今回は、モーショングラフィックスの分野で活躍しているアーティストを紹介しよう。日本の美術大学を卒業して社会人経験を積んだ後、映像系の基礎を1から学ぶためにロサンゼルスの名門アートセンターに留学したという一ノ瀬若子氏。留学生活のエピソードやモーショングラフィックスの現場のお話を交えつつ、その貴重な体験を聞いた。
TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE)
Artist's Profile
一ノ瀬若子 / Wakako Ichinose(LOGAN / Senior Designer, Art Director)
東京都出身。女子美術短期大学、多摩美術大学上野毛キャンパス/ビジュアルコミュニケーション学科卒業後、音響機器メーカーパイオニアの系列会社であるパイオニアデザイン(株)でグラフィックおよびパッケージデザイナーとしてキャリアをスタート。その後2004年に米・ロサンゼルス、パサデナのArt Center College of Designのグラフィック科に入学。卒業後はフリーランスのモーショングラフィックスデザイナーとして様々な会社を経て、2017年よりモーショングラフィックススタジオのLOGANにてデザイナーとしてAppleに携わる映像作品、コマーシャル等の制作に関わっている。
<1>1人で周りとちがうことを目指していた
――日本での学生時代のお話をお聞かせください。
元々母が美術をやっていたので、子供の頃は図鑑よりも画集に囲まれて育ちました。そんな母から美術の道を勧められたのが高校3年の秋。入試まで大した時間も残っていないのに、突如何の迷いもなく美術の道へ進むことを決めました。進学校だったこともあり、入試勉強に励むクラスメイトを横目に、教室の後ろの方でデッサン用の鉛筆を削っていた私は、周りから見たらかなり変人に見えていたと思います(笑)。その後は女子美術短期大学へ入学。ちょうどアメリカのMTVが日本でも流行っていて、漠然と「ミュージックビデオに関わる仕事がしたいな」と思うようになりました。そこで卒業後は就職をせず、4年制大学への編入を念頭に、最初は多摩美術大学(以下、多摩美)の映像学科への再進学を検討しました。
ただ残念ながら、当時の映像学科は授業の傾向がミュージックビデオよりも「短編映画寄り」だったため、映像系進学は一度諦めてMacをイチ早く導入していた多摩美の上野毛キャンパスへ入学し直し、基本となるデザインの勉強をしました。多摩美時代はプロダクトデザイン学科の友人が多く、その影響で卒業後はメーカーのインハウスデザイナーとして就職しました。入社試験では会社のロゴをモチーフにしたアニメーションを作ったのを覚えています。
入社したのは音響機器メーカー・パイオニアの系列会社「パイオニアデザイン(株)」で、国内・欧州・北米向けの自社製品のパッケージ、ことにヘッドホンのパッケージデザイン等の印刷全般に携わりました。新卒採用者は4年ぶりだったとのことで、上司にもかわいがっていただき、自分がデザインしたヘッドホンのパッケージが電気屋さんに並んでいるのを喜んで見ていました。しかし、どうしても映像・アニメーション関連の仕事が諦めきれず、「海外の大学で1から映像系を学ぼう」と20代後半で留学を決断し、在職中に約1年かけてポートフォリオとTOEFLの準備をしました。すでに美術学校を2つも出ていたので、自分でもつくづく学校好きだなと感じました。
学校選びは、実際に東・西海岸の美術学校を訪問して留学窓口担当者と話をした結果、親戚が住んでいるロサンゼルスの学校に決めました。ここの学校はターム制で、年3回入学するチャンスがあったため、TOEFLのスコアを達成次第、ポートフォリオと合わせて願書を送ることができ準備・調整がしやすかったです。最も時間がかかったのはやはりTOEFLの目標スコア取得で、会社の勤務後に留学専門の塾で集中的にTOEFLの勉強をしました。MBA取得留学を目的とした塾だったので、美術系学校への進学を試みていたのはクラスの中でも私1人だけ。高校の頃と同じで、ここでも1人で周りとちがうことを目指している不思議な人だと思われていたのではないでしょうか(笑)。
――留学生活はいかがでしたか?
大学から入学通知をもらったすぐ後に、勤めていたパイオニアデザインを退社し、貯金全てを持ってパサデナにあるArt Center College of Designに入学しました。社会人経験のある私から見れば、周りの学生は私よりもずっと若い人ばかりでしたが、学校では年齢や性別を隔てることのない専門に特化したコースで、現場から来ている講師の先生方からずっと自分が学びたかった映像・アニメーションの世界を学ぶことができました。
デザインの基礎に関しては日本での経験から問題なかったのですが、やはり頭の中でアニメーションを想像しながらデザインをするという作業がとても大変で、3Dのクラスはかなり苦労しました。よく「アメリカの大学は入学するのは簡単だけど、卒業するのは大変」と聞きますが、これも本当だと身をもって経験しました。課題の量が半端じゃなく、徹夜で仕上げる日々でした。また、ある程度の日常会話はできてはいましたが、実践だとリスニングがままならず、初めのころは「縦」で仕上げるべき宿題を「横」で仕上げてしまったという失敗もありました。また、学費が高いことでも有名だったため、留学生でも申し込める奨学金があって本当に助かりました。
――海外の映像業界での就活はいかがでしたか?
当時、モーショングラフィックスを専攻する生徒はグラフィック科の中でも10人未満で、とても小さいグループで生徒同士が助け合って課題のアイデアを出したのを覚えています。在学中はインターンシップをする予定でしたが、「留学生がインターンをするのに必要なクレジットが1つ足りない」という計算ミスがあり、なるべく早く学校を卒業したいという思いで(学費がかかるので)、インターン経験ナシで学校を3年半で卒業しました。
タイミング悪く、学校を卒業した年から労働ビザの選考が抽選になるという制度の変更があり、就労ビザを取得しても日本帰国を強いられた友人の姿を目の当たりにし、また年齢も年齢だったので、当時付き合っていたアメリカ国籍の彼(現在の夫)との結婚を決意しました。アメリカのモーショングラフィックス業界はほぼフリーランスで成り立っているので、結婚後グリーンカードを取得してすぐにフリーランスとして活躍できたので、まさに夫のおかげです。
在学中にオンライン上のポートフォリオを用意していたので、2007年に卒業した後はすぐにフリーランスの仕事が決まり、様々な会社でコマーシャル映像に関わる仕事をしてきました。学生時代はアニメーションとデザインの両方をやっていたのですが、アニメーションはテクニカルな部分が多く、デザイン1本で仕事をしていくことに決めました。
▲LOGANのチーム集合写真
<2>「今だ!」と思ったら自信をもって一歩進んでほしい
――現在の勤務先は、どのような会社でしょうか。
2017年より、縁あってモーショングラフィックス業界では比較的古株のLOGANでフリーランスをさせていただいています。過去の会社では、テレビで見かける企業や製品のコマーシャル関連の仕事をメインにデザインしていたのですが、LOGANではAppleの実店舗で流れる大画面の映像や、新製品発表時に使われる映像、最近はApple TV+の番組に関わるグラフィックのデザインをしています。
一言で「モーショングラフィックス」と言っても、他のスタジオと比較するとVFXを使用したプロジェクトが多いので、基本のIllustratorやPhotoshop以外にもCinema 4Dを使ってスタイルフレームのデザインをすることが多々あります。
――最近参加された作品で、印象に残るエピソードはありますか?
2018年に公開されたマーベル映画『アントマン&ワスプ』の本編映像の一部をLOGANが担当することになり、私が関わったシーンや実際にデザインしたUIデザインが本編で使われ、エンドクレジットで自分の名前を見つけたときはさすがに感動しました。また、近年レクサスのコマーシャルのアートディレクションを同業者でもある夫と2人でさせていただいたのですが、自分の描いたビジュアルを優れた才能のCGチームに支えられて映像化できた経験は、貴重な思い出の1つになりました。
▲作業中の一ノ瀬氏
――現在のポジションの面白いところはどのようなところですか?
モーショングラフィックスの世界はデザインの流行にとても敏感な業界なので、プロジェクトによってイラストだったりフォトコンプだったり、はたまたVFXに近いCGといった様々なスキルが求められます。自分のスキルを常にアップデートさせていくのは大変ですが、その反面、多様なスタイルの仕事をこなすことができるので、飽きっぽい性格の私には合っていると思います。また、最終的に決まった自分のデザインが映像化され、実際にテレビやオンラインを介して目にするのは、何度経験しても新鮮だし今でも興奮します。
――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?
幸い英語科のある高校に通っていたので英会話に対して抵抗感はありませんでしたが、留学前に英会話学校に通いました。やはりアメリカだと学校でも仕事でもプレゼンテーションが多々あるため、自分の意見を英語で表現するという経験が足りず今でも苦労しています。また電話での聞き取りが苦手なので、現在も在宅ワークでの打ち合わせなどが電話やビデオチャットで行われるときは、聞き取りにミスがないよう普段よりも注意しています。これは個人的な勉強法かもしれませんが、今でもテレビや映画を観るときは「英語字幕をON」にして、知らない言葉が出てきたらすぐに調べてメモしています。
――最後に、将来海外で働きたい人へアドバイスをお願いします。
アメリカは業界によって「フリーランス主体の会社」が多々あるので、まずはフルタイムで2~3年経験を積んで、可能であればアーティストビザ(※)等を習得するという方法が、最も回り道をせず、自分で選んだ仕事ができる環境をつくれる気がします。日本から直接アメリカに来て仕事をしている方々を見ると、語学力がないためコミュニケーション不足で損をしている姿を度々見かけます。ポートフォリオ作成と英会話は、あらかじめ力を入れて準備しておいても絶対にムダではないと保証します!
また、海外へ出ると「自分の立ち位置」をすごく強く感じます。日本人であること、人種関係なく「自分だからこそできること」。未知の世界に飛び込むのは勇気のいることだと思いますが、こちらの人は自信をもって仕事をしている人が沢山いる気がします。ふり返ったときに後悔がないよう「今だ!」と思ったら自信をもって一歩進んでほしいと思います。
【ビザ取得のキーワード】
① 日本で美大を卒業
② パイオニアデザイン(株)でパッケージデザイナーとして経験を積む
③ アートセンター・カレッジ・オブ・デザインへ留学し、卒業
④ 労働ビザの選考が抽選だった暗黒時代に、現在の夫と結婚。グリーンカードを取得
※アーティストビザ
アメリカで就労するにはH-1Bビザ、O-1ビザなどの就労ビザの取得が必要となる。詳細は「ハリウッドVFX業界就職の手引き」をご参照あれ。
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