YOASOBIの楽曲『海のまにまに』のMVが2023年3月21日20時より公開され反響を呼んでいる。辻村深月による原作小説『ユーレイ』とYOASOBIの楽曲の世界観を美麗に表現したアニメーションはどのような意図のもと作られたのか。

本作品にて監督&副監督を務められたアニメーション制作チーム「騎虎」のお二人に直接お話を伺った。

※本記事では、ブラウザの仕様上「辻」の字が正しく表示されない場合がございます。

辻村深月の小説『ユーレイ』を原作としたYOASOBIの楽曲『海のまにまに』MV

CGWORLD編集部 (以下CGW)本日はよろしくお願いします。まず簡単にお二人の自己紹介をお願い致します。

土海騎虎(きこ)」という制作チームで監督をしております、土海明日香と申します。主にMV、CMなどのアニメーション制作を中心に活動しています。

元々は美大でアートアニメを学んでおり、一人完結の制作スタイルでフリーランスとして活動していました。2021年、史耕さんとの出会いをきっかけにチーム制作での楽しさや、色んな方々の協力を得ることでの大きな可能性を感じ、日々勉強させていただきながらアニメーション制作をしております。

史耕同じく「騎虎」で監督、プロデューサーをしております、史耕と申します。
私もMV、CMを中心に実写、VFX、手描きアニメと表現手法を絞らず、企画、演出をしております。

非凡な才能を持ったアニメーション作家が、その素質を如何なく発揮できるような環境を整え、記憶に残るような作品をつくりたいという想いから"騎虎"というチームを結成いたしました。

繊細な感情模様を表現するためのシネマティック映像

CGW今回『海のまにまに』MVを制作される上で、YOASOBIの楽曲と辻村深月氏の小説『ユーレイ』の世界観をどのように結びつけたアイデアがあったのでしょうか?楽曲と小説をお二人はどの様に解釈され、アニメーションへと昇華されたのでしょうか。

土海:頂いた歌詞が、主人公の心情に繊細に寄り添った展開になっており、聴いたときから、シネマティックに描きたいという気持ちが強くありました。
MVオリジナルの要素として青い蝶沈んだ電車などを足しているのですが、蝶は物語の案内役として、沈んだ電車は主人公の内面を反映した世界として、絵として分かりやすくしつつ、映像として見栄えがあるように昇華させることを意識しました。

土海:歌詞の中で"夜に置いてって"というフレーズがあるのですが、

「10代の女の子の主人公にとって、本当に望む""とは何だろうか?」

人生に絶望した真っ暗な闇の向こう側に、その目にはまた別の夜が見えていたのではないか、と考えながらコンテを進めました。

土海監督ならではの原作&楽曲理解が光る"画”

大人気アーティスト・YOASOBIとの制作秘話

CGWYOASOBIとのコラボレーション・MVの制作においてYOASOBIとどのようなやりとりがありましたか?

史耕YOASOBIさんからの希望は二つで、一つ目は「楽曲の持つテンポ感、切れの良いエレクトロなサウンド、リズムを感じられるような映像にしたい。」二つ目は「歌詞のストーリー性の高いMVに仕上げたい。」というオーダーでした。これらのオーダーを実現するために、ストーリーテリングに重心を置きつつも細かくカットを刻む全116カットでの構成となっております。

YOASOBIさんと出版社さんに対してコンセプトアート、ビデオコンテ、キャラクターデザインをまとめた企画提案をさせていただいたところ、大変ご好評をいただき修正なしで進めることができました。

私たちにとって初めてのストーリー原作があるMV制作だったこともあり、キャラクタービジュアルの解釈が原作者の辻村深月さんが持たれるイメージと乖離していたらどうしよう...と緊張しながら提案をしたのが記憶に新しいです。

原作の雰囲気に近付けるためのルック開発

CGW アニメーション制作の過程で、特に苦労した点や工夫した点はありましたか?

土海初期の段階で、ルックの開発にはかなりの時間をかけました。原作の細やかな情景を思い浮かべたときに、全体をイラストのような繊細な風合いに近付けたいという思いがあり、

1.主線の色トレス 
※色トレス:線画の色を塗りと馴染ませることで、線を柔らかく表現する方法

2.髪の毛のハイライトや眉などに入る、特殊なタッチ(特殊ブラシと呼んでいました)

の二点を表現の主軸にしていきました。

どちらも大幅に工数が増える処理になるので、スムーズに進めるにはどうしたらよいか、各セクションと話し合いながら進めていきました。

頭髪のハイライトや眉毛、目元周りに注目
色トレスや独特なタッチによって「儚さ」「繊細さ」が画に表れている

煌めく"光"の表現

CGW原作『ユーレイ』では光についての描写が辻村先生の言葉で細かに表現されていると感じました。MVでも光の表現についてのこだわりはございましたか?

土海ろうそくの炎花火といった主役の光は、描くということに意味があると思い、大変な作業ながらも基本的には作画でやることに注力しました。

それ以外にも、海のさざなみや星空、大きな月明かりなど、撮影(コンポジット)さんのブラッシュアップもあり、夜の中にある様々な煌めきを描けたのではないかと思っております。

YOASOBI楽曲とアニメーションの相性

CGWYOASOBIのMVはこれまで全てアニメーションですが、YOASOBIの楽曲とアニメーションの相性についてどうお考えでしょうか。

史耕様々な映像表現手法の中で、楽曲の持つ音の広がり歌詞の世界観を最大限に拡張させるという観点で、自由度が高くクリエイターの色を出しやすいアニメ表現が選ばれているのだと個人的に分析しています。
リアリティの要素が高い実写では定義づけされてしまいがちな世の中の輪郭を、アニメ表現にすることで再定義することができます。楽曲に対して最適なキャラクター、背景、質感を1から作り上げていくことにより楽曲への親和性を高め、視聴者の感性に広がりを与えることが可能になると考えています。

またYOASOBIというユニットは、作曲家のAyaseさん、ボーカルのikuraさん、という個で評価される二人が組み合ったユニットです。

今作では直木賞作家である辻村深月さんも加わり、ジャンルを越えて行われる総合芸術として、よりクリエイティブ性が色濃く出されるアニメーション表現の相性が最適だったと感じています。
今回、土海監督と共にその一偏になれたこと、とても光栄に思います。

CGW作品を制作する上で最も大切にしていることは何でしょうか?

土海アニメーションを制作するにおいて、その1カットを飛ばしたら成立しないというくらい、カットごとに意味を持たせるように意識して制作しています。
作業を進める中、改めてそのカットを確認した際に、何にフォーカスしているのか、何を伝えたいのか、コンテ制作時の気持ちを呼び戻しながら、よりその方向性が明確になるようにブラッシュアップを重ねました。

一度形が見えてきたあとでも、より良い見せ方はないだろうか?というのは常に考えています。

CGW制作にあたり、特に影響を受けたアニメーション作品や監督はいますか?

土海自分のベースとして、幼い頃から見ているジブリ作品にはかなりの影響を受けていると思います。
また、今回の制作において杉井ギサブロー監督「銀河鉄道の夜」の、生と死の狭間の幻想的な描写がずっと心にありました。

史耕:アニメではないのですが、私はK‐POPのMVが持つエンターテイメント性などから刺激を受けることが多いです。

また今作で主人公の表情をディレクションする際に、作画監督さんにポカリスエットCM「羽はいらない」篇を観ていただきました。

 

ポカリスエットCM「羽はいらない」篇

史耕:CMの中での俳優・中島セナさんの表情を参考にして、感情があまり表情に出ないという繊細な10代の印象を作り上げるために、作画監督の方と修正の方針を擦り合わせていきました。

  • 感情表現が苦手な思春期像を見事に表現している
  • 作画監督・成瀬藍による修正

MV制作者からファン・視聴者の方達へ

CGW本作品のファンや視聴者に伝えたいことがあれば、お聞かせください。

土海原作小説を読んだとき、昔の自分の悩む気持ちを思い出していました。
現在も主人公"海未"のように悩む10代は多いと思っています。

ずっと思い詰めた表情をしていた"海未"が、最後に笑顔になるように、少しでもこの作品が前向きな気持ちになる要素となっていただけたら嬉しいです。

史耕2022年に立ち上げたばかりの騎虎チームにとって、とても大きすぎるプロジェクト、オファーいただいた際は嬉しさの半面、大きなプレッシャーも感じていました。

名だたるクリエイターやアニメ会社が作り上げてきたYOASOBIアニメMVプロジェクトの中で遜色なく、さらには秀でた映像をつくる覚悟で制作依頼を受けました。
そのためにやれることはなんでもする、という気持ちでTwitterでアニメーター募集をかけさせていただいた際に、心暖かいYOASOBIファンの皆様がリツイートで拡散をしていただき、結果として国内や海外の素晴らしいアニメーターの方々と繋がることができました。
業界関係者や、ファンの皆様のご協力なしでは、今作でここまでのクオリティを出すことが叶わなかったと思います。

この場をお借りし、深く感謝申し上げます。

自分たちの人生を大きく左右するような機会に、人生をかけて制作したと言って過言ではない今作を、どうか最後までご試聴いただけますと幸いです。

アニメーション制作チーム「騎虎」

土海明日香 

色彩豊かなビジュアル表現を特徴としたアニメーション作家、監督。
個人制作のアニメーションショートフィルムは国内外の映画祭に出展され上映される。
近年、アニメーション監督としてミュージックビデオやCMを手掛けている。
映像作家100人 2021/2022 選出。

史耕

実写、CG、手描きアニメなど幅広い演出を得意とした監督、プロデューサー。

2022年にアニメーション制作チーム「騎虎」を設立し、アニメMVを中心に制作の企画、プロデュース、演出を行う。

「騎虎」公式ホームページはこちら