2015年7月3日(金)に公開されたMARZA ANIMATION PLANETによる、リアルタイム技術デモ『HAPPY FOREST』。YouTubeで公開されると同時に国内外で大きな反響をよび、わずか数日で7万回以上の再生を記録した。リアルタイムCGを映像制作者の視点で活用することがコンセプトだったという本プロジェクトについて、中核スタッフに話を聞いた。

プリレンダー用途として、ゲームエンジンの活用を考えた

ハイエンドなフルCG映像で高い評価を得るMARZA ANIMATION PLANET(以下、MARZA)。セガのVE(ビジュアルエンタテインメント)研究開発部を前身とする同社は、国内の大手プロダクションとしては2005年設立と若く、それゆえ新しい技術を積極的に採用するプロダクションという印象も強い。劇場長編『キャプテンハーロック』(2013)では、国内でいちはやくArnold Rendererを本格的に導入したことでも注目を集めていた。
そして、7月3日(金)にYouTubeで公開された『HAPPY FOREST』もまた、国内のみならず海外のデジタル・コンテンツ制作者たちへ大きなインパクトをもたらすとみてまちがいない。

『Happy Forest』Real Time Engine Tech Demo
エグゼクティブプロデューサー:内田治宏/プロデューサー:今村理人/ディレクター:加治佐興平/テクニカルアドバイザー:橋本善久(リブゼント・イノベーションズ)/制作:MARZA ANIMATION PLANET
© MARZA ANIMATION PLANET INC.

この作品は、高品位なビジュアル表現に定評のあるゲームエンジン「Unreal Engine 4」が制作に用いられている。こうしたゲームエンジン、リアルタイムレンダラの躍進は近年目を見張るものがあり、それらを用いた映像の注目度は増すばかりだ。

本作も一見しただけでは、ハリウッドの劇場長編にも匹敵するプリレンダー映像と見分けがつかない域に踏み込んでいると言えるだろう。MARZA内にリアルタイムエンジンに関する技術検証プロジェクトが発足したのは約1年前の2014年8月頃だったというが、プロトタイプの開発とその後の技術検証を経て完成したのがこの『HAPPY FOREST』なのだそうだ。

「リアルタイムCGを(プリレンダリングが主体の)映像制作用途に用いるのはまだ異端で、当初の賛同者は社内でもごく少数でした」と、今村理人プロデューサーはふり返る。それでも実現に向けて動き出したのは、映像制作だけではないアウトプット、ゲームと映像の中間部分に可能性を見出したこと、そして今が最もメリットを発揮できるタイミングと考えてのことであった。
「(現状のCG映像制作に対して)このままで良いのか、という漠然とした不安があり、その打開策を模索する一環としてのリアルタイムCGへの挑戦でした。本プロジェクトにはスタート当初から可能性を感じていたのですが、現状のプリレンダー主体のワークフローとのギャップが大きいことも理解していたので、ある程度かたちになるまではチーム外には秘密にしていました(笑)」と内田治宏エグゼクティブプロデューサーも当時を思い返す。

『HAPPY FOREST』プロジェクトは今村氏に賛同した佐藤勇治テクニカルディ レクターと橋本善久テクニカルアドバイザー(後述)の3人でスタートした。
「内々では"KURO"というプロジェクトコードで呼んでいたのですが、『HAPPY FOREST』はKURO 1.5にあたります。まずはリアルタイムCGの特性を学ぼうと、プロトタイプをつくり、その教訓を下にした技術検証を行いました。今回発表した『HAPPY FOREST』は、映像としては今年3月末にほぼ完成していました」とは、本プロジェクトのテクニカルディレクターを務めた佐藤勇治氏。

『HAPPY FOREST』中核スタッフ

『HAPPY FOREST』中核スタッフ。向かって右から、今村理人プロデューサー、髙橋 聡モデリングアーティスト(シェーディング担当)、加治佐興平ディレクター、松村知哉プロダクションエンジニア、佐藤勇治テクニカルディレクター、宇津野周一コーディネーター。以上、MARZA ANIMATION PLANET

  • 内田治宏/Haruhiro Uchida

  • 内田治宏エグゼクティブプロデューサー(MARZA ANIMATION PLANET)

本プロジェクトには、リアルタイム関連技術のアドバイザーとしてリブゼント・イノベーションズの橋本氏が参加。『Agni's Philosophy FINAL FANTASY REALTIME TECH DEMO』(2012)プロジェクトにて、プロデューサーならびにディレクターを務めたことでも知られる橋本氏だが、本作のプロデューサーである今村理人氏とはセガVE研時代からの旧知の仲だという(当時橋本氏は、アクションゲーム『ソニック ワールドアドベンチャー』(2008)のディレクターを務めていた)。
「2014年春にリブゼント・イノベーションズを起業したのですが、夏頃に『久しぶりに食事でもどう?』とお声がけいただいたのが参加のきっかけとなりました」(橋本氏)。

近年、どのプロダクションでもCG映像制作コストの増大とコスト削減要望のバランスに苦慮している中、品質向上の目覚ましいリアルタイムCG映像に注目するのは必然のながれと言える。それはMARZAにおいても同様であり、リアルタイムCG技術とそのワークフローを活用してブレイクスルーを起こせるのではないかと考えた今村氏は、その水先案内人として、いちはやくハイクオリティなリアルタイムCG表現に取り組んでいたのと同時に旧知の仲でもあった橋本氏に白羽の矢を立てたというわけだ。

本プロジェクトのながれとしては、昨年10月から12月末までの期間で「KURO 1.0」を試作。佐藤氏による各種リアルタイムエンジンのリサーチ、ドキュメントによる検討を経て、Unreal Engine 4(以下、UE4)の採用が決定したという。
"未来のアメフト"をコンセプトに試作した「KURO 1.0」は、リアルタイムエンジンのノウハウがゼロからの取り組みだったため、UE4の特性を最大限に活かしたものとはならなかった。そこで技術検証として「KURO 1.2」がスタート。約1ヶ月の検証を経て、今年3月末に完成したのが「KURO 1.5」、つまり『HAPPY FOREST』ということになる。

『HAPPY FOREST』 by MARZA ANIMATION PLANET

© MARZA ANIMATION PLANET INC.

KURO 1.5(『HAPPY FOREST』)では、UE4の不得手な要素を回避するだけでなく、いくつかの重要なコンセプトも掲げられていた。
「対外的なアピール、すなわち"業界内の方が観てもプリレンダーの映像と遜色ないと感じてもらえること"、そして"MARZAが得意とするキャラクターアニメーションを全面的に押し出した表現であること"が重要でした。前者はゲームエンジンの特性と表裏一体であり、KURO 1.0、1.2で得られた知見が鍵です。そこにキャラクターアニメーションという要素を勘案した結果、人型キャラではなく可愛らしいキャラクターが好ましいと考え、"小さな(子どもの)ドラゴン"という方向性にたどり着きました」とは、本作のディレクターを務めた加治佐興平氏。

『HAPPY FOREST』 by MARZA ANIMATION PLANET

© MARZA ANIMATION PLANET INC.

UE4の特性について、橋本氏は次のように語る。「UE4は物理ベースレンダリングに関する機能が高度に揃っているので、材質感やライティング条件面で特殊なことをやろうとしなければ比較的お手軽に高品質な映像はアウトプットしやすいと思います。今回の『HAPPY FOREST』は、世界観はカワイイ路線ですが、映像の印象づけのためにも、素材感はなるべく現実味のある方向(フォトリアリスティック路線)で進めてもらうようにプッシュしました。その意味でUE4が最も目的には合いやすかったです。今回はUE4で表現しやすい作品構成内容になっていますので、独自シェーダはドラゴンの瞳の部分だけで、あとは標準機能で賄うことができました。UE4は洗練された素晴らしいゲームエンジンですが、今後の改良によって肌、髪の毛、瞳、群衆などの描画が強化されるとさらに魅力が増すと思います」。

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これを機に、様々なリアルタイムCG技術によりいっそう取り組んでいく

UE4の特性を活かすというねらいから、キャラクターはごつごつした岩肌のような質感であるドラゴンを、シチュエーションは森の中、というかたちで『HAPPY FOREST』の世界観が確立された。ちなみにSSSについてだが、人の肌自体の表現は今回見送っているものの、ドラゴンの腹部に用いられているとのこと。
「本プロジェクトを進めている最中にUEがアップデートされ、"Subsurface Profile"というシェーディングモデルが搭載されました。これによって肌感についての改善がみられ、リアルタイムCGとしての品質は向上したと思ったのですが、われわれが目指す"プリレンダーに匹敵する質感であるか"という点では、さらなる改良を期待しています」と、『HAPPY FOREST』のシェーディング開発を手がけた高橋 聡氏は語る。

  • 『HAPPY FOREST』 by MARZA ANIMATION PLANET
  • 『HAPPY FOREST』 by MARZA ANIMATION PLANET

© MARZA ANIMATION PLANET INC.

さらに、高橋氏から約3ヶ月ほど後(2015年初頭)に合流し、技術仕様の調査などエンジニアリング面で活躍した松村知哉氏は次のように語る。
「UEはゲームエンジンであり、映像制作のためのツールではありませんので、"リアルタイムに走らせるための文化・作法"を踏まえた上で取り組む必要がありました。ArnoldやV-Rayなどのレイトレーサーは、物理ベースで設定したものをシーンに置けば屈折なども計算されて描画される"シミュレータ"と言えますが、それに対してリアルタイムエンジンは近似法なので、"そう見えるように仕込む"という、頭の切り替えが求められました。そこでArnoldを導入する以前の、RenderManをメインレンダラに採用していた頃に戻ったような感覚でレンダリング設定を行いました」。なおルックデヴについては、先述の橋本氏のコメントの通り、リアルタイムエンジンであるUE4が得意とする質感を積極的に採用することによって、ドラゴンの瞳を表現するシェーダをマテリアルエディタで組んだ以外は標準のもので賄えているとのこと。

『HAPPY FOREST』は、リアルタイムCGの技術検証プロジェクトではあるが、本作のレンダリング(キャプチャ)には1時間少々を要したという。「総尺が1分半ほどの映像ですが、おおよそ5〜10fpsあたりで、ストレージに書き込む分ディスプレイに表示するよりも速度が出づらい環境でした。ただ、これは1台のワークステーション、しかも3年ほど前のQuadroという作業環境における結果です。プリレンダー案件と同様のレンダリングを行なった場合、おそらく1台のワークステーションでは1週間から10日はかかるのではないでしょうか」(加治佐氏)。今回は、リアルタイムエンジンを映像制作で利用するにあたっての手法の確認やフローの確立が主軸であり、作業環境の最適化という面では後回しにせざるを得なかった点が多々あるとのこと。その意味では、「GeForce GTX TITAN X」などリアルタイム描画用途で開発されたハイエンドGPUを用いれば、まちがいなく30fpsのパフォーマンスを実現できるはずだと期待をこめていた。

『HAPPY FOREST』Unreal Engine 4のUI

Unreal Engine 4のUI。倒木(ドラゴンが隠れている木)の質感設定を示したもの

本作をご覧になれば、リアルタイムCGがもつ大きな可能性を実感していただけるだろう。MARZAでは今回の実験だけで終わらせるのではなく、これを機に会社として積極的にリアルタイムCGに取り組んでいくそうだ。
「高速なレンダラとしてだけでもCGアニメーション制作のワークフローに変革をもたらしてくれるはず。さらに"ゲームエンジン"という側面で捉えれば、今後プリレンダー案件だけでなくVR、ARといったインタラクティブコンテンツへの応用など、MARZAの事業領域そのものに変革をもたらしてくれることを期待しています」(今村氏)。

『HAPPY FOREST』 by MARZA ANIMATION PLANET

© MARZA ANIMATION PLANET INC.

「今回はUEを選択しましたが、ツールの選択は常に柔軟に行なっていくべきでしょう。例えばUnityは、先日リリースされたバージョン5でかなりアップデートが入ってきているので大きく期待ができます。リアルタイムCGはこの先ますます表現力を高めていくことは確実なので、『HAPPY FOREST』のような映像制作、ゲーム開発、それ以外の用途のプロジェクトなど、様々な場面でUnreal EngineやUnity、さらにはMizuchiなど、その他のツールを活用した"何らかの協力"を行なっていくのが自分の役割だと考えています。携わらせていただくプロジェクトに応じたツールを使って、適切なサポートが行えればと思っています。ツールそのものの自社開発については......どうなんでしょうねえ(笑)?」(橋本氏)。

月刊「CGWORLD + digital video」vol.204では、『HAPPY FOREST』のメイキングを詳細に取り上げているので、そちらもぜひご覧いただきたい。

TEXT_岸本ひろゆき / TEXT_Hiroyuki Kishimoto
EDIT_沼倉有人(CGWORLD) / EDIT_Arihito Numakura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / PHOTO_Mitsuru Hirota

  • 『HAPPY FOREST』 by MARZA ANIMATION PLANET
  • MARZA ANIMATION PLANET
    マーザ・アニメーションプラネット株式会社は、2006年4月に(株)セガ社内に発足したCG映像制作部門、VE研究開発部を前身とし、劇場長編『キャプテンハーロック』(2013)のアニメーション制作をリードするなど、ハイエンドなCGアニメーション制作を得意としている。2015年4月にセガサミーホールディングス(株)から、(株)セガホールディングス傘下へ異動。
    www.marza.com