、ステージギミックや演出イメージをひと通り確認できるものになっている。「制作したものは使い捨てずにそのままブラッシュアップして製品に実装しています」と西村氏。画像からはゲーム冒頭の工場ステージをひと通りプレイできることが窺える
色数を抑えた退廃的な世界観
本作のビジュアルコンセプトは「観光地感のある廃墟」と「退廃的な世界観」。その上で、ヨコオ氏の求めるシックで色数を抑えた色調での画づくりがなされた。開発初期段階ですでにつくり込まれた仕様書をヨコオ氏から受け取り、ライティングアーティストの亀岡昇平氏がレベルデザインと雰囲気出しを兼ねてモックアップを制作。コンセプトアーティストの幸田和磨氏が大枠となるアートを起こし、同じくコンセプトアーティストの須田裕貴氏がモックアップを基に詳細アートを起こしていった。時にはレイアウトを提案しながら進めていったという。作成されたアートは「大枠のアートが50枚、詳細アートが110枚ほどになります」と幸田氏
コンセプトアートから完成までのながれ
上画像は本作の舞台のひとつ、城エリア全体の詳細アートだ。本作はカメラが上視点や横視点などシームレスに変わっていくのが特徴のひとつだが、詳細アートでも横スクロール視点でのイメージが含まれていることがわかる。「この時点でカメラ視点が決まっている場合が大半でした」と須田氏。また「つくっていく上でモデラーが悩まないよう、なるべく多くのヒントを込めるようにしています」とのこと。詳細アートを用意したら終わりではなく、仮モデルが組み込まれた際には実際のゲーム中のアングルで撮ったスナップショットにレタッチを施して最終的なゴールを定めていった
最終的なゲーム画面
敵のメカデザイン
本作に登場するエネミーは、基本となるタイプ【画像左】をデザインして方向性を決めてからバリエーションを起こすというながれで制作されている【画像右】
メカデザイン/リードUIアーティストの木嶋久善氏によると「ユニット構造にしたいというヨコオ氏のオーダーの下、工数の削減と見た目の統一の2つの観点から汎用パーツを組み合わせてデザインしていきました」とのことだ。一方でボスは「背景のディテールに合わせてごちゃごちゃしたデザインにしてほしい」というオーダーに沿って、個体ごとにユニークなデザインを起こしたという
"人ならざるもの"を描き出すキャラクター表現
本作は人類が衰退した世界を舞台とするため、登場する人型キャラクターはほぼ全てがアンドロイドだ。造形やシェーダについてもその点を意識して開発が進められた。
ヒロイン・2Bのモデリング
本作のプレイヤーキャラクターのひとり「2B(ヨルハ二号B型)」は約7万2,000ポリゴン。主人公側のキャラクターは一度に2体しか画面に出ないため、そこまで厳密に制限をもたせなかったという。キャラクターモデリングアーティストの松平 仁氏は、吉田明彦氏のデザイン画からモデルに起こす際に「前作のキャラクターの魅力を自分の中で分解してみて"壊れそうなアンバランス感"、"端々に感じるチープさ"が何とも言えない魅力を出しているのではと考え、それらを加味して制作しました」と語る。具体的には前作のキャラクターの頭身に近づけ、実際に服をつくった場合を想定した服の縫い合わせを考え、細い腰や極端に大きい下半身などアンバランスなシルエットを入れていったとのこと。ハイモデル制作にはZBrush、Maya、3D-Coatのほかに、シワが複雑な場合にはMarvelous Designerも活用された
布と眼球のシェーダ2Bが身にまとう服の素材はベルベット
【画像左】やサテン【画像右】の生地を想定し、柔らかい光沢のある布の表現には物理ベースにファズ(毛羽立ち)と異方性の要素が加えられた特殊なシェーダが使用されている
これら特殊なシェーダやコアとなる汎用シェーダは、アーティストから提示された要望に応じてプログラマーが作成したとのこと。また、肌についてはスクリーンスペース・サブサーフェススキャタリング(SSSSS)を採用している。「SSSSSは強めにかけると蝋人形のような質感になりますが、本作ではその方が世界観に合っていると判断してわざと強めにしています」(松平氏)
キャラクター固有のシェーダ
プレイヤーキャラクターのひとり「A2」は、バーサーカーモード時に手足が鉄を熱したときのように赤くなる【画像左】。この表現は頂点カラーで赤熱しやすさを設定しており【画像右】、しきい値を調整して加算ブレンドしている。しきい値のアニメーション制御も可能で、発光させる色はテクスチャで指定しているとのこと
また、エネミーとして登場する「イヴ」は刺青が体を侵食していく表現が特徴のキャラクターだ。こちらも頂点カラーでグラデーションを設定しており【画像左上】 、しきい値を変えることで黒い模様がアルベドを覆っていく【画像右上と下段】。黒い模様は専用のテクスチャを用意。「体のUVが左右反転していても頂点カラーでブレンドをコントロールしているので、体の半分だけ侵食させることが可能です」(松平氏)
頂点カラーによる水濡れ制御フィールド内で自由に行動できる本作では、水場に入ったり水飛沫を浴びたりすると段階に応じてキャラクターが濡れる表現が実装されており、衣装などの材質ごとに濡れた際のアルベドやグロッシネスの値が設定されている
画像は濡れる前【画像左】と後【画像右】を比較したもの。クロスシェーダやヘアシェーダは濡れた際のファズの値なども設定可能だ
また、足元から頭にかけてのグラデーションを頂点カラーで設定しており【画像左】 、濡れた値をブレンドするためのマスク代わりになっている。キャラクターがどこまで濡れたかは足元から頭まで連なる7つのNullと水場とで接触判定して8段階の濡れレベルを決め【画像右】、レベルに応じて頂点カラーの値を高めることで濡れた状態の値がブレンドされるしくみだ。それだけでなくプレイヤーの着地や走りなど行動によって表示される水飛沫にも濡れレベルが設定されており、大きな水飛沫が立てば濡れレベルが上がるようにもなっている
アニメーションとUIの工夫
アクションの爽快感に定評のあるプラチナゲームズだけあって、本作も60fps を死守したキレのある戦闘モーションが満載だ。一方、UIは柔らかな落ち着いた色味で統一されている。
MotionBuilderによるモーション制作本作のプレイヤーのモーション数は1,000ほど。基本的にはモーションキャプチャしたデータを基にMotionBuilderで尺やポーズを整えて実機に出力している
【画像左】は2Bの骨構造、【画像右】はMotionBuilderでの作業の様子。リグもMotionBuilderで組んでおり、Mayaはいっさい使っていないという。実際にプレイするとわかるが、走り出しなど基本アクションの繋がりがとても自然で、リードアニメーターの村中高幸氏によると「移動周りは繋ぎモーションを数多く用意し、フレーム単位での分岐設定も細かく調整をくり返しました」とのこと
一方、エネミーのモーション数は400ほどでほぼ全て手付けによるもの。形状もそれぞれで異なるため基本的に全て専用の骨になっている
モーションキャンセルの繋ぎの工夫本作では武器を浮かせて操るような攻撃が存在するが、キャンセル受付フレームを広めに取っている影響から、大きな武器になると連続攻撃でモーションキャンセルした際に突然位置が大きく変わってしまう現象が目立ったため、独自の対策が行われている。具体的には、モーションキャンセル受付開始のポーズと次の攻撃の開始時のポーズを合わせており、キャンセル受付開始から実際にキャンセルされるまでのフレーム数分、次の攻撃モーションの頭のフレームをスキップするというものだ
例えば1撃目でキャンセル受付が開始される83フレーム目でキャンセルした場合【画像左】には、2撃目は先頭のフレームから再生される【画像右】
また1撃目でキャンセル受付が終了する123フレーム目でキャンセルした場合【画像左】には、2撃目は40フレーム目から再生される【画像右】という具合だ。モーションが変わっても剣の位置が近いことがわかる。それでも位置が瞬間的に変わりはするが「そこはモーション補間で補いつつ、自然に見える範囲で調整しました」(村中氏)とのことだ
UIのデザインコンセプト本作のUIのデザインは「フラットデザイン」を軸に、『ニーア』の世界観に沿って「ファンタジー」「システマチックで清潔なデザイン」「シンボリックな装飾」「デジタルテイスト」といった要素を加えている。色味に関してはヨコオ氏のオーダーにより柔らかいベージュ系でまとめられた。「視認性を確保しつつ色が散らばらないようデザインしています」と木嶋氏。さらに「フラットデザインにより堅い印象にならないようアニメーションを柔らかくしています」という
また、味気なくならないよう画面に極小の格子模様を入れ【画像左】 、ビネットやレンズ歪みを加えてモニター越しに見ているかのようなプラス要素を加えている。制作フロー面では、Illustratorでレイアウトやデザインを作成後、Photoshopのベクタースマートオブジェクトを使用してテクスチャ化。完全非破壊編集を徹底したという【画像右】
UIの特殊な表現
キャンプメニューの開閉時には、画面が徐々に切り替わって表示されていく「パンチスルー描画」による遷移が採用されている【画像左】 。これはアルファチャンネル【画像右】 に設定している0~100の値の順にアルファを抜いていくことで、メニュー画面が徐々に表示されていくというもの。もともとはエフェクト用に用意されていた機能をデジタルテイストのワイプ演出に活用したものだという
また、プレイヤーが深刻なダメージを受けた際に「ノスタルジックフィルタ」と呼ばれる画面効果が入るのも特徴的だ。懐かしいゲーム画面を想起させるこの効果では、彩度を変えたり色収差を加えたりといった様々な調整が可能であり「同じシェーダで様々な表現ができるのが特徴」とのこと
広大なオープンワールドの構築
本作はオープンワールド制を採用しており、廃墟や砂漠、森林といった様々なロケーションをシームレスに移動することができる。広大なエリアをどのように管理し、つくり上げていったのか。
フィールド設計本作のフィールドマップは広大で地続きになっており、大きく分けて6つのエリアで構成されている。仕様策定にあたってはプレイヤーの最も速い移動手段で見晴らしが良いロケーションを移動し、滞りなく読み込めるメモリ量を算出したという。具体的な基準としてはシーンでのドローコール数を500程度、200万ポリゴンに定めた。メモリ内訳はおおまかに背景1.9GB、キャラクター0.8GB。「メモリサイズが収まるようにするとCPU/GPUともにだいたい収まっていました」と亀岡氏
ライティングにはリアルタイムGIソリューションミドルウェアの「Enlighten」を導入。処理速度面でもまったくネックにならなかったという
Enlightenでライティングを設定している画面
ヘックスによるエリア管理とLODフィールドマップは一辺が100mの六角形(ヘックス)で区切られて管理されており、ヘックス単位でデータを編集したり読み込んだり遠景用のローモデルに差し替わったりするようになっている。具体的にはプレイヤーが今いるヘックスと隣接する合計7つのヘックスは近景モデル、その外側は遠景モデルで表示される
少人数での制作だったため、背景アセットはハイモデル制作からローモデル制作まで一連をアウトソースし、納品後に処理やメモリ、レベルデザイン変更等に合わせて修正したという
処理負荷軽減のための施策本作の開発ではフィールド各地での処理負荷を定点的に観測するパフォーマンスツールを作成して処理が重い場所を特定し、対策を施していったという。中でもリアルタイムでの影生成の処理が重かったため、影生成用のローモデルを必要最低限だけ用意した
また、背景に敷き詰めた草は当初1bit抜きで作成していたが、重かったためにポリゴン化 。その上である程度の草をひとまとめのグループにしてドローコールを抑えるしくみを入れ、処理軽減を図った
背景を彩るポストエフェクト本作のビジュアルを一段と魅力的に見せるための手法として、「カラーグレーディング」「ボリュームライトエフェクト(VLE)」「360度対応のフォグ」がある。カラーグレーディングにはルックアップテーブル(LUT)を利用する方式が採用された
【画像左】 はカラーグレーディングなし、【画像右】 はカラーグレーディングあり。緑が非常に瑞々しく感じられる
VLEは光源からレイマーチングを行い遮蔽を考慮して生成したスキャッタ情報【画像左】 を背景に合成してライトシャフトを表現するものだ【画像右】
フォグはこれまで1色を指定するシンプルなものだったが、本作ではPhotoshopで作成した32×32×6(RGBA8)のキューブマップを使用して360度に対応したものになっている
フォグ用のキューブマップ。太陽光が散乱している様子まで再現されている
クオリティと処理負荷対策を両立したエフェクト制作
爽快感のあるアクションを表現する上では、アクションに付随するエフェクトの役割も非常に大きくなる。本作では実機上で構成要素を組み立てていくというユニークな手法が採られた。
実機上で組み立てるワークフロー
本作のエフェクトを構成するテクスチャやモデル素材はPhotoshop、After Effects【画像左】、Maya【画像右】を使用して用意された
素材をWebベースのアセット管理リスト【画像上段】に登録した後にゲーム実機上で動作する内製ツールで呼び出してシェーダを設定【画像下段左】。同じく実機ツール上でキャラクターのモーションに合わせてエフェクトを指定し、複数のパーツを重ねて構成してい【画像下段右】
一般的には作業PC上でエフェクトを組んでから実機にコンバートして確認するケースが多い印象だが、リードVFXアーティストの中島史音氏いわく「実機上で構成していくので、ゲームを走らせてチェックしながらその場ですぐに変更を適用することができます」とのこと。ゲーム中の処理負荷を確認しながらトライ&エラーをくり返すVFX制作に適した環境と言える
処理負荷対策 (1)ディザ抜きエフェクトといえば半透明のため描画負荷が高いというのが特徴でもあるが、本作ではディザによる抜きを利用して不透明で描画することで処理負荷の軽減を図っている。ディザだとドット感が気になりそうだが、抜き具合の調整とポストエフェクトのブルームにより目立たないようにしているとのこと
ブルームが適用された状態。爆発のような頻繁に登場する素材は、なるべくどの場面でも活用できるよう汎用性を意識して作成したそうだ。また、エネミーのエフェクトは数が多くなるため、汎用的なデータを使いやすいかたちでオンメモリにしておき、ゲーム中いつでも呼び出せるようにしているという
処理負荷対策 (2)サブエフェクトさらに処理負荷対策として、表示優先度の低いパーツを「サブエフェクト」と定義して生成個数に制限を設けている。例えば爆発であれば爆炎本体は常に表示する必要があるが、飛び散る火花は消えても良い要素なのでサブエフェクトに指定する。そうすれば火花は一定の個数以上生成されないため、処理負荷をコントロールできるというわけだ
ちなみにエフェクト全体では1,500個が生成数の上限で、そのうちサブエフェクトの上限は700個になっているという
大量の弾表示と擬似光源『ニーア』シリーズの特徴として、エネミーが大量に弾を発射する弾幕シューティングのような要素がある。本作ではテクスチャを単にビルボードで表示するのではなく、コンピュートシェーダを使用しいったん3D空間上で描画してから丸い形状の板にインスタンシングで描画することで、弾の立体表現と大量表示を両立させている
弾は4種類まで混在できるよう対応
弾の絵柄を変えると弾の角度まで描画に反映されていることがわかりやすい。また、弾には丸影のようにテクスチャを背景に投影させる疑似光源をもたせることで、プレイヤーと弾の距離感を測りやすいよう工夫されている