2018年7月17日、VFX-JAPANが主催する「ルックデベロプメント&ライティング セミナー ~膨大な数のショットを効率的に仕上げる新たな手法 ILM社の事例より~」が東京都千代田区のワテラスコモンホールにて開催された。本セミナーでは、最初にFOUNDRYの山口貴弘氏(クリエイティブ・スペシャリスト)がKATANAの基本機能を紹介。その後Industrial Light & Magic(以下、ILM)の折笠 彰氏(Lookdev Supervisor / Lead Technical Director)が、映画『ローグ・ワン』(2016)で使われたアセットを例に挙げつつ、同社のルックデベロップメント&ライティングと、そこでのKATANAの活用事例を解説した。以降では、その模様をレポートする。
TEXT_神山大輝 / Daiki Kamiyama(NINE GATES STUDIO)
EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
パイプラインを強化する、ルックデブ&ライティングツール
最初に、KATANAの用途と特徴が山口氏によって紹介された。FOUNDRYは、3DCG制作ツールのMODO、テクスチャペイントツールのMARI、コンポジットツールのNUKEなど、CG・映像制作のパイプラインを支える重要なツールを開発している。本セミナーで取り上げられたKATANAもそんなツールのひとつで、ルックデベロップメント&ライティングツールとしての役割をもっている。近年のVFX業界は短納期化と制作工程の複雑化が加速度的に進んでおり、パイプラインの効率化と柔軟化を推進することが特に重要な課題となっている。ルックデベロップメント&ライティングにKATANAを導入することは、パイプラインの強化において非常に大きな意味をもつという。
▲【左】会場風景/【右】折笠氏(写真左)と山口氏(写真右)
前述の通り、KATANAにはルックデベロップメント、およびライティングという2つの役割がある。ルックデベロップメント工程では、キャラクター・背景・プロップなどのアセットデータをインポートし、マテリアルやシェーディングネットワークを作成し、「ルックファイル」を出力する。ライティング工程では、キャラクター・背景・プロップ・カメラなどのショットデータと、前述のルックファイルをインポートし、ショットにライティングを施した後、Renderman、V-Ray、Arnold、3Delight、Redshiftなどのレンダラーを介してレンダリングを実行する。
ルックファイルとは、別々のステート(状態Aと状態B)をもつ2種類のジオメトリの差分を記録したデータで、より簡単に表現すれば「(オリジナルのジオメトリに)どのような処理を施したかを記録したデータ」と言える。
ルックファイルによってアセット(ジオメトリ)とルックは分離されているため、例えば「既にライティング工程まで進行しているアセットのルックが変更された」といった場合でも、最新のルックファイルをリロードすれば変更されたルックがすぐに適用される。なお、KATANA上で扱うデータは全てが外部参照のため、その動作は非常に軽快で、変更や修正を瞬時に反映できる。インターフェイスはNUKEのようなノードベースとなっており、ノードツリーを分岐させて別のルックを試す、ノードを追加して新たな効果を試すといった柔軟な操作が可能だ。また、何らかの規則性をもつ操作を得意としており、例えばビルが密集するシーンにおいて、窓ガラス1、窓ガラス2......、窓ガラス100といったような共通の名称をもつジオメトリに対してマテリアルを一括で適用する、それらのジオメトリがもつアトリビュートの値に応じて汚れ具合を変更するといったこともできる。
さらに山口氏はKATANAの実演を行いつつ、その導入メリットを解説した。17ショットで構成されたシーンのライティングをKATANAで一括管理する実演では、17ショットをひとつのマスターショット、6つのキーショット、10のサブショットに分け、サブショットのライティングをKATANAで自動化する方法が披露された。KATANAを使うと、ひとつのプロジェクトの中で17ショットのライティングが完結するため、ショットごとに別ファイルをつくる必要がないのに加え、マスターショット(上位ノード)のライティング設定がキーショットやサブショット(下位ノード)に引き継がれるため、ライティングを大幅に効率化することができる。
山口氏は「KATANAは『難しそうなツール』に見えますが、そうではなく『ほかとは役割が異なるツール』なのです。NUKEと同様のノードベースの考え方、ロジックを当てはめることができますので、ぜひ使っていただきたいです」と語り講演を締めくくった。
5年前にKATANAを導入し、基準となるパイプラインを構築
続いて、折笠氏がILMのパイプラインにおけるKATANA活用事例を解説した。
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折笠 彰
Industrial Light & Magic
Lookdev Supervisor / Lead Technical Director
15歳のときに『ジョージ・ルーカスのSFX工房』(1988/朝日新聞社)という本に出会ったことがきっかけとなり、ILMで働くことを夢見て1995年に単身渡米。カリフォルニア州立大学でCGを学んだ後、VFX業界で働き始め20年が経つ。今年ILM勤務10周年を迎え、Lookdev SupervisorやLead Technical Directorとして映画『スターウォーズ』シリーズや『アベンジャーズ』シリーズなどの制作に携わっている。『ローグ・ワン』(2016)のスター・デストロイヤーやK2SOのルックデベロップメントを担当し、2017年のVESアワードにてOutstanding Models in Photoreal or Animated Project部門にノミネートされた。
▲折笠氏がルックデベロップメントを担当した『ローグ・ワン』のK2SO
▲折笠氏のShowReel 2017
以降では折笠氏のスライドの一部を使い、その講演内容を紹介していく。なお折笠氏のスライドは、KATANAに関する部分はオレンジ、ILM特有の部分は青、個人的に重要だと考える部分は赤で色分けされている。
ILMでは、スケジュールの短納期化および制作工程の複雑化を受けて、5年ほど前に「CANONICAL PIPELINE」と呼ばれる基準となるパイプラインを構築した。その際、Technical Director(以下、TD)が用いるルックデベロップメント&ライティングツールとして選定されたのがKATANAだった。CANONICAL PIPELINEはプロジェクトごとにカスタマイズされており、そのカスタマイズが今後も利用価値のあるものだと判断された場合には、CANONICAL PIPELINEにも組み込まれる。「これを繰り返し、CANONICAL PIPELINEを強化していくというコンセプトの下で、パイプラインが設計されています」と折笠氏は解説した。
ルックデベロップメントとは、モデル(ジオメトリ)にテクスチャやシェーダを適用し、ルック(見た目)を開発することを指す。アセット制作工程ではコンセプトデザイン・モデリング・テクスチャリングの担当者と連携し、アセットのルックを開発する。ショット制作工程ではアニメーション、ライティング、コンポジットの担当者と連携し、ショットのルックを開発する。「ルックデベロップメントはCG制作の中心的な役割を果たします」(折笠氏)。
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スター・デストロイヤー(大規模アセット)によるダウンタイムを削減
シェーディング・テクニックはスタジオの共有財産
ルックデベロップメントの工程と担当者を設ける利点として、折笠氏は「シェーディング・テクニックの統一」「レンダーの最適化」「アセットのルックスの統一」「プロトタイプ、テストの高速化」の4点を挙げた。
「ルックデベロップメントによって開発されたシェーディング・テクニックをプロジェクト内で活用することに加え、それを以降のプロジェクトにも引き継ぎ、社内の全プロジェクトのシェーディング・テクニックを最新状態で統一しておくことが重要です」(折笠氏)。シェーディング・テクニックはスタジオの共有財産のため、ILMではソフトウェアやシェーダの進化に合わせ、基準となるマテリアルやシェーディングネットワークを常に更新しているという。
また、ルックデベロップメントの段階でレンダリングのテストを繰り返し、最適化を行うことも重要となる。特にレンダリングに時間のかかる大規模アセットは、ショット制作に入る前に最適化しておくことで、レンダリング時間を必要最小限に抑えることができる。
各アセットのルックを統一する上でも、ルックデベロップメントは重要な役割を担う。アセットのテクスチャは、それをペイントしたアーティストごとに多少のバラツキが発生することもあるため、そのバラツキをなくし、同じ世界感のルックで統一させることもルックデベロップメントの役割となる。
映画制作におけるアセットのルックは監督の承認がなければ次の工程へ進められないため、プロトタイプ制作とテストレンダリングを迅速に行い、いち早く監督に見せることも大切だと折笠氏は解説する。これを実践する上でも、シェーダのパラメータ調整によって高速かつ柔軟にルックを調整できるルックデベロップメントが重要となる。
なお、ILMのルックデベロップメントではMARIも重要な役割を担っている。MARIは3Dモデルへの直接ペイント、シェーダの作成、リアルタイムのプレビューなどが可能なため、テクスチャリング担当のアーティストもルックデベロップメントの一部を任されている。MARIで設定されたシェーダはリアルタイムに確認でき、ルックのバラツキを最小限に抑えることが可能なため、ルックデベロップメントの担当者はメインアセットの制作に労力を集中できるという。
スター・デストロイヤー(大規模アセット)によるダウンタイムを削減
最後に折笠氏はKATANAの特徴として、「並列作業による効率化」「ダウンタイムの削減」「ノードアセットの共有と再利用」の3点を挙げた。
CG制作のパイプラインは、レイアウト、モデリング、テクスチャなど数多くの工程で構成されている。ILMでは各工程の担当者が順番にデータを受け渡すのではなく、並列作業を行うことで効率化を図っており、工程ごとの進捗はデータベースでバージョン管理されている。ILMはKATANAのインポートマティック(アセットインポーター)を独自に強化しており、シーンの再構築が容易に行えるようにしているのに加え、複数ショット(マルチショット)におけるルックやライティングの差分をひとつのKATANAプロジェクトで一括管理できるようにしているという。「例えばマスターショットのライティングがアップデートされれば、関連するサブショットのライティングもアップデートされます。3割ほどのショットではそれに合わせたライトの微調整が必要になりますが、大幅な作業の自動化が可能なため、少ない人数で数多くのショットを担当できます」(折笠氏)。
ダウンタイムの削減の解説では、『ローグ・ワン』のスター・デストロイヤーのアセットが事例として取り上げられた。スター・デストロイヤーは、10個のサブ・アセットを組み合わせた大規模アセットで、キャノン砲などのインスタンスが17個あり、2万7千を越えるオブジェクト、900万を超えるポリゴン(サブディビジョンサーフェスの適用前)で構成されている。当然データのローディングには時間を要するが、KATANAにはDeferred Loadingという機能があるため、メモリにかかる負担を大幅に削減できたという。本作には更に大きなシールド・ゲート(車輪型の宇宙ステーション)のアセットも存在したため、KATANAによる大規模アセットローディングの高速化がスケジュールに与えた影響は非常に大きかったと折笠氏は解説した。
KATANAで設定したシェーダなどのノードグラフはエクスポートできるため、ほかのプロジェクトでの共有や再利用も可能だ。例えばスター・デストロイヤーの一部のシェーダは、ほかのアセットでも共有しているという。KATANAのシェーダはカスタマイズが容易なため、新規に作成したシェーダをCANONICAL PIPELINEに組み込み、以降のプロジェクトで再利用する場合もあるそうだ。
ILMでは前述のMARIによるルックデベロップメント、インポートマティックの強化、マルチショットの一括管理に加え、内製ツールによるレンダーパスの自動化を行うことで、パイプラインを強化している。ライティングアーティストやTDが1日の終わりに内製ツールを使ってレンダリング対象のショットを指定すると、自動的に最新バージョンのデータのレンダリングやコンポジットが実行され、翌朝のデイリーでムービーが確認できる仕組みになっている。そのため、監督などへのチェックの依頼もスムーズに進められるようになる。
折笠氏は「パイプラインにおける手作業を極力なくし、なるべく自動化することで、アーティストがクリエイティブな作業に多くの時間を費やせるように工夫しています」と語り、パイプライン強化の重要性を強調した。
以上のように、ILMでは優秀なルックデベロップメント&ライティングツールとして活用されているKATANAだが、日本国内でどの程度普及していくかは現時点では未知数だ。しかし今年に入りKATANAを導入した大手CGプロダクションが数社あるのに加え、本セミナーには数多くのCGプロダクションやゲーム会社の関係者が参加しており、パイプライン強化に対する関心の高さが伺えた。現在は30日間の無料トライアルもあるため、KATANAに興味をもった方は試してみてはいかがだろうか。
KATANAのお問い合わせ先
Foundry
お問合せ先
jp.sales@foundry.com
▲KATANA プロダクトサマリー
KATANAは、ボーンデジタルほか、リセラー各社にて取り扱っております。
株式会社ボーンデジタル
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