今年3月、株式会社ダスキンが手がけるダスキンミュージアムおそうじ館内に新たに登場した体感型シアターアトラクション『ダスキンダストバスターズ』。プレイヤーはミクロサイズの戦闘機DB-01に乗り込み、HTC Viveコントローラを操作し"掃く、拭く、吸う、取り除く"という4種類の特性をもった武器を駆使して部屋のホコリや食べこぼしを掃除していく。HTC Viveコントローラによる16人同時操作を実現したコンテンツは日本初だ。

稼働開始から好評が続いているという同作はいかにして開発されたのか、そしてその裏側で行われていた新たな技術への挑戦について、FLAMEを中心とする開発チームに話を聞いた。今回はまず、企画面について紹介する。

TEXT_神山大輝 / Daiki Kamiyama(NINE GATES STUDIO
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

『ダスキンダストバスターズ』誕生の経緯

1963年創業のダスキンは、水を使わずホコリを取る「化学ぞうきん」などの掃除用品や清掃サービスを手がける一方で、ミスタードーナツなどのフード事業も展開している。ダスキンダストバスターズが設置された大阪のダスキンミュージアムには「おそうじ館」と「ミスドミュージアム」が併設されており、これまでは後者で行われるドーナ手づくり体験「ミスドキッチン」が特に人気を博していた。

大阪・ダスキンミュージアムおそうじ館に設置されている「ダスキンダストバスターズ」の外観

そういった状況から、おそうじ館への集客を増やすために起ち上がった企画が、この『ダスキンダストバスターズ』というわけだ。企画に際して白羽の矢が立ったのは、大阪に拠点をもつ株式会社SPOON代表・谷田光晴氏。谷田氏は映像技術に精通した企画・演出家で、これまで数多くのプロジェクションマッピングやドーム型映像コンテンツなどを手がけてきた実績をもつ。開発にあたったのは、谷田氏と旧知の仲である大林 謙氏率いる、CGプロダクションFLAMEだ。

写真左から 大林 謙氏(FLAME・代表取締役)、沼口勇也氏(FLAME・CGディレクター)、谷田光晴氏(SPOON・代表取締役)、森 陽祐氏(FLAME・プログラマー)

制作チームに出された2つのミッション

「子どもにお掃除のやり方を楽しく学んでほしい」「16人同時プレイ」ーこれがダスキンから谷田氏に与えられたミッションであった。おそうじ館は掃除の大切さやハウスダスト発生のメカニズムへの理解がコンセプトとなっており、ダスキンダストバスターズも単純に楽しいゲームではなく、知育コンテンツとしての役割が求められた。

「どういう場所にどういうタイプのハウスダストが溜まりやすいから、こういう掃除をしましょう、ということを丁寧に説明する必要がありました」(谷田氏)。ハウスダストや食べこぼしなどの掃除方法を"勉強"するためにはおそうじ館のその他のコンテンツ同様リアルな表現が不可欠となるが、ゲームとして見たときにリアリスティックな表現だけでは魅力が損なわれてしまう。そこで谷田氏は、ゲームとして成立させるために適度にフィクションを織り交ぜることにした。


  • 谷田光晴/Mitsuharu Tanida(SPOON)
    メディアプランナー・演出家・企画家

    1980年、兵庫県篠山市生まれ。学生時代から映像クリエイターとしてのキャリアをスタートさせ、2009年に株式会社タケナカに入社。テクニカルディレクター・クリエイティブディレクターとして数々のプロジェクトを開発・参画。同時期に広まったプロジェクションマッピングを使った映像作品を多数手がけ、同技術の市場への定着に貢献した。2014年に独立し、株式会社SPOONを設立。手がけた作品に「宇宙ミュージアムTeNQ シアター宙」(総合監督/2014)、和歌山市「光の回廊~ヒカリのコリドール~」(総合監督/2015)、「Nintendo Switch プレゼンテーション」(演出/2017)など
    http://www.spiceofcreation.com

「フィクションの世界を自分の会社のプロダクトだと認めてもらうためには、まず世界観をクライアントに好きになってもらう必要があります。企画の初期段階で、様々な設定や世界観をつくってプレゼンをしました」という谷田氏の言葉通り、世界観設定と"掃く、拭く、吸う、取り除く"の4つの掃除の基本動作を結びつけたゲームが、構想段階からでき上がっていた。

"掃く、拭く、吸う、取り除く"の4つの掃除の基本動作に対応した4種類の武器

また、リアルとフィクションの狭間で問題となったのが花粉やダニなどハウスダスト側のスケール感だ。花粉の本来のサイズ(スギ花粉の場合は20μm)を考えると、「机と机の間の小さな段差でさえ断崖絶壁に感じられるほどのスケール感がリアル」であるとも言える。しかし、"今いる場所がリビングである"と認知させるためには、ソファや机の全景像がある程度見えている必要があったほか、実装段階でステージのスケールを1,000倍にして試した結果スピード感が失われるといったことがわかったため、演出上の都合で今回はフィクションを優先することになった。

また、2つめの「16人同時プレイ」というオーダーは、併設の「ミスドキッチン」の体験人数が32名であるため、待ち時間に遊べるよう割り切れる数字、ということで設定された。当時はフォワードやシューターなどの役割分担を行う案もあったが、不公平感をなくすために全員がViveコントローラを手にしてダストと戦うという内容に変わっていった。実際のゲームでは、導入部分に場所ごとに異なるハウスダストに関する説明動画が再生され、その後はリビングであれば飛び回る花粉、キッチンであれば手前に向かって転がってくる食べこぼしなどをViveコントローラのトリガーを引くことで倒していく。

DB-01内では、ダニや花粉などのハウスダストの種類が場所ごとに解説されていく。近未来風のGUIが興味をそそるデザインになっている

実際のプレイ画面。 HTC Viveコントローラで敵となる花粉や食べこぼしに照準を合わせ、破壊していく

あえてヘッドマウントディスプレイを使わないという選択

同作は日本でも珍しい、Viveコントローラと投影型ディスプレイを組み合わせた作品となる。HTC Viveまた、16人同時対戦というのはViveコントローラの仕様を超えた試みであり、日本初の事例となった。この理由について谷田氏は、「子ども連れの方が体験に来たとき、親は子どもたちがわーっと騒ぎながら遊んでいるのを見られる方が良いと思ったんです。ヘッドマウントディスプレイを装着してしまうと、個別の体験になってしまう。その場に来ないとできない体験をつくりたかった」と語る。

谷田氏によると、体験の共有は同じフィジカル空間にお互いの身体や興味対象が物体として存在するからこそ発生し得るもので、ディスプレイを1枚挟んでしまうと「体験」ではなく「体感」になってしまうとのこと。今回のケースでは、親と子どもによるコミュニケーションを経てゲーム中の体験をリマインドし、家庭環境での掃除にまで結びつけるという目的もあったため、企画初期から大型のプロジェクタ投影を使用することが決まっていた。

企画当初のシアター内の構想。乗り物のコックピット内をイメージしており、近未来感を演出する

実際のシアター内の様子。レイアウトの都合で椅子の位置は異なっているものの、ほぼ当初の想定通りの様相となっている

「親と子どもが体験を共有できるシアターをつくる」「知育コンテンツとしての役割を果たす」「おそうじ館の他コーナーへの導入」、そして「ゲームとして満足の行く面白さを追求する」―谷田氏の企画案は、初期の段階で既に本作の役割の中核となる要素を全て内包していた。しかし、このとき既に2017年8月。リリース日は当初から2018年3月に設定されていたため、ここから半年間でFLAMEの沼口勇也氏、森 陽祐氏を中心に開発が急ピッチで進行していくこととなる。次回はFLAMEの開発チームによる実制作と、HTC Viveコントローラを用いた新たな技術への挑戦を紹介する予定だ。