Tooが主催する特別セミナー「design surf seminar 2019 -デザインの向こう側にあるもの-」が10月18日(金)に東京・虎ノ門ヒルズで開催された。デザインに携わる人、企業の活動から、デザインの現状を知ることができる同セミナー。今回は、資生堂が4月にオープンした施設のデザイン開発について語る「美の複合体験施設『S/PARK』の環境とUXデザイン」、日本デザイン団体協議会の活動を紹介する「ジャパンデザインミュージアムへの期待―D-8の活動の視点から」という2つのセッションをレポートする。

TEXT&PHOTO_久保 駆 / Riku Kubo(Playce)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

美の複合体験施設「S/PARK」の環境とUXデザイン

資生堂は今年4月、同社の研究所であり、オープンラボとしての機能ももつ施設「資生堂グローバルイノベーションセンター(別名 S/PARK)」を神奈川県横浜市にオープンした。このセッションではS/PARKの環境デザインと、同施設にある「BEYOND TIME」という体験型展示のUXデザインについて、同社の信藤洋二氏、鐘ヶ江哲郎氏から解説が行われた。

初めに信藤氏から環境デザインの開発プロセスが紹介された。まずは「コンシューマーと研究員の『交流』を促す」、「ここから『新価値』を生み出す」など、S/PARKのテーマとなるポリシーを5つ定めたという。さらに「お客さま一人ひとりに合う美しさの『ひらめき』をお届けする」といった内容のフィロソフィを、クリエイティブチームで共有。それらをもとに環境デザインのマスターコンセプト「INSPIRATION/S」を定め、開発を開始した。

「S/PARKという名前には『世界中から人々が集う"資生堂のパーク"』、『その出会いから生まれるインスピレーションが"スパーク"する場所』というふたつの意味を込めています」(信藤氏)

環境デザイン開発のテーマは「オープンイノベーション」。執務フロアにフリーアドレス制を取り入れ、吹き抜けのフロアには各階につながる階段を設置した。フロアや階段で他分野の研究員同士が偶然出会うことでコミュニケーションが起こり、ときには知恵を出し合うなど、互いに刺激し合う環境が生まれたという。

執務フロアの紹介に続いて、体験施設がある低層階の空間デザインが写真を用いて紹介された。まず信藤氏は「ひらめきによって絶えず美のイノベーションが生み出される場所を目指す」という低層階のデザインストーリーを提示。このストーリーをもとに作成した、付箋が空へ舞っていく様子を表す作品をメインエントランスに設置しているという。また、施設内の案内板には同社独自のフォント「資生堂書体」をアレンジしたものを使用。ブランドアイコンである唐草模様「資生堂唐草」をモチーフに、S字を描く大きな階段を設置するなど、同社が受け継いできた伝統の要素がデザインに取り入れられている。「唐草は自由に変形しながら時代ごとの様式美を表現することができます。S/PARKでは大地から湧き上がるインスピレーションを唐草に見立て、表現しています」(信藤氏)。

低階層には個人の肌に合わせた化粧品を製造する「Beauty Bar」、資生堂の長年にわたる研究資料を展示している「S/PARK Museum」など、様々な施設が一般公開されている。信藤氏は「ぜひ一度訪れて、我々研究員にインスピレーションを与えて欲しいと思います」と語った。

年齢の変化を体験することで、コミュニケーションが生み出される

S/PARKでは研究内容が展示されているだけではなく、研究を様々な形で体験できる施設がある。1階にある「BEYOND TIME」では、過去や未来の姿でコミュニケーションができる「デジタルタイムトラベル体験」を行なっている。

「BEYOND TIME」は2人1組で行う体験型展示。2人の関係性、年齢などの情報を登録した後、左右のブースに1人ずつ分かれて入る。中央にあるモニタにはパートナーの顔が表示され、手元のボタンで相手の年齢を操作することができる。このとき相手に表示される自分の年齢を選択することはできず、自分の顔がどのように表示されているかも見ることができない。互いの容姿を言葉で伝えたり、モニタに表示される質問に20年後の自分になりきって答えるなど、体験者同士のコミュニケーションを促進する体験装置となっている。

同社のコピーライター、鐘ヶ江氏は開発の経緯について「S/PARKを開設するにあたって、我々コミュニケーションチームのもとに『資生堂の長年にわたるエイジングサイエンスの研究成果を示すものをつくりたい』という相談がありました。エイジングサイエンスのデータを使って、人の意識を変化させたい。容姿がどう変化するかではなく、容姿の変化によって体験者同士のコミュニケーションを深めたいというのが今回の企画意図です と語る。

鐘ヶ江氏は続けて「BEYOND TIME」の開発プロセスやテストプレイの様子を紹介した。開発は同社のクリエイティブチーム、皮膚科学を研究する研究チームと、UXに知見が深い社外のエージェンシー「R/GA」の3チームが協力。プロトタイプを何度もつくり、ユーザーテストを繰り返しながら開発を進めていった。

デプスカメラで体験者の顔を捉え、3Dデータとして読み取ると同時に、肌の状態を解析。3Dデータを体験者の顔にかぶせることで、年齢ごとの顔の変化を表現している

鐘ヶ江氏はコミュニケーションを深めるために、UXデザインに力を入れたと話す。「BEYOND TIME」は自分の変化した姿が見えない設計になっているが、開発当初は体験者2名がモニタの前で隣り合い、互いの顔の変化が見える設計だった。テストを続ける中で、体験者が自身の変化した顔に見入ってしまい、コミュニケーションがほとんど起きないことが判明。そのためモニタを挟んで向かい合い、画面に自分の顔は表示されない仕様に変更した。相手の言葉で自分の変化を伝えてもらうことでコミュニケーションが起こるようになったという。

講演中ながされた体験紹介の動画では、お互いの顔の変化に驚いたり、未来に思いを馳せるなど、体験者の様々な反応が見られた。「『研究データを使ってエモーションを引き起こすものをつくりたい』というのが、我々が考えていたことです。イノベーションを牽引する一番のエンジンになるのはエモーションだと開発の途中で気づきました」(鐘ヶ江氏)。

「BEYOND TIME」で作成された鐘ヶ江氏83歳の写真。「高齢の写真を見せると女性が来てくれなくなるんです」と、会場の笑いを誘った

「BEYOND TIME」は2020年3月まで期間限定で設置されている。自信の容姿の変化や、体験から生まれるパートナーとのコミュニケーションを味わいたい方は、ぜひ訪れてみて欲しい。

ジャパンデザインミュージアムへの期待―D-8の活動の視点から

日本デザイン団体協議会(略称 D-8)は、1966年に日本のデザイン団体をまとめる機関として発足した。現在は8つの社団法人が所属し「著作権によるデザイン保護の普及と強化」と「ジャパンデザインミュージアム(以下、JDM)の設立」に向けて活動している。今回のセッションではD-8のJDM設立に向けたこれまでの活動と、海外のデザインミュージアムに関する事例、今後の展望が紹介された。

登壇したD-8の4名。左から浅香 嵩氏、天野幾雄氏、洪 恒夫氏、杉谷 進氏

講演にはD-8の8団体のうち、4団体のメンバーが登壇。初めに登壇した日本インダストリアルデザイナー協会の浅香 嵩氏は、D-8がJDM設立を目指した背景を話す。

日本では戦後から多くの企業に「デザイン」の考え方が広まり、様々なプロダクトが生み出されてきた。しかし、それらはほとんど保存されていないため、若い世代にデザインの職能が伝わっていないと話す浅香氏。そこでD-8は、デザインのベンチマークとなる製品を展示するデザインミュージアムが必要だと考えた。

「日本には各企業が自社の製品をまとめたミュージアムはありますが、時代ごとのデザインの傾向など、広い視点でデザインを学べるミュージアムはありません。国内の様々なミュージアムと連携し、それぞれがもつアーカイブを活用した展示を行う。保存が難しい建築物は、VRを利用して来場者に見てもらうなど、各ミュージアムのネットワークと、アナログとデジタルをつなぐミュージアムを目指しています (浅香氏)。

D-8はこうした目標のもと、2006年に「D-8ジャパンデザインミュージアム設立委員(以下JDM設立委員)」を立ち上げる。日本グラフィックデザイナー協会の天野幾雄氏は、設立委員のこれまでの活動を紹介した。

2007年に東京で行ったフォーラム「日本のデザイン、ミュージアム」を皮切りに、国内外の様々な場所でフォーラムや勉強会を開催してきたJDM設立委員。天野氏は活動のトピックスとして、今年の1月に作成した「ジャパンデザインのクロニクル(以下、クロニクル)を紹介した。クロニクルとは、所属する8団体が1960年から2000年までに手がけたプロダクトが、年代順、団体別に並べられている年表だ。

また、クロニクルをもとに年代ごとのデザインの傾向を分析し「ジャパンデザインのアナトミー(以下、アナトミー)」という図表をつくり上げた。アナトミーは各年代を表するデザインを10年ごとに並べた年表。年代ごとに「高度経済成長」、「国際化」といった社会の変容を表すキーワードがあり、各デザインはこれらのキーワードと紐づけられている。これにより社会の変化とデザインの変化を紐づけて学ぶことができるという。天野氏は「研究により、デザインは時代によって変化しながらも、本質は変わっていないことが見えてきました。デザインの未来を若い人達に託していくため我々は活動しています」と語った。

D-8が作成したアナトミー。セミナー会場の入口に実物も展示されていた

海外の事例を参考にしながら、JDM設立に向けて取り組んでいく

日本にデザインミュージアムは存在していないが、海外には既に開設された事例があるという。日本サインデザイン協会の杉谷 進氏はD-8が参考としている事例として、テレンス・コンラン氏が設立したロンドンのデザインミュージアムのプロジェクトを解説した。

杉谷氏は、デザインミュージアムが設立されるまで「小規模な展示を何度も行う」、「デザインを常設する小さなミュージアムを設ける」、「デザイン振興のための取り組みが国に認められ、総合博物館を開設する認可がおりる」という3つのステップがあったと話す。また、取り組みが認められたことで、国から資金の援助があったことを述べた。JDM開設においても資金は重要な問題となるのだろう。

開設までのプロセスと合わせて、館内の様子も紹介された。2016年のオープン以降様々な展示が行われながら、同時に施設のアップデートも行われているという。「博物館は開館時に完結するものではありません。ロンドンのデザインミュージアムは、『開館から様々に進化、発展する』という博物館の本来あるべき姿をうまく具現化しています」(杉谷氏)。

ロンドンのデザインミュージアムの3ステップを受け、D-8はJDM設立実現のため「Research」、「Pilot Museum」、「Small Museum」、「Japan Design Museum」という4つのステップを考えた。日本空間デザイン協会の洪 恒夫氏は4つのステップについて「1つ目は海外の事例を調査すること。2つ目は、ロンドンのように小さな展示会を開催すること。今はまだセカンドステップの段階です。クロニクルとアナトミーを各地に巡回させ、我々の考えを伝えていきたい」と語る。現在は3つ目のステップ「小さなデザインミュージアム設立」に向けた計画を練っているという。また、プロセスの紹介に続いて、目標を明確にするためにつくられたJDMの完成イメージ図が紹介された。

JDMの完成イメージ。クロニクルで取り上げられたプロダクトの実物などが展示されている

最後に洪氏はJDMがもつ機能について語った。JDMはジャパンデザインのプレゼンテーションの場やデザインを学ぶ場として、行政、企業、海外の人など、様々な人に便益を提供できる場になるという。「デザインの本質を学べる場というのはやはりミュージアムだと考えています。クロニクルからアナトミーをつくる中で、ジャパンデザインとは日本の暮らしに影響を与えたデザインだと気づきました。我々はデザインが社会を変えていくプロセスを学べる場をつくっていきたいと考えています」(洪氏)。

JDMは日本のデザインの魅力を発信する拠点となるだろう。D-8の今後の活動に注目していきたい。

全セッションの終了後には、スピーカーとセミナー来場者が参加できる懇親会が開催。スピーカーに質問を行なったり、参加者同士で交流が生まれるなど大いに盛り上がり、大盛況のうちにセミナーは幕を閉じた。デザインに関する最新の取り組みを知ることで、来場者のインスピレーションが掻き立てられるセミナーとなった。