昨年10月から配信中のNetflix『マンハッタン宇宙人宇宙人拉致事件』(原題:The Manhattan Alien Abduction)。1989年にNYマンハッタンで実際に起きた事件について、エイリアンに誘拐されたと主張するリンダ・ナポリターノの証言や、この事件に関するバッド・ホプキンスの著書『Witness: The True Story of the Brooklyn Bridge Abduction』を題材に、ロンドンのドキュメンタリー制作会社Story Filmsが制作した、3エピソードから成るドキュメンタリー作品である。
作中に登場する再現映像は、1980年代のSF映画を彷彿とさせるビジュアルで描かれているのだが、英国ブリストルのVFXスタジオLux Aeterna(ルクス・エテルナ)がアナログSFX技法「Cloud tank」をHoudiniによるボリュームエフェクトで再現するなど、SFXとVFXの知見を融合させたユニークな手法が採られている。
1980年代SFの美学を、最新VFXで描く
本作のVFXワークを手がけたLux Aeternaは、1996年にイギリスのブリストルで設立された。
彼らのLinkedInによると50名以下という比較的コンパクトな規模だが、UKRI(UK Research and Innovation)が実施する「MyWorld」(イングランド西部地方の企業を対象にしたクリエイティブ・テクノロジー振興プログラム)のファンド「Catalysts & Connectors: Tools for the Creative Industries」採択企業に選出され、AIのVFX制作への活用に取り組むなど、先端テクノロジーを取り入れたR&Dと実制作に意欲的だ(※詳細は、こちら)。
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『マンハッタン宇宙人拉致事件』プロジェクトでは、50弱のVFXショットを制作。主な表現は、巨大な宇宙船と、リンダ・ナポリターノが宇宙船に引き上げられるエフェクトである。
VFXシーンの実写撮影は、ロンドンの「Black Island Studios」で行われた。Lux AeternaのCEOであり、本作ではVFXクリエイティブ・ディレクターを務めたRob Hifle/ロブ・ヒフル氏と、コンポジティングSVを務めたTav Flett/タヴ・フレット氏が撮影に立ち会い、ブルーand/orグリーンスクリーンで演者をワイヤーで吊った一連の撮影をVFX面から監修。
リンダを演じた女優が宇宙船へ引き寄せられるシーンの撮影では、監督たちが求めた浮遊感とワイヤーなどのバレ消しの作業効率を両立させるべく、照明やカメラアングルについてアドバイスを行なったという。また、浮遊シーンの背景はニューヨークに実在するアパートを使い、ドローンで撮影しているとのこと。
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Production:Story Films
Directors:Dan Vernon, Vivienne Perry
Line Producer:Christina Graham
Post-Production Manager:Benjamin McGuire
VFX:Lux Aeterna
VFX Creative Director:Rob Hifle
VFX Supervisor:Paul Silcox
VFX Executive Producer:Emma Kolasinska
VFX Line Producer:Tish Marsh
Compositing Supervisor:Tav Flett
3D Supervisor:Timmy Willmott
Compositors:Alasdair Wynn, Dan Blore
2D Creative Director:Steve Burrell
2D Artist:Steve Bell
Dan Vernon/ダン・ヴァーノン氏とVivienne Perry/ヴィヴィアン・ペリー氏の両監督と、撮影監督ティム・クレッグ/Tiim Craggが目指したビジュアルは、ブロックバスターとしてSFものが多く製作された1980年代のSF映画を彷彿とさせるルックであった。
そこでヒフル氏は、リドリー・スコット監督作『エイリアン』(1979)からローランド・エメリッヒ監督作『インデペンデンス・デイ』(1996)までの80〜90年代に公開された主立ったSF映画をリファレンスとしてルックデヴを行なったと海外メディアのインタビュー記事で語っている。
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画づくりで特にユニークだったのが、Cloud tankというSFX技法のVFXによる再現。
Cloud tankとは、雲や霧、煙といった大気現象を表現するSFXである。基本的な手順は次の通り;
1.大きな水槽(タンク)に清水を入れる
2.別の液体(塗料や乳剤など、水より密度が異なる液体)を注入
3.温度差や密度差によって、液体が水中でゆっくりと広がり、雲や霧のような自然な動きになるように調整
4.その様子を撮影
……Cloud tankは、SF映画の宇宙表現としても多用されており、特に有名なのが『2001年宇宙の旅』(1968)で描かれる木星の大気や宇宙のガス雲の表現である。ヒフル氏がリファレンスに挙げた『インディペンデンス・デイ』でも、襲来したエイリアンの母船が雲を突き抜ける表現に用いられた。
VFXチームは、Cloud tankを用いた情感豊かなビジュアル表現に定評あるクリス・パークス/Chris Parksからライセンスを得て、リンダが黄昏のマンハッタン上空に浮かぶシーンに用いるテクスチャを作成。
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宇宙人の巨大な宇宙船の制作では、事件当時の目撃者の証言に基づき伝統的なデザインを採用。宇宙船のモデリングもHoudiniで行い、複雑なAOVを組み上げる一方では、レンダリングは効率的に行えるようにしたという。
そして、Cloud tank表現のレンダリングでは、SolarisのKarma XPUを利用して8Kサイズでレンダリングを実施。その際、先述したAOVとライトグループには、インテルが開発・提供するIntel Open Image DenoiseなどのIntel Rendering Toolkitを用いることで、通常よりも大幅に少ないサンプリング数に収めることと、分散レンダリングを取り入れることで従来比で60〜70%もレンダリング時間を短縮したそうだ。
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2024年のハロウィンシーズンにおけるNetflix新作の目玉に据えられた本作は、配信を開始した2週目に「今日のTV番組TOP10(イギリス)」第2位にランクインしたという。
レトロスペクティヴなSF表現を、機械学習やCG・VFXの最新テクノロジーで創り出した本作。Lux Aeternaが実践する制作スタイルは、日本のCG・VFXスタジオにとっても参考になるはずだ。
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TEXT_NUMAKURA Arihito