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クリエイティブワークを行う上で、PC画面の表示領域はできるだけ広くしたいもの。現在、マルチディスプレイ環境を構築しているクリエイターの大半が左右に1画面ずつの2画面(デュアルディプレイ)の環境ではないだろうか。1画面から2画面へとデスクトップの面積が広くなることで、作業効率が格段に上がった経験が筆者にもあるが、デュアルに慣れてくると「モニタの数が増えればもっと楽になるのでは......」と、どうしても欲が出てくる。しかし、これまで3画面以上のマルチディスプレイを実現するにはグラフィックスボードを複数枚用意しなければならかった。
今回レビューする ATI FirePro V8800は1枚で4画面出力(DisplayPort×4)、同様にV5800は1枚で3画面(DisplayPort×2+DVI×1)に対応という多画面出力で大きな優位性を持っている。さらに両製品ともネイティブでRGB 10bit出力が行えるのだ。そこで今回は、3画面以上のマルチディスプレイ環境とRGB 10bit出力という2つの観点から、そうした環境の有効性について検証してみた。

ATI FireProシリーズの優位性

クリエイティブワークと聞けば耳心地は良いが、実際の作業現場では締切間際にはまともに寝食すらできない戦場だったりする。映像制作とは、クライアントとの妥協なき交渉、ディレクターとの創造力のせめぎ合い。そして己の知識とセンスを紡ぎ合わせて限りある時間の中で最大の効果を発揮すべく邁進する自分との戦いなのだ。そして、画づくりに直結しないという思いから、クリエイターはえてしてハードウェアに対する関心が低い傾向にあるものだが(苦笑)、表示領域の広さやHDDの回転速度といった、ハードウェアのパフォーマンスはCPUのパフォーマンスと同等に効率よく作業を行う上でないがしろにできないものである。
今回レビューするAMDのワークステーション向けグラフィックスボード「FireProシリーズ」のハイエンドモデルATI FirePro V8800(以下、V8800)と、同ミドルのATI FirePro V5800(以下、V5800)には、どのような役割が求められるのか。我々映像制作者は日々、自らの身を削って予算と時間の許す範囲で最大限のアウトプットを出すべく、日夜コンテンツ制作に励んでいる。そうした作業にはコンシューマーモデルに搭載されるような余計な機能は必要ない。実作業を行う上で確実に寄与してくれる"武器"のみを欲する。
改めて問いたいのだが、コンテンツ制作を行う上で「グラフィックスボードにはOpenGLもしくはDirect Xの描画パフォーマンスしか求めない」と考えてはいないだろうか? もちろん描画パフォーマンスはグラフィックスボードに求められる最優先の指標であるが、ハードウェアの役割を考えると、「デザイナーが長時間快適に作業を行えるか」という尺度も見逃せない。そうした意味において、ATI FireProシリーズが持つ特徴として、まずは"多画面表示に強い"ということが挙げられる。AMD独自のマルチディスプレイ技術ATI Eyefinityによって、V8800は最大4画面、V5800も最大3画面表示が可能。特に1枚で4画面表示できるボードは現在(2010年10月末時点)、競合製品を含めてもV8800だけだ。パフォーマンスも大事だが、作業スペースである表示領域もクリエイティビティを効果的に発揮できるかに大きく関わってくるのは言うまでもない。

FirePro V8800/5800製品カット

ウルトラハイエンドモデルに位置付けられるATI FirePro V8800(奥)と、同ミドルのV5800(手前)

もう1つの特徴は、"色再現性"だ。3D描画に対応したFirePro 3D Graphicsシリーズは、RGB各10ビット(計30ビット)の色情報をダイレクトに10ビットで処理できる唯一のグラフィックボードである(2010年10月末時点)。10bit表示に対応したディスプレイを用いれば、描画出力ならびに出力時に色のディザリングは不要。RGBを各々10bitでデータ処理することで10億色以上の表現が行えるのだ。手元のディスプレイ設定を確認して頂ければと思うが、PCの世界ではRGB各8ビット(計24ビット)で処理するため、約1,670万色表示をトゥルカラー/フルカラー、つまり人間の目で見分けられる色数を満たしたスペックと定義されている。しかし、実際は人間の目が認知できる以上に多くの色数が存在するため、近年注目を集めているのがデータが保有する本来の色情報を損なうことなくダイレクトにディスプレイ表示させるための手法として「リニアワークフロー」が注目を集めているわけだ。前置きが長くなったが、このリニアワークフローを実現する上ではRGB 10bit処理が行えるグラフィックスボードとディスプレイが必要となり、その一翼を担うのがFirePro 3D Graphicsシリーズなのである(詳しくはエーキューブの解説ページを参照)。

FirePro V8800、同V5800、同V8750の主立ったスペック一覧

V8800とV5800、そして後編で解説するパフォーマンス検証時に比較した前世代の最上位モデルV8750の主立ったスペック一覧。現行シリーズではV8800のさらに上位モデルとして1枚で6画面表示が可能なATI FirePro V9800もラインナップされている

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マルチディスプレイがもたらす効能

当社のデザイナー陣に「4画面環境になったら、どのような作業スタイルに変えるか?」と質問したところ、その答えには一様の方向性があった。
「常にタイムライン全表示にする」「Premiereのようなノンリニア編集ソフトならディスプレイを横並びで、After Effectsによるコンポジットなら縦並びで使ってみたい」等の意見からは、映像編集/合成ではタイムライン上の調整が主な作業になるため、できるだけ大きく表示させたいというニーズが窺えた。加えて、近年ではノードベースの処理を行うツール(=スケマティックビュー上で各種調整を行う)を用いる現場も増えているため、ことさらデュアルディスプレイでは不十分のようだ。そこで、V8800にナナオのFlexScan SX2262Wを4台という構成で4画面環境を構築。実際に当社のデザイナーたちにCG・映像制作を試してもらった。
途中段階では様々なレイアウト案が出てきたが、最終的には3台をピボット(縦回転)で並べ、その右隣に通常の横長表示で1台を置くというレイアウトが一番使いやすいという結論に達した。具体的にはピボットさせた3画面(W3,600×H1,920ドット!)をCG・映像作業用途、右脇の通常表示(W1,920×H1,200ドット)画面をネット検索やメール連絡など、通信用途に用いるという具合である。ちなみにマルチディスプレイに対して「ベゼルが気になる」、「表示画面に重複がある」といった抵抗感を抱いている方に伝えたいのだが、FireProシリーズは「ATI Eyefinity」のBezel Compensation機能によって、簡単なウィザードによってベゼル枠分だけピクセルを非表示にしたり、複数のモニタを1グループとして認識させることが可能だ。

RGB 8bitの表示イメージ

4画面の構成例。After Effectsではアクティブカメラのウィンドウ下にトップビューを配置した。奥行きのモーションパスをトップからダイレクトに操作でき、作業の効率が上がる。またプロジェクト素材やタイムラインを縦モニタに開いたままにしておけるので、ダイレクトにアクセスできるのは実に快適。無意味なクリックが減るためモチベーションアップにも繋がる
 

モニタ配列は様々なパターンが考えられるが、精神が安定し長時間の作業に耐えられるかとなると、自ずと限られてくる。精神が安定するとは、人間の視認性や肉体の構造的制約下でもストレを感じず、制作意欲に対して高いモチベーションを保てることを意味する。視認性について筆者が調べた限りでは、人間の視野角は一般的に水平200°、垂直170°とされている。しかし、実際に安定して見える「安定注視野」だと、水平60~90°、垂直45~70°程度のようだ。これを縦横比に置き換えた場合、およそ5:4となり、この平面内に必要な情報が収まるモニタ配置が好ましいと言えそうだ。
肉体の構造的制約とは、酔いの問題である。酔いには個人差があるが、上述した5:4の平面に収まっていない場合、首の向きをその都度変えながら画面を追うことになる。特に上下の首振りは酔いが発生しやすい。筆者自身、これまで酔いに強いと自負していたが、モニタを縦に重ねた状態で長時間作業を続けていたら溜息と休憩の数が多くなった。 そうした試行錯誤の中から編み出されたのが、縦表示3画面+横表示1画面という構成なのだと感じてもらえれば幸いである。

RGB 10bitの表示イメージ

Premiere ProやFinal Cut Proなどのノンリニア編集ソフト場合、タイムラインの横スクロールを少なくさせることで寄り・引きの回数が格段に減った。またテキストによるテロップ作成の際にテキスト専用のモニタ(最右)を設けることでPremiereのウィンドウを小さくしたり、大きく戻したりしなくなる。テキスト専用のモニタが1台増えるだけでコピー・ペーストが容易に行えるようになり、手数が減ることで格段に作業効率が上がった
 

今回コンポジット作業には、Adobe After Effects CS5を使用。AEの宿命のひとつに"タイムラインが縦に伸びていく"というものがあるが、SX2262Wをピボットさせることで、タイムラインのスクロール回数も抑えられ、縦長のパラメータウィンドウを展開しておくことで、キーフレームが打ちやすくなった。また、カメラビューと同時にトップビューを並べて表示することで、モーションの軌跡を視覚的に確認しつつ修正できるのは、モーショングラフィックを作り込む上で実に快適であった。一方、ノンリニア編集ではAdobe Premiere Pro CS5を試用。ウィンドウでは横長のタイムラインウィンドウ、縦長のプロジェクトウィンドウ を展開しておくことで生産性とは無縁な「クリックして展開/格納するアクション」の回数が劇的に減り、従来よりもカット編集に集中できた。
マルチディスプレイ環境を実際に使ってみて感じたのは、画面が広くなると穏やかな気持ちになることだ。猫の額ほどの自宅がアメリカの大邸宅に変わったようなスケールの差と書くと、大げさかもしれないが、とにかく表示領域=作業スペースを広く使えることで、心理的にも余裕が持てるのは間違いない。 もちろん良いことばかりではなく、モニタ台数が増えれば相応に消費電力や排熱も増える。今回は、SX2262Wを縦置きにしたことで各モニタの側面から排熱されるようになってしまい、この熱が作業者の顔がはっきりと熱を感じた。多画面環境を導入する際には、熱対策として小さな卓上扇風機は必須アイテムかもしれない。

RGB 10bitの表示イメージ

ATI FirePro V5800の場合、最大3画面での構成となる(AE作業時のレイアウト例)。V8800の約1/4で購入できるという高いコストパフォーマンスに加え、ディスプレイ購入費のことを考えるとV5800による3画面構成が落とし所かもしれない。これまで映像制作を縦長の画面で行うことなど考えたこともなかったのだが、実際に試した結果、大きなメリットを感じた。AEのタイムラインだけでなく、各種スクリプトの作成やアニメーションカーブの編集などは縦長表示の方が何かと効率的だろう

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RGB 10bit表示の有効性

テレビCMや番組など、編集から納品フォーマットの作成まで一連の仕上げ工程をポスプロベースで行うのであれば、マッハバンドに遭遇することはまずない。しかし、CG制作などポスプロ前の工程やVPのような比較的小規模なPCベースで仕上げるようなプロジェクトでは、今日でも遭遇する恐れがある。マッハバンドとはなだらかな輝度の階調に発生する帯状領域のこと。例えば、フレアのような光源やモノトーンのグラデーションに対して地図の等高線みたいな帯が発生したことはないだろうか。カラーマネジメントシステムに対応したAdobe CS3以降のバージョンを使っていればそうしたミスは皆無のはずだが、例えば知識不足のデザイナーが、画像ファイルが内包するカラースペースはsRGBなのに、プリセットがAdobe RGBのAE6.5で作業を行なった場合にはマッハバンドを起こすリスクがあるだろう。また、上述したように動画コンテンツの高解像度化によって、RGB 8bit環境ではコンポジット作業の精度に限界も出始めている。ここではその発生する原理と対処方法をおさらいしながら、半歩先の将来を見据えた制作環境としてRGB 10bitの有効性を考えたい。

まずは下の画像を見比べてもらいたい

RGB 8bitの表示例

8bitでレンダリングをかけた例。白から黒へのグラデーションで、特に中間のグレーと黒との間で、マッハバンドが青へ転ぶ現象を顕著に確認できた。画作りとしてはコントラストが強めとなっており、中間階調を狭くすることでマッハバンドを抑えているのだろう。また、背広の黒部分には黒いブロックノイズが発生しており、広範囲にわたって快調がつぶれていることを確認した

RGB 10bitの表示例

10bitでレンダリングをかけた例。なめらかな白から黒への移行が行われていた。グレーの部分でも色の転びが起きていることはなく、無理なく自然なグラデーションを再現していた。8bitの画像と比較すると、男性の顔の表情をおぼろげながら認識出来ることから、10bitでは自然なイコライジング処理を行っていることが推測される。コントラストも低いことから8bitの画像よりも全体的に明るい画像として認識できる

モノトーンに近い絵柄の動画で検証したので、10ビットと8ビットの差がより顕著に出ているが、色情報を正確に表現できる環境を構築することがいかに重要であるかお分かり頂けたと思う。

そもそもSDが主流だった5年以上前は、PCベースの環境ではハードウェアの性能やコストの制約上、マッハバンドは生じてもやむなしという状況だった。PCのモニタに帯が出ているのだから当然テレビにも出る、グラフィックスボードとモニタが8ビット仕様なのだから間違ってはいないではないかと意見も致し方ないところであった。しかし、HDの時代が到来。来年にアナログ放送終了を控え、巷には大画面、高精細、高輝度の映像が溢れ始めた。それに呼応する形で映像制作用のハードウェアもRGB 10bit対応製品が、まだ高価でありながらも増えてきた。綺麗な映像が標準という時代になったからこそ、マッハバンドなどはレンダリングのミスや不具合として扱われるようになってきている。制作プロダクションはもとより、製作サイドとしてもそうした人的ミスを一番恐れている。
デザイナー職の人間はどうしてもハードウェアやビデオ規格に疎くなりがち。教えることで解決できればよいのだが、得意ではない事柄を押し付けることで、本来デザイナーが発揮すべきクリエイティビティを後退させたのでは本末転倒だ。それであれば、"マッハバンドが出ない環境"を構築するというアプローチもあると思う。別の言い方をすれば、マッハバンドのような不具合が出たら何か設定がおかしいとクリエイターが気付く環境をセットアップ、提供すればよいわけだ。

今回はV8800/5800とFlexScan SX2262Wという組み合わせでRGB 10bit環境を構築したが、コストパフォーマンスの面からも比較的手軽に導入できる選択肢と言えよう。どちらもネイティブでRGB 10bitをサポート(このネイティブというのが実に大きい)。「RGB 10bit対応」という売り文句を掲げていても実は入出力時だけ10bitで内部は8bit処理というグラフィックボードも存在する。個人制作ならともかくプロであれば、しっかりと性能保証された製品を選びたいものだ。
最後に、AEとPremiere上での10bit表示の設定と出力フォーマットの設定方法を解説した動画リンクを下に貼っておく。参考にしてもらえれば幸いだ。後編では、V8800とV5800の描画性能を中心に検証していきたい。
 
 

Adobe After Effects CS5における10bit表示の設定方法
 

Adobe After Effects CS5における10bit出力フォーマットの設定方法
 

Adobe Premiere Pro CS5における10bit表示と出力フォーマットの設定方法
 
 

TEXT_田中啓生(VISIBLEX
PHOTO_弘田 充・大沼洋平
SPECIAL THANKS_株式会社ナナオ、日本ヒューレット・パッカード株式会社

「ATI FirePro」ロゴ

ATI FirePro 3D Graphicsシリーズ

問い合わせ先:株式会社エーキューブ
TEL:03-3221-5950

FAX:03-3221-5953
エーキューブ公式サイト

『TOKYO GIRLS COLLECTION 2010 A/W』の「洋服の青山」ステージ映像

『TGC '10 A/W × 洋服の青山』

今回のレビューでは、昨秋にVISIBLEXが制作した、ファッションイベント『TOKYO GIRLS COLLECTION 2010 A/W』(第11回 東京ガールズコレクション)の「洋服の青山」ステージ映像を使用させて頂いた。改めてご協力に感謝したい。

 
『TokyoGirlsCollection2010AW / 洋服の青山』ステージ映像
制作:有限会社ヴィジブレックス
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