アートと聞くと、敷居が高いと感じてしまう読者もいるのではないだろうか? 学生時代に誰もが経験したであろう「ホウキギター」という普遍的な遊びに、プロのデジタルアーティストが本気で取り組んだ作品が今、多くのイベントで共感をあつめている。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 242(2018年10月号)からの転載となります。

TEXT_神山大輝(NINE GATES STUDIO
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

インタラクティブアート『 I am ☆ Star with Drum ☆ Star』
© TETSUJIN - AUDIO VISUAL

「いくつになっても夢を見ていいんだ!」どストレートな想いが多くの人を魅了した

髙橋哲人氏とモシ村マイコ氏によるオーディオビジュアル アートユニット「TETSUJIN - AUDIO VISUAL」(以下、TETSUJIN)が制作した誰もがロックスターになれる音と光のホウキギター『I am ☆ Star』(アイ・アム・ア・スター)。本作は電子回路が組み込まれたホウキ型のコントローラを操作することで、映像照明と共に実際のギターサウンドが鳴り響くという作品。初出は福岡で行われた「遊べる!デジタルアート展 2017」で、誰もが経験のあるホウキギターというアイデアと、そのパフォーマンスが評価され、「2017 アジアデジタルアート大賞展 FUKUOKA」インタラクティブアート部門優秀賞をはじめ複数の賞を獲得してきた。

  • 右から、
    髙橋哲人
    映像制作会社勤務後、独立しTETSUJIN - AUDIO VISUALを始める。自分の生き様や社会への問題提起を自身の共感覚を使い、音楽・映像・プログラミングによってオーディオビジュアル作品を制作する。その他コンサートやショーの映像・照明・キネティック演出を行う。
    モシ村マイコ
    大学卒後、TETSUJIN - AUDIO VISUALに参加。愛と毒を漫画・イラストで表現。 制作では人の存在、姿の意味を研究。

髙橋氏は多摩美術大学を卒業後に映像制作会社でキャリアを積んだ後、2006年に独立。プリレンダーによる映像制作業務はコンサートの演出など音楽に関連した作品も多く、映像と音楽の結びつきを一貫して追求し続けてきたという。「もともと、プリレンダー主体のフォトリアルなCG表現よりも、音と映像を一緒に演奏するライブパフォーマンスへの関心が強いのですが、プロとしてキャリアを重ねていく中で自分が本当にやりたかったこととの乖離を感じるようになって精神的に病んでいた時期もありました。あるとき、"どうせ一度しかない人生なんだから、好きなことをやらなければ"という想いが芽生え、やがて『I am ☆ Star』にたどりつきました」(髙橋氏)。追い込まれた男が開き直ることで新たな道を見出した。その過程では、8年来のパートナーであるモシ村氏のサポートも大きかったはずだ。

  • TETSUJIN - AUDIO VISUAL
    高橋哲人とモシ村マイコによるオーディオビジュアルアートユニット。音楽と映像と身体性を軸に、社会の中で人と人の関係が変化する作品を制作。作品ごとに作られた楽器のようなインターフェイスを設計し、観客がそれを使って作品に参加すると音と映像によって空間に変化が生まれる。生きることや人と人とのつながりを考え、社会をアップデートしていけるような作品を目指している。
    tetsujin-audiovisual.com

ホウキギターたちが目指す未来とは

髙橋氏が思い悩んでいたとき、ふと脳裏をよぎったのは中学生の頃に抱いていたロックスターへの憧れと、ホウキギターをした記憶。大学時代、DJやVJとして精力的に活動し、美大生ながらプログラミングも行なっていた髙橋氏は、師弟関係にあったモシ村氏と2013年よりユニット活動を開始し、かつての夢をインタラクティブアートというかたちで表現し始めた。「これまでの作品は、ああしよう、こうしようとコンセプトを熟慮したものが多かったんです。それに対して『Iam ☆ Star』シリーズは、自分の欲求から生まれたもので、まさに"自分をさらけ出した"アートパフォーマンスです」(髙橋氏)。また、モシ村氏との作業スタイルにも変化があったという。「これまでは、どちらか一方が主導するのが基本でしたが、この作品からは一緒に考えながら本当の意味での共同制作を実践できていると思います」(モシ村氏)。

現在は、10月31日から11月4日まで開催される「スマートイルミネーション横浜2018」に向け、バンド形態となる新作『Star ☆ Jam Street ~ 清掃楽器音楽夢想 ~』のために"清掃楽器"を増やしている段階であり、8月4日・5日に東京ビッグサイトで開催された「Maker Faire Tokyo 2018」で披露したモップを振って演奏する『Drum ☆ Star』はその布石だという。「大学の頃にジャズ研でトランペットを吹いていて、誰かと一緒に演奏するのが好きでした。この作品がセッションのようなかたちで広がりをみせているのは、すごく自然なことですね」(モシ村氏)。『I am ☆ Star』が個人の夢、自分と向き合う作品だとすれば、『Star ☆ Jam Street』は"知らない人同士が演奏を通して繋がり、広がっていく"――掃除用具が転がっている街角の一角がステージに変わっていくというコンセプトに基づいて制作が進められている。

「人間はひとりで生きているのではない。他者へのリスペクトがあることで社会が成立する。それは音楽やバンドも同じ。誰かをリスペクトすることの大切さを、自分たちの作品を通じて伝えられたら嬉しいです」(髙橋氏)。ホウキギターは、「個」から「仲間」に。これからも進化を続けていく。

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リアリティと機能性を両立させる

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リアリティと機能性を両立させる

日常のメタファーとして溶け込む楽器のデザイン

『I am ☆ Star』ではセンシングによる映像と音楽のインタラクションが必須となったため、まずは髙橋氏が大学時代以来のプログラミングを再開。電子工作のためのArduino、そして映像および音楽のコーディングのためのUnityの学習にイチから取り組んだという。

昨夏にデビューしたホウキギターだが、第1世代は市販のパイプ材とMDFで制作したが、"ありふれたホウキ"の形状を実現するまでには至らなかった。そこで今年5月に開催された「SICF19」(第19回 スパイラル・インディペンデント・クリエーターズ・フェスティバル)C日程で初披露した第2世代では、モシ村氏がボディ部分をFusion 360でモデリングしたものをXYZ Printing「daVinci Pro 1.0」で3Dプリント、さらに基板をArduino UnoからPro Microに変更し再設計したことも相まって、大幅な小型化・軽量化に成功した。髙橋氏はセンサーの再チューニングを行い、タッチセンサーをホウキの柄全体に広げ、プログラムをイチから書き直すことで第1世代とはちがう、より楽器らしい演奏感を実現した。

映像素材は、3ds Maxで三角形などのプリミティブなベースモデルを作成したものをFBXで書き出し、Unity側から出力するしくみ。演奏の盛り上がりに応じて映像自体も激しくなるヒートアップパラメータを追加実装し、音階で映像の色味が変わるしくみはMIDIで制御を行なっている。演奏調整の勘所は「弾き込めば楽器として成立する」「初見でも楽しく演奏できる」という2点。「体験された方から『周りに観客が出てほしい』、『採点システムを追加して』といった意見をいただくこともあるのですが、それでは単なるゲームになってしまう。周りの人たちとの関係性が作品を通して変わっていくようなものをつくりたいんです」(髙橋氏)。なお、TETSUJINでは『I am ☆ Star』シリーズのコンセプトや制作の動機を広く公開しているが、これについては「自分たちはアカデミックな領域にはいないし、デバイス開発も手段であって目的ではありません。自分たちの領域、そして新たなジャンルを確立させる必要があるという思いから、積極的に情報を発信しています。2人でコンセプトを考えているときも、後の展開を考えてイベントやアワード向けに企画書を用意することも心がけています」と説明してくれた。2人はアーティストを"その人の生き様を表現する人、手先の器用さではなく精神性が伴うもの"と定義するが、本シリーズはまさに挫折を克服した髙橋氏の生き様、それを精神的にも支えたモシ村氏の想いが反映された作品のように感じられる。ひき続き、TETSUJINのアーティスト活動に注目したい。

操作方法&インターフェイス

モシ村氏が描いた操作マニュアル。漫画の形式でわかりやすい

『I am ☆ Star』のシステム構成を図示したもの。ホウキギターを弾くと、柄を握る位置・圧力・傾きの値がMIDIデータに変換され、無線でコンピュータへ送られるとギター音源プログラムと、映像照明プログラムが動作する。コード・スケール・色聴理論をベースにした音と光の演奏アルゴリズムを搭載することで、誰でも簡単に気持ち良くホウキギターならではの演奏が可能に。さらに、上達すれば思い通りに曲が弾けるようになるという

3Dプリティングの活用

ホウキギターはCADで設計し、ABS樹脂で3Dプリントしたものと、塩ビパイプ・赤シダで制作。柄に感圧センサー、ボディに3軸加速度センサー&赤外線センサーを搭載。いずれもArduinoで組み込んでいる



  • 第1世代。感圧センサーが小さく、ペンタトニック5音でのアドリブ演奏特化型になっている



  • 第2世代。ネック全体にまでセンサーが拡張され、4オクターブを自由に演奏可能に。軽量化され、見た目としてもホウキらしさが高まった

第2世代では、ボディ部分の制作に3Dプリティングが用いられた



  • Fusion 360にて、内部の回路設計を同時に進めながらモデリング。ケーブルの取り回しなどCG上では測りきれない部分も多いため、何度も実際にプリントアウトすることでデザイン的な追い込みと内部の小型化が格段に速くなったという。出力時間は全パーツの合計で約30時間とのこと



  • 効率的にホウキの毛をしっかり留め、インターフェイスに干渉せずにメンテナンスできる構造を設計

XYZ Printing「daVinci 1.0 Pro」で立体出力したパーツ

Arduinoによる電子工作

ホウキギターの電子工作

ボディ内部に組み込みセンサーの挙動をテスト中。ギターの奏法を模しながらも、ホウキギターとしての奏法とは何かを追求し、センサーの値から音に変換するアルゴリズムを組んでいく。センサーの挙動を体感とグラフで確認しながら調整

気持ちの良い演奏感が得られるまでミリ秒単位で挙動を詰めていく。「Arduinoの言語はUnityのC#と似ていたので、どちらも初めて使う身としては相乗的に学習できたのが良かったです」(髙橋氏)



  • 実在するホウキのサイズに近づけるべく、狭い内部にどう回路を埋め込むか試行錯誤。また実機の重さや肌触りに合わせてパラメータをチューニングしないとベストな弾き心地にならないため、形状を微調整するたびにプログラムを更新



  • 柄の先端に仕込まれたスケールの切り替えスイッチ。ホームセンターで手に入る椅子のゴム脚や導電管などを利用。3Dプリンタと適材適所で使い分けることで強度と造形のバランスを保っている

空間を演出するビジュアルエフェクト

Unityによる映像照明のコーディング



  • ホウキギターを弾く音程、強さ、ホウキギターの角度によってMIDIでグラフィックが描画されるようC#でコーディング。ひとつひとつは単純なプログラムが重なり合うことで彩りを放つ



  • 演奏に映像がついてくるように、弾き方や、弾く熱量によってパラメータが変化して映像に反映される。音が激しく歪むと画面が歪んだり、ゆっくり弾いているときはパーティクルの動きもおとなしい。派手ではっ きりわかる変化と、気づかないくらいのさりげない変化を織り交ぜている

新作『Star ☆ Jam Street ~清掃楽器音楽夢想~』

10月31日(水)から11月4日(日)に開催する「スマートイルミネーション横浜2018」(smart-illumination.jp)で初披露となる次回作では、演奏者だけでなく鑑賞者たちも参加可能となる仕掛けを準備中だという

コンセプトアート

イベント主催者向けに作成した資料より。新たにデッキブラシ型のベースやカラーコーン型の照明などが加わる予定



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.242(2018年10月号)
    第1特集:UE4プロフェッショナルへの道
    第2特集:デジタルアーティスト×インタラクティブアート
    定価:1,512円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2018年9月10日