キャリア形成において、「人脈とネットワークが大切」という話はよく耳にする。人と人との繋がりがキャリアパスに大きく影響することは、ハリウッドにおいても同じだろう。そして、それ以上に大切なのが「行動力」である。今回は、これらの重要性がひしひしと伝わってくる貴重な話を聞くことができた。
TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE)
Artist's Profile
服部しのぶ / Hattori Shinobu(The Walt Disney Studios / Executive Director, Product Development)
早稲田大学大学院 電子・情報通信研究科(当時)を卒業後、ソニー株式会社でエンジニアとしてキャリアをスタート。その後、米・20世紀フォックス(当時)に移籍し、米・ウォルト・ディズニー・カンパニーによる21世紀フォックスの買収を経て、現職。2020年のTVNewsCheckによる10th Annual Women in Technology Awardsにて、Women to Watch Awardを受賞。現在、SMPTE (Society of Motion Picture and Television Engineers)にてDirector of Educationも務める。
<1>「売り込んだら? ダメでも返事が来ないだけじゃない。失うものなんて何もないでしょう?」
――服部さんはアメリカ生まれだそうですね。
はい、テキサス州で生まれました。5歳の頃に日本に帰国し、小学1年〜5年生までを神奈川県の大磯町で過ごしたのですが、5年生の頃に再びアメリカに。その後、高校卒業までロサンゼルスで過ごしました。アメリカでの名前はサリー・ハットリです。中高時代は、近くのショッピングモールまで親に車で連れて行ってもらい、そこで友達と1日中遊んでいました。モールには必ず映画館があるので、ほとんど毎週のように映画を観ていました。そういった意味で、「映画」はとても身近な存在でしたね。
大学は日本の大学を選びました。これは、アメリカ滞在期間が長い帰国生の「あるある」なんですが、日本に対するちょっとした憧れがあるんですよ。日本は何かしらカワイイしキラキラしているしキレイだし。とにかく鮮やかなイメージがあったんです。「4年ほど憧れの日本で暮らしてみたい」との思いで日本の大学に進学しました。
大学・大学院での研究テーマは、「映像を解析して、ピクセルの情報からジャンルをカテゴライズする」という、今でいう「マシンラーニング」のはしりのようなものでした。機械学習の部類に入るのですが、映画やドラマの映像を素材に研究し、統計解析の数式をC言語で打ち込んで画像データを解析していました。卒論は大学も大学院も同じテーマでしたね。
そんな経緯から映像系の仕事に就きたいと考え、テレビ局や広告代理店等も受けました。当時は日本での就職しか考えていませんでしたね。また、Handycam(ハンディカム)やテレビなど「映像といえばソニー」の印象があったので、ソニーを受けたところ採用され、就職することになりました。
――その後、アメリカの映画スタジオへ移籍されたわけですが、何か転機があったのしょうか?
ソニーに入社したとき、「とにかくグローバルな仕事がしたい」という思いがあり、また、英語もある程度話せたので英語力を活用したいと思っていたところ、偶然にもBlu-rayの開発部署に配属されたんです。「どのようなデータフォーマットで、どのようにディスクに記録するか」といった「規格」を決める仕事なんですが、ハリウッドの映画会社との打ち合わせでLAに出張する機会が頻繁にあり、その頃から「やっぱりアメリカに戻りたいな」と思うようになりました。
以降、アメリカ勤務の希望を出し続けていたのですが、2008年のリーマンショックも重なってなかなかチャンスがなく、社内外で「アメリカへ行きたい」と言いまくっていました。出張先の映画会社の方と雑談しているときも、そんな話をしていたくらいです。すると、一緒に仕事をしていた21世紀フォックス(以下、フォックス)の開発部の方が、そのことを覚えていてくれて。2014年に、「ポジションが空いたけど来る?」と。そのオファーにすぐに飛びつきました。
とはいえ、私はソニーが大好きだったのでとても迷いました。ちょうど勤続10年が過ぎ、アメリカ勤務は諦めかけていた頃です。「このまま日本にいても良いかな」と思いはじめていたそんなときに、突然降ってきたOpportunity(チャンス)。これを逃したらいろんな意味でもう次のチャンスはないだろうと思い、このチャンスは絶対に掴んでおくべきだと決意して、2014年にロサンゼルスのフォックスに移りました。
オフィスは、映画『ダイ・ハード』(1988)に登場する「ナカトミ・プラザ」でお馴染みのフォックス・プラザの10階。ちょうどフォックスが最初にHDR規格のBlu-rayを出したタイミングで入社しました。最初のお仕事は「映像評価」で、映画会社であればどこでもやることですが、「フォックスのスタンダード(規格)を決める」という仕事です。HDRと4Kの波がバンドルのように同時に押し寄せ、「どこまで圧縮すると画質のクオリティが保てるか」という評価を担当していました。
――約2年前、フォックスがディズニーに買収されましたね。
フォックスがディズニーに買収されたときは、「アメリカって、こういうことあるんだ!」とビックリしました。買収に関する噂が出た頃、フォックスはアカデミー賞を沢山受賞していた良い時期だったので、まさか売却されるなんて夢にも思いませんでした。
そして、売却決定直後のフォックスでは、R&D部門は非生産部門として開発プロジェクトがストップされてしまいました。そんな状況の中、当時の上司が我々を気にしてくれて、売却の発表があった後にあえてプロジェクトを起ち上げてくれたんです。そこで開始したのがマシンラーニングのプロジェクトで、私と同僚の2名だけで使途も未定でしたが、非常に打ち込んで研究・開発を行いました。次の配属先が決まらないまま、とにかくそのプロジェクトを進めていたんです。
そんな「いつ組織再編が起こるかわからない」という状況だったある日、「どうせ待っているだけなら、自分を売り込みに行こう」と考えたのです。そこで、マーベル・スタジオ(以下、マーベル)に「現在、フォックスでマシンラーニングのプロジェクトを進めています。このテクノロジーに興味はありませんか?」とメールを送りました。メールの文面も、長すぎたり短すぎたりといったことがないよう、念入りに下書きをして。すると、テクニカルのトップが偶然そのメールを読んで下さり、ソフトウェアのリーダーに話を通してくれて、一度だけピッチ(売り込み)を行う機会をもらえたんです。
一生懸命ピッチをしたところ、その方もマシンラーニングのテストを進めてはいるものの多忙で遅々として進まず、「やってくれないか」となって。そこで、ひとまずマーベルのプロジェクトに入ることになり、ディズニー・スタジオ(カリフォルニア州・バーバンク)内にあるマーベルのオフィスに通いはじめることになりました。そして次第に社内での知り合いも増え、その隣にあった現在の部署に移籍することになったのです。このとき、少しずつ名前を知ってもらえたのも、今に繋がったのかなと思います。
また、もしあのまま黙ってフォックスのオフィスに閉じこもり、何もしていなかったら......。誰も私の存在を知らないままだし、組織再編のただの一駒になっていたかもしれません。自分から売り込んで、スキルを見てもらうという行動。もちろん運やタイミング、出会いなどが全て重なっていると思いますが、自分の中では「ものすごく大きなジャンプ」をしたつもりでした。
友人にも助けられました。ハリウッドの各スタジオには、ソニーやフォックス時代に知り合った友人が沢山いるのですが、「売り込んだら? ダメでも返事が来ないだけじゃない。失うものなんて何もないでしょう?」とみんなに言われて。「確かにアメリカってそういうところだ」と、その言葉が背中を押してくれたというか。行動して本当に良かったと思っています。
▲同僚と
<2>「アメリカンカルチャー」を味方につけて、チャンスに繋げる
――現在のお仕事内容について、お聞かせください。
現在は、「マシンラーニングをいかにプロダクション・ワークフローに採り入れていくか」という仕事にフォーカスしています。ディズニーには「スタジオ・オペレーション」という部署があるのですが、この部署はでき上がった映像をアーカイブしたりパッケージしたりといったことをするグループで、ピクサーやマーベルなどの各スタジオから全コンテンツが集まってくるんです。映画だけではなく、テレビや「Disney+」などのオリジナル作品等も含まれます。
これらが全てこの部署を通って外に出て行くのですが、この「スタジオ・オペレーション」の中にある、マスタリングやパッケージングのプロセスをマシンラーニングを応用して効率化する、という研究・開発を進めています。現在の部署は、単なる開発部門というより新しいアイデアをトライアルしてみるといった要素が強く、クリエイティブな人が多いのでとてもエネルギッシュで楽しい部署です。ここに来てキャリアの幅が広がりそうな気がして、これからがものすごく楽しみです。
▲お仕事中
――英会話の上達に秘訣はありますか?
私はアメリカ生まれですが、小学1年〜5年生までを日本で過ごしたので、アメリカに戻ったときは英語をすっかり忘れて、ほぼゼロの状態でした。教室の一番後ろに座らされ、幼稚園で学ぶような「A」の文字を練習するところから始めたのですが、「サリーは耳が早かったね」とよく言われていましたね。リスニングの上達は、「耳を傾けて、よく聞く」のが大切かもしれません。また、ただ聞いてるだけではなく、話すこと。話すと耳も上達していくのでしょうね。
私も完全なネイティブではないので、英語の発音も「どこの出身?」と聞かれることがありますが、そこは開き直ります(笑)。特に、ハリウッドの人はとても早口な人が多いので、聞き取れなかったら「すみません、もう一度言っていただけますか?」と。すると相手が合わせてくれるんですよね。英会話は無理に習得しようとしなくても良いんじゃないかな? なんて思ったりもしています。
――最後に、将来海外で働きたい人へアドバイスをお願いします。
海外に行きたいという夢はあっても、現地で「仕事を好きになれるか」、「馴染めるか」はかなりの不安要素だと思います。女性の場合は安全面も気になりますよね。エンジニア志望の方にオススメしたいのは、アメリカには若手育成のためのちょっとした「トライアル的なプロジェクト」があって、映画会社やスタジオ、プロダクション・カンパニーなどがあちこちで提供しているんですよ。この情報は、アンテナを張っていると各社のホームページなどで見つけることができるはずです。
新型コロナウィルス感染拡大の影響で、リモートで参加できる機会も増えてくると思います。そういうプロジェクトに参加し環境や仕事内容に触れてみて、まずは「自分自身がOKか」を確かめてみるんです。そして、一度参加すると伝手(つて)ができるので、そこで成果を上げることができれば声がかかる、というのがアメリカだし、アメリカはネットワーキングな社会なので、そのときの出会いが後々大きなチャンスに繋がるということも多いでしょう。また、転職文化でもあるので、次のステップを探すことは「当たり前」です。臆することなく「何か面白そうなポジションやプロジェクト知ってる?」と聞いて良いと思いますよ。
【ビザ取得のキーワード】
① アメリカで生まれる
② 日本へ帰国し、早稲田大学大学院の電子・情報通信研究科を卒業
③ 東京のソニーで経験を積む
④ 20世紀フォックスに移籍した際にアメリカへ戻り、現在にいたる
あなたの海外就業体験を聞かせてください。
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