前回に続き、ここでは、映画『いぬやしき』の主人公・犬屋敷壱郎ならびに敵対する獅子神 皓のモデル制作について解説しよう。LightStageによる3Dキャプチャをベースにした生身の人間としての造形と質感の追求。そこへさらに複雑なメカギミックを組み込ませるための創意工夫にせまる。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 238(2018年6月号)からの転載となります
TEXT_大河原浩一 (ビットプランクス) / Hirokazu Okawara (Bit Pranks)
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
映画『いぬやしき』予告編
日本映画においていち早くLightStageを導入
犬屋敷に用いられたデジタルヒューマン技術は、2014年初頭からDFが独自に研究開発を重ねてきた「DIGITAL HUMAN」プロジェクトで得た知見がフル活用されている。「佐藤監督に『座頭市0』本編とメイキング動画をご覧になっていただいたところ、気に入っていただき、犬屋敷をデジタルヒューマン化することが決まりました」と、土井VFXスーパーバイザーはふり返る。
『座頭市0』
犬屋敷壱郎のコンセプトアート
デジタルヒューマンの中核テクノロジーが、LightStageによる対象人物の3Dキャプチャだが、今回は台湾のNEXT Animation Studioが所有するLightStageX(第10世代)を使い、犬屋敷を演じる木梨憲武の顔周りのキャプチャが実施された。LightStageとは、USC(南カリフォルニア大学)のICT(Institute for CreativeTechnologies)が研究開発を行なっている、主に人間を対象として高精細な3Dメッシュやテクスチャをキャプチャすることができるシステムである。
左から、福田 啓CG制作部部長、後藤浩之ソフトウェア・ディベロッパー、髙山耕平ソフトウェア・ディベロッパー(以上、デジタル・フロンティア)
「LightStageによるスキャニングは、他の技法に比べて圧倒的な情報量を得られることが特長です。犬屋敷では、毛穴の感じまで読みとることができました。さらにテクスチャ素材も生成できることも強みです。今回はディフューズ(albedo)に加え、スペキュラ、スペキュラノーマル、ディフューズノーマル(RGB)までキャプチャすることができました」と、福田 啓氏は語る。これらのスキャンデータから生成されたテクスチャは、UDIMが扱えるMARIで加工されていくのだが、犬屋敷についてはメカ部分を含めて1,000枚以上に達したという(獅子神は約300枚とのこと)。
1,000枚超の犬屋敷テクスチャ犬屋敷のテクスチャ例。スキン、服、メカ、汚しなどを含めたテクスチャ総数は1,000枚を超えた。その8~9割が4Kサイズのためプレビューだけでもひと苦労だったそうだ
MARIによる皮膚のテクスチャリング作業例(汚しありの状態)
一方の獅子神は、予算や作業負荷との兼ね合いからLightStageは使わずに通常のデジタルダブルとして制作されている。ピクチャーエレメントのPhotoScan専用スタジオ「body scan」を使い、フォトグラメトリーをベースに作成された(山田紘士キャラクターアーティストがリード)。また、ルックデヴに際しては、犬屋敷と獅子神共通でスキンシェーダやシェーダに付随するユーティリティが開発された。「今回はデジタルヒューマンとの相性の良さからArnoldレンダラを採用しています。そこでArnold向けにヘア用のシェーダやスキン用のシェーダを中心に様々な開発を行いました。髪の毛には、DIGITAL HUMANプロジェクトではXGenを使用しましたが、非破壊のワークフローを構築したいというねらいからキャラクター班と協議した結果、Yetiに切り替えました」とは、ソフトウェア・ディベロッパーを務める後藤浩之氏。
ルックデヴルックデヴ作業の例。Arnoldによるレンダーパスの内訳はオーソドックスだというが、皮膚とメカ部分のエッジを馴染ませるためのマスク素材など細かなものを複数用意する必要があった
nClothによる衣装
Yetiによる髪の毛
犬屋敷の髪の毛はYetiを用いることで非破壊のワークフローを構築。コントロールカーブは数千本、レンダリング時の髪の毛は約9万本に達したという
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人間としてのリアリティを保ちつつ複雑なギミックを成立させる
人間としてのリアリティを保ちつつ複雑なギミックを成立させる
生身の人間としての描写と同じく、本作のキャラクター表現における要となるのが、犬屋敷と獅子神の身体に組み込まれたメカの表現だ。これらのメカ機構のモデル制作をリードしたのは、キャラクターアーティストの池田直人氏と植木智之氏、そして前のページでも紹介した山田氏だ。池田氏が犬屋敷のメカ全般のモデリングと質感設定、頭部と背中のギミックを担当。植木氏は犬屋敷の腕部のメカのモデリングとギミックを担当。そして、山田氏が獅子神のモデル全般を担当した。
左から、池田直人キャラクターアーティスト、植木智之キャラクターアーティスト、山田紘士キャラクターアーティスト(以上、デジタル・フロンティア)
変形ギミックのベースデザインとギミック案についてはプロダクションI.Gの竹内敦志氏が手がけている。竹内氏から提案されたデザインに対して、キャラクターとしてよりリアルな動きを表現できるように、DFメンバーからも背骨の構造を提案するなど、具体的なアイデアの提案をしながら、最終的なメカ機構のデザインが詰められていった。
メカ機構の設定
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メカ機構のデザインならびにギミック案は、メカニックデザイナーとして高名な竹内敦志氏(プロダクションI.G)が手がけた。リアルな画づくりを実現させるべく、背骨の構造をデザインに込めてもらう、アニメーションとの整合性を高めるためのサブジェットなど、DF側からの提案も随所に反映されている
犬屋敷と獅子神2体のメカ機構を作成する必要があったわけだが、基本的に獅子神のメカ機構は犬屋敷のメカアセットのプロポーションを変更して流用しているという。ただし、頭部の分割が異なっていたりもするため、その調整に相応の時間を要したそうだ。佐藤監督からも、頭部が開いた時の断面の状態や、分割際にある毛髪の状態など細かい要望があったという。「詳細なデザイン画があったので、モデリング自体はやりやすかったです。ただ、数えきれないほど膨大なパーツ数だったのでUV展開が非常に苦労しましたね。メカ機構の制作だけでも60日ぐらい要したかもしれません」と、池田氏はふり返る。
変形ギミック
無数にあるメカパーツの質感調整ではSubstance Painterを重宝したとのこと。スマートマテリアルを使用して効率良く質感付けを行うことができたというが、そもそも物量的に手描きでテクスチャを作成するのは到底無理だったとか。Substance Painterでベースのテクスチャを作成した上で、ディテールはMARIで描き加えられていった。
メカ機構のルックデヴメカ部分の質感調整にはSubstance Painterが用いられた
メカ造形の最終ルック。細かな発光するパーツが多いため、ノイズを回避するためにはレンダリングサンプル数を高く設定する必要があったという
本プロジェクトでは、Arnoldレンダラを全面的に採用。人間としてもメカとしても非常に精細なモデルのため、サンプリング精度を上げることが必須であった。重いショットでは1フレーム8時間を要したそうだ(レンダーファームはクアッドコアを中心に約300台で構成)。アセット制作中もネットワークレンダリングを使ってレンダリングし、時間をかけた試行錯誤が行われている。DFとして、Arnoldを本格的に導入した初の事例にもなったというが、サブサーフェスの表現やヘア表現において確かなクオリティの向上を実感できたことから、今後もリアル系の案件ではArnoldをメインに用いる方針だという。
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映画『いぬやしき』
全国東宝系にて公開中
<キャスト>
木梨憲武 佐藤 健
本郷奏多 二階堂ふみ 三吉彩花
生瀬勝久 / 濱田マリ 斉藤由貴 伊勢谷友介
<スタッフ>
原作:奥 浩哉「いぬやしき」(講談社「イブニング」所載)/監督:佐藤信介/脚本:橋本裕志/音楽:やまだ 豊/プロデューサー:梶本 圭、甘木モリオ/撮影監督:河津太郎/美術監督:斎藤岩男/CGプロデューサー:豊嶋勇作、鈴木伸広/VFXスーパーバイザー:神谷 誠、土井 淳/GAFFER:小林 仁/ポスプロプロデューサー:大屋哲男/VFXプロデューサー:道木伸隆/DIプロデューサー・カラーグレーダー:齋藤精二
製作:映画「いぬやしき」製作委員会
制作プロダクション:シネバザール
配給:東宝
inuyashiki-movie.com