久しぶりにロンドンからお届けしよう。ロンドンのVFX業界は古くはCM分野から発展を遂げ『007』シリーズなどに代表されるイギリス発のフランチャイズ作品によって映画のVFX業界が成長してきたという歴史がある。そのイギリスを目指し、少しづつキャリア構築を進めていったという鈴木隆一氏に話を伺った。

記事の目次

    Artist's Profile

    鈴木隆一 / Ryuichi Suzuki(Framestore London / Environment TD)
    神奈川県出身。中央大学理工学部情報工学科の在学中に、デジタルハリウッドとのダブルスクールでCGを学ぶ。卒業後、2013年に株式会社エヌ・デザインでCGデザイナーとしてキャリアをスタート。映画『劇場版 SPEC〜結〜』、『天空の蜂』などの実写映画製作に参加。その後、フリーランスに転向し映像、広告業界で経験を積んだ後、2019年8月にロンドンのFramestoreへ移籍し、現職。映画『クリスマスとよばれた男の子』(2021)や『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』(2021)、『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』(2022)などのVFXに参加
    www.framestore.com

    <1>映画、そしてロンドンへの憧れを抱きCG業界へ

    ――学生時代の話をお聞かせください。

    幼少期から映画が好きで、週末になると父親とビデオレンタル店に行き、借りた映画を観るのが楽しみでした。小学生になると『ロード・オブ・ザ・リング』などのCGを使用した映画を観る機会が増え、ファンタジーの世界を映像の中で疑似体験できる素晴らしさに感銘を受けました。特に『ハリー・ポッターと賢者の石』を最初に鑑賞した際は、感動が抑えきれず連続で3回鑑賞したことを覚えています。このときからCGアーティストやイギリスへの興味が芽生えたように感じます。

    ――日本で仕事をされていた頃の話をお聞かせください。

    当時、日本のCG業界では珍しく、新卒採用で株式会社エヌ・デザインに入社しました。最初の1年は新卒入社ということもあり、モデリング、リギングからコンポジット、ツール作成まで幅広く実務を通しトレーニングしていただきました。2年目からはもう少し分野に特化し、背景とルックデブを中心に、実写映画の背景合成やアニメーションのフルCG背景などを担当しました。 

    当時は苦手だったアニメーションなどのタスクが入ると、とてもプレッシャーに感じていましたが、幅広い役職やジャンルのコンテンツを担当させていただいたお陰で、広い視野でポストプロダクションを捉えることができ、しっかりとした基礎を固めることができたと思います。

    フリーランスに転向してからは、株式会社オムニバス・ジャパンで映像制作を担当しました。特に映画『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎』に参加した際は、楊貴妃が開く宴シーケンスの背景リードを担当させていただきました。幻術パフォーマンスの舞台となる楼閣内部はフルCGで制作され、無数のキャンドルを使用したライティングや、観客アセットの運用方法など、今までの経験を生かしながら様々な問題に対処することができ、日本での集大成となる仕事ができました。

    ――海外での就職活動はいかがでしたか?

    『ハリー・ポッター』がCGをはじめたキッカケということもあり、大学在学中から海外、特にロンドンでの就職を念頭に置き、日本でできることをマイペースに実行していました。具体的には週1回のペースで英会話教室やネイティブの先生とカフェで個人レッスンを受けるなどしていました。

    CGスキルの面では、洋画に登場するような背景を自主制作しデモリールを更新しました。これは、海外と日本で求められる映像表現のちがいから、自分が実務で得た映像をデモリールに入れるのが効果的ではないと判断したためです。

    そうした活動を5年程続けた後、2019年にイギリスのYMSビザに当選したのでロンドンへと飛び立ち、Framestoreから現職のオファーをいただきました。面接では、とにかく「もっと良くするには、どこを修正したら良いと思う?」という質問攻めにあいました。正直、事前に思いついた修正点は直してからデモリールに入れていたので、返答するのにとても苦労しました。

    後から思うと、自分の成果物に関して“何処を更新したか”、“次のステップでは何処を修正する予定か”を明確にプレゼンするスキルはミーティングで毎日必要になるので、理にかなった質問でした。

    イギリス式アフタヌーンティーにて同僚と

    <2>映画の世界観をつくり出すEnvironment TDの仕事

    ――現在の勤務先はどんな会社でしょうか。簡単にご紹介ください。

    Framestoreは、ロンドンに本社を置くオスカー受賞経験のあるVFXスタジオです。イギリスの他に、カナダ、アメリカ、インド、オーストラリアにも支社があります。映画、TVドラマをはじめ広告、テーマパークのアトラクションなど、幅広いコンテンツのVFXを制作しています。制作内容はコンセプトアートからプリビズ、ポストプロダクション、バーチャルプロダクションまで多岐に渡ります。またトレーニングも提供していて、VFXやアート関連のクラス他、英語のレッスンなどもあります。

    ――最近参加された作品で印象に残るエピソードはありますか?

    2021年の1年間は『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』のVFXに参加していました。面接のときから、ぜひ同シリーズの次回作に関わりたいとアピールしていたので、製作初期のアセット作成から、デリバリー後のブレイクダウン作成まで参加できたことは幸運でした。

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    Environment(背景)は、映画の中でも世界観を表現する大きな要素だと思っています。映画のストーリーが展開されている世界そのものを自分の手で制作している感覚が、Environment TDの一番の醍醐味だと感じます。

    例えばエルフの町を作成した際には、住民の陽気な気質から、あえて建築物に歪みを持たせてみたり、ストーリーなどから読み取った様々なアイデアを背景に組み込むと絵に説得力が出ます。

    また、Environment TDはモデリングから仮コンプまで背景に関わるほぼ全ての作業を行うため、それぞれが得意分野をもち寄り、同僚と協力しながら作品をつくるチームワーク性の高い部署であることも、自分には適していると思っています。

    ――英会話のスキル習得はどのようにされましたか?

    個人的に英語の習得には、いわゆるスピーキングやリスニングなど技能向上としての側面と、英語圏でのコミュニケーションの仕方に慣れる側面の2つがあると感じています。

    前者に関しては、大学を卒業した頃は文法や単語の基礎はあったものの、特にスピーキングに関しては口から何も単語が出てこないレベルでした。そこで、英会話教室に通ったり、オンラインでネイティブの先生を見つけ、個人レッスンを週に1.5時間程度受けました。

    5年程勉強を続けた後、2018年に3ヵ月間カナダで語学留学をし翌年の2019年にロンドンに移住しましたが、面接や仕事面ではどうにか対応できるレベルになっていたと思います。

    しかし、ここで後者の問題にぶつかりました。最低限の英語力はあっても、日本で育ち、対日本人を前提にして培ったコミュニケーション方法では上手くヨーロッパ出身の同僚の輪に入るのは難しく、最初は落ち込みました。

    そこで、とにかくPubやパーティの誘いは断らずに参加したり、現地のバレーボールクラブに入団するなど、様々なコミュニティに飛び込むことで英語に触れる機会を増やしました。

    とてつもないエネルギーと折れない心がいる方法ではありますが、ジョークやスラングなどが混ざった日常会話を楽しめるようになるには、とても効果的な方法だったと感じています。

    ――ロンドンでの生活はいかがですか?

    ロンドンは世界各国から人が集まり多様性に寛容でエネルギーに溢れた街である一方、長い歴史が培った個性的な文化も併せもつ魅力的な街です。自分の価値観に併せて自由なスタイルで生活できます。地震がなく、築100年以上の物件も多いため、家の設計図が残っておらず水道管の工事に数週間がかかった……という様なエピソードをたまに聞きます。

    また、日本食材は日系スーパーに行けば手に入りますし、一風堂やCoco壱番屋などの店舗があり、日本と同じ味を楽しむこともできます。ただ値段が高いので、牛丼のような手頃で美味しい食事が恋しいです。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    漠然と“海外に移住して仕事する”というと、大きな不安を感じるのは当然だと思います。まずは家族や友人に相談しながら、英語の習得度とデモリールの充実度を軸に目標と達成期限を定めることをオススメします。

    理由としては、最低限の英語力とデモリールのクオリティがないと、現地での生活や就職活動に苦労するでしょうし、期限を決めて行動することで今までの努力が自信となって海外に飛び立つ覚悟に繋がると思います。

    また、海外生活を楽しめるかも大きな要因となるので、数ヵ月間でも留学してみるのも良いと思います。

    自分がオープンになれば、たくさんの新しい体験ができるのが海外での就職です。簡単に実現できることではないですが、努力して得る価値のある挑戦だと思いますよ。

    コミュニケーション力アップのため入団したイギリスのバレーボールクラブにて

    【ビザ取得のキーワード】

    ①中央大学情報工学科を卒業
    ②エヌ・デザインやオムニバス・ジャパンなどの国内著名スタジオで経験を積む
    ③Youth Mobility Scheme(Tier 5)を利用してイギリスのロンドンへ
    ④イギリスのFramestoreに就職、就労ビザを取得

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    連載「新・海外で働く日本人アーティスト」では、海外で活躍中のクリエイター、エンジニアの方々の海外就職体験談を募集中です。
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    e-mail:cgw@cgworld.jp
    Twitter:@CGWjp
    Facebook:@cgworldjp

    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada