2019年12月3日(火)にパシフィコ横浜で開催された Adobe MAX Japan 2019 は、米国ロサンゼルスで11月4日(月)から6日(水)にかけて開催されたイベント Adobe MAXの日本版だ。米国Adobe MAXの人気セッションの再演から日本ならではのセッションまで、たった1日の開催にもかかわらず、日本全国から多くの参加者を集めた。カンファレンスというより「祭典」と呼ぶ方がふさわしい本イベントから、注目の話題をお伝えする。
TEXT&PHOTO_安藤幸央(エクサ)/ Yukio Ando(EXA CORPORATION)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
<1>目指すはクリエイターのための「時短」
Adobe MAXの目玉のひとつ、各Adobe製品の最新情報が発表される基調講演では、日本のクリエイターたちへの感謝と、これからのAdobe製品への展開が伝えられた。
ジェームズ・マクリディ/James McCready氏(アドビ システムズ株式会社 代表取締役社長)
最初に登壇したのは、アドビ システムズ株式会社 代表取締役社長 ジェームズ・マクリディ/James McCready氏。マクリディ氏は、クリエイティビティは重要で全ての人たちに不可欠であり、Adobeはここ20年間、欠かさず日本のクリエイターたちを支えてきたと語った。
最近では、TVドラマ『左ききのエレン』でデザイナーやアーティストの苦労や功績が取り上げられ、Adobeシリーズも劇中に登場している。また、TVアニメ『映像研には手を出すな!』ではAdobe Animateを使って作品が作られている。そういった例を挙げ、クリエイティビティの幅はますます広がり、企業の利益においても重要な事柄になっていると続けた。「たくさんのAdobe製品の改善を通じて、より仕事を効率化し、シームレスなコラボレーションが可能になってきています」。
スコット・ベルスキー/Scott Belsky氏(Adobe Inc. Creative Cloud担当エグゼクティブバイスプレジデント兼CPO)
続いて登壇したのは、Adobe Inc. Creative Cloud担当エグゼクティブバイスプレジデント兼CPO(製品最高責任者)のスコット・ベルスキー/Scott Belsky氏。創造性(イマジネーション)は人間の大きな特徴で、物事を整理したり、コラボレーションを生んだり、美しさとビジョンをもって将来を生み出そうとしているのが人間で、イマジネーションにはリミットがない、と口火を切った。
「そのイマジネーションを阻害しているのは何か? そう考えたとき、画像を探したり、整理したり、ステークホルダーと調整をしたりといったクリエイティブを阻む様々な要因が存在すます。ツールの使い方を学ぶ時間も必要で、「時間」こそがクリエイティブの足枷となっているのです」。その課題に対して、Adobe Creative Cloudでは「速くパワフルで、高い信頼性、コラボレーション、新しい表現への挑戦」の観点からサービスやツールを提供しているという。
クリエイターが創造に使える時間を確保する。ツールは素早く、くり返し作業は自動でできるべきという「時短」の考え
最近のトピックとして、AdobeフォントをiOSにインストールして使えるようになったことが挙げられた。Adobeのツールだけではなく、カスタムフォントをサポートするどんなアプリでも利用できるようになったことは、大きな革新と言える。
「またクリエイティブなアイデアは、何も机に向かっているときだけではなく様々な状況で生まれており、根本から作り直したiPad版のPhotoshop によって、電車の中でも飛行機の待ち時間にでも使えるような環境が整ってきています」。
さらに新たな表現への挑戦として、3D、VR、AR、Eコマースでの利用に向けたツールの開発や、巨匠の写真家や第一線のクリエイターから学ぶことができる様々なチュートリアルを準備しているとのこと。
Adobe Aeroで制作、AR空間に多数の鳥が飛ぶ様子を設定中
<2>AdobeとAppleの協力とモバイル対応戦略
写真左から 神谷知信氏(アドビシステムズ デジタルメディア事業統括本部専務執行役員 統括本部長)、スコット・ベルスキー氏、マイケル・チャオ氏(Apple プロダクトマーケティング担当副社長)
基調講演後の質疑応答では、ベルスキー氏はモバイル版アプリの対応について言及。「Adobeのツールをより良く簡単に、デスクトップPCのその先にあるデバイスで、どんなデバイスの画面からでもアイデアがひらめいたときにすぐ使えるよう、そして一緒に働く人とコラボレーションできるように考えてきました」と語った。
特にiPadへの対応について、「Adobe製品をiPadに載せようとしたとき、Appleとは多大なるコラボレーションが必要で、Adobeの新しい機能をAppleの素晴らしいデバイスに搭載できるように協力してきた。カスタムフォントのサポートについても、Appleからのサポートにとても感謝している」と述べた。
これを受け、基調講演にも登場したAppleのプロダクトマーケティング担当副社長マイケル・チャオ/Michael Tchao氏は、「AppleとしてもAdobe MAXに来ることができて嬉しい。iPad上に様々なAdobeアプリが実装されたのは、35年間にわたる連携の賜物です」と応えた。コンピュータを使うこともクリエイティビティだということ、それを踏まえてモバイルコンピューティングで次のステージに行くためにぜひこれからも連携していきたいと話した。
ベルスキー氏は、Adobeのミッションとして、プロダクトチームが考えている使命は「パワフルだけれど誰にでも使えるもの」だと語る。使い始めるのは簡単、オプションのツールが多数あり全て使えるが初心者がまず目に入るのは必要に応じた機能だけ。始めるのは簡単で、始めやすい。そのためにiPad版Illustratorもデスクトップ版から変更され部分もある。誰でも使うことができ、自分のクリエイティブを表現したい人はどの商品からでも始められる。使い方が難しいものならこれからも改善していくべきだと考えているという。
「新しいバージョンのLightroomも進化しており、誰にでも始められるようになっています。日本でも利用者が増えている製品のひとつです。新しい製品はだれにでも使いやすい、かつプロの仕事ができるパワーがある、やりたいことができる製品。デスクトップとの互換性も重要で、そういった事柄全てが私たちのビジョンなのです」。
現在はたくさんの製品セグメントがあり、写真向け・動画向けなどで分類されている。それらが相互に連携できるのも大切だと、氏は続ける。「もっともクリエイティブな人は、既存の使い方にこだわらず、これらの製品で思いもしない新しい使い方をします。イマジネーションをもった人が使ってくれる。それらを可能にしていく責任がAdobeにはあります」。
<3>Adobe Senseiへの期待
続いて、話題はAdobeのAIプラットフォームである「Adobe Sensei」に移った。「デザイナーの仕事のほとんどはくり返し作業です。画像検索したり、マスクを取ったり、そういった作業がクリエイティビティの邪魔をしていると思います。私たちはもっとプロダクティブに、クリエイティブに使う時間や実験的なことをしてもらうための時間を増やしわずらわしい、くり返しの作業を減らすことでできると考えました」(ベルスキー氏)。
ストックフォトサービスのAdobe StockにもAIが使われており、世界一の画像検索エンジンにしようと考えているそうだ。Lightroomの自動補正機能も、何千人ものフォトグラファーたちの考えをAIが知見として蓄え、補正に反映させている。「AIに関しては様々な利用例があり、ハードウェアとしてのiPadとの連携も重要です。AIの活用についてはまだまだ始まったばかりでこれからです」。
デザインの定義は小さなことで、大きな違いを生むことだと考えていると語るベルスキー氏。日本はインスピレーションを与えてくれる素晴らしい国であり、これからも日本でAdobe MAXを開催していきたいとのこと。
<4>充実の展示会場と期待の最新技術
会場内には、複数トラックで同時進行する人気のセッションのみならず、長蛇の列で売り切れ続出のAdobeグッズ販売コーナー、屋台のようなクリエイターの出店、AR体験コーナー、参加者による落書きコーナー、製品紹介や体験コーナーなどの展示も大変充実していた。
ライブペインティングの様子
●半透明ディスプレイ「Adobe Project Glasswing」
箱状のディスプレイ装置に実際のオブジェクトを入れ、その前に半透明または不透明のデジタルコンテンツを重ね合わせて表示できるタッチスクリーン型のディスプレイ。不透明な黒い表示と、カラー表示を高速フレーム切り替えで表示することで、表示の不透明度をピクセルごとに段階的にコントロールできるしくみ。メガネやゴーグルを使用しない、クリエイターや商品広告のためのAR(拡張現実)とのこと。
●Adobe MAX Japan 2019 Sneak Preview
米国のSneak Previewで紹介された最新技術の中から、いくつかピックアップして。これらは現在研究開発中のものであり、これらの機能がいつ実際の製品に載るのかは未定だが、プレゼンテーションを見た多くの人たちから歓声が挙がり「今すぐ欲しい」との声も多数聞かれた。ここでも最新機能の基本的な考えは「時短」にあると見て取れた。紹介された機能は下記の通り。
Project Sweet Walk:1枚の画像と音声を基にキャラクターアニメーションを簡単に作成できる
Project Fine Line:米国では未発表。日本の漫画家、イラストレーター向けの、写真から線画を起こす機能
Project About Face:フェイク画像を見分けるしくみ。写真が加工されているかどうか、修正されていればその場所を見分けることができる
Project Stylish Frames:数枚の画像を参照元として、ビデオのスタイルを変えることができる。絵画風の動画も作成可能
Adobe MAX 2020は、10月19日から21日の3日間、米国ロサンゼルスでの開催が決定している。Adobe MAX Japan 2020 の日程は今のところ未定だが、ベルスキー氏が何度も強調していたように、日本市場と日本のクリエイターをとても重要視しているとのことから、2020年もまた大盛況となるであろうイベントの開催が期待される。