去る2月28日(金)、「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」で特筆すべきシンポジウムが開催された。題名は「京楽ピクチャーズ.PRESENTS VFXの伝統 特撮の旗手が語る伝統と革新 日本が世界に誇る映像技術"TOKUSATSU"」――登壇者は尾上克郎氏(特撮監督)、樋口真嗣氏(映画監督・特撮監督)、大屋哲男氏(VFXプロデューサー)、佐藤敦紀氏(VFXスーパーバイザー)の4名であった。司会をつとめたアニメ特撮研究家・氷川竜介(筆者)が以下にその概要を紹介する。
画像左から、氷川竜介氏(モデレーター/アニメ・特撮評論家)、尾上克郎氏(特撮監督/特撮研究所)、大屋哲男氏(VFXプロデューサー/ピクチャーエレメント)、樋口真嗣氏(映画監督・特撮監督)、佐藤敦紀氏(VFXスーパーバイザー/Motor/lieZ)、小川博史氏(京楽ピクチャーズ./代表取締役社長)
特撮・VFX、変遷の歴史と節目
近年、"特撮"は「館長庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」や「日本特撮に関する調査報告書」(文化庁メディア芸術カレントコンテンツ)などに見られるように、文化・芸術として再評価されている。さらに映画『パシフィック・リム』や『GODZILLA』など、特撮に基づく大作映画も続々と上陸している。
かつて世界的に卓越したレベルにあった日本の特撮。アナログ時代の"特撮"は、どのようにして"VFX"へと変わっていったのだろうか。それはやはり、1977年の映画『スター・ウォーズ』が、大きな節目になったと言える。ミニチュアの宇宙船を固定し、カメラをコンピューター制御して移動感を出すモーション・コントロールなど、新時代の技法は"SFX(スペシャル・イフェクツ)" と呼ばれ、それがデジタル時代に"VFX" へと発展していった。
「特撮の時代には、モノを用意して、セットの中で撮影が完結するというのが基本でした。それに対して、アメリカでは合成することを前提に、素材をバラバラに撮影し始めたんです。そこが日本との大きなちがいでしたね」(樋口)。
「VFXというのは、"特殊映像をつくるために撮影から最後の仕上げまでデジタルが関わっている手法" という認識でいます」(佐藤)。
ただし、一気にデジタルに変化したわけではなく、70年代からビデオ技術による電子的な合成手法もあった。例えば、幾何学的な変形をする「スキャニメイト」、映像を電気信号に変換して合成する「ECG合成」、アナログハイビジョン合成などが使われていたのだが、ビデオ撮影は質感の問題を抱えていた。しかし90年代後半にデジタルが導入されると、そのギャップが一挙に埋まる。佐藤氏によると『平成ガメラシリーズ』三部作(1995~1999年)を観ると、当時の激変が分かるという。というのも、1作目では"CGカットもある" という程度だったのに、それからわずか4~5年で「デジタル合成を多用」するまでに変化しているためだ。それは、安価なWindowsパソコンが大量に導入され、After Effectsでコンポジット処理が容易となった結果だった。
特撮から得るもの、学ぶもの
3DCGや合成が潤沢になったVFX全盛期、技術の向上と共に映画の質が上がったのかといえば、決してそうとも言えない。なぜなら、合成を前提に撮影されていない映像が持ちこまれ"VFXで何とかする" という安易な発想が多くなったためだ。「映画はカメラで被写体を記録するところから派生したものです。"CG屋さんがやってくれる" と考えた途端、スタッフの思考が止まってしまったのではないでしょうか」(尾上)。
「トラッキングで合成する手段がない時代は、カメラすら動かせず、そのためのカット割りやカメラワークも工夫していましたからね」(樋口)。
「プロデューサーがどんな視点でVFXを使うのか、判断に疑問を感じるケースが増えました。めざす映像に対して予算が確保できているか、もっと精査して企画を進めるべき。むしろモノを撮るという特撮の基本に帰れば、コストに見合う映画をつくることに力を注げるはずです」(大屋)。
予算不足を切り抜け、ギャップを埋めるための知恵と工夫が、特撮には焼きついている。不可能を可能にする努力が、驚きと興奮をもたらしていたはずであり、現在はそれを取りもどす時期なのだ。
"TOKUSATSU" の進化と新世代への継承
一方、社会環境の変化にともない、特撮的な撮影が可能な場所も限られてきている。例えばステージ内では火を使うことが難しく、屋外での爆発ともなれば騒音問題により制約が多い。"昔へ戻る" ことも困難な現状を、どうすべきなのか。
「パトカーの回転灯をCGで......と言われる場合もありますが、努力して撮影しようとしてもどうにもならないものだけに、CGを使うべきだと思います」(樋口)。
「発注者、特撮の技術者、CG担当者がバラバラなせいで、面白くなくなっているのはまちがいないと思います」(尾上)。
「今はヴァーチャルカメラという技術があり、仮想空間に美術がセットを飾り、実写のカメラマンを配置し、カメラの動きをキャプチャしてセットを撮るということができます。映画の作り手とCG技術者全員がいっしょに仕事をできるチャンスです。CGの世界に映画の現場の人たちが入っていける環境を、積極的につくっていきたいですね」(大屋)。
「たしかに、ヴァーチャルカメラはブリッジとして、すごく良いものだと思います。みんなで一堂に会して映画を作る、特撮に似た印象を感じますね」(尾上)。
「結果的に3DCGを増やすのとはちがう方向になってほしいです。"特撮ならここまで撮れるぞ" ということを確認できる行為につながればと。アメリカも日本もCGに依存しすぎる体質がありますが、それは必ずしもいいことではないと思います」(樋口)。
「これまで、撮影現場とCGの現場が、隔絶された感じになっているのはよくないと思っていました。しかし一昨年の『巨神兵東京に現わる』では、デジタル合成を担当した僕たちにも、撮影後の現場がきちんと存在しているという喜びの感覚がありました。撮影現場とポストプロダクションの現場が融合した、ひとつの"答え"になっていたと思います」(佐藤)。
かつて大勢の職人たちがステージに集まり、知恵と工夫を出し合ってひとつの被写体を追った特撮の現場。そこにはミニチュアなのに、本物以上に見える興奮と手応えがあり、そこで盛り上がったスタッフのテンションが、次のクリエイションを呼びこんだ。
海外で日本のアニメーションが"Anime"として親しまれているように、特撮の感覚を加えたVFXが"TOKUSATSU"と呼ばれる時代が来るはずだ。想像力を駆使して知恵を出しあい、限りなき創造の探究心を解放してきた"特撮マインド"の継承は、日本独自の映像業界の将来を考えるうえで重要になってくる。そんなことを痛感させられるシンポジウムであった。
●登壇者プロフィール
大屋哲男氏(VFXプロデューサー/ピクチャーエレメント)
映画『あぶない刑事』シリーズや、平成『ゴジラ』シリーズの視覚効果を皮切りに、数多くの映画のVFXを手がけてきた。近年ではテクニカルプロデューサー・ポスプロプロデューサーとして様々な作品に参加している。2007年 『日本沈没』で第1回アジア・フィルム・アワード視覚効果賞受賞。
代表作:『清須会議』、『奇跡のリンゴ』、『中学生円山』、『図書館戦争』、『プラチナデータ』、『のぼうの城』、『任侠ヘルパー』、『巨神兵東京に現わる』、『ヘルタースケルター』など。
尾上克郎氏(特撮監督/特撮研究所)
1960年 鹿児島県生まれ。大学進学と同時に自主映画製作に参加。映画『爆裂都市・バーストシティ』(1982年)で美術を担当。1985年株式会社特撮研究所。1994年から特撮監督、同社専務取締役。
代表作:『北京原人-Who Are You ?』、『ラブ&ポップ』、『白痴』、『ガメラ3/イリス覚醒』、『さくや・妖怪伝』、『陰陽師』、『キューティーハニー』、『ローレライ』、『戦国自衛隊1549』、『日本沈没』、『隠し砦の三悪人』、『私は貝になりたい』、『太平洋の奇跡』、『のぼうの城』など
佐藤敦紀氏(VFXスーパーバイザー/Motor/lieZ)
1961年、愛知県出身。IMAGICA特撮映像部を経て、 現在は映像制作会社・Motor/lieZに所属。VFX・CGのスペシャリストとして数多くの作品に参加。
代表作:『アヴァロン』、『ピストルオペラ』、『劇場版 仮面ライダー555 パラダイス・ロスト』、『イノセンス』、『ローレライ』、『日本沈没』、『西遊記』、『隠し砦の三悪人 The Last Princess』、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊 2.0』、『のだめカンタービレ 最終楽章』、『MM9』など。
樋口真嗣氏(映画監督・特撮監督)
1965年生。『ゴジラ』(1984年)の特殊造形助手として映画でのキャリアをスタート。『ガメラ大怪獣空中決戦』(1995年)で特技監督を務め、第19回日本アカデミー賞特別賞特殊技術賞を受賞。『ミニモニ。THE(じゃ)ムービー お菓子な大冒険!』(2002年)で監督デビュー。その後、『ローレライ』(2005年)、『日本沈没』(2006年)、『巨神兵東京に現わる』(2012年)、『のぼうの城』(2012年)などを監督する。
氷川竜介氏(モデレーター/アニメ・特撮評論家)
1958年 兵庫県生まれ。東京工業大学卒。技術面に着目した多角的な解説、論評で知られる。NHKのテレビ番組『BSアニメ夜話』レギュラー出演、雑誌『特撮ニュータイプ』に連載、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版シリーズ』のオフィシャル文執筆、『ウルトラマン』Blu-ray Box解説書構成、文化庁メディア芸術祭や毎日映画コンクールの審査委員など多方面で活躍中。文化庁向けに「日本特撮に関する調査報告書」「日本アニメーションガイド ロボットアニメ編」を執筆(2012年度)。国際交流基金の文化交流で中国四都市、欧州アート展「Proto Anime Cut」でスペイン・バルセロナ、「Hyper Japan」で英国ロンドンを訪問し講演するなど、国際的にも活動している。
TEXT_氷川竜介(アニメ特撮研究家)
PHOTO_弘田 充
『ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2014』
開催期間:2014年2月27日(木)~2014年3月3日(月)
会場:アディーレ会館ゆうばり(旧夕張市民会館)、ゆうばりホテルシューパロ、夕張市内会場
主催:ゆうばり国際ファンタスティック映画祭実行委員会、特定非営利活動法人ゆうばりファンタ
公式サイト:http://yubarifanta.com