フィギュアのスカルプター(原型師)やフィニッシャー(彩色師)を職業にしたいと本気で考えている人たちに向けて、日本を代表するフィギュアメーカーであるグッドスマイルカンパニーマックスファクトリーの共催で実施される採用制度「スカルプターズトライアウト & フィニッシャーズトライアウト」(以下、トライアウト)。2021年の開催を前に、映像業界からの転職者とトライアウト出身者であり、現在はグッドスマイルカンパニー所属のディレクターならびに原型師として活躍する4氏に、フィギュア業界で働く醍醐味と、トライアウト通過者に共通する資質について語り合ってもらった。

TEXT_加藤学宏 / Norihiro Kato
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamda
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

<1>それぞれ異なるフィギュア職人までの道のり

CGWORLD(以下、CGW):フィギュアの原型師を目指したきっかけと、グッドスマイルカンパニー(以下、グッスマ)に入社した経緯を教えてください。

ディレクター 市橋卓也氏(以下、市橋):もともと法律関係の事務職だったのですが、趣味の域を超えるぐらいガレージキットのフィギュアづくりに熱中して......各メーカーが出しているフィギュアを研究していると、どれも魅力的で、自分のものとは別次元のレベル。だんだんメーカーに入って技術を学びたいと強く思うようになっていきました。自信は全然なかったのですが、まずは第一歩をと思い、軽い気持ちでトライアウトに応募したところ、合格することができて、グッドスマイルカンパニー(以下、グッスマ)に入社しました。

  • ディレクター 市橋卓也氏

原型師 ながのしょう(以下、ながの):フィギュアに興味をもったのは子どものときでした。ガンダムのプラモデルを改造して遊んでいるうちにパテを知り、フィギュアをつくるように。原型師を目指そうと思ったのは、高校生の頃でした。進んだ美術大学で映画の勉強をしながら「そろそろ将来のことを考えないと」と思っていたとき、ワンフェスの懇親会でたまたま出会ったうなじくんからトライアウトの話を聞いて、応募してみました。

  • 原型師 ながのしょう氏

原型師 うなじ氏(以下、うなじ):フィギュアに興味をもったのは、小学校中学年でした。ドラゴンボールのガチャガチャの出来がよくて好きになり、毎月のお小遣いで買いあさってましたね。様々なフィギュアにも興味を抱くようになっていくうちに、原型師という仕事を知りました。そして、好きなものを仕事にしたくて美術大学のフィギュアコースに入り、造形を勉強。原型師になりたいと強く思っていたものの、ネットで調べてもなかなか情報がなくて......数少ない門戸のひとつが合同トライアウトで、大学2年のときに応募して合格し、卒業後に入社しました。

  • 原型師 うなじ氏

原型師 けんぞー氏(以下、けんぞー):他の3人のようにトライアウト出身ではなくて、映像業界からの転職です。また、本格的なアナログでの制作は趣味でも経験がなく、基本的にはデジタルでスケールフィギュアを担当しています。専門学校でCGを学び、モデラーとして活躍できる就職先を探しました。フィギュア業界にも興味はあったのですが、経験者採用しか見つけられず、映像業界に。映像の仕事では、モデリング、セットアップ、テクスチャーと、造形以外も手がけなければなりません。でも、モデリングだけを突き詰めたくて。それならフィギュアが一番だろうと考えるようになり、フィギュア会社に転職しました。取引先だったグッスマのディレクションを受けて制作する機会があって、「業界内でトップクラスのディレクションを直接受けてつくってみたい」という気持ちに。それでグッスマの中途採用に応募したところ、採用してもらえました。

  • 原型師 けんぞー氏

<2>トライアウト審査員は、ここを見ている!

CGW:トライアウトは、どのような過程で行われるのですか。

市橋:アナログで制作した作品の場合、写真に撮って送ってもらいます。その選考で残った作品に対して、業務と同様にディレクションし、修正指示をお返しします。1カ月間で指示に沿って修正してもらい、もう1度写真で審査。基準点に達した場合には面接に進むというながれです。フィニッシャーの場合は、写真審査を通過したらフィギュアと指示書をお渡しするので、それに彩色して返してもらいます。こうしたトライアウトを経て入社した制作部のメンバーは、ディレクターを除くと19人中11人います。

CGW:トライアウト出身者は、そんなに多いのですね。市橋さんはトライアウト出身の原型師であり、現在はディレクターとして審査員も務めているそうですね。応募作品は、どこをチェックしていますか?

市橋:緻密なつくり込みよりも、1.構成(レイアウトや見え方)、2.ポージング、3.フォルムの3点を重視しています。今西さんが手にしている原型は、その3点がしっかりと反映されていますね。審査ではもうひとつ、修正指示の趣旨を汲みとって直せるかも重要です。

▲【左】トライアウトにて、一次選考時にながの氏が提出した写真のひとつ/【右】左図に対するグッスマからのフィードバック。プロの視点から実践的な修正リクエストが書き込まれていたことが窺える
© DMM / C2 / KADOKAWA
© C2Architecture All Rights Reserved.

▲グッスマからのフィードバックを反映した、二次選考時の提出写真より
© DMM / C2 / KADOKAWA
© C2Architecture All Rights Reserved.

▲トライアウトにて、フィードバックを受けたうなじ氏が修正後に提出した資料
© 得能正太郎・芳文社/NEW GAME!製作委員会

▲トライアウトにて、うなじ氏が提出した最終形の写真より
© 得能正太郎・芳文社/NEW GAME!製作委員会

<3>フィギュア原型師の仕事とは

CGW:ながのさんとうなじさんは同期入社で、現在入社3年目だそうですね。これまでの仕事内容を教えてください。

ながの:ポリエステルパテを使って「ねんどろいど」の原型を制作しています。もともとカッコいいフィギュアが好きだったので、男の子キャラクターに手を挙げることが多いですね

▲ながの氏が原型制作を手がけた、『ねんどろいど マイキー(佐野万次郎)』
©和久井健・講談社/アニメ「東京リベンジャーズ」制作委員会

うなじ:ながの君と同じく、アナログで原型を制作しています。基本的には女の子キャラが多くて、かわいい系のものが得意です。「ねんどろいど」の工程では、金型をつくる前に原型の複製をつくるのですが、原料の樹脂が収縮してしまい原型よりも小さくなってしまいます。入社して3カ月間程度は、この複製を原型と同じになるように調整するのが主な仕事で、その過程で「ねんどろいど」の構造や、パーツの仕様について理解を深めていきます。その後は少しずつ原型制作に近づいていきますが、基本的に1年半ぐらいはい様々な「調整」を経験します。その後、1体の原型をまかされるようになっていきます。

▲うなじ氏が原型制作を手がけた、『ねんどろいど 日南葵』
©屋久ユウキ・小学館/「弱キャラ友崎くん」制作委員会

CGW:市橋さんのディレクター業務についても教えてください。

市橋:原型・彩色のディレクションをしています。原型のクオリティのチェックや、納期までのスケジュール管理を主に行っています。どんなフィギュアをつくりたいかという要望にあわせて、どう可動させるか、どういうオプションが付くのか、具体的な形にしていきます。新しい企画がきたときに、担当する原型師を決めるのもディレクターです。

CGW:けんぞーさんは映像業界出身です。同じCGモデリングではありますが、どのようなちがいがありますか。

けんぞー:映像系だと1枚絵の綺麗さを求められますが、フィギュアは360度どこから見ても綺麗に見えるようにしなければなりません。それが映像系のモデリングと大きくちがうところですね。

ZBrushでスカルプト中のけんぞー氏

CGW:フィギュア原型師の醍醐味は何でしょうか?

けんぞー:PCモニタの画面内でつくっていたキャラクターが立体になったときには、映像業界では得られない楽しさがあります。

ながの:美大時代の仲間は映像業界が多いのですが、「原型師は名前が出るから良いね(うらやましい)」と言われることが多いです。

けんぞー:映像業界もクレジットが出るものの、その人がどんな活躍をしたのかはわかりづらいんですよね。フィギュアは大々的に原型師の名前が出るのが魅力的かなと思います。そして、自分が手がけたフィギュアがホビーショップに並んで、手に取られているのを目にすると嬉しいですね。

CGW:失礼を承知で、フィギュア制作の一般的なイメージとして、個人作業が中心で、オタク気質というか内向的な職場と思われがちな印象があります。ですが、みなさんはとても仲が良さそうで元気ですよね。

市橋:フィギュアはまだまだニッチなジャンルということだと思います。ですが、フィギュアもエンターテインメントのひとつ。確かに、原型師のように個に光が当たる仕事ではありますが、分担して進める部分も多くてチームプレーが欠かせません。みんなでコミュニケーションをとりながら進められる人でないと難しいと思います。

<4>トライアウトで得られること

CGW:「合同トライアウト2021」への参加を考えている方へメッセージをお願いします。

ながの:合格するかどうか以前に、プロからコメントをもらえる貴重な機会なので、恐れずに応募してみるといいのではないでしょうか。

市橋:確かに、「プロからのコメントがほしい」というモチベーションだけで応募される方もいらっしゃいます。合否に関わらず全ての応募作品へコメントをお返しすることをできるかぎり続けていこうと思っているので、就職は考えていないけど腕試しがしたい方にもぜひ応募してほしいです。

うなじ::プレッシャーやモチベーションによって、クオリティは上がるものです。トライアウトに応募するにあたって新しくつくったのですが、もし過去作を出したとしたら合格しなかっただろうと思います。レベルアップのためにも、応募して損はないと思います。

けんぞー:ずっとデジタル(3DCG)でやってきたので、アナログのスキルはまだまだ勉強中です。でも、だからといってフィギュア業界に入れないということではありません。アナログの基本的な技術を習得する期間はあるのですが、その後は得意な方のスキルを活かしていきます。モデリングに特化した仕事をしたい人には、原型師はオススメの職業ですよ。

市橋:トライアウトでは、今できる技術のクオリティを見るわけですが、決してそれだけを評価していません。ここ数年は可能性に目を向けるようになっていて、いろいろな才能と出会いたいと思っています。技術は入って学ぼうという感じでも大丈夫なので、気軽に応募してもらえると嬉しいです。

Info.
プロからのコメントだけがほしい人の応募も歓迎!
スカルプターズトライアウト & フィニッシャーズトライアウト

トライアウト2021年 スカルプターズ(原型制作)

トライアウト2021年 フィニッシャーズ(彩色)