今回登場いただいた岡野秀樹氏は、今年のVESアワードで最優秀エフェクト&シミュレーション賞[実写映画部門]を受賞した。その岡野氏が日本で最初のCGプロダクションである株式会社ジャパン・コンピュータ・グラフィックス・ラボ(以下、JCGL)、そして名門リズム&ヒューズ・スタジオなどでのキャリアを経て、近年、アカデミー賞/視覚効果賞の常連となっているDNEGに入社するまでの話を伺った。

※岡野氏は本連載では2回目の登場となる。リズム&ヒューズ・スタジオ時代のインタビューは『海外で働く映像クリエイター』に掲載

記事の目次

    Artist's Profile

    岡野秀樹 / Hideki Okano(DNEG / Effects TD)
    広島県出身。青山CGスクールメロンでCGの基礎を学び、1987年に多摩美術大学を卒業後、JCGLでCGオペレーターとしてキャリアをスタート。JCGL解散後は株式会社富士通に入社、大阪・花の万博 富士通パビリオン用のIMAX Solido映画の製作にヘッドデザイナーとして携わる。1990年頃、まだ数人しか社員のいなかった株式会社ポリゴン・ピクチュアズに移籍、数々の実験的映像の製作を行なった後、フリーランスのCGディレクターとして独立、多くのCMのCGを手がける。1997年に渡米しリズム&ヒューズ・スタジオに入社、Effects TDとして20本以上のハリウッド映画に携わる。同社倒産後、FuhuにてIPプロジェクトに参加。2015年からカナダのDNEGに移籍、現在に至る。2022年のVES アワードでは、映画『DUNE/デューン 砂の惑星』のアラキス星の砂漠のエフェクト制作で、最優秀エフェクト&シミュレーション賞[実写映画部門]を他の3名と共に受賞
    www.dneg.com

    <1>テクノロジーの面白さに目覚め勉強嫌いから一転、3つの学校に同時通学

    ――子供の頃や、学生時代の話をお聞かせください。

    小学生のとき、誰に教わったわけでもなく「遠近法」を理解していたことに気付き、中学生の頃には、当時流行った『宇宙戦艦ヤマト』を真似して描いたイラストを友人に褒められ、自分には絵の才能があると思い込み、その思い込みは、ピカソが15歳のときに描いた『初聖体拝受』を知るまで続きました。

    小さな頃から先生に「IQは人より高いのに、どうして勉強せんですかねぇ」と言われるほど勉強しない子でしたが、中学3年のある日、このままでは不良ばかりの学校にしか行けないと悟り、猛勉強を開始。その甲斐あってどうにか中の上レベルの高校に合格できました。高校に入った後はまた勉強嫌いが再発し、それは大学生になるまで続きました。

    大学は美大なんですが、一般教養として物理学を教えていた勝間ひでとし先生と出会い、当時の最先端だったホログラフィーを知り、テクノロジーの面白さに惹かれるようになりました。大学が終わったあと週に何度か勝間先生が教える別の学校に聴講生としてお邪魔して、ホログラム制作に没頭しました。

    大学2~3年生のとき、たまたま立ち寄ったハイテクアート展でCGの存在を知り、出口に置いてあった「青山CGスクールメロン※」の学校案内に使用されていたCGのできがあまりにも酷かったので、冷やかしで学校説明会に参加、そこで対応して下さったのが内山博子先生(現:女子美術大学教授)でした。

    ※青山CGスクールメロン:80年代に存在していたCGスクール

    先生の説く「CGの可能性」にすっかり魅了されミイラ取りがミイラになって帰ってきました。親にその話をするとその専門学校の夜間部に「行け」と命令が下りました。同時に2つの学校に行く学費を出してくれた親には感謝しかありませんが、美大、ホログラフィー、CG、同時に3つの学校に通っていた己の体力にも感心します。

    長期の海外留学の経験はありませんが、高校の夏休みにカリフォルニア州のサクラメントでホームステイをしました。初めての海外で、初めて他人の家庭で生活するという経験をしました。

    大学生の頃には多摩美の姉妹校だったパサデナのArt Center College of Designの夏期交換留学プログラムを利用して短期間ですがロサンゼルスを体験しました。このとき泊まっていたカリフォルニア工科大の寮に毎朝NASAから送迎バスが来るのを見て、東京の鑓水の山の中にある自分の大学とはちょっとちがうなと実感しました。

    卒業して最初に雇ってくれた会社はJCGL※です。JCGLという名は学生のうちから知っていましたが、大学に貼ってあった求人広告には「日本コンピュータ・グラフィックス・ラボ」とあり、面接に行くまでJCGLだとは気が付きませんでした。

    ※JCGL(ジャパン・コンピュータ・グラフィックス・ラボ):1981年に設立された、日本で最初のCGプロダクション。1988年に解散するまで作品が毎年SIGGRAPHで上映されるなど、国内外の注目を浴びたスタジオであった

    後にJCGLが解散し、映像ジャーナリストの大口孝之さんらと共に富士通に入社し、1990年の大阪・花の万博 富士通パビリオンのIMAXドーム3D映像『ユニバース2~太陽の響~』で、IMAX SOLIDO※を採用したフルCG映像制作を経験しました。それからは大画面で観る映画に携わりたく道を模索していましたが、CM業界から垣間見る日本映画界は私にとっては魅力的ではなかったので、徐々に日本を離れる方向に進んでいきました。

    ※IMAX SOLIDO:70mm15PのIMAXフィルムとIMAXドームシアター、液晶シャッター方式の3Dメガネによる立体視を組み合わせた3Dの上映方式。直径20メートル級の大きなドーム型のスクリーンによって人間の視野全体が立体映像になり“3D立体映像の中に入り込んだような没入感”を得ることができる当時としては画期的な上映方式であった

    昔は、この『海外で働く』シリーズのような情報などなく、インターネットもまだまだ未熟で、わからないことだらけでした。

    ある時、SPI(Sony Pictures Imageworks)がハリウッド版ゴジラをつくるという噂を聞いてSPIに履歴書を送り、SIGGRAPHで渡米した際にインタビューのアポを取り付けました。訪ねるとスーパーバイザーを含む2~3人が話を聞いてくれ、デモリールを見せました。その場にHRの人は居ませんでしたが、最後に「年収はいくら欲しいか?」と聞かれ「10万ドル」と答えると、少しびっくりしながら「東京は物価が高いから、そんなもんなのかな」と承諾してくれたようでした。夜はSony主催のパーティに呼ばれ、豪華な夕食を堪能しました。1993年のことですが、いち就職希望者に対して、今では考えられない待遇でした。その後、色々あってSPIには行けませんでしたが。

    それから何年か後にリズム&ヒューズ・スタジオ(以下、リズム)にアプローチをかけたときは、当時間借りしていた六本木の事務所で徹夜明けの早朝、リズムの副社長から電話があり、「まだ働きたい?」、「イエス」、「じゃあ契約書送るわ」と、簡単に決まりました。もちろん当時リズムでプログラマとして働いていた加藤俊明さんや、経営陣に知り合いがいたpH studioの近藤左千子さんの推薦が大きかったのでしょう。

    渡米から何年かしてアメリカ永住権取得の手続きを始めたんですが、これがなかなか曲者でした。Alien of extraordinary ability(並外れた能力をもつエイリアン)というカテゴリで申請するため資料をまとめ提出すると「その職種で世界でトップ10の収入と、自身の能力が世界の中で上位であることを証明せよ」、そんな感じの追加書類の要求がきて頭を抱えました。結局、他州で申請するなどして結果的には無事取得できましたが。

    インターネットやSNSの時代になっても、人との繋がりが重要だと感じます。SNSでしか知らない人をプロとして誰かに推薦できる訳はないですからね。信頼される仕事内容と関係を日々、常に保っていれば、いつか良い形で返ってくると思います。

    左上から時計回りに、VFXスーパーバイザーのポール・ランバート氏と映画『ブレードランナー2049』のオスカー像/VES授賞式にてゲロ・グリム氏と/VES授賞式を終えて左から映画『DUNE/デューン 砂の惑星』のVFXスーパーバイザーのトリスシャン・マイルス氏、アビシェック・チャトゥルヴェディ氏、岡野氏、ゲロ・グリム氏/映画『ファースト・マン』のFXチーム/映画『DUNE/デューン 砂の惑星』のFXチーム

    <2>『ブレードランナー 2049』、『DUNE/デューン 砂の惑星』など、世界的注目作を手がける

    ――現在の勤務先はどんな会社でしょうか。簡単に紹介してください。

    元はDouble Negativeというロンドン発祥のVFX会社で、インドのPrime Focusに買収された後、DNEGというブランド名に変更しました。イギリス、カナダ、インド、アメリカに支社があり、全て合わせると7,000人以上が働いています。設立してからアカデミー賞を7回、直近の8年間では6度も受賞しています。

    DNEGバンクーバー エントランス

    DNEGバンクーバーに移籍して以降、プロジェクトには大変恵まれました。映画『スノーホワイト/氷の王国』で初めて一緒に仕事したVFXスーパーバイザー ポール・ランバートの次なるプロジェクトが映画『ブレードランナー 2049』で、しかもリズム時代に同僚だったエリック・ホートンがFXスーパーバイザーということもあり、最初にアサインされたFX TDでした。

    まず手がけたのは予告編用のFXです。前作から35年経って、初めて世に出る予告の、しかも最初のショットなので、いつもより身を引き締めて制作したのを覚えています。納期まで2週間しかなく、ロトもライティングも全て1人でやる必要がありましたが、なんとか印象深いモノはつくれたと思っています。他には女優アナ・デ・アルマスが演ずるジョイの巨大ホログラムが出てくる全てのショットのルック・デベロップメントからファイナルまで担当しました。コンポジターたちと密にコミュニケーションを取りながらの作業で、かなりの試行錯誤を経たのち、最終的にはシンプルで美しいジョイがつくれたと自負しております。

    翌年には映画『ファースト・マン』に参加し、いくつかの厄介なFXを担当しました。この映画のVFXのコンセプトは、私なりに言うと「当時16ミリで撮影した素材を元にCGを使いHDのクオリティで再現する」というもので、FX屋冥利に尽きる作品でした。本編では使われなかったのですが、ジェミニ8号が大気圏を脱出する際に窓から見える様子を、実写を参考にCGで再現するテストをしていました。ほとんどの人は知らない映像なので、もし映画で使われていたら、きっと幻想的で面白かったと思います。

    そして次の年には映画『DUNE/デューン 砂の惑星』の撮影がヨーロッパで始まり、2018年からR&Dをスタートしました。途中で新型コロナが流行り始めたため、リモートワークで仕上げた最初の作品です。『ブレードランナー2049』と『ファースト・マン』では、グリーンバックの代わりに巨大LEDを使用して臨場感を高めましたが、『DUNE/デューン 砂の惑星』は砂漠での撮影なのでLEDではなく、砂漠色のバックスクリーンを置いて役者を撮影しました。ポストの現場ではグリーンバックは要らないと言う意見は昔からあって、やっと最近撮影現場でその意見が反映されるようになった感があります。

    メインで担当したのはサンドワームがハーベスタを飲み込む4つのショットで、数ヵ月経った後に演出の変更があったり、他のプロジェクトに回された期間もあり、延べ2年ほどかかりました。

    砂のシミュレーションも一度で全て計算できるスケールではありませんでしたから、大まかな地面の動きを低解像度のグレインシミュレーションで計算し、グレインからハイトフィールドに変換、その上で薄い砂の層のシミュレーションをできるだけ高解像度でシミュレーションし、さらにその高解像度のグレイン間に新たな点を発生させた超高解像度の点群を、高解像度の点群でアドベクションしたものを最終的にはボリュームに変換してレンダリングしました。

    映画『DUNE/デューン 砂の惑星』より、岡野氏の担当ショット
    Image Courtesy of DNEG © 2021 Legendary and Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    毎回ではないですが、プロジェクトの初期段階から関わり、1からルック・デベロップメントやセットアップができることです。つくったFXが作品のストーリーの中で上手く使われ、映画館で観たとき、観客の反応が良ければ苦労が報われたと感じられます。あと、なぜかDNEGは“良い映画”の仕事を取ってくるんです。どんなに素晴らしいCGをつくっても映画自体が大したことなければ評価はされませんから。

    ――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか? 

    最低限の文法、単語を覚えた後は、英語しか話さない・聴かない環境に身を置けば、嫌でもある程度は話せるようになるでしょうね。英語圏には、アクセントが強すぎて、日本人には何を言ってるかサッパリわからない英語話者もいるので、覚悟しておいて下さい(笑)。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    情報収集する際は、できる限りプライマリーソース(一次資料)に近い情報で確認することをお勧めします。

    映画『DUNE/デューン 砂の惑星』より 岡野氏の担当ショット
    Image Courtesy of DNEG © 2021 Legendary and Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

    【ビザ取得のキーワード】

    ①日本で約10年間経験を積んだ後、リズム&ヒューズ・スタジオと契約
    ②米国就労ビザH-1Bを取得、6年後に米永住権所得
    ③DNEGバンクーバーから誘いを受けカナダのDNEGと契約
    ④カナダの就労ビザを取得

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    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada