2018年12月4日から7日まで、東京国際フォーラムで開催されたSIGGRAPH Asia 2018。会期3日目となる12月6日には、9時から17時まで継続してHoudiniに関するセッションのみが行われる"Houdini HIVE"というイベントが行われた。
英語のセッションも常に日本語に通訳されながら行われ、どのセッションもほとんど満席の大盛況ぶりであったがここではその内から、日本人のスピーカーが登壇した3つの講演をふりかえる。

TEXT _平井豊和(トランジスタ・スタジオ)/Toyokazu Hirai(TRANSISTOR STUDIO
Special thanks to SideFX



会場となった東京国際フォーラム「Hall G」G602の様子(筆者撮影)。いずれの講演も盛況だった

<1>プロシージャルハードサーフェスデザイン(齋藤 彰 | Polyphony Digital)

11時から行われたのはPolyphony Digitalの齋藤 彰氏による本セッション。午前中にも関わらず会場は既に満席で、立ち見をする人々が列をなして観覧するほどの大盛況ぶりだったこのセッションでは、ゲーム会社でテクニカルディレクションやツール開発などを行う齋藤氏が仕事の傍らで制作してsketch fabなどで日常的に公開しているロボットや乗り物などの作品における制作の裏側を明らかにした。

Procedural Hard Surface Design | Akira Saito | SIGGRAPH Asia 2018 (Tokyo) from SideFX Houdini on Vimeo.

齋藤氏はまず制作の工程を「全体のシルエット」「大規模のディティール(形状の凹凸など)」「中規模のディティール(コックピットやノズルなど)」「小規模のディティール(リベットなど)」に分類して考えるという。これらの各工程に対して、形状のデザインをしながら制作するとなると生成や配置を何度も繰り返す事になり、一般的なモデリングの手法では一度行なった作業をその都度やり直すといった非常に手間のかかる作業になってしまうため、Houdiniを使用した合理的かつ効率的なプロシージャルモデリング手法を用いることで直感的なデザインが可能になり、短期間に次々と作品を生み出す事に成功しているようだ。

例として架空の自動車を制作するためのノードの流れを見てみると、確かに概括的な形状から徐々に微細なディティールをつけるまでシンプルで直線的なネットワークになっている。具体的には、まず全体のシルエットを決定するための形状を決める。この時点ではVDBを使っているのか全体的に曲面的で、どちらかというとハードサーフェイスというよりも有機的なものにも見える。次に数本の曲線を定義してエッジを立たせていく。ここで既に曲面と鋭いエッジの混じり合った流線型の自動車らしい形状になっていることがわかる。そして、タイヤハウス、エアインテーク、ヘッドライトやフロントガラスなどの位置や形状を1つずつプロシージャルに決定していき、最後にタイヤを生成して配置する。「ホイールの形状はパラメータの値を変えるだけで無限とも言える種類から選べる」と齋藤氏。ここで紹介していた例は自動車であったが、飛行機やロボットなど他のものを作る場合でも概ね同様のワークフローであるようだ。

次に、「ボロノイ(Voronoi)分割」の有用性について順を追って解説がされた。ボロノイはHoudiniの中にノードとして備わっており、一般的には破壊の表現に用いられる事が多いものの近年ではVDBやブーリアンの品質の向上のため使用頻度が低下しているものである。しかし齋藤氏によると、利用方法によっては興味深い形状が容易に作成可能で、プロシージャルモデリングに効果的に用いられるとのこと。破壊に使用する場合にはランダムに配置されたポイントを入力することが多いが、例えば均等な間隔で配置したポイントを入力すればグリッド状の形状が出力され、円形に配置すると放射状の形状が出力され、左右対称に配置したポイントを入力すると出力も左右対称になるなど、一見すると当然だと思うようなことではあるが、これらのルールを自ら明確化して組み合わせて使用することで自由に形状を作っているようだ。

齋藤氏の作品は自身のSketchfabTwitterで随時公開されている。今後も作品がどのように発展していくのか、おおいに期待したい。

<2>セルルックでの流体エフェクト作成テクニック(都築 賢人 | Polygon Pictures)

12時から行われたのはPolygon Picturesの都築賢人氏による「セルルックでの流体エフェクト生成テクニック」だ。2016年からHoudini FX スーパーバイザーとして従事しアーティスティックな流体表現を得意とする都築氏が常日頃いかにして効率的に流体エフェクトを作っているのか、その秘訣が紹介された。

Making of Toon-shading Look Fluid Effects | Masato Tsuzuki | SIGGRAPH Asia 2018 (Tokyo) from SideFX Houdini on Vimeo.

ひとくちにセルルックと言ってもオイルペイント、カートゥーン、セミリアルなどといった幅広い表現があり、数多くの種類の作品を制作するポリゴン・ピクチュアズでは、エフェクトのルックもその都度どの程度リアルにするか、アニメ寄りの表現にするかといった事の検討が徹底的になされるようだ。その度にフルスクラッチで検証をしてしまってはあまりに非効率であるため、Houdiniで制作した独自のデジタルアセットを用いて効率的かつ直感的にエフェクトを制作できるよう工夫しているとのこと。

また、例えばカートゥーンの爆発などではアニメらしいタメツメなどの表現が必要な事も多々あるため、単にシミュレーションした結果をそのまま使うのではなくタイミングを自由に調整するような仕組みの存在も示唆された。ポリゴン・ピクチュアズのセルルック表現への徹底的な拘りが垣間見えたと言えるだろう。

ポリゴン・ピクチュアズのHoudiniチームには「Alien Solver」と名付けられたデジタルアセットがある。これは、Houdiniが標準で備えるPyro Solverノードを最低限必要な機能のみで独自に再構成したものであるらしく、あくまでも正確性よりも制作の効率を向上する事を目的に作られているため、他のオブジェクトとの衝突は計算されず、さらに「density」と「vel」以外のフィールドは一時的なデータとしてしか用いない事で計算の高速化に成功したようだ。とある例ではPyro Solverで82秒かかったシミュレーションがAlien Solverでは62秒で済んだこともあるという。

さらにこのノードは、ボリュームのレンダリング結果に対してコンポジットで調整をしやすいように各種のパスを出力することにも長けている。速度や法線のパスに加えてチームが「cusp」と名付けたものなどを含む複数種類のパスを出力できるため、これを利用すれば簡単なリライティング処理などはコンポジットで容易に可能であるようだ。

<3>Houdini によるアルゴリズミックデザイン(堀川 淳一郎 | Orange Jellies)

13時から行われたのは堀川淳一郎氏(Orange Jellies)によるセッションだ。コロンビア大学で建築の研究をした後、現在はアルゴリズムによる形状デザインとそのソフトウェア開発を実環境と仮想環境の両方に対して提供する堀川氏がHoudiniをどのように活用して造形を行なっているのか、その極意が紹介された。

Algorithmic Design with Houdini | Junichiro Horikawa | SIGGRAPH Asia 2018 (Tokyo) from SideFX Houdini on Vimeo.

数学的なアプローチで立体物のデザインをする事が多い堀川氏は、以前まで使用していた他のソフトウェアやツールではボクセルや時間の情報などの扱いが苦手であったためHoudiniを使用することで以前よりも幅広い表現が可能になったという。
堀川氏はまず、アルゴリズミックデザインを「Static」と「Generative」の2つに大別して考えているとのこと。Staticとは主にイスラミックパターンなどに代表されるような幾何学的な模様で、Generativeとは時間の情報を利用して生成された形状であり、例えば重力により垂れ下がる蜘蛛の巣や予測不能な動きをする物体の軌跡といったものから、セルオートマトンと呼ばれるもので一定のルールを決める事により生成される雪の結晶のような形状であったり、拡散方程式などを利用して生成されるシマウマの表面の模様のようなものであったりなど様々な種類があるようだ。

続いて、あるイベント用に制作した茶器の形状を制作した際のメイキングが紹介された。その茶器の表面は静脈や小枝が折り重なったような形状をしており、自然物のようでありながら幾何学的であり極めて洗練されたデザインに見えたが、さらに制作の際には鋳造の工程の事も考慮してデザインしなければならないようであった。
この制作のプロセスとして「Space Colonization」というアルゴリズムがベースとなった。これは直訳すると「宇宙移民」の事であり、一見して静脈のような形状とは関連性が無さそうにも思えるが、近傍の天体を発見して一部がそこに移動していくような動きの軌跡はまさに静脈のように枝分かれしていく形状を生成するようだ。この仕組みを利用してHoudiniで曲線を生成した後はVDBによって厚みをつけ、さらに3Dプリント用に最適化されるように調整をくり返したとのこと。

そのほかにも、堀川氏はHoudiniを用いて遺伝的アルゴリズムやニューラルネットワークなどの人工知能のアプローチによる形状の最適化なども行なっている。ここでは軽く触れられただけであったが内容は非常に興味深く、今後どのような形状が実現されるのか期待したい。

本稿でふれたセッション以外にも、最新バージョンとなるHoudini 17の機能紹介、Weta Digital による映画『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018)のメイキング講演「FX in Titan Battle in Avengers: Infinity War」や、日本を拠点に活躍するフランス人デジタルアーティスト、Luigi Honorat/ルイジ・オノラ氏による自身の代表作の制作過程を紹介する「The Virtual Form」など大変興味深いセッションが続いた。

Rob Stauffer/ロブ・スタウファー氏(SideFX)による「H17 Showcase」講演の様子(筆者撮影)。Vellum ワークフローを紹介中

一般的なエフェクトのメイキングだけでなくモデリングのみに特化したセッションも混在していて非常に幅広くバランスの良いイベントであった。
Houdiniというツールが扱う人によってまったく異なる側面を見せるということを改めて実感することができた。今後の「Houdini HIVE」にも、チャンスを見つけてぜひ足を運びたい。