10月27日(金)、コンセプトアートのスペシャリスト集団INEI主催の「CONCEPT ART NITE」がConnecting The Dots 代々木において開催された。「CONCEPT ART NITE」は、コンセプトアートをテーマにしたミートアップイベントで、開催発表以降、参加人数の15倍もの応募が殺到するなど、高い関心が寄せられていた。

今回のイベントは、第一線で活躍するアーティストによる「ライトニングトーク」がメインとなる。ライトニングトークは、5分から10分程度の短いプレゼンテーションで、Web業界のカンファレンスなどではお馴染みだが、映像業界では珍しい試みだ。さらに「ビアバッシュ」として、アーティストと観客が軽食を取りながら、情報交換を含めコンセプトアートについて語り合った。和やかな雰囲気の中、アーティストの創作の醍醐味と情熱が垣間見えたイベントの様子をレポートする。

TEXT & PHOTO_横小路祥仁(いちひ) / Yoshihito Yokokouji(ICHIHI
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)



201711-concept-art-nite 会場の様子。中央はINEI代表・富安健一郎氏

「CG 制作現場でのスタイル・フレームの活用の提案」/江場左知子氏

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江場氏の作品

ライトニングトークのトップバッターを務めたのは、総合映像プロダクションFudeのデジタルマットペインター・江場左知子氏。企画段階のコンセプトアートから、映像の中で使われるマットペイントまで扱う女性アーティストだ。江場氏はもともと美術家としてファインアートを制作していたが、デジタル映像の技法を学ぶべくアルバイトとして制作会社に入ったところ、マットペイントの魅力に取りつかれ、以来キャリアを積んできた。実写ベースのマットペイントは、目指すべき大前提があり、その明快さが魅力だと言う。

現在、コンセプトアートの段階から写実的なマットペイント的な画を求められていることが多くなってきており、江場氏は「スタイル・フレーム」という作業パートを提唱する。近年、トラッキングの技術が発達した結果、カメラを動かしやすくなり、その分2Dのマットペイントだけでは合成できない部分が増えている。そのため、背景のずっと奥の方まで3Dモデルを組み上げる必要が出てくる。手前と背景、その間隙が急速に拡大し、それに伴い3Dアーティストの作業範囲も拡大してしまっているのが現状だと言う。そして、2Dの背景ならともかく、モデリング、アニメーション、ライティングなど複数の作業プロセスを要する3Dのリテイクは、たやすいものではない。

そこで、「3D シーン制作前の段階で完成形を検討・確定させ、そこまでの間を埋めるように効率的にCG作業を進めていくことで作業全体をスムーズに回す」というのがスタイル・フレームの役割である。コンセプトアートとのちがいは、イメージの提示と同時に完成クオリティの指標を示す役割を担うところだ。欧米のスタジオで採用されている方法であり、コンセプトアーティストもマットペインターもできる作業でもあり、潜在的需要もあるはず、と語る。

また、2児の母でもある江場氏は、普段、自宅に併設の事務所で9時~17時で業務を行なっている。2Dに特化したスキルにより、労働時間を自身でコントロールしワークライフバランスを保っているのこと。多くの職種では、女性は出産で一旦キャリアが途切れてしまうが、江場氏はこの仕事は比較的育児と両立しやすいと語る。出産の前後も、仕事量の調整は必要なものの、早い段階で仕事を再開していたと言う。

「キャラクターコンセプトの論理」/阿波パトリック徹氏

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阿波パトリック徹氏

コンセプトアーティストの阿波パトリック徹氏は大学でインダストリアルデザインを学んだ後、映像に興味をもちポリゴン・ピクチュアズに入社、2001年ごろからアメリカで活動している。阿波氏が手がけるコンセプトアートはキャラクターが多く、キャラクターデザイナーという側面が強い。紙に描いた鉛筆画をスキャンし、Photoshopなどで仕上げていくのが阿波氏の作業スタイルだが、元の絵のアナログの質感を残しつつデジタル作品として完成させるため、そのギャップを埋める工夫がポイントになると言う。

阿波氏は、リアル志向のキャラクターでも陰影や模様などを巧みに使い、その性格・内面を表現するような特徴をもたせるようにしていると言う。例えば悪魔的な鳥のキャラクターであれば、頭部に羽毛の模様と骨格が生む影を利用してドクロを描く。このような特徴は、アニメーションに起こしたときに薄まったり消えたりするが、必要な要素を明確にして後工程に伝えるよう心がけているという。このように、キャラクターのコンセプトはロジカルにルールを定めることで後の各工程でも共有できるものを目指すべきだが、一方感覚的な要素も不可欠である。アニメ『トロン:ライジング』(2013)では、大本となるキャラクターデザインを担当したアーティストが独特のセンスの持ち主で、デザインの論理的な説明やルール化が難しい反面、結果として作家性の強いユニークな作品となったと言う。

阿波氏の作品

「フリーランスの仕事術」/フリューキシーラ氏

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フリューキシーラ氏の作品

フリューキシーラ氏はイラストレーターであり、コンセプトアーティストである。高校時代にイラストレーターとしてデビューした際には、鉛筆に絵の具というアナログ手法だった。3Dに興味はなかったが、絵を描く仕事ができれば、とゲーム会社に入社。背景の3Dモデリングを学んだ後、コンセプトアーティストを育成するという会社の方針に沿ってコンセプトアートの方へ移っていったと言う。

フリューキシーラ氏のコンセプトアートは幻想的なファンタジー世界が多いが、作業は合理的でスマートな印象だ。氏は打ち合わせの段階で下絵をつくりもち帰ってそのまま一気に仕上げる、線画と彩色は分けて作業するなどして効率化を図っている。ゲームのコンセプトアートでは、背景モデラーらと綿密な打ち合わせも欠かさない。仕事を受ける際、1日あたりの値段を定め、発注される作品のボリューム、見込みの作業時間を踏まえてそれぞれの値段を決める。氏の作品には作業時間が添えられ、発注の際の参考にしていると言う。

また、クライアントの要望には柔軟に対応するとともに建設的な提案もする。ゲーム会社時代、出向先でファンタジー作品のコンセプトアートを任されたとき、その会社のSF的な作風に合わせて、ファンタジーにありがちな中世的な土臭さを廃し、スッキリとシンプルな世界観を提示した。重い世界観のファンタジーゲームで、暗い絵を依頼された際も、プレイヤーへの配慮として暗い中にも光が差し込むデザインを提案したこともあると言う。

フリューキシーラ氏は、もともと海外文学や児童文学が好きで、そこに、ファンタジー世界の構築が得意であったり、文字ベースで発想するなどのアーティストとしてのルーツがあると言う。時間がないときでも依頼された作品に通ずるような映画を観たり小説を読み、直接関係がない情報、やったことのないジャンルの情報も集めるようにしている。スペイン、ドイツ中世を参考にしたコンセプトアートを描く一方で、イギリス、イタリアなどの文化圏にアンテナを張り、さらには日本の戦国時代にも関心を寄せておく。氏は本や画集にとどまらず、居合や流鏑馬なども積極的に体験しているのだという。

さらに、同じく女性アーティストである江場氏と同様に、フリューキシーラ氏もこの仕事の魅力として時間管理を挙げる。家事など自分の生活と並行して在宅で作業できるというのは、会社員ではいまだ困難なライフスタイルと言えるだろう。

コンセプトアーティストの発信と交流のハブになるイベントを

イベントを主催したINEIのプロデューサー・橋本善久氏は、コンセプトアートという職種がまだあまり知られていないこと、アーティスト同士、アーティストと他業種との接点も多くはないため、そうした発信と交流のハブがあるべきで、それを我々INEIがやらなくて誰がやると考え、今回の開催にいたったと話す。もともとIT系や教育系の会社にも在籍していた経歴のある橋本氏にとって、ライトニングトークは身近なものだった。いわゆるプレゼンとなると、20~30分からさらに長い話を要求され、そのための内容を考え資料を用意する必要もあり敷居が高くなるが、ライトニングトークならばもっとゆるくやってもらえる。アーティストであれば、作品をパラパラ見せてもらうだけでも十分成り立つ。ミートアップだけでなく糸口となるライトニングトークをイベントに組み込めば交流もより盛んになるだろう。橋本氏は「こうしたスタイルを映像業界でも流行らせたい」と語る。

イベントに参加していた大手ゲーム会社勤務の男性は、「様々な業界の人から、過去の経験やこれからのビジョンが聞けていい刺激になった」と話す。また、「ゲーム業界としても、コンセプトのしっかりした世界観が広く深い作品が求められており、その大本としてコンセプトアートの重要性は増していくため、日本でも認知度が上がってほしい」と今後のイベントにも期待を込めた。

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  • INEIプロデューサー・橋本善久氏