9月3日(金)より公開されている映画『リョーマ!The Prince of Tennis 新生劇場版テニスの王子様』。『テニスの王子様』初の3DCG劇場アニメーションだ。今回は公開を記念して、特別に神志那弘志監督をはじめとする制作陣を取材することができたので、モーションキャプチャを有効活用したアニメーション付けを中心に、そのこだわりのメイキングを紹介していきたい。

TEXT_野澤 慧
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
©許斐 剛/集英社 ©新生劇場版テニスの王子様製作委員会

  • 『リョーマ!The Prince of Tennis 新生劇場版テニスの王子様』
    9月3日(金)全国ロードショー

    原作・製作総指揮:許斐 剛
    原作:許斐 剛 「テニスの王子様」(集英社 ジャンプ コミックス刊)
    「新テニスの王子様」(集英社「ジャンプSQ.」連載)
    監督:神志那弘志
    脚本:秦 建日子
    劇中歌・全作詞作曲:許斐 剛
    チーフ3DCGアートディレクター:菱川パトリシア
    チーフ3DCGアニメーションディレクター:由水 桂
    ルックデベロップメントディレクター:山田桃子
    ポストプロセスマネージャー:城戸孝夫
    エグゼクティブ3DCGプロデューサー:千田 斎
    音響監督:高寺たけし
    音楽:津田ケイ
    音楽プロデューサー:松井伸太郎
    3DCG制作:The Monk Studios/株式会社ケイカ
    協力:スタジオKAI
    総合プロデューサー:依田 巽
    プロデューサー:新井修平
    制作・配給:ギャガ
    製作:新生劇場版テニスの王子様製作委員会
    gaga.ne.jp/RYOMA_MOVIE

原作者の許斐 剛氏が製作総指揮を務めるフルCG映画

9月3日(金)より全国公開されている『リョーマ!The Prince of Tennis 新生劇場版テニスの王子様』。主人公・越前リョーマを中心に、テニスにかける少年たちの姿を描いた青春スポーツ漫画『テニスの王子様』シリーズの劇場版最新作となる。シリーズ連載開始から22年もの間、語られることのなかったリョーマの父・越前南次郎が引退に追い込まれた試合が描かれるということもあり、公開以前より話題を集めていた。 本作の製作総指揮を務めるのは、原作者である許斐 剛氏。さらに監督に神志那弘志氏を迎えるなど、制作陣も超豪華な顔ぶれだ。今回は本作の公開を記念して、豪華制作陣の中から、神志那監督、チーフ3DCGアートディレクター、かつCGスーパーバイザーとして全体も見ていた菱川パトリシア氏、チーフ3DCGアニメーションディレクターの由水 桂氏の3人に話を聞くことができた。

左より、チーフ3DCGアートディレクター:菱川パトリシア氏(ウサギ王))、監督:神志那弘志氏(スタジオ・ライブ)、チーフ3DCGアニメーションディレクター:由水 桂氏(ケイカ

企画の動き出しは2017年。初めに脚本制作と同時に許斐氏による作詞作曲作業が先行してスタートした。劇中歌が完成すると、つぎにダンスの振り付け、そして絵コンテ作業と続いていく。本作はフルCGアニメーションであるため、2019年頃からはモデリングやセットアップといった3DCGに関わるプリプロダクションが始動した。CGモデルは全てのキャラクターを許斐氏がチェック。CGモデルを画像として出力したものに直接修正を描き込んでもらうかたちで、約1年半の間やりとりを重ね、妥協のない造形を追求した。本格的にアニメーション制作へ入ってしまうと根幹的な修正は難しくなるため、このプリプロダクションの段階から丁寧に進めていったという。

また、本作の制作にはタイのThe Monk Studios、日本ではケイカを中心に、いくつかのスタジオが参加している。作業ボリュームとしてはThe Monk Studiosで約半分程度、残り半分を国内の協力会社が制作したとのこと。ケイカでは本作の見所となるミュージカルシーンを中心に、主にレイアウトのコントロールやアニメーションのディレクションを担当。一方、The Monk Studiosでもアニメーション制作のほかに、各協力会社に配布するためのアセットの仕様統一を担当した。そのほかにも、キャラクターモデルの見た目を決めるルックデヴ工程など、制作の土台となる工程に携わっている。また、シーン単位ではライティングやコンポジットも担当した。主なツールとしてはMayaNUKEをメインとして、一部でMotionBuilder3ds MaxAfter Effectsなどを使用している。

本来であればディレクター陣がThe Monk Studiosへ訪問して、日本のアニメーション制作やアニメーションの表現について直接レクチャーを行う予定だったそうだが、コロナ禍の影響によって、やむなく通訳を挟んだオンラインでのディレクションとなった。制作環境や情報の伝達手段が制限される厳しい状況ではあったが、根気強くリテイクを重ねながら少しずつ作業を続けていったという。まさに心血を注いでつくり上げた本作。その裏側をお届けする。

テニスやラップのシーンではモーションキャプチャを有効活用

アニメーション制作にあたり、まず絵コンテから絵コンテ撮を作成。その後のプレビズ段階でCGモデルを作成し、レイアウトを組む。レイアウトが決まると、プライマリ、セカンダリと進んでいく。一般的なアニメーション制作のながれと言えるが、本作の特徴としてモーションキャプチャを多用していることが挙げられる。テニスやアクション、ダンスなど本作の見せ場シーンにはもちろん、ショッピングモールや観客席にいるモブキャラクターの動きまで、様々な場面でモーションキャプチャが活用された。「今作は最初からフルフレーム、フルCGということが決まっていました。加えて、ダンスあり、アクションあり、当然テニスもありというてんこ盛りの状態です。その中で演技をどうするかと考えたときに、モーションキャプチャは必須でしたね」と由水氏。

『テニスの王子様』では2016年に開催された「許斐 剛☆サプライズ LIVE ~一人テニプリフェスタ~」や2017年にDMM VR THEATERで上映された「手塚国光 Anniversary EVENT 2017~This is my song for you~」などの公演にCGキャラクターが出演している。こうした過去の実績から許斐氏の中には3DCG作品としての構想があったようで、本作でもディズニー映画作品のようなリアル寄りのルックを目指したという。ボリュームとしてもかなりハードなだけに、モーションキャプチャを利用した効率的なフローが不可欠だったようだ。

「リアルなテニスを表現したい」という許斐氏からの要望を受け、テニスのシーンでは実際の試合映像のような引きの構図でのラリーを多く取り入れている。そうしたカットで活きてくるのが、モーションキャプチャならではの「繋がりのあるリアルな動き」だ。モーションの収録にあたっては原作ファンでもあるプロテニスプレイヤーの徳田廉大選手に協力を依頼。リョーマらしいスマートな動きや欧米人キャラのパワフルな動きなど、登場するキャラクターに合わせて様々なフォームを収録した。「ただ試合が白熱してくるにつれ、とんでもないショットが連発されたり、10mくらいジャンプしたり、ということが起きてきます。そういった特殊な部分とリアルな部分をマッチさせるのは大変でした」と由水氏は笑う。『テニスの王子様』らしいド派手な技と実写のようなリアルなテニスをうまく共存させるため、コンテの段階からカットの見せ方や繋がりを意識したとのことだ。

モーションキャプチャを活かすリアルなテニスシーン

▲幸村精市のフォアハンドストロークのシーンの例。絵コンテ

▲徳田選手によるモーションキャプチャの様子

▲レイアウト

▲プライマリ

▲セカンダリ。ここで髪の毛や服のアニメーションを付けていく。神志那監督がこだわったという"へそチラ"も丁寧につくり込まれている。「見せつつも、見せすぎない」というフェチズムをくすぐる塩梅に仕上げられた

▲完成画。徳田選手の映像のほかにも、プロテニスの試合映像などを参考にしつつ本格的なプレーを表現している

ダンスシーンについても、モーションキャプチャなしでは成り立たなかった。リョーマと同じ青春学園の仲間たちやライバル校の面々などメインキャラだけでも約30人。そこに無数の観客たちが加わり、ユニゾンしたダンスをみせる。「本当に実現できるのか」と制作陣も不安になるほどの物量だ。メインキャラにはそれぞれ別のリグを用意しているものの、モブキャラには共通したリグを採用し効率化を図った。また、アップで映らないモブについては、クラウドシミュレーションを使用したシンプルなものにするなどの工夫が施されている。こうしてつくられたモデルへモーションキャプチャデータをながし込んでいく。ダンスモーションはプリプロダクションの段階で既に収録されていたが、さらに観客モブ用のダンスモーションを追加で収録。上手に踊る観客だけでなく、振り付けの途中で応援動作に転ずる観客など、モブのダンスのバリエーションを増やすことで、賑やかなダンスシーンに仕上げている。

キャラクターたちが次々と登場する賑やかなダンスシーン

▲絵コンテ

▲実写のダンス映像

▲レイアウト

▲アニメーション

▲完成画。華やかなダンスシーンとなった。なお、作中にはもうひとつ、リョーマと竜崎桜乃によるダンスシーンも登場するが、そちらでは打って変わって静かな印象のダンスとなっている。微妙な表情や指先の繊細な動きにも丁寧に気が配られているので、そちらもぜひ注目して見てほしい

ダンスからサブキャラまで本作に登場するモブキャラクター

▲モブキャラクターの一例でバーテンダー。もともとは映画オリジナルキャラクターのウルフとしてモデリングされたものだ。ウルフ、ブー、フーの3人組は、制作の過程で大きくデザインが変わったため、、元のモデルがモブキャラクターのひとりであるバーテンダーとして再利用された。最終形としては某有名ラッパーを彷彿とさせるクールな見た目のウルフだが、当初は少しコミカルな印象を与えるデザインだったようだ

▲キャビンアテンダント

▲男子学生

▲女子学生

▲クローズアップモブ。アップで映るモブキャラクター

▲クラウドモブ。画面奥などの細かいモブキャラクター

さらに本作を語る上で欠かすことができないのが「ラップバトル」。リョーマとウルフたち三人組による激しいラップの応酬は見どころのひとつだ。ここでもモーションキャプチャが活躍している。このシーンではカット制作に入る前にダンサーによる実写版のMVを作成した。さらにそのMVを元にモーションキャプチャデータを収録し、カット制作に入ったという。「許斐先生からラップバトルの話を聞かされたときには、正直不安でした(笑)。実写版のMVをリファレンスにしてカッコいいラップバトルをさせつつ、曲の間奏部分にはテニス要素を詰め込んでいます。インパクトのあるシーンになりましたね」と神志那監督も話す。

実写によるMVを参考にしたラップシーン

▲実写版のビデオコンテ。この実写MV風ビデオコンテの制作のために別の映像監督をアサイン。リョーマ、ウルフ、ブー、フーの4人のパートを各ダンサーが担当し、本格的なMV風映像としてダンスとラップシーンが撮影されている

▲完成画。作中でもキーとなる場面だけに力の入ったシーンとなった。キレキレのラップを披露するリョーマは必見だ

こうしたテニスやダンスなどのアクション要素の強いカットでは、髪の毛や服といった揺れモノもこだわりのポイント。シミュレーションを専門に担当する部隊を編成し、Mayaクロスなどのシミュレーションツールで制作にあたった。しかし、『テニスの王子様』らしい髪型とリアルな動きのバランスの両立には時間を要したという。例えば、髪の毛の場合、単純に柔らかくリアルに動かすというのであれば比較的つくりやすい。ただ、柔らかく設定しすぎてしまうと、本来あるはずのハネやながれは失われてしまう。菱川氏は「クロスや髪の毛は非常にコントロールが難しかったですね。激しく動いたときにはバサッとなびいてほしいんですが、キャラクターらしい髪型が崩れてしまうと、サラサラヘアーの別人になってしまうので」と当時の苦労を話す。

クロスについても同様だ。自然になびかせつつ、シワシワになりすぎないバランスを手探りで模索した。さらに、苦労したというのがハイスピード撮影。カットの途中で通常のスピードからスローモーションになる手法で、アクションシーンにはつきものの演出だ。このハイスピード撮影カットでは、最初はノーマルスピードで演算しておき、そこにつながるようにスローモーション部分を演算していくというながれで作成していくのだが、物理演算を何度も繰り返すなど試行錯誤が必用だったという。

一方で、日常芝居部分は手付けでのアニメーション作業が行われている。この手付けの部分とモーションキャプチャを使用している部分とで、動きの印象が大きく離れてしまわないように意識しているという。今回、アニメーションにおける重要なポイントとして、リョーマや桜乃といった日本人キャラクターと欧米人キャラクターの芝居の対比がある。オーバーアクションが基本となる欧米人キャラに対して、日本人キャラには控えめなアクションをとらせている。「海外のアニメーターたちにとって、感情表現や身振り手振りの大きい欧米人キャラクターはアニメーションを付けやすいんです。ただ、リョーマをはじめとする『テニスの王子様』のキャラクターたちは激しく感情表現をすることが少ないので、そこの調整が難しそうでしたね」と菱川氏は語る。下地となる文化のちがいもあり、海外のアニメーターたちは苦労したようだ。

許斐氏からも「キャラクターらしさ」には厳しい視点から指摘がされた。例えば、リョーマが父親である南次郎の現役時代のプレーを初めて目の当たりにするシーン。普段はクールなリョーマだが、このときばかりはテンションも最高潮となる。そのままミュージカル調のシーンが始まっていくのだが、このリョーマの表情は作中でもかなり難航したポイントだという。アニメーター心理としては、どうしても大きく感情を表現してしまうが、それでは「リョーマではない」表情になってしまった。神志那監督も「リョーマらしく小さく歌うというコメントをいただいたのですが、読み取り方が難しかったですね。歌い上げながらもキャラクター像を守るというバランスを一生懸命探りました」と話す。そして、桜乃もバランスが難しかった登場人物の1人だ。コンテの段階から「元気すぎる」といった指示があり、控えめで可愛らしい演技を意識している。カット作業の際には、主に由水氏がディレクションを行なっていたが、最終的には由水氏自身が桜乃の動きを演じた映像を見せてディレクションすることもあったという。

さて、こうしたチェックに関して、通常の場合、スタジオ内のモニターでの確認が多く、スクリーンチェックはごく限られた機会にしかできない。しかし本作では、制作・配給のギャガの協力の下、ギャガ社内の試写室で頻繁にスクリーンチェックを行うことができたという。これは制作において大きなアドバンテージだ。作業環境のモニターでの見え方と、スクリーンサイズの画面や映画館に近い環境を揃えた試写での見え方とでは、当然受ける印象は著しく異なる。この差がクオリティの低下や悪戯にリテイク数を増やすことに繋がってしまう。「頻繁なスクリーンチェックは日本の制作環境では難しいですから、本当にありがたかったです。CGツールのように直接CG制作に関わる部分ではないですが、スクリーン上での見え方をきちんと捉えながら調整ができたというのは、劇場作品をつくると上ではとても大切なことですね」(神志那監督)と制作を進める上で非常に有効的だったようだ。

制作陣の思いと遊び心が詰まりに詰まったエンターテインメント作品

本作はシリーズ初となる本格的な3DCG作品。「『テニスの王子様』のキャラが3Dになっていることもあり、ファンの方たちも楽しみにしていただいているかなと思っております。なるべくかっこよく見えるように頑張っていますので、そこを楽しんでいただければと思います」と菱川氏。本作『リョーマ!The Prince of Tennis 新生劇場版テニスの王子様』では、原作コミックスに準拠した髪色を再現している。そんな細かい部分もチェックしていただきたい。

また、由水氏も「(『リョーマ!The Prince of Tennis 新生劇場版テニスの王子様』は)テニスの映画なんですけど、冒頭からタイムスリップしちゃうし、歌って踊るし、マフィアとも戦うし、何でもありのぶっ飛んだ映画になっています(笑)。ただ、その中でも父親・南次郎との父子の絆をストーリーの柱として描いています。『テニスの王子様』を初めて見る方にとっても、そういった面で楽しんでいただけると思いますので、ファンの方はもちろん、それ以外の方にも観ていただけたら嬉しいです」と本作への自信をのぞかせる。

取材の最後、神志那監督は「『テニスの王子様』を知らなくても、誰が見ても楽しめるようにつくっているので、劇場へ足を運んでいただければと思います。また、本作は<Decide>と<Glory>の2パターンありますので、ファンの方には見比べていただいて、ちがいを楽しんでもらえたら嬉しいですね。あとは隠し要素として、許斐先生がワンシーンだけ出演されていらっしゃいます(笑)。1回だと難しいかなと思いますが、そちらも探して見てもらえたらなと思います」と話してくれた。

熟練の制作陣が全身全霊を傾けて挑んだ本作。そこには、ドラマ、アクション、笑い、ミュージカル、SF、スポーツ、エンターテインメントの全てが詰め込まれている。ファンであっても、そうでなくても、全ての人を笑顔にできる、この秋最高のエンターテインメントを、ぜひ劇場でご覧いただきたい。