今年の第49回デイタイム・エミー賞で、日本人エディターの出野圭太氏がノミネートされた。ロサンゼルスにて映画やテレビの編集を手がける出野氏に、ハリウッドの映画業界におけるキャリア構築について話を伺った。

記事の目次

    Artist's Profile

    出野圭太 / Keita Ideno(Emmy nominated Film and TV Editor・Writer)
    兵庫県出身。高校時代をシンガポールで過ごし、1994年に渡米。サンディエゴ州立大学在学中に編集した短編映画がキャスリーン・ケネディの目に留まり、Directors Guild of America (DGA - 全米監督組合)で上映される。卒業後、三池崇史監督の『漂流街~THE HAZARD CITY~』の制作スタッフとしてキャリアをスタート。2007、2008年にアシスタントエディターとして関わった、ギャスパー・ノエ監督の『エンター・ザ・ボイド』、イザベル・コイシェ監督の『Map of the Sounds of Tokyo(邦題:ナイト・トー キョー・デイ)』の2作がカンヌ映画祭のパルム・ドールにノミネート。2018年に共同脚本と編集を務めた『草間彌生∞INFINITY』がサンダンス映画祭 U.S. Documentary Competition部門で公式上映に選出され、世界で公開される。2022年、Netflixオリジナルシリーズ『Cat People(邦題:We Love Cats! ~ 猫と人間の幸せな関係~)』の編集を担当したエピソード『Copy Cat(邦題:猫の肖像)』が第49回エミー賞のOutstanding Single Camera Editing部門にノミネートされる
    IMDBリンク www.imdb.com/name/nm1761857/

    <1>キャスリーン・ケネディの目に留まり、映画の世界へ

    ――子供の頃や、学生時代の話をお聞かせください。

    今の仕事からみると意外に思われるかもしれませんが、幼い頃から自分の気持ちを表現することが苦手でした。親に言いたいことが言えず、母に「あなたは難しい子だね」なんて言われることさえありました。5~6歳くらいの頃でしょうか。母がふと、アートの教室に連れて行ってくれ、そこで絵を描いたり、彫刻作品をつくったりしたんです。自分が表現したいものが、言葉を超えてアートで表現できる面白さに感動しました。

    両親共に、元関西テレビでアナウンサーをしていたのですが、16歳のとき、父が海外特派員になりシンガポールに転勤になりました。現地のインターナショナルスクールに通っていたのですが、当時英語が全く話せず、ちょうど思春期だったので不安でいっぱいでしたね。でも、今ふり返れば、50ヵ国以上から集まる生徒たちと一緒に過ごす中で、多くの友人に恵まれ、間違いなく今日の自分を形成したかけがえのない経験だったと言えます。

    ――シンガポールでの高校生活はいかがでしたか?

    シンガポールでの高校生活の間、アートの世界に魅了され、デッサンやセラミックの授業を受けていたため、卒業後の進路も当然ながらアーティストへの道を考えていました。しかしそんなとき、高校最後に英語を教えてくれたアメリカ人の先生が、カリフォルニア州立ノースリッジ校でテレビを専攻していたこともあり、ブロードキャスティング(放送)への興味が芽生えてきたのです。そして土壇場で、両親のようにブロードキャスティングを勉強し、卒業後は日本のテレビ局で働こうと思い、ノースリッジ校に進学することを決めました。

    しかしアメリカ留学の10日前、なんとロサンゼルス大地震が発生し、行くはずだった大学が崩壊したんです。なんとかロサンゼルスには到着したのですが、スクールカウンセラーからまさかの言葉を聞かされます、「大学を変えてください」。
    急遽、ロサンゼルスより南にあるサンディエゴ州立大学に進学することになり、ここからさらに人生が思いもよらぬ方向へ進んでいきます。

    サンディエゴ州立大学では、テレビ・映画・ニューメディア学科を専攻しました。在学中はアメリカのNBC7/39というテレビ局でインターンをしたり、ブロードキャスティングを中心に学んでいましたが、卒業のためには映画のクラスも必修でした。

    映画制作の知識は皆無でしたが、大学4年生のときに編集した短編映画が、なんと、スティーヴン・スピルバーグ監督のプロデューサーであるキャスリーン・ケネディの目に留まり、DGA(全米監督組合)でのプレミア試写会に選出いただいたのです。このことがけっかけとなり、「卒業後はテレビの世界へ」と思っていた想定が、映画の世界に大きくシフトチェンジしていきます。

    ――映像業界での就職活動はいかがでしたか。

    サンディエゴ州立大学を卒業しようという頃、日本は大不況で大変な就職難だったため、OPTを取得し、やむを得ずアメリカ滞在を1年延期しました。履歴書を数々の映画スタジオや制作会社などに送りましたが、箸にも棒にも引っ掛からず。甘かったですね。

    ※OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング):アメリカの大学を卒業すると、自分が専攻した分野と同じ業種の企業において、実務研修を積むため1年間合法的に就労できるオプショナル・プラクティカル・トレーニングという制度がある。STEM分野で学位を取得すると、OPTで3年までアメリカに滞在することができるので、留学先の学校に確認してみると良いだろう

    途方に暮れていたところ、友人から「ロサンゼルスのパーティで映画プロデューサーと友達になったから紹介してあげようか」と言われ、すがる思いでそのプロデューサーに連絡を入れたところ、ちょうどインターンを探しているとのことで、プロダクションオフォスに寝泊まりしながら雇ってもらえることになりました。喜びも束の間、実際には、タダ働きで、オフィスにはシャワーも無し、ご飯もろくに食べられないという散々な日々が待っていたのです。それでもなんとか必死にしがみついていたところ、時々スタジオに来ていたイタリア人のマリアノ・バイノ監督から、「このプロデューサーは怪しい。君はここにいない方がいいよ。今晩夜中3時に車で迎えに行くから」と忠告され、 若かった私は、彼の忠告どおり急いで荷物を纏めて車に乗って逃げ出しました。 今では笑い話ですが、右も左も分からなかった僕にとって、このときの彼の忠告のおかげで、今の僕があるようなものなので、とても感謝しています。

    彼からは、ハリウッド映画界に入るための仕事の探し方も教えてもらい、仕事を探している中で、三池崇史監督の映画『漂流街~THE HAZARD CITY~』のバイリンガル制作スタッフに雇われ、就労ビザH-1Bを取得でき、ロサンゼルスでの制作キャリアがスタートしました。

    制作会社で数年勤務するも、全米を駆け巡りながら撮影に同行する日々で、本来やりたかった編集には一向に携わることができず。思い描いていた編集の道になんとか進みたいと思っていた頃、仕事で知り合ったセオドア・メルフィ監督が私を自宅スタジオに呼んでくれて、映像の編集風景を色々と見せてくれたのです。当時無名だった彼は、現在ではオスカーにもノミネートされるような名監督で、間違いなく私が制作から編集の道へ進むっかけをくれた1人ですね。それから、日中は仕事をし、夜間にUCLA Extensionに通いながら、編集技術の習得に没頭していました。
    その後、様々な縁が重なり、フリーランスの編集者としてのキャリアを歩み始めるのですが、 アシスタントエディターとして関わった、ギャスパー・ノエ監督の『エンター・ザ・ボイド』、 そしてイザベル・コイシェ監督の『Map of the Sounds of Tokyo(邦題:ナイト・トーキョー・ デイ)』の2作がカンヌ映画祭のパルム・ドールにノミネート。日本にはいつか帰国しようと思っていましたが、海外で編集を続けていこうと決意し、今に至ります。

    『草間彌生∞INFINITY』ロサンゼルス公開日、左から:ヘザー・レンズ監督、この日の上映会で司会者を務めたレッド・ホット・チリ・ペッパーズのフリー、出野氏

    <2>ふり返れば奇跡の連続だった。不安や戸惑いもあると思うが、思い切って飛び込んでほしい

    ――最近参加された作品で印象に残るエピソードはありますか。

    先日、Netflixオリジナルシリーズ『Cat People(邦題:We Love Cats! ~猫と人間の幸せな 関係~)』の中で、私が編集したエピソード『Copy Cat(邦題:猫の肖像)』が第49回エミー賞のOutstanding Single Camera Editing部門にノミネートされました。

    コロナ禍でスタートしたプロジェクトだったため、サンタモニカのスタジオで、徹底した接触レスの制作体制のもと編集が始まったのですが、ロサンゼルスのコロナ感染者がジワジワ増え、途中からリモートワークに変更になりました。

    プロデューサーたちやプロジェクトチームと一度も顔を合わせないままの制作は初めての経験でした。エピソードの主人公であるWakuneco Sachiさんは、本物と見間違うような猫の肖像をつくる羊毛フェルトのアーティストなのですが、撮影素材を見たとき、彼女の葛藤や想いに自分と重なる部分を感じ、そこにフォーカスしたストーリーを構築することで、コロナで停滞している人々の心をインスパイアできないかと考えました。

    結果、エミー賞にノミネートされ、会場で会う方や街の額装屋の方から「この作品をつくってくれてありがとう」と声を掛けられたりと、作品が受け入れられた実感をもてましたね。

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    私のポジションは、ハリウッドの映画製作においてはクリエイティブ・トップの1つで、この世界で生き残っていくのはとても難しいです。そのため、人の何倍も作品を経験し、高いレベルの人たちと関わっていくことで自分のスキルやもち味を磨き続けるようにしています。

    これまで、『レナードの朝』のペニー・マーシャル監督や、『ザ・ラストダンス』のプロデューサーであるジョン・ウェインバックなど、著名な監督やプロデューサーたちと数多く制作を共にしてきましたが、同じ素材を眺めながら、監督やプロデューサーと同じ視点をもてているか、常に「感性の深化」を追求してきました。

    自分が編集するものが、彼らの目にどう映るか、そこが一番の勝負所であり、面白いところです。 2018年のサンダンス映画祭では、共同脚本と編集を務めた『草間彌生∞INFINITY』がU.S. Documentary Competition部門で公式上映に選出され、世界で公開されました。

    日本人である草間さんが、世界に伝えたかったことは何か、何を想っているのか。言葉の裏に隠れた彼女の人間性や、感情と向き合い、編集に想いを込めました。日本にルーツがある自分だからこそ、 伝えられるものがあるはずと思っています。

    ――編集作業では、どのような編集ツールを使用しているのでしょうか?

    ほとんどの場合、プロジェクトのオファーが来たときに、編集ソフトがすでに決まっている場合が多いです。

    よく使用するのはAVID Media ComposerPremiere Proです。大きい規模のプロジェクトになると、プロジェクトを共有する人数が増えますので、その利点ではAVID Media Composerの方が優れているように思います。Premiere ProはAdobeの他のソフト(After Effectsなど)との互換性が優れていると思います。

    ――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?

    長い間海外に住んでいますが、ネイティブレベルに理解しているかと聞かれると、今でも苦労しています。アメリカでのエディターのポジションは、脚本の理解力や、ストーリーの構築力、そして日々、監督やプロデューサーとコミュニケーションをとるため、高い英語力が求められるのです。

    自分なりの英語の習得法でいうと、仕事柄、様々な映像作品を観るのですが、自宅で観るときは 必ず英語のサブタイトルを付けて視聴しています。知らない単語や、良い表現方法などは、作品にも使えるため、メモをして調べ、繰り返し見るようにしていますね。

    また、エディターという職業は、単に映像を繋げる仕事ではなく、その作品が生まれた背景からリサーチを行うため、膨大な量の書籍やインターネット上の情報と向き合うことが求められます。脚本や書籍を読むことも、日常の一部になっていて、英語のスキルアップにも繋がっていると思います。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    今こうして人生をふり返ると、計画通りにいったことなんて殆どなく、奇跡の連続だったと思います。映画のストーリーと同様、自分の思い通りに行かないところに人生の深みが出て、周りを、そして自分を感動させるのかもしれません。

    海外で働くとなると、不安や戸惑いもあると思いますが、自分が主人公の作品をつくっているのだと考えてはいかがでしょうか。トラブルも、喜びも、その起伏の分だけ、生きた実感をもてるように思います。迷っている人は、とりあえず行って、やってみる。思いきりあなたを表現してみてはいかがでしょうか。

    49th エミー賞、レッドカーペットにて

    【ビザ取得のキーワード】

    ①サンディエゴ州立大学を卒業
    ②卒業後にOPTを取得
    ③LAでバイリンガル制作スタッフとしてキャリアをスタート
    ④撮影終了後、その制作会社に就職、H-1Bビザを取得。現在はグリーンカードを保持

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    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada