SIGGRAPH期間中に開催されるProduction Sessionでは、ハリウッド映画のメイキングが連日披露される。今年も興味深いテーマが目白押しであったが、本稿ではその中から映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー: リミックス』のメイキング・セッションのレポートをお届けする。

TEXT & PHOTO_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』MovieNEX 予告編

Production Sessionはハリウッド映画のメイキングを扱うため、基本的に全てのセッションにおいて、著作権保護の関係で、講演中は写真や動画の撮影がいっさい禁止されている。しかし、インターネットでは公開されていないメイキング資料などが披露されるため、貴重な情報を見聞きできることが大きな魅力のひとつと言える。

さて、このセッションの冒頭では会場前方にあるスクリーンに撮影禁止を含む注意事項が表示される。SIGGRAPHは国際学会なので各国の言葉で表示されるのだが、

英語:Photography and Recording prohibited.
日本語:写真および動画撮影はご遠慮ください。
ウーキー:がるるる がるるる うががが
カーズ:ブルーン ブルーン カッチャウ!
グルート:I am Gloot.

......などと表示されていて、なかなかお茶目であった。

ではさっそくセッションの様子を紹介していこう。同セッションのパネラーは以下の6名。

パネラー
ヴィクトリア・アランソ氏(エグゼクティブ・プロデューサー/Marvel Studios
ダミアン・カー/Damien Carr氏(VFXプロデューサー/Marvel Studios)
クリストファー・トウンセンド/Christopher Townsend氏(VFXスーパーバイザー/Marvel Studios)
ガイ・ウィリアムズ/Guy Williams氏(VFXスーパーバイザー/Weta Digital
シモーヌ・クラウス/Simone Kraus氏(VFXスーパーバイザー/Trixter
ノディーン・ラハリ氏(VFXスーパーバイザー/Method Studios)

<1>4社でキャラクター・アセットを共有し、膨大な数のVFXショットに挑む

ヴィクトリア・アランソ(以下、ヴィクトリア):映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』は主人公であるピーター・クイルがファミリーを探すストーリーです。第1作目ではピーターは幼少時に母親を亡くします。そして続編『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』では、彼の父親についてのストーリーになります。


© 2017 Marvel

ダミアン・カー(以下、ダミアン):同作の制作では、まず最初に脚本が上がってきました。なのでとりあえずVFXのことは忘れ、観客の気持ちになって脚本を何度も読み返しました。そして、Marvel Studios側のVFXスーパーバイザーであるクリス(クリストファー・トウンセンド)と一緒にアプローチ・ミーティングを行い、エクセルとにらめっこしながら、これらをどうやってVFXベンダーに割り振るかを考えました。

ヴィクトリア:大切なことはここで脚本がフィックスしたと思わないことです。まだ撮影は始まっていないし、この段階では内容がまだまだ変更になることが予想されます。......わかりますよね? 予め、内容が変更になることを前提に脚本を読むのです。

ダミアン:この時に予測したVFXショットの数は、ロケットとベイビー・グルート(以下、グルート)が絡んだショットだけでも1,000以上ありました。これは、複数のVFXベンダーにアセットを割り振って、作業を分担させる必要があることを意味しています。


ロケット(左)とグルート(肩の上)
© 2017 Marvel

ヴィクトリア:ロケットは毛の生えたキャラクターです。このアセットを複数のベンダーでシェアすることは、クオリティを統一する上で、技術的に大変難しい。しかし、プロダクション期間とショット数を考えると避けて通れない道でした。そこで複数のVFXベンターにコンタクトしました。まず、今日は残念ながら欠席されていますが、1作目でも参加しているFramestoreがロケットのアセットをつくり、そのキャラクター・アセットをWeta、Trixter、Method Studios(以下、Method)でシェアする方法を考えました。この複数会社によるキャラクター・アセットの共有は、大きなチャレンジでしたね。

ダミアン:最初に行なったことは、1作目のロケットのショットを全部見て、気に入ったショットを選んでQTをつくり、それを全てのVFXスタジオに送ることでした。そして「1作目よりも完成度を高めるにはどうすれば良いか」を検討しました。よりリアリスティックに、毛の下に隠れた表情をより豊かに、リップシンクをワンランク上の精度にする、などを目指しました。

ヴィクトリア:1作目から、3年が経過しています。その間にテクノロジーも進歩していますから、それを取り込む必要がありました。ロケットだけではなくグルートも沢山のチャレンジが必要でした。無表情な中にも意思を伝えなければなりませんし、「I am Groot.」としか言わないですが(笑)、その中に様々な意味をもたせなければいけません。そして、可愛らしさも必要です。

ダミアン:Framestoreがつくったロケットのキャラクター・アセットを他のVFXベンダーに送るにあたり、「マニュアル」をつくってもらいました。これは、どのようにキャラクターをコントロールすべきかなどを理解してもらうための、文字通り、取り扱い説明書です。まず最初にWetaに送りました。

ガイ・ウィリアムズ (以下、ガイ):今回、重要だったのは、ロケットのアセットを4つの大手VFXベンダーでシェアしたことです。本来は、お互いに競合関係である訳ですが、この作品では、4社が「国と場所と名前は異なるが、巨大な1つの会社」というような意識づけで作業を行いました。

Framestoreから届いたアセットの「パッケージ」にはプリントアウトされた詳細な説明書、シェーディングやFur、アニメーションに至るまでが含まれていました。そしてAlembicファイルでアセットを受け取り、キャラクターのジオメトリだけではなくFurツールも含まれていました。最も、FurツールはVFXベンダー毎に異なるものですが、Alembicインポーターで読み込むとFramestoreがつくったロケットのFurの1本1本が、多少の調整は必要とするものの、再現できました。

ヴィクトリア:このような大規模の映画をつくるという「現実」を考えたとき、2,000から3,000のVFXショット数をさばく必要があり、みんなでシェアしないと映画は納期までに完成できません。世界中にあるVFXベンダーと作業をシェアするとき、それぞれが「Mine(自分のもの)! Mine! Mine! Mine!」という気持ちではダメなのです。「Us(私たち)」であり「Ours(私たちのもの)」なのです。みなさん、どうかこれだけは覚えておいてください。シェアすることが、プロジェクトを一定期間内で完成させられる、唯一の方法なのです。1つの大きな、グローバル・テクノロジー・ファミリーにならないといけません。

ガイ:まずは受け取ったAlembicファイルを開いて、うまくパイプラインに取り込めるかチェックしました。多くの場合、スタジオ間をまたぐと、うまくシェアできない部分があります。それはアニメーション・プロセスの部分です。これは各社でパイプラインやワークフローが高度にインテグレートされており、特にリグやマッスル・システムは独自ツールが多く、うまく動作しません。そういうときは電話を使います。Methodなどに電話して、Framestoreから届いたアセットを読み込んだ際、どうやって問題を解決したのかを聞きます。彼らはすぐれたアイデアをもっていて、アドバイスをくれます。そういった部分もシェアしながら、チーム・プレイヤーとして作業を進めていきました。


会場には撮影で使用された衣装も展示されていた

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<2>映画全体の約98%にもおよんだVFXショット

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<2>映画全体の約98%にもおよんだVFXショット

ダミアン:Trixterのシモーヌは、ロケットのキャラクターのアニメーション・スーパーバイザーの1人として参加しました。では、彼女にも話を聞いてみましょうか。

シモーヌ・クラウス(以下、シモーヌ):Trixterでは多くのロケットのショット、そしてロケット、ヨンドゥ、クラグリンが宇宙を飛び回るシークエンスなどを担当しました。

このプロジェクトに参加できたことは幸運でした。監督のジェームズ・ガンは、ロケットのことを家族のように熟知しており、様々なアイデアを提供してくれました。監督の兄弟で俳優のショーン・ガンが、監督の演技指導のもと、撮影ステージでロケットを演じたフッテージなどは、とてもアニメーションの参考になりました。

アニメーションをつけるとき、どのキャラクターがどうあるべきか、監督が何を望んでいるのかを正確に知る必要があります。ビジュアル・ソースが大切なので、1作目の映像を見直して研究したりもしました。ときには、監督が演技をしてカメラに収め、その映像を送ってもらい参考にしたことがありましたが、これは非常に有効でした。私の場合、手描きのアニメーションのバックグランドをもっていますので、まずは手描きでアニメーションをつくります。そこからアニメーションに置き換えていくスタイルをとることもあります。


グルートを肩に乗せ歩くヨンドゥ
© 2017 Marvel

ヴィクトリア:先ほど、私が『スパイダーマン:ホームカミング』のセッションでSony Pictures Imageworks(以下、SPI)について「今回はテイストを変えたいのでSPIは参加させない方針だったが、後で彼らから改めて送られてきた映像を見直して参加を認めた」というエピソードを披露しましたが、実はTrixterについても同じでした。

私は最初、Trixterはロケットの作業には参加させたくなかったんです。なぜなら、TrixterのFurのパイプラインは私が期待する水準に達していませんでした。Marvel Studiosと一緒に仕事をすることは、決して簡単ではありませんからね。Trixterとは長年仕事を一緒にしていますが、それはFurがないアニメーションのプロジェクトでした。もちろんTrixterがつくるアニメーションは素晴らしいです。しかしFurの技術は不十分、それが私の理解でした。しかし、その後にTrixterが出してきた完成度の高いロケットのテスト映像を見て、参加してもらうことにしました。

これは前のセッションでも話したことですが「相手からダメだと言われても、聞かなかったことにする。絶対にダメだと言われても、やっぱり聞かなかったことにする」ことが大切です。必要なのは、問題点を打破するために努力することで、こうしてよりよい映画づくりが実現していくのです。Trixter、素晴らしい仕事をありがとう(※場内からは拍手が起きていた)。

ノディーン・ラハリ(以下、ノディーン):Methodはグルートが何度も爆発ボタンを押しそうになるシークエンスを始め、グルートとロケットが絡んだ多くのショットを担当しました。最初に脚本を読んだとき、大変興奮しましたね。中にはほとんどフルCGのショットも少なくありませんでした。

「このボタンを絶対に押すな!」のシークエンスでは、ストーリーボードを読んで、アニメーション・スーパーバイザーのキース・ロバーツ率いるアニメーター達が、実際に自分達で演技をして、その姿をカメラで撮影して、アニメーションの参考にしました。それぞれのアニメーターの演技と個性が、最終映像にも生きているのです。

Methodは1作目にも参加していますが、ロケットを手がけるのは今回が初めてでした。ロケットのアセットは前述のようにFramestoreから届いたパッケージですが、ドキュメンテーションも大変良くできていて、非常に複雑なキャラクター・セットアップにも関わらず、過去に他社から受け取ったアセットの中で最良の完成度でした。VFXファシリティ(ベンダー)が異なると使っているツールも異なります。例えばMethodはV-Rayでレンダリングを行いますが、FramestoreではArnoldを使用しています。Furシェーディングの見た目を近づけるために、Framestoreのレンダー結果とMethodのV-Rayのレンダー結果をサイド・バイ・サイドに2つ並べ、違和感がなくなるまで調整するという作業を繰り返しました。


会場ではグルートのマケットも展示されていた

クリストファー・トウンセンド(以下、クリストファー):話が前後しますが、私からはプリプロのことを少し紹介します。作業量が膨大な作品ですから、撮影に入る前にブレイクダウンを行い、プリビズを制作しています。この作品は36シークエンスから成っていますので、90分ほどのプリビズをつくりました。

ダミアン:中でも一番大変だったのは、3分間の長さのオープニング・シークエンスです。これは、Third Floorが5~6ヵ月ほど費やしてつくりました。グルートが、歌に合わせて踊っている後ろで、一大バトルが繰り広げられています。グルートのダンスは監督本人が踊り、それを複数のアングルから撮影したものをアニメーションの参考にしました。作業はFramestoreが担当しました。しかし、かなり作業が進んだ3ヵ月後、我々は、歌を差し替える決断を下しました。タイミングが変わるので、アニメーションは全てやり直し(笑)。

ヴィクトリア:だから、さっき言ったでしょ! 脚本や内容は変わるもんだって(笑)

ノディーン:次にカート・ラッセル演じるエゴの宮殿のメイキングについてお話しましょう。まずMethodのアート部門が、コンセプト・アートを制作しました。エゴの惑星、宮殿や庭、草木、空がどのように見えるべきかを、実際に3DCGでつくり始める前に、様々なアイデアを視覚的に検討しました。最初にエゴが惑星に到着するシーンでは、最終的なアセットは殆ど3DCGです。背景はマット・ペインティングを多用しています。

初期のコンセプト・デザインでは、惑星のデザインは赤をベースとする色調でしたが、デザインが進んでいくにつれて、徐々に緑が増えていきました。しかし、我々の間では最後まで「赤い惑星」と呼ばれ続けていました。また、宮殿の庭には、なぜか「魚の噴水」が登場します。最初、話を聞いたときは耳を疑いましたけどね(笑)。最も、初期には魚の像にするアイデアもありましたが、最終的には魚の噴水という形に落ち着きました。......実はヴィクトリアは魚が大キライなんですけどね。

ヴィクトリア:そう、私は魚が嫌い(笑)。

ガイ:Wetaは残念ながら、魚の噴水には参加できませんでしたが(笑)、WetaとMethodでは「赤い惑星」のアセットを共有して作業を進めていきました。Methodとこまめにコミニュケーションを取りつつ、何が必要かを常に確認しながら、作業を進めました。惑星の建物のデザインは、幾何学的なマンデルブロ集合の要素を取り入れた、複雑なフラクタルのデザインになっています。チャレンジだったのは、これらをアート・ディレクションに対応しながらつくり上げていかねばならないこと。しかもカメラは動き回るし、広範囲でハイ・ディテールなフラクタル・モデルを実現する必要があった訳です。

また、フラクタル図形であるシェルピンスキーのギャスケットがいたるところに登場します。これをプログラムで数学的モデルでガチガチに構築してしまうと、「ここをもっと大きく」、「このパターンが気に入ったから、もっと増やしてほしい」などの部分的なアートディレクションに全く対応できなくなります。

最大のチャレンジは、アートディレクションに対応できて、しかも数学的でハイディテールなフラクタル・デジタル・セットをつくることでした。そこで、まず3人の開発者に頼んで1ヵ月間テストをしてもらって「どう?」と聞いたら、「完成まで2~3年かかりますね」という返事をいただきました。そこでモデリング部門へ行き「開発チームは"我々じゃできない"と言っている。全部モデリングしたら、どの位の期間が必要だろうか」と相談したら、「チーム一丸となって取り組んでも2~3年かかります」と。......これじゃあ映画の公開にとても間に合わない(笑)。

そこで、ある程度打ち合わせをして、全員が状況を把握した上で、開発陣も含めスマートな頭脳の人材を集めて対策を練りました。シェルピンスキーのギャスケットを実現すべく、描いたカーブをベースに、フラクタル・モデルをプロシージャルに構築していく手法、ブーリアン演算で切り取っていく方法などを考え出しました。デジタル・セットの大きさは数キロメートルに及ぶ大きさで、充分な解像度を得るためには時間がかかりました。この作業は大変複雑なもので、最もシミュレーションに時間がかかったものだと1マシンで4日間、レンダリングは最高で5日間かかったフレームもありました。

ダミアン:エゴの惑星のショットは1テリオン(1兆)ものポリゴンを使っていて、VFXの世界記録だという情報がネットにながれていましたね。これは、監督から「このショットのポリゴン数はすごい。どの位だ」と聞かれ、私が「1兆ポリゴン位じゃないですかね」と答えたら、監督がその数字を公に出してしまったせいです。何気ない会話でも、こういう内容は慎重にならないといけませんね(笑)。あとで、ガイとノディーンに何ポリゴンだった? と確認したところ、モデリングチームが1ポリゴン、2ポリゴンと数えはじめて......。まぁそれは冗談ですが(笑)、実際にはハーフ・テリオン(5,000億ポリゴン)くらいだったことがわかりました。

ガイ:Wetaの担当ショットでは、ピーター VS エゴの戦いのシーンで、カート・ラッセルのデジタル・ダブルが多く登場します。また、カート・ラッセルが俳優のデビッド・ハッセルホフに変形するシーンがありますが、ここではフォトグラメトリー・スキャンによって俳優を撮影し、ハイレゾ・スキャンの3Dアセットを起こしました。デジタル・ダブルが少しでも不自然だと、観客はすぐに偽物だと気づいてしまいますから、俳優の写真と比較しながらディテールにも気を配りました。骨、内臓、血管などもきちんとつくっています。

カート・ラッセルからデビッド・ハッセルホフへの変形シーンは2Dのモーフィングではなく、3Dで変形させました。これはボリューメトリックのシミュレーションで計算には3日間費やしました。

クリストファー:この映画では、2,360ショット中2,301ショットがVFXショットでした。これは映画全体の約98%にあたります。これを多くのVFXベンダーで分担して作業しました。今日ご登壇いただいたMethod、Weta Digital、Trixterの3つのファシリティーで約1,300のVFXショットを分担しました。そして残りの1,000ショット余りはFramestore(オープニングのバドル・シークエンス)、Scanline(エゴの惑星のNorth by Northwest)、Animal Logic(エゴの宮殿内部のインテリア)、Lola VFX(カート・ラッセルのデジタル・コスメティックスによるアンチ・エイジ)そしてLuma Pictures(Sovereign / Adam Warlockのコクーン)なども参加しています。

今回の一番のチャレンジは複雑なアセットのスタジオ間の共有でしたが、大変うまくいったと考えています。この作品は、VFXベンダー各社の素晴らしい仕事の結晶なのです。

info.

  • SIGGRAPH 2017ダイジェスト
  • SIGGRAPH 2017
    会期:2017年7月31日(日)~8月3日(木)
    場所:Los Angeles Convention Center
    主催:ACM SIGGRAPH

    公式サイト