錬金術をテーマとする人気RPG「アトリエ」シリーズ。新作の『ユミアのアトリエ~追憶の錬金術士と幻創の地~(以下、ユミアのアトリエ)』では、シリーズでも最大規模のオープンフィールドが採用された。その舞台裏について、コーエーテクモゲームス「ガストブランド」の開発チームに聞いた。

記事の目次

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 322(2025年6月号)からの転載となります。

    Katana Engineを100%活用した新たな開発体制

    「錬金術」をテーマに据えた人気RPG「アトリエ」シリーズ。比較的短い期間で新作がリリースされる、その軽快な開発サイクルも印象的なシリーズだ。だが本作は、これまでとは一線を画す体制で開発された。

    『ユミアのアトリエ ~追憶の錬金術士と幻創の地~』
    発売・開発:コーエーテクモゲームス
    リリース:発売中
    価格:9,680円(PS5、Xbox Series X|S、Steam)、8,580円(PS4、Nintendo Switch、Xbox One)ほか
    Platform:PS5、PS4、Nintendo Switch、Xbox Series X|S、Xbox One、PC(Steam)
    ジャンル:錬金術RPG
    atelier.games/yumia/jp/
    ©2015 コーエーテクモゲームス All rights reserved.

    プロデューサーの細井順三氏は、開発の背景をこう語る。

    「『ライザのアトリエ』三部作の完結を経て、次のタイトルとして“世界中のプレイヤーに届ける” という目標を掲げて起ち上げたのが本作です。各地域でユーザーの嗜好傾向は大きく異なるため、どうすればよりグローバルに展開できるかを検討し、システム全体を見直す決断をしました」。

    その結果本作は、従来のターン制RPGから大きく変貌。広大なフィールドを自由に探索できるオープンフィールド構造を採用し、アクション要素を前面に打ち出す作品へと進化を遂げた。

    ▲写真左から プロデューサー・細井順三氏、CGディレクター・鈴木康昭氏
    以上、コーエーテクモゲームス

    開発において大きな変化となったのが、ゲームエンジンの刷新だ。「アトリエ」シリーズではこれまでコーエーテクモゲームスの内製エンジン「Katana Engine」を一部のみ利用していたが、本作から全面的に移行。「エンジンを完全に置き換えたのは本作が初めてです。私たちにとっても大きな経験になりました」(細井氏)。

    社内の技術支援部門であるフューチャーテックベースの協力も得ながら、システム面での課題を一つひとつ解消していったという。さらに、マルチプラットフォーム展開を見据え、シャドウ表現をはじめとする描画処理の最適化を各ハードに応じて実施。より多くのユーザーに快適なプレイ体験を届けられるよう設計されている。

    こうした大幅な方針転換を背景に、『ユミアのアトリエ』の開発期間は従来作より長期化。シリーズとしては異例の、約3年をかけたプロジェクトとなった。では、その詳細をみていこう。

    次世代の「アトリエ」を形づくるキャラクターデザイン

    コンセプトを体現できるイラストレーターとの出会い

    『ユミアのアトリエ』をグローバルに展開するにあたり、見直されたのはゲームデザインだけではない。シリーズの軸となるキャラクターデザインにも、新たなコンセプトが導入された。そのキーワードが“強い女性像” である。

    「これまでの『アトリエ』シリーズの多くは、キャラクターの可愛らしさに重きを置いてきました。しかし、国内外の市場を見据えたとき、“強さ”を表現できるキャラクターデザインが必要だと考えたんです」(細井氏)。

    そこで起用されたのが、べにたま氏だ。もともと『ライザのアトリエ』3作のキャラクターデザインを手がけたトリダモノ氏と親交があり、その縁もあって候補に挙がったという。ただし決め手となったのは、細井氏自身が同氏のイラストに惹かれていたこと、そして何より今回求められる女性像に、べにたま氏の画風が最適だったことにある。

    本作のキャラクターデザインでは、現代的なトレンドに合わせた落ち着きのあるシルエットが意識された。装飾も控えめになり、ビジュアルの情報量が抑えられる一方で、どこで個性を出すかが問われた。その答えとなったのが“絵そのものの密度” である。

    「今回は絵画的なアプローチで構成しています。べにたまさんの繊細なタッチによって、線と塗りだけで情報量を高めていく方法を採りました」(細井氏)。

    ただし、方向性が最初から固まっていたわけではない。初期案ではアニメ調のキャラクターも提案されており、そのたびに開発チームと丁寧に方向性をすり合わせていったという。

    こうした画風を3Dで再現するにあたって、CGディレクターの鈴木康昭氏は、肌の質感に特に注力。脚などの部位にはダークリムを使用し、瑞々しいツヤ感を演出。衣服や装飾品にはアルベドブレンドを用いることで、柔らかくも密度のある質感を表現している。

    そして、キャラクターの魅力を決定づけるのが表情、とりわけ“眼”だ。本作では目の視差表現や、まばたき時のわずかなバウンドといったディテールを加えることで、静止画での印象をそのままゲームプレイにもち込むことを目指した。

    情報量を意識したキャラクターデザイン

    • ▲ユミアの初期キャラクターデザイン案。現代的なトレンドを意識したシルエットや配色はこの段階から方向性が固まっていたが、塗りは過去シリーズに近いアニメ的な画風が採用されていた。べにたま氏も当初はシリーズの文脈を踏まえ、やや記号的な表現を意識していたという
    • ▲完成デザインでは、より“ 強い女性像” にふさわしい表現として、絵画的な厚塗りのアプローチへと移行。肌や髪、衣装の質感を密度高く描き込み、イラストそのものの情報量でキャラクターの存在感を演出している

    肌と衣装、それぞれに最適化された質感表現

    ▲ユミアのモデル。ベースとなる3D形状に対して、質感表現の工夫が随所に施されている
    ▲顔や二の腕など、肌の柔らかさやハイライト表現には独自シェーダを活用。微妙な陰影と反射が滑らかさを引き立てている
    • ▲ベースのアルベドテクスチャに、通常のライティングとは別に肌部分の回り込みに赤みがかかるダークリム、通常のリムライト、動的なハイライトの3要素を加えて肌ツヤを表現
    • ▲肌ツヤなしの状態
    • ▲衣装にはアルベドマップを2枚用意してカメラ奥側の回り込みにブレンドする「アルベドブレンド」を導入し、布や装飾の質感に多層的な色味と深みを加えている
    • ▲アルベドブレンドなしの状態

    “強いヒロイン”を活き活きと魅せるモーション

    キャラクター本来の魅力を引き出す動きを目指す

    『ユミアのアトリエ』におけるモーション制作では、演出意図やしぐさの切り替えといった、状況に応じた「見せ方」が重要なオーダーとして提示された。キャラクターの魅力を際立たせる本シリーズにおいて、それをより深く印象づけるための設計だ。

    本作はレンジを切り換えて戦略を組む戦闘システムを採用しており、キャラクターは距離に応じて様々な動作を見せる。例えば敵との距離が近づくと構えが変化し、遠距離ではスキルや武器そのものが変わることもある。中には、衣装が変化して機動力が上がるといったダイナミックな演出を伴うキャラクターも存在する。

    また、フィールド探索においても、状況に応じた動作が多彩に用意された。高所からの着地時には落下ダメージを軽減する通常着地のほか、尻もちをつくバリエーションも実装されている。

    フェイシャルアニメーションはボーンアニメーションを軸に、べにたま氏の描いた表情イメージを参考に制作。表情もキャラクターに命を吹き込む重要な要素として扱われている。

    こうした豊富なモーションを制作する上で、大きな力となったのがKatana Engineだ。本エンジンにはアニメーション制作を支援する機能が統合されており、人型キャラクターのセットアップを自動化するプリセットなどが用意されている。『ユミアのアトリエ』では、このツールを活用して効率的なモーション制作が行われた。

    キャラクター表現をさらに豊かにする要素として、髪や衣服といった揺れもののつくり込みも欠かせない。例えばユミアの髪にある特徴的な房毛(いわゆる“アホ毛”)は、モーションのオーバーライドで制御されている。ユミアのタイトスカートには補助ボーンを追加し、アクション時に破綻が生じないよう設計した。

    揺れもの制御では、コリジョン回避するダイナミクスと、揺れ幅を限定した安定挙動に用いられる2通りのフォーマットが、衣装や髪の長さ・性質に応じて設定されている。「特に揺れものが多くて大変だったのはユミアですが、他にもレイニャという獣人キャラクターのクセっ毛は制御が難しかったですね」(鈴木氏)。

    状況に応じて変化する多彩なキャラクターモーション

    • ▲バトル中のモーション例。敵との距離に応じて構えや使用スキルが切り替わる仕様に合わせて、アクションモーションも変化。戦況の変化を視覚的に演出している
    • ▲フィールド探索では、高所からの着地に複数のバリエーションが用意されており、通常着地に加え、勢い余って前転するモーションなど、状況に応じたリアクションが実装されている

    補助骨や揺れものによる細やかな制御

    ▲ユミアには、補助骨や2通りの揺れもの制御が組み込まれており、衣装や髪の動きに豊かなバリエーションを与えている
    ▲ユミアの“アホ毛”の動き。左からニュートラル、はてな、楽しい、驚き、残念。補助骨によって独立した挙動が設定されており、表情に合わせた感情表現にも活用される
    • ▲ユミアのタイトスカートには補助骨が仕込まれており、足の動きに合わせて自然に変形するよう設計されている
    • ▲ユミアの髪は通常、片目を隠すように配置されているが、必殺技モーション時には風に靡き、顔全体が見えるように制御されている

    後篇(近日公開予定)に続く>>

    CGWORLD 2025年6月号 vol.322

    特集:アニメ『TO BE HERO X』
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2025年5月10日
    価格:1,540 円(税込)

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    TEXT_葛西 祝 / Hajime Kasai
    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada