今回はカナダのモントリオールからお届けしよう。数々のハリウッド映画で優れたVFXを生み出しているFramestore。ここで、Senior Animatorとして活躍しているのが平野崇伸氏である。大学卒業と同時にカナダへ渡航したという、平野氏のキャリア・パスについて話を伺った。

記事の目次

    Artist's Profile

    平野崇伸 / Takanobu Hirano(Framestore Montreal / Senior Animator)
    福島県出身。2017年に武蔵野美術大学造形学部映像学科を卒業後、Mikros Animationモントリオールにてキャリアをスタートする。その後、Framestoreモントリオールに移籍し、現職。主な参加作品に映画『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』『トムとジェリー』『プーと大人になった僕』、ドラマ『ファウンデーション シーズン2』などがある。
    www.framestore.com

    <1>初めての仕事依頼は、大好きな映画に携わったアーティストから届いたDM

    ――子供の頃や、学生時代の話をお聞かせください。 

    幼少時から図画工作が好きで、よく自分の好きな漫画やアニメの絵を描いたり工作をしていました。中学1年生のときに慢性椎間板ヘルニアが発覚し、7歳の頃から習っていた剣道をやめたことがきっかけで、将来は腰に負担のかからない仕事に就くことを意識し始め、かつ自分の好きなことを仕事にしたいと考えるようになりました。

    その後、福島県立福島西高等学校デザイン学科に入学し、様々な表現方法を教わる中で、当時話題になった映画『トランスフォーマー』と『アバター』に影響を受け、3DCGを専攻することとなりました。高校1年生のときに東日本大震災が発生し、福島県福島市に住んでいた私は、人生観に大きく影響を受けました。

    自分の可能性を広げるための選択肢は何かと考え、奨学金制度を使って武蔵野美術大学映像学科を目指すことにしました。大学に合格し、プロとして歩いていける分野は何かを模索する日々をおくりました。その中で、3DCGアニメーションに可能性を見出し、勉強を続け卒業と同時にカナダへと渡航し就職活動を始めました。

    ――カナダでの就職活動は、いかがでしたか?

    初めてのジョブオファーは、LinkedInに届いたダイレクトメッセージでいただきました。

    私は映画『リトルプリンス 星の王子さまと私』という作品がとても好きで、いつかこの作品に関わった会社で働きたいと思っていました。そんな中、同作の制作に携わっていたMikros Animationで、『リトルプリンス~』のアニメーターだった方が、今度はスーパーバイザーとして新しい作品に参加するということを知りました。その方に、自分のデモリールに対して何かアドバイスをいただけないかとLinkedInでメッセージを送ったところ「面接しよう」と返事をいただき、その後、お仕事をいただくことになりました。

    初めて働く会社が海外ということもあり、技術以前に言葉の壁や文化のちがいに戸惑いもありました。ですが、周りのアーティストの方々がとても優しく、つたない自分の英語も理解しようと耳を傾けてくれる姿に、頑張ろうと思い続けることができました。

    2ヵ月ほどMikros Animationで働いた頃、次の作品制作の予定がないということで、会社から「所属しているアーティストたちは、就職活動を開始して欲しい」と通達が来ました。就活を再開しFramestoreから返事をいただき、同僚に相談しながらなんとかジュニア・アニメータ-として採用していただけることとなりました。

    Framestoreに移籍した時点でワーキングホリデービザが9ヵ月ほど残っていたため、この9ヵ月の間に自分の必要性を証明しないとカナダに残ることができないと思い、契約更新するために必死でした。

    その後、契約期間が6ヵ月、1年と徐々に伸びていき、2年ほど働いたときに正社員として雇っていただくことができました。

    Framestore Montrealのロゴの前で

    <2>コロナ禍をカナダで過ごし実感した、友人・同僚の大切さ

    ――現在の勤務先はどんな会社でしょうか。簡単にご紹介ください。

    Framestoreはロンドンに本社のある会社で、主に映画、ドラマ、広告、VRなど映像表現に関わる仕事を請け負うVFX制作会社です。

    会社が関わった主な作品は『パディントン』『ハリー・ポッター』シリーズ、『ブレードランナー 2049』、そしてディズニーやマーベル作品など多岐にわたります。

    Framestoreはモントリオール、バンクーバーとカナダに2ヵ所のスタジオがあり、日本人アーティストも複数在籍しています。モントリオールはフランス語が第一言語となっていますが、今現在、社内の共通言語は英語なので、フランス語を話せなくても働くことができます。

    ――最近参加した作品で、印象に残るエピソードはありますか?

    映画『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』は、子供のころから観ていた『ハリー・ポッター』シリーズとつながる作品であり、参加できたことがとても嬉しく思いました。参加期間は3ヵ月ほどと長くはないですが、複雑なショットをもらうこととなり、良いものに仕上げたいと意気込んでいました。

    そんな中、最後の締め切り間近というところで自宅のエリアが大規模な停電となり、インターネット・ルーターも故障してしまい、働くことができない状況となってしまいました。当時はコロナが蔓延していたこともあり、出社することもできなかったため、急遽、当時同僚だった方のお宅に機材一式をもっていき、ダイニングテーブルを借りて、なんとか自分のカットを終わらせることができました。

    また直近で参加したドラマ『ファウンデーション シーズン2』では、これまでになく複雑なシーンも担当するようになり、多くの経験を積むことができた作品となりました。

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    大学3年生のころ、進級制作という課題のためにフル3DCGアニメーションをつくったのですが、いろいろと未熟な中で、とくにアニメーションがうまくいっていないと感じました。物語というのは、キャラクターが動いて進んでいくものですが、主人公がどのような人物なのかを表現することができなかったのです。そこで「アニメーションのクオリティを上げることで、作品のクオリティを底上げできるのではないか」と思い、そこからアニメーションについて勉強を始めました。

    多くの失敗を重ねていく中で、自分がアニメーションを付けたキャラクターに個性や感情を感じる機会がぽつぽつと出てきました。1日何時間もアニメーションを付けては、直したり消したりの繰り返しで、「自分には向いていないのでは」と何度も思いました。ですが、自分が動かしたキャラクターが生きているかのように動いたときの感動は、多くの時間をかけてつくってきたからこそ得られるものであると思い、今に至ります。

    ――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?

    私は子供の頃から本当に英語が苦手で、中学、高校と勉強しても全く身につくことがありませんでした。テストの点数も悪く、自分には英語が向いていないとも思っていました。

    大学に入り、いよいよ海外での就職活動を考え始めたときも、英語がネックで諦めかけましたが、やるだけやってみようという気持ちで勉強を続けました。

    風呂場で暗記した好きな洋楽を歌ったり、海外映画やドラマのシーンを暗記して真似したり、最初はとりあえずたくさんアウトプットしながら暗記するという形をとりましたが、これはとても効果的でした。

    リスニングが最も苦手で、最初にカナダに入国したときの入国審査で「How are you doing?」が聞き取れなかったときは絶望しました。

    しかし会話の機会が増えてくると「このながれだと大体こういうことを言うだろう」と予測できるようになり、頭の中に先に言葉が浮かんでくるので、焦らず聞き取れるようになりました。

    そうしているうちに、うまく英語を聞き取れなかったときは、相手の言葉を完璧に聞き取り、すぐに日本語に変換しないと理解できないと、焦っていたんだなぁ……と自覚しました。焦ってすぐに日本語に変換しようとして頭の処理が追いつかなくなることの繰り返しだったので、落ち着いて「相手が自分に伝えようとしていることは何なのか」を考えながら会話すれば、聞き取れるようになっていくと思います。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    もしかすると、多くの方が「またパンデミックのような事態が起きた場合、海外にいくことが不安」と感じているかもしれません。実際、私はコロナ禍にずっとカナダで生活し仕事する中で、日本に帰ろうかと思うことが何度かありました。言葉の壁があり、いざ病気になったときに自分の症状を伝えられるのか、失業した場合はどう生活すれば良いのかと不安は絶えませんでした。

    ですが、そういったときに友人や同僚が自分にとっての大きな支えとなりました。仕事のために海外に来た、と割り切ってしまえばそこまでですが、そこには生活があって仕事以外の問題が発生することも多々あります。自分1人で抱え込むととても不安になるようなことも、人に話すことであっさり解決することもありました。

    ですから、これから海外で働こうという方には、その国で自分が生活していく上で、1人で悩みを抱え込まないような環境をつくることも大切だと、お伝えしたいです。

    Framestore Montreal アニメーション部門のクリスマス・パーティーにて

    【ビザ取得のキーワード】
    ①武蔵野美術大学造形学部映像学科を卒業
    ②Mikros Animationにワーキングホリデー制度を利用して入社
    ③3ヵ月ほど働いたのちFramestoreに移籍
    ④ワーキングホリデービザ終了後、Framestoreから就労ビザを出してもらい契約更新

    連載「新・海外で働く日本人アーティスト」では、海外で活躍中のクリエイター、エンジニアの方々の海外就職体験談を募集中です。

    ご自身のキャリア、学生時代、そして現在のお仕事を確立されるまでの就職体験について。お話をしてみたい方は、CGWORLD編集部までご連絡ください(下記のアドレス宛にメールまたはCGWORLD.jpのSNS宛にご連絡ください)。たくさんのご応募をお待ちしてます!(CGWORLD編集部)
    e-mail:cgw@cgworld.jp
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    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada