一般社団法人日本アニメーター・演出協会による「アニメーション・クリエイティブ・テクノロジー・フォーラム(ACTF)2021 [SUMMER]」が7月16日(金)と17日(土)の2日間、オンラインにて開催された。開催2日目のセッション「ツール『Blender』を使っての少人数でアニメーション制作紹介」には、アニメーション監督のりょーちも氏と株式会社EOTAの清水理央氏が登壇。ほぼBlenderのみで制作したショートアニメ『夜の国』の制作報告を行なった。


TEXT_高橋克則 / Katsunori Takahashi
EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE




Blenderの多彩な用途

▲(左から)りょーちも氏、清水理央氏(EOTA)

「Blenderを使う人が増えてほしい」という目的のために行われた本セッションは、りょーちも氏のヒストリー紹介からスタート。2Dアニメーターとして活動していた頃からFlash(現・Adobe Animate)を駆使していた過去に触れて、デジタル作画ツールに求めていることや制作手法にこだわる理由、3Dスタジオの現場で得たノウハウなどを語った。

▲Flashを使っていた理由について

▲りょーちも氏はキャラクターに感情移入したいという気持ちが強く、画面には映らない外の部分にも登場人物がきちんと存在している臨在感を求めていたという

▲3Dスタジオで学んだことは、2Dと3Dのハイブリッド作品を手がけるきっかけになった

その後、Flash以外の様々なツールを試していく中、Blenderの「Grease Pencil」の機能に着目。3D空間上にメモを書くという本来の機能だけでなく「作画にも使えるのではないか」と考えたことがソフトを導入するきっかけになった。

さらに2017年には「Blender 2.79」が発表。線の太さだけでなく濃さも選択できるようになったため、本格的な移行を決断した。Blenderを使いこなしていく中で、3Dアニメ制作以外にも幅広く使えることがわかってきたという。

▲上記以外にも、ビデオシーケンスエディタを用いて簡易的な編集作業にも使っており、用途は多岐に渡る

その後、2018年にゲーム案件を受諾した際にBlenderを用いたアニメ制作に挑戦。清水氏に協力を仰ぎ、BlenderとAfter Effectsを連動するプラグインを加工し、カメラワークや素材の配置などをインポートできるしくみを開発した。

▲この手法は『夜の国』にも活かされている

清水氏は、Blenderで作ったビジュアルをAfter Effectsに移植するというアイデアについて、「人力で再現すると生じるミスをなくすことができる点や、手間を省いた時間を画づくりの時間に充てられる点がメリットになると思った」とコメント。演出家が意図したビジュアルをあらかじめ共有できることは一貫した映像を手がける面でも役立ち、そこにプラスアルファを加えてより良くしていくという「クリエイターとしての醍醐味」も味わうことができたという。

▲BOOK素材をカメラがT.Uしていくカット。上がBlender、下がAfter Effectsで全ての情報をそのまま渡している

▲上記カットの完成映像。素材を美術に差し替えているだけで、場所替えなどは行なっていない

セッションでは実際に上記の手法を用いて、BlenderからAfter Effectsにインポートしたカットを紹介。現状では3D素材はインポートできないものの、2D素材とカメラワークはそのまま自動的に移行できるめ、りょーちも氏は「しくみとしては上手くいったのではないか」と自信を見せた。



3D空間にシナリオを配置。 Blenderの唯一無二の使い方

作画に関してはアニメーターが3D空間上に直接描いている。完成映像ではカメラワークが付いているが、これはカメラの方を動かしているためでその動きは無視して作画が可能。またカットの後ろのエフェクトはモーションを付けて3D空間で移動させており、アニメーターが軌道を描く必要がないなど、作業負担を軽減するための工夫を凝らした。

▲素材自体を空間に配置。それぞれの素材を引く速度は、カメラとの距離の差によって自然と異なってくる

質疑応答では、視聴者から「Blenderで作画をしたアニメーターはデジタル作画の経験者でしょうか?」という質問が飛んだ。りょーちも氏はそれに同意し、『夜の国』を手がけたstudio daisyは全ての作業をデジタルで行なっており、紙を極力使わない方針のスタジオだと回答。それゆえにデジタル作画のリテラシーが高く、CLIP STUDIOとStylosの経験が下地にあったことや、プロジェクト以前から複数の原画マンにBlenderの使い方を教えていたことが大いに役立ったと答えた。

▲Blenderに書き出したシナリオ。細かなメモや絵コンテのラフが描かれている。シナリオの該当ページの絵コンテが右に表示される

今回のセッションで、最もユニークな手法を用いていたのが絵コンテ作業である。りょーちも氏はシナリオを連番画像として書き出し、3D空間上に1枚ずつ縦に配置。そのシナリオにカット割りの構想を直接書き込み、後にコンテとして清書をするスタイルを採用した。

この手法は割本(わりぼん)という、映画やドラマの撮影で使われる手法を参考にしたものだ。実写の現場ではコンテは描かず、シナリオに演出プランを書いて、そのメモを基に撮影することが多い。りょーちも氏は3Dスタジオ在籍時、スケジュールの都合で割本で作業をしたことがあり、その経験から着想を得た。

シナリオを縦に配置するメリットについては「シナリオを再生するとカメラが上から下に降りていく」ことを挙げた。本編の尺を入力して再生すれば、何分目にシナリオのどの部分が来るのかが視覚的にわかり、タイムラインテストをした上で時間に沿った演出プランが立てられるという。

▲縦に並べたシナリオ。時間に合わせて絵コンテが追尾していく

その他にも、本来はプログラムを書く欄にセリフを入れてコピー&ペーストをしやすくするなど、常識に囚われない自由な使い方をしていることがわかった。りょーちも氏は「アホだなと思われるかもしれませんが......」と前置きしながらも、「3Dツールでこんな使い方をしているのは、おそらく自分だけではないでしょうか」と笑顔を見せた。

セッションの締めくくりとしてりょーちも氏は、「Blenderはスタッフの作業量を減らすことができ、そのほかにも多くのメリットがある」と断言。個人や企業が様々な方法を追求することによって、アニメ制作の可能性がより広がるとメッセージを寄せて、興味をもった人はぜひBlenderを使ってほしいとオススメした。

セッション後には残り時間を利用して、りょーちも氏がVRモデリングツール「Gravity Sketch」を用いたライブスケッチを披露する一幕も見られた。ミラーリング機能を使って左右対称のラフを描き、そのレイヤーを薄くして清書をすることで、作画とほぼ変わらない感覚でモデリングができると実践。数分でどんどんモデルが出来上がっていくスピード感に、ACTF事務局の轟木保弘氏も「Gravity Sketchでここまで速いのは、私も初めて見ました」と驚いた様子だった。新たなツールを意欲的に採り入れることで、魅力的な作品が生まれていくことが体感できるセッションとなった。

▲「Gravity Sketch」によるスケッチ。瞳の瞳孔の位置や鼻の高さなども手軽に変更可能