気鋭のピクセルアート制作チーム「ULTIMATE PIXEL CREW」(以下、UPC)。APO+氏、モトクロス斉藤氏、せたも氏の3名で構成されており、2018年に結成して以降、多彩な場で活動している。先日、彼らの制作メソッドをまとめた書籍『ULTIMATE PIXEL CREW REPORT ピクセルアートではじめる背景の描き方』が刊行されたことを記念して、彼らのこれまでの試みを聞いた。

TEXT_葛西 祝 / Hajime Kasai
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)

<1>ピクセルアートは、ブルーオーシャン?

----皆さんがピクセルアートを描きはじめたきっかけを教えてください。

モトクロス斉藤:小学生の頃からポケモン描いたりしていたら、上達していきました。そうするとクラスで一番絵の上手いヤツみたいな立場を得られるんですよ。

だけど中学生になると、他の学校の絵の上手いヤツがいて、「あいつの方が上手い(汗)」と。そういうことをくり返していたらAPO+くんと同じ美大に通っていました。

APO+:モトクロスは、大学の同期なんですよ。

モトクロス斉藤:ピクセルアートをやりはじめた直接のきっかけは、オートバイで交通事故に遭い、骨折で入院したことでした。病室にノートPCしかなくて、それだけで描ける絵はないかなと探していたところ、豊井さんの作品を観てカッコイイなと思ったんですね。そこで自分でも描きはじめた。

APO+:高校は普通科だったのですが、現在、漫画家として活躍中のクラスメイトがいたんです。彼の影響を受けたこともあったのと、ものづくりの中でもデザインに興味があったので美大のデザイン科に進学しました。

大学では映像とデザインを学んだ後、IAMAS(情報科学芸術大学院大学)へ進学し、解像度に関する研究などに取り組みました。大学院を卒業後、知り合いのデザイン会社へ入り、BtoBの映像制作に取り組んでいたのですが、あるとき「僕って、なんでもないな」と思ってしまった。いろいろやってきたけど、自分の独自性との間で葛藤していたのです。

そんなとき、モトクロスに「今なにしてるの?」と連絡をとってみたら、ピクセルアートを描いていることを知り、「すごい! 僕もやってみたい」と思ったのです。



モトクロス斉藤氏の作品

【モトクロス斉藤】
モノのディテールと日常の空気感を感じる作品を主とするピクセルアーティスト。幼少の頃から慣れ親しんだヒップホップ音楽の文化などをベースに置き、普遍的な景色や普段スポットライトが当たらないモノなどを描写する。美術大学で広告・グラフィックデザインを専攻し、構図、パース、ビジュアル効果などの造詣を深める。その後ピクセルアートと出会い、精力的に活動。広告関係やMVなどにイラストや映像を提供。



モトクロス斉藤:本当、早かったよね。連絡のあった翌日には描いて送ってきた(笑)。

APO+:そうそう(笑)。絵を見てもらって「良いじゃん」ってなって、僕もTwitterに投稿するようになりました。

せたも:僕も絵画などの創作を子供の頃からやってました。大学は、多摩美術大学に進学したのですが、指導を受けていたある教授に嫌われてしまい、講評の度に酷評を受けるうちに、自信喪失に陥りました。そこから現実逃避するかたちでピクセルアートを描きはじめました。

そんなとき、APO+さんやモトクロスさんの作品を目にして、「この人たちのような高解像度の風景画をピクセルアートで描いてみよう」と、思いました。



APO+氏の作品

【APO+】
往年のサイバーパンクのビジュアルを基に独自の世界観を加え、画面内のストーリーを解像度の高いピクセルアートで表現することを得意とする。学生時代はIAMASにて情報とデザイン、芸術について学び、とりわけ解像度という分野においては自身の研究も相まって強く意識するようになる。卒業後はデザイン会社に就職し映像を中心とした制作を行う傍らピクセルアートの制作を行い現在では広告やMVを中心に作品を提供している。



----まさに三者三様ですね。ピクセルアートの魅力はどんなところですか?

APO+:色数など、通常の絵画よりも制限されたなかで描くという楽しさもありますが、自分たちにとって最大の魅力は「誰もやっていない(イラストレーター全体の中でピクセルアートは少数派)」ことですね(笑)

モトクロス斉藤:僕が描きはじめたときは、豊井さんなど参考にした方はいたもののTwitterでフォローしていくと「あれ? ピクセルアート描いてる人、もういないぞ!?」と。大概フォローできてしまうぐらい、人数が限られていました。

APO+:今は少し増えましたが、界隈は狭いと思います。

モトクロス斉藤:でも、こんなにピクセルアートはカッコイイんだから、余地はあるぞと。表現の特徴としては、ピクセルアートは四角形のドットで構成されているので、乱雑さが目立たない点があります。絶対に斜めの線が出ないため、観る人は頭の中で綺麗な線(本来そうであろう線)を思い描いてくれるんですよね。

せたも:どこまでいってもグリッドの配列というのが、僕はわりきれて気に入っています。基本となるドットのサイズよりも細かくはできないので、全ての構成要素をコントロールしたいという自分の性分と合ってます。



せたも氏の作品

【せたも】
主に植物と構造物の描写を得意としたピクセルアーティスト。静かな景色と光を感じる絵をテーマに作品を制作。ゲームグラフィックからアドバンスドなピクセルアートまで様々な技術をもつ。中学時代にゲーム制作ソフトでドット絵に触れ、大学在学中にイラスト作品としてのピクセルアートの制作を開始。大学卒業後は個人でイラストや映像の仕事に携わりながらゲーム制作、キャラクターデザインなどを手がける。



----ご自身の作風をどう思われていますか?

せたも:風景をメインにしていることですね。去年は背景をメインに描いていたのですが、今年は表現の幅を広げようと手を広げはじめていたりもします。

APO+:せたもくんは、なんで風景を描きはじめたの?

せたも:えっと......人に興味がないから。

モトクロス斉藤:(爆笑)超カッケーな、それ。

せたも:完全に人に興味がないわけではないですけどね(苦笑)。風景をちゃんと見せたいのです。人を描くとどうしてもそこに目が行ってしまうじゃないですか。なので風景をちゃんと見せたいときは、人を入れないようにしています。



せたも氏の作品



APO+:風景画の中に人物を入れる際、僕はけっこうキャラクター性のある人物を描くことが多いですね。スタジオジブリなどの作品が好きなので、戦う女の子を描いたりとか。

キャラクター性を込めると観る人がストーリーを想起して、いろんな解釈をしてくれるんですよ。



APO+氏の作品



モトクロス斉藤:少し遠回りの答えになるけど、"俺だけが知っている"的なものに惹かれます。

例えばお気に入りのインディーズバンドとか。そういった要素を絵の中に込める。「俺、これ良いんだと思うんだよね」って感じで、発表すると「それ良いね!」的なリアクションがあると嬉しいじゃないですか。

ーーなるほど。

モトクロス斉藤 そういう感覚のものを描きたいんです。みんなが知らないけど実は良いみたいな。一見、ヘンテコな景色を描くのが好きかもしれません。



モトクロス斉藤氏の作品



<2>ピクセルアートも普通の絵画も必要な知識は同じ

----UPC結成の経緯を教えてください。

APO+:僕とモトクロスくんで一緒に活動していくなかで、『水曜ドット打つデイ』という、毎週水曜にドット絵を描く配信を2年半ほどやっていました。この配信を続けるうちに、「チームみたいなものがあった方が、観る人にもわかりやすいだろうし、なによりもカッコイイじゃん」と。



水曜ドット打つデイ 毎週水曜21:00~ #38 「冷房ガン効き真夏の渋ピク座談会!?あと夏だから透明なもの打つ!夏だから!」



モトクロス斉藤:APO+くんがチームをつくりたがっていると、俺は感じてた(笑)。

APO+:そうだったかもしれない(笑)。チームというからには、風景画のピクセルアートが上手い人をあとひとり加えようと、モトクロスくんと話していたら、ちょうどせたもくんが風景画を投稿しはじめていた。投稿する度にせたもくんの画力が意味わからないくらい上がっていたのがすごいと、誘ったんです。

せたも:ふたりのピクセルアートに刺激を受けて描き始めたら、APO+さん本人からTwitterのDMが届いてすごくビビりました(笑)。最初のDMでいきなり通話に誘われたもんだから、すごく緊張しました。

----チームでの役割分担はありますか?

APO+:明確に役割が決まっているわけではありません。ただ、3人とも得意なことが少しずつちがうので、自然と分担されている面はあります。

僕がクライアントさんとのやりとりなど、外部との窓口に立つことが多いですね。モトクロスくんは、Webサイトや紙媒体のデザインを担当することが多くて、せたもくんは綺麗なドットを打つので、綺麗なアートが求められる案件ではリードしてもらっています。

----商業案件では、どのように制作を進めていますか?

APO+:案件によって様々です。多いのは、クライアントさんにディレクターが立たれていて、「この絵柄でやってほしい」と依頼されることですね。例えばモトクロスくんの絵柄が求められるとしたら、彼が中心になって、ふたりがサポートするといった感じです。

----チームを結成して良かったこと、逆に大変なことを教えてください。

APO+:基本的には良いことばかりです。ただ、クライアントさんとのやりとりが多くなると、僕が稼働することが多くなって描く時間が減ってしまいます。同じように、デザインワークが集中すると、モトクロスくんが描く時間が減ってしまうなど、それぞれにストレスが溜まりがちなタイミングはあると思います。

モトクロス斉藤:UPCとして活動するときは、しんどくなるタイミングが自ずと近づくので、3人とも殺伐とする(苦笑)。

でも、APO+くんが言うとおり、UPCを結成して良かったことが多いし、UPCが誕生していなかったら、ピクセルアート自体をやめていた可能性すらあります。

せたも:僕は、ふたりよりも後からピクセルアートを描きはじめたので、焦りみたいなのはありますね。ふたりはどんどん先に進んでしまうので正直焦りますが(苦笑)、チームメンバーとして切磋琢磨できるのが良いですね。



APO+氏が手がけた商業制作の例



----皆さんの制作環境を教えてください。

モトクロス斉藤:ハードは、MacBook Pro(15inch)とワコムのCintiq Pro 32を使ってますね。下描きは、iPad専用アプリのProcreateで描いてます。室内仕事なんで、部屋の中をウロウロしたくなるんですよね。ベッドに寝転がって描いたりも。そうやって描いた下描きをiMacに読み込んで、IllustratorとPhotoshopで清書しています。

APO+:僕はWindowsマシンとCintiq Pro 24の組み合わせです。ツールはPhotoshopがメインで、構図を取る際はBlenderも利用しています。

せたも:僕もWindowsマシンで、液タブはCintiq 13HDを使っています。ツールは、CLIP STUDIO PAINTのみで全ての作業を行います。以前は、仕上げの作業時にAfter Effectsを使っていたのですが、複数のツールをまたぐのが面倒なので、CLIP STUDIO PAINTに一本化しました。



せたも氏の作品



----今年4月に『ULTIMATE PIXEL CREW REPORT ピクセルアートではじめる背景の描き方』(以下、『UPCR』)が発売されました。初めての書籍とのことですが、企画の経緯を教えてください。

APO+:2年ほど前にボーンデジタルの堀越(祐樹)さんから「ドット絵のメイキング本を出しませんか?」と、連絡をいただいたのがきっかけですね。

いざ執筆をはじめようとしたら仕事が忙しくなったりとか、本書に集中できない時期が続いてしまったため、企画スタートから刊行までに2年ほどかかってしまいました。



『UPCR』の「基礎編」Chapter 1「ドット絵とは」より



----本書は大きく「基礎編」と「応用編」の2パートで構成されていますが、章立てはどのように決めていきましたか?

APO+:だんだん話が膨らんでいった記憶があります......。

モトクロス斉藤:最初に作例の解説を書いてみたら、「なんかちがくね? 知識を語ろうや」と、なった。

APO+:解説を書くうちに、各々が小難しい話をしはじめたんですよ(笑)。「光源の位置がここだと、あの位置に影が落ちる」とか「この透視図法では、画角はこう取る」みたいな話が続いて、なかなか作品のメイキングに入れなかったので、そうした知識を基礎編としてまとめることにしたのです。

----なるほど。

APO+:実は、基礎編の内容はピクセルアートの話じゃないんですよね。絵画全般に通用する知識を解説しています。

モトクロス斉藤:3人とも『カラー&ライト』という、色彩と光の理論に基づく画法をまとめた技術書が大好きなんですが、この本で解説されていることはピクセルアートを描く上でも知っておくべきことなので、執筆する上で参考にしました。

APO+:現実の色彩や光がどのような原理で成り立っているのか知らないと説得力のある絵に仕上がりません。『UPCR』では、通常の絵画と共通する考えの下、ピクセルアートを描いていることをくり返し述べています。



『UPCR』の「基礎編」Chapter 4「パース」より



----『UPCR』をどのような人に読んでほしいですか?

APO+:ピクセルアートも普通の絵も考え方は一緒で、アウトプットの方法がちがうだけなんです。その意味では、絵を描く全ての人に、特に風景を描きたい人に読んでほしいです。役に立つ情報が数多く載せています。

モトクロス斉藤:「わかんねー」って、思っている若い人にこそ読んでほしい。

----本日は、ありがとうございました!



モトクロス斉藤氏の作品



info.

  • ULTIMATE PIXEL CREW REPORT ピクセルアートではじめる背景の描き方
    色、光、構図、パース、テクスチャ...etc. 基礎知識&メイキング


    著者:APO+、モトクロス斉藤、せたも
    定価:2,970円(本体2,700円+税10%)
    発行・発売:株式会社 ボーンデジタル
    ISBN:978-4-86246-502-3
    総ページ数:202ページ
    サイズ:B5判、フルカラー
    www.borndigital.co.jp/book/20926.html